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幕間-1

よろしくお願いします。

 スヴァイル王国の王都スヴァイルには街の何処からでも見える四本の塔がある。

 その内の一本、教皇の住まいがある心神の塔。その最上階の一つしか無い部屋に、長い髭を蓄えた老人が居た。

 心神の塔の最上階に入れるのは、スヴァイル王国の中でも数少ない人物だけだ。

 当然、メンデルス教の教皇。そして、国王陛下や軍務卿等の国のトップ。後は、例外的に教皇の許しを得た者のみ最上階に入室を許される。

 今ここに居るのは、その許された人物の一人、教皇であるトリス=メンデルス=ランドマルク。

 唯一神であるメンデルスの石像が部屋の奥の祭壇に鎮座していて、それを奉るように並べられたタペストリー。それらが透明な硝子を通して、陽の光に照らされていた。何れも贅を尽くした一品である。

 だが、教皇はそれらに頓着せずに祈り続けていた。

 祈りの内容は何時でもただ一つ。人間による人間の為の発展のみ。


 獣人族が実り多き田畑の恩恵を得ている。

 ──それはおかしい、全ては人間の物。

 エルフ族が森の恵の恩恵を得ている。

 ──それはおかしい、全ては人間の物。

 ドワーフ族が鉱山にて鉱物を得ている。

 ──それはおかしい、全ては人間の物。

 魔族が人間の預かり知らぬ大地にて、自然の恩恵を得ている。

 ──それはおかしい、全ては人間の物。

 人間以外の種族が自然の恵を得ている。

 ──それはおかしい、全ては人間の物。


 日課の祈りを終え、教皇は礼拝堂から退出する。

 階段を降りながも考えることは亜人共のこと。

 許せない。ただこの気持ちだけが胸を埋め尽くす。

 そう。この世の全ては人間の為にあるのだ。それを卑しい人間以外の種族がその恩恵を得るのはおかしいのだ。

 教皇は幼い頃からこの人間至上主義の考えを基本に生きてきた。

 何故かは知らない。それが当然だと思い、気にもしていないから。

 勿論他者との衝突は茶飯事にあった。メンデルス教の信徒が約九割居るここ王都においてこれである。

 それでも教皇の地位まで上り詰めることができた。

 その内実はとても褒められるものではないが、兎に角上り詰めたのだ。

 教皇に選ばれた時には泣きわめき、一晩中メンデルス様に祈りを捧げ、密かに誓った。

 私が教皇の間に必ずや亜人共を征服し、人間の世を創ると。たが、それは中々に難しい。


「教皇様おはようございます」

「おはよう」


 ニッコリと微笑み、階段の掃除をしている信徒と挨拶を交わす。

 心神の塔にある自室に着き、扉を開け中に入る。

 当然自室にもメンデルスの石像があり、何時でも祈ることが出来る。

 教皇は自身の為に贅を尽くすことは無いので、あまり物は置かれていない。

 贅に金を使うぐらいなら、亜人征服に金を使うだろう。


「教皇様」

「どのような様子だった?」


 突然声を掛けられるが教皇は眉一つ動かさずに答える。


「はい。イスルス山脈にて魔物の大暴走に巻き込まれるも、ロストマイン伯爵の軍がこれを撃退。主犯と思わしき魔族を王女殿下一行が撃退しました」

「魔族だと?!」

「はい。詳しいことはここに」


 一枚の羊皮紙を教皇に差し出す。

 じっくりと時間を掛けて読む教皇。その間、報告者は身動ぎもせずに待っている。


「ふん。流石は勇者一行と言ったところか」


 ファサと机の上に羊皮紙が放り投げられる。

 教皇はあの召喚された勇者を好きにはなれなかった。

 態々この教皇が教えを説いてやったというのに、あろうことか居眠りをする愚か者。

 しかし、あの力は魔族を征服にするのには必要不可欠なものだ。蔑ろには出来ない。


「ワガル帝国での布教はどうなってる?」

「あまり芳しくはないです」

「チッ、変わらずか……」


 舌打ちをしながら布教が上手くいかないことを憂える。

 ここスヴァイル王国での信仰は進んでいるし、ローエン王国でも賛同を得られている。だが、亜人共と直接国境を接しているワガル帝国では全くと言っていいほど進んでいない。

 剰え、共に繁栄しようなどと戯言を言う始末。

 これではスヴァイル王国が直接亜人征服に動くなど叶わぬ夢である。


「ここスヴァイル王国も安穏ではないしな」

「はい。僅かながらですが、棄教する者も……」


 これには理由がある。気高い血筋であるはずの第二王女殿下が世迷言を宣っているからだ。

 それに賛同して、メンデルス教から棄教する者が出始めている。

 いくら教皇が王女殿下に教えを説こうと必死になっても、理解しようとせず、近衛隊長のシャローンの話ばかりに耳を貸す。

 その影響か、最近では陛下まで私の説法に嫌気が差してるようにも見受けられる。

 看過できない情勢だ。

 教皇は、少し無理にでも動く必要があるか。と思案し、報告者にこれからの動きを指示する。


「お前は暫くワガル帝国に詰めていて、例の亜人を見張っておけ。何時でも動けるようにな」

「はっ、畏まりました」


 その言葉を最後に部屋が静寂に包まれる。

 宜しくない。非常に宜しくない。


「やはり王女殿下と勇者を共にさせたのは悪手だったか?」


 邪魔者を王城から出したはいいが、布教にはあまり結び付かなかった。

 あまりあの一行が名声を博すと、さらに布教がやりづらくなる。


「あの手段を用いるべきか否か……」


 悩みながら教皇は自室を出る。

 今日はこれから緊急の会議が開かれる。恐らくあの羊皮紙に書かれていた件であろうことは当たりがついていた。

 その会議で、陛下が何を言い出すかは想像に難くない。

 教皇は、それをどうにかして止めるよう動くしかないのも自明の理だ。

 心神の塔から出て、謁見の間に近い会議室までゆったりと移動する。

 途中で出会う貴族や騎士に、柔らかい笑みを送りながら進んでいると、会議室の扉が見えた。


「これは教皇殿」

「おお、これは軍務卿。久しいですな」


 扉の前には少し赤が入った茶色い髪を刈り上げて、いかにも精悍な面構えをした四十台の男が居た。

 彼の名はラルクス=スタンバーグ。

 元は平民の出でありながら、騎士団長の座まで上り詰めた男だ。

 この国は貴族が圧政を敷くことはあまりない。そんなことをしなくても十分裕福だからだ。

 だからといって平民が皆裕福なわけではない。

 何にでも例外があるように、この男が育った村は非常に貧しい村だった。

 そこから腕一本でここまでのしあがったのである。

 だからこそ思う。もっとこの国が裕福なら、村も貧困せずに済んだのにと。


「最近王都外での仕事が多くてな。録に参拝もできてない。後で礼拝堂に寄らせてもらってもよろしいか?」

「当然です。軍務卿ならいつでもいらっしゃって構いませんよ」


 そう言いながら扉に手をかけ開く。

 そこには四人の人物が居た。

 国王陛下であるトリスタンⅢ世。そして、書記でもある宰相メーデル。

 貴族であるバンデリン=ヴォーグスリー辺境伯。ワガル帝国に接した領地を持っている。

 ヴォーグスリー辺境伯は、この集まりでは最年少である三十代前半で、肩まで伸ばした金髪が似合う優男。その見た目に反して非常に武芸に優れていて、ワガル帝国に睨みを利かせている。

 そして、最後の一人も貴族であるルーヤ=イシュル=フォン=ハーバーマル公爵。王国最大の領地を持ち、最大の領軍を持っている。

 ハーバーマル公爵はヴォーグスリー辺境伯とは逆に、この集まりでは最年長である六十代後半で、白髪混じりの髪を後に流している。王国の建国から続く名家なのだが、その力の大きさ故に少々傲慢な性格をしている。

 この四人に教皇と軍務卿を加えた六人で会議を行う。

 本来ならここにガグル=フォン=ロストマイン伯爵が居るのだが、緊急の会議故に今日はロストマイン伯爵抜きに会議を行う。


「御待たせして申し訳ありません陛下」


 教皇と軍務卿が共に頭を下げる。


「よい。それより早速会議を始めようではないか」

「それでは今より緊急会議を始めたいと思います」


 そう言って今日の司会進行を務めるヴォーグスリー辺境伯が話始める。


「まずは皆様にこちらを読んでいただきます」


 一人一人にロストマイン伯爵の報告が書かれた羊皮紙を配る。

 教皇は一度読んだ内容だが、そんなことはおくびにも出さずに一読する。

 ここに居る人でこの内容を把握していない人物は恐らく居ないだろう。しかし、皆初めて読むような芝居を打っている。

 これも様式美というものだ。


「まずは喫緊の問題である魔族に関してです。ロストマイン伯爵の報告によれば、魔族が使用していた指輪が問題です」

「そうじゃなぁ。これが出回れば些か困ったことになるじゃろう」

「ふむ。人の姿をしていても油断できんということですな」


 陛下の言葉にハーバーマル公爵が相槌をうつ。


「して、対処はどの様にしたらいいじゃろうか?」

「怪しいやつの指輪を片っ端から外せばいいのでは?」


 軍務卿の言葉に皆呆れ言葉が出ない。


「そりゃ、ここに居る者ならそういう強引な手段もとれよう。だが、そうでもない領主の方が多いだろう」

「迂闊に行動して暴れられてはかなわんじゃろ?」

「なるほど」


 一応陛下の言葉に納得してくれたのか、軍務卿は引いてくれた。


「具体的な対処は難しいと思います。指輪をしている怪しい者を監視するに留めた方がよいかと。いざ問い詰める段になれば軍務卿にお願いすることになるでしょうが」

「心得た」


 大仰に頷き胸を叩く。

 しかし、難しい。指輪なんぞ魔道具です。と言われれば納得するしかないし、それを外せと言うのもおかしな話だ。魔族の指輪のことが広まる恐れもある。

 結局ヴォーグスリー辺境伯のやり方が一番現実的だ。

 皆それで納得する。というより他にやりようがない。


「それでじゃが、今回のことで魔族が動いていることがわかった。これより先はワガル帝国との協力が不可欠になるじゃろう」


 やはりそうくるかと、教皇はそっと溜め息を吐き、考える。

 陛下の考えは理解できる。魔族がうろちょろしているのに、人間同士がいつまでもいがみ合っていてはいけない。手を携えていかねばならない。

 しかし、そうなれば人間至上主義であるメンデルス教が蔑ろにされるのは目に見えている。

 教皇はそれだけは許せなかった。


「お待ちください陛下。それは亜人共と同盟を組むということですか?それは些か民心を蔑ろにしているのでは?」


 教皇の反応は陛下には想定済みだったのだろう。あまり間を置かず反論が出る。


「わかっておるよ。そうじゃな……。別に表立って同盟を組む必要はないじゃろ。情報交換や不可侵を約束するなどでよいじゃろ」


 さすがにそこは押さえてくるか。

 そう言われれば反対する理由も無くなる。

 だれも戦争など本音ではしたくないのだ。


「そうですか。ではまず使者を送るのですか?」

「そうじゃな。使者は……」


 そこで陛下は少し考える素振りを見せるが、恐らくもう頭の中では誰が使者をするかは決まっているのだろう。

 しかし、


「ここはリューナ姫一行に行ってもらうのがよいのでは?」

「何じゃと?」

「何せ直に魔族を見たのです。一番脅威が伝わりますでしょう。それに、リューナ姫の言であればワガル帝国も聞く耳を持つのでは?」

「ふむ……」


 あまり勇者を外に出したくない。ワガル帝国は亜人も居る土地、スヴァイル王国の人間では危険が付き纏う。色々反論は思い付く陛下だが、やはり直に相対したのは大きい。それに陛下以外は概ね肯定的だった。

 最後には、シャローン殿と勇者殿に護衛されてる姫が、今この王国で一番安全なお方ですよ。この言葉に納得した。


「よろしい。ではまずは手紙にてやり取りを行うとしよう」


 今まで啀み合ってきた国同士。使者を送ります。はいどうぞ。とはいかない。


「そのやり取りはメーデルに一任する」

「はっ!畏まりました」


 これで魔族とワガル帝国については終わってしまった。

 教皇は結局陛下の言に抗えなかった。

 これは教皇が愚鈍なのではなく、封建制度を行っているので当たり前なのだ。最後には陛下の鶴の一声で全ては覆る。

 今日までに陛下のお心を変えることが出来なかったのが、唯一の失敗した理由になるだろう。

 その後増えた魔物の対処や王都の守りなどの話し合いを行うが、これは軍務卿の領分であり、教皇が口を出すことは殆どない。そして、会議は終了した。

 陛下の思惑に近い結果になったが、逆に教皇は腹を据える。


「仕方ないのだよ……」


 心神の塔に向かう教皇の独り言を聞く者は誰もおらず、その背中から出ているどす黒い雰囲気を感じる者も誰もいなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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