イスルス山脈の怪しい少年
よろしくお願いします。
朝靄が立ち込める領主館の庭。本来なら鳥の囀りしか存在しない場所に私は居た。
山際の街だからだろうか、若干肌寒い中、日課の素振りをしていた。
私一人では無く横にシャルも居る。
私達と冒険者をするようになってから、出来る限り私の素振りに付き合っている。
お互いに喋ることなくひたすら木刀を振り、空気を切り裂く音が朝靄を散らす。
「なぁイチ」
いつも私が辞めるまで無言で素振りに付き合うシャルが喋り掛けてきた。
珍しい。どうしたのだろう?
「何?」
短く答える。集中を乱さない為に。
「これって何の意味があるんだ?」
「何のって、シャルあんた意味も分からずしてたの?」
ずっこけそうになった。まぁ私も完璧に理解してやっているわけではないが。
父様の教えなのだ。
「だってよ。別にこんなことしなくてもイチの剣は十分早いだろ?」
「へぇ~。シャルってこの世界の全ての生物知ってて、これから起こること全て知っているんだ?」
「どういう意味だ?」
十分剣速が早くなった。もう良いだろう。そんなことを誰が決めれる?
私の剣速では届かない存在が居ないと、どうして言える?
もしかしたらコンマ一秒剣速が早かったら勝てた。なんて状況がこれからも無いなんてどうして言える?
「ということよ。それだけでは無いと思うけどね。父様は自分で考えて自分の剣を見つけろって」
「はぁ~。イチの親父はスゲーな」
「私は精神の強化もあると思っている。何時いかなる時も冷静に剣を振れる様にって」
「ふむ。確かにそれは重要だ」
「シャルは真っ直ぐ過ぎるから。私の予想外の手に反応が遅れることがあるでしょ?」
「いや、だってよ。剣持ってるやつがいきなり目潰しとか考えねぇよ」
「勝つためには何でもするよ。だから逆に何をされても反応出来るようにしないと」
私は勝つためには騙し討ちもするし、卑怯な手も使う。死なない為に。
「やっぱり付いてきて正解だな。この年でまだ学ぶ事があるなんてな」
「そんな年でもないでしょ?」
シャルのこういうとこが好きだ。年下だろうが何だろうが、自分に無いものは教えを請い、強さを探求する。
意外とこれが難しい、人間にはプライドがあるからどうしても反発しがちだ。
「今言ったのは殆ど対人の場合だからね。シャルなら対人で苦戦したこと無いからでしょ?」
「そんなことをは無いぞ。ちゃんと私のライバルと言える存在はいたぞ」
そうなの?王国では聞いたこと無いけどな。違う国なのかな?
「今は何処行ったかも分からねぇけどな」
何やら訳ありっぽい。シャルが似合わない顔してる。無理に聞くことはないだろ。
「集中も切れたしそろそろ朝ご飯行こっか?」
「だな!」
メイドに(朝から鍛練すると言ったら付いてきた)食堂に行くと告げ、領主館に入る。
まぁ、昨日行ったから場所は分かるんだけどね。
「おはよ」
リューナとねねに短く挨拶し席に着く。
「では、皆揃いましたのでこれからの予定を言います。特にすべきことは無いので、冒険者組合に依頼を受けに行こうと思います」
「それしか無いよね」
取り敢えずここで冒険者の活動をして、怪しいことがあれば調査する。やることは王都と然程変わらなくなるだろう。
「では朝食が終わり次第早速組合に行きましょう」
冒険者の朝は早い。昨日来た依頼が今日の朝一で張り出されるからだ。
誰だって割りの良い依頼を受けたいに決まっている。その割りの良い依頼を求め、朝から組合に冒険者が殺到する。
それはここランドルスでも変わらない。
「結構多いね」
魔物が増えたお陰か、護衛の依頼を中心に掲示板には張り切れないぐらいの依頼書がある。
「護衛ばかりですね」
「だね。出直す?」
「だったらちょっと武器と防具見に行かねぇか?」
シャルがそう提案し組合を出る。
ランドルスは鉱山が近いだけあり、武器・防具の品揃えがいいらしい。
私達の装備は王国から貰った物ばかりなので、今まで気にしてなかった。
だって魔道具の武器と防具なんだもん。
因みに売ったらとんでもないお金になるらしい。この刀(そもそも刀が在ることにびっくりした)も大分使い勝手が良いからしないけど。いや、悪くてもしないけど。
「シャルも魔道具なんだから買い換える必要ないよね?」
「そりゃそうなんだがな。ここに昔馴染みが居るんだよ」
こんな所にも知り合いが居るのか。流石は元SSランク冒険者。
組合から出て百メートルぐらい歩くとその店はあった。店構えは王都にある店には劣るが、かなり立派だ。剣と盾が書かれた大きな看板が掲げられている。
ゲームに出てくる武器屋そのんまんまって感じ。
「よう。居るか?」
「おう!なんだシャルじゃねーか!久しぶりだな!最後に来たのは三年前ぐらいか?」
「そんなもんだな。景気はどうだ?」
「悪くはないな。ただ、最近鉱物の入りが微妙に少なくなってな。イスルス山脈の魔物が増えてるかららしいが」
ここでも影響が出てるのか。だんだんほっとけなくなるパターンじゃないの?
「その見た目じゃ買いに来たわけじゃねーな?当時より良いもん身に付けてるじゃねーか」
「ああ、近くに来たから寄っただけだ。それより、その魔物が増えた事について知ってることを教えてくれ」
「別に大したことは知らないぞ。鉱夫達が仕事がやりづらいって愚痴ってたぐらいだ。ああ、そう言えば変な噂は聞いたな」
「どんな噂なんだ?」
その噂とは……。
冒険者が鉱夫達の護衛をしていた。別に珍しいことではない。
このイスルス山脈は唯でさえ魔物が多いのに、最近襲われることが増えている。
騎士の巡回はあるが、居ない時に襲われたら意味がない。
その護衛の冒険者が、ある時一人の少年を見つけた。どう見ても鉱夫には見えず、見回りの騎士でもない。
不思議に思った冒険者だが、魔物が現れたので護衛の仕事に戻った。
「こんなことが何回かあったって話だ。別段気にすることでもねーだろ?」
「ふむ。確かに。変な少年が鉱山に居るってだけだしな」
「被害もないから誰も気にしてないしな」
そう?怪しくない?これは私がラノベ脳なだけかな?大体そういうのって黒幕だよね?
「ありがとう。機会があれば又来る」
「おう!今度はちゃんと客を連れて来いよ!」
口は悪いけどいい人っぽいおっちゃんだったな。
そのままもう一度組合の方に向かった。
さっきより人が少ない。旨い依頼が無くなったのだろう。
入って右手にある、軽い食事が取れる場所でお茶会を開く。
「さっきの話怪しくない?」
「そうか?」
「怪しい」
やはりねねも何か感じたようだ。
その少年が何者だろうと、話を聞くべきじゃないかな?
もしかしたら、鉱山を散歩するのが趣味の奇特な兄ちゃんかもしれないが。それは無いか。
「取り敢えず行ってみます?」
リューナの提案に断るメンバーはいなかった。というより、それ以外にする事を提案できるメンバーがいなかった。
ランドルスの北、徒歩一時間程の所に鉱山の入り口はある。当然ロストマイン領なので鉱夫達は税金を納めていて、盗掘を避ける為の監視員も置いてある。
鉱山に入るには、領主館発行の許可書が必要になるが、これは別に特別な資格とかは必要ない。単に発掘量と税金を把握する為だ。
「鉱山に行くのですか?」
「ええ、少し変な噂を聞きましたので」
「鉱山に出没する少年ですか?」
「ご存じでした?」
「はい。一応情報は来てますね。魔物が増加して一番やっかいごとになるのは鉱山ですから。許可書と照らし合わせても、その様な人物はいないとのことですね」
ロストマイン領にとって鉱山での税金が一番の収入になっている。そこで何かあり、発掘量が減れば、武器・防具・工具の錬成などに影響が出て、税収の減少に繋がる。
そんなロストマイン領の要所であるから、情報収集は必要以上にしているのだろう。でも、ほったらかしにしているのだから伯爵様も重要視していないのか。
なんか自信無くなってきたな。「いや~。鉄を見るのが三度の飯より好きなんです!えっ?!許可書が要るのですか?!それは知りませんでした!申し訳ありません!」とか言われたらどうしよう?
「あまり関係は無いと思いますが?盗掘をしている風でもないですし」
影響が無いから放置しているのか。
「念の為です。鉱山の魔物がどのようになっているのかの調査も兼ねて行ってこようと思ってます」
「そうですか。このメンバーなら危険は無いと思いますが、無理はなさらないで下さいね」
「お父様と一緒の事を言わないで下さい。大丈夫ですよ」
伯爵様は苦笑しながら入山許可書を差し出してくれた。王女様という立場にも関わらず、こんなことしてるからだろうな。心配するのは当たり前だろうと。
街を出て北に向かう。鉱物を運ぶ馬車と幾度かすれ違い、巡回する騎士が増えた頃、鉱山の入り口に着いた。
「許可書を」
持ってきた許可書を見せると一瞬監視員の顔色が変わる。すぐに元の表情に戻り入山の許可がおりる。
「さ~て、どうしようか?ってか何かあっついな」
入って暫く進むと大きく開けた場所に出た。見渡す限りに鉱夫や護衛の冒険者が居て、トンネルから人が出たり入ったりしている。
採掘場は男の職場だ。当然だが、魔力が少なかったら女より男の方が体力・力共に強い。
何やらよくわからない歌を歌いながら、むさ苦しい鉱夫達が作業をしている。
実際の気温というより熱気がすごい。
一発当ててやろうと目論む男達の気概が、周辺の温度を上げているようだった。
「もう少し山奥に行きましょう。目撃証言もそちらの方が多いらしいので」
『了解』
奥に行くに従って気温は下がり、見掛ける鉱夫も減って行った。一本道を辿って行き、暫く進むと鉱夫の一団が居た。
当たり前だか人が少ない方が得られる鉱物は多くなる。その分魔物に襲われる確率も上がるが。つまり、ここに居る鉱夫達は、危険を顧みず一発逆転を狙っているのであろう。
一応護衛の冒険者も居るが、元々荒くれ者なのだろう。私達に絡んできた。
「お~い。お嬢ちゃんだけでこんなとこ危ないぞ!魔物もよく出るから早く下に下りた方がいいぞ!」
違った。心配してくれたようだ。
「ご心配なく。私達はこう見えてCランクの冒険者ですから」
「なんとな!その若さでかい!お前達と同じランクじゃないか?」
そう言って護衛の冒険者を見る。
あれ?よく見るとフーノ村で会った冒険者じゃないか。苦虫を噛み潰した顔をしてこっちを見ている。
「あ~、あいつらは領主様の知り合いだからな。実力じゃなく上手いこと取り入ったんじゃないか?」
そんなこと言うか?こんな場所で喧嘩売ってどうするんだ。バカだな。
「先に進みましょ」
「ほらな、何も言い返さないってことは図星なんだよ」
「止めろ。ズーク」
戦士風の男の暴言をリーダーらしき男が止める。
「ガンダル、だってよ……」
「今は護衛の仕事中だ。前とは状況が違う」
リーダーはまだ頭が回るらしい。ということは前の絡んできた態度はそう指示されたのか。
シャルロットさんも意地が悪いな。
「フーノ村では世話になった。こっちも色々事情があったんだ。その辺を考慮してくれるとありがたい」
まぁこういう仕事してたら人に言えないこともあるよね。
「別にいいわよ。特に実害あったわけじゃないし」
「感謝する」
ん?魔物来たかな。
言葉に出すより早く、私達の前に魔物が現れた。
Cランク魔物の岩人形だ。
「敵襲!俺とズークで抑える!ロメンダとナーチスは魔法を抑え気味に!」
リーダーが的確な指示を飛ばす。
リーダーと戦士が左右から挟撃し、後衛の魔道士から援護魔法が飛ぶ。
私達?手を出さなくてもいいでしょ。この人達の仕事だし。
ということで、念の為ここに留まるが、私達は水を飲んで休憩モードだ。
そうこうする内に、岩人形の片腕が飛ぶ。戦士の一撃だ。ここまできたらもう後衛の仕事は無いだろう。後は落ち着いて、前衛が仕留めるのを待ってればいい。
岩人形はCランク魔物だか、その理由の殆どはその固さにある。ある一定の攻撃力を持ってさえいればこうなる。
「ふん!」
最後のリーダーの一撃で、岩人形は動かなくなった。
「どうだ!これがCランクパーティーの実力だ!」
ズークさんが何か言っている。
まぁ確かにCランクパーティーだね。それ以上でも以下でもないけど。
「ズーク!止せと言っているだろう!こんなとこで他の冒険者と揉めたらどうなるかお前も分かっているだろ?!」
再度ガンダルさんが咎める。
「すまない」
「別に気にしてませんから、私達はこの見た目です。ですからこういうことは茶飯事なので」
「助かる」
「ねぇねぇガンダルさん。やっぱり魔物増えてる?」
「ああ、そうだな。君達は護衛ではないのかい?」
ここに来た理由をガンダルさんに話す。別に隠すようなことじゃないしね。
「お~お~。領主様お抱えは楽でいいねぇ」
いい加減ズークがうざいな。ぶっ飛ばしていい?
リューナに目配せする前に再再度ガンダルさんが割って入る。
「いい加減にしろ!本当にすまない」
「けっ!きれーなんだよ。実力も無いのに高ランク冒険者だとか言ってる奴等は」
なるほど。そういうタイプか。分からなくもない。
自分達が日々研磨してコツコツランクを上げたのに、横からヒョイと追い付かれたら腹も立つだろう。しかも実力も無いのに。
今ここでズークの誤解を解くのは簡単だ。潰したらいい。だが、そんなアホなことで体力使ってもねー(さっきぶっ飛ばそうと思ったじゃねーか。というツッコミは無しだ!)。ここは甘んじてズークの愚痴を聞くのが正解か?いや、とっとと去るのが正解か。
「皆行こ」
「そうですね。では」
「お互いに気を付けていこう」
ズークがまだ何かぶつぶつ言ってる。
ガンダルさんはいい人だな。苦労してるんだろうなぁ。私達で言うところのリューナポジだな。
少々休憩も出来たのでとっとと行こう。鉱夫の人達に手を振り、私達はさらに山奥へ歩を進めた。
お読みいただきありがとうございます。