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ある日、三流アマチュア小説書きの物語の主人公の姉が増えた件

作者: みぺこ

 久しぶりに物語ははじまる。

 いつもの六畳一間。パソコンデスクとベッドと本棚くらいしか置いてない飾りっ気もない部屋に、俺は困惑の表情を浮かべて突っ立っていた。

 まぁ、まどろっこしい導入は抜きだ。これ、そういう物語じゃないし。

 結論から言おう。


「「「「「どうしたの、弟くん?」」」」」


 ――……姉さんが増えた。

 

 いや、なんでだよ。

 俺の眼前にはいつものようにベッドへ腰掛ける女性の姿。あざとさ全開、おつむ残念な、我らが姉さんだ。

 おかしいなぁ。なんでだろうなぁ。

 そりゃ別に、設定上だからって姉が生えてくるような物語だ。今更それが二人や三人になったところで困りはするけど、困惑したりなんかはしない。

 ……それが全員違う人物ならね!?

 ベッドへ腰かける人物は、全部で五人。

 全員、もれなく、完全に、同一人物である姉さんだ。


「いや、それは流石におかしいだろ」


 俺だってわかる。読んでる人だって分かる。

 ただでさえ人物設定すらない物語なのに、その上、姉が全く同じ顔、同じ服装、同じ口調で五人。

 え? なに? もしかして俺を過労死させたいの?

 

「「「「「過労死ってどういうこと?」」」」」


「えぇい! 同時にしゃべるな!!」


 風景描写もねぇから、同じ言葉を別々で喋られたら俺の疲労度がマックスになるんだよ。全部同じの登場人物の書き分けとか、出来ないからぁ!

 っていうか、こういうときでも姉さんは相槌マシーンなんだな。


「「「「「だって……、自分から話したいことなんてないし……」」」」」


「あぁ、うん。そうだよな。俺も姉さんと特別話したいことなんてないよ。……五人に増えてなければ」


 なんでこうなったのか。

 俺だってさっぱりわけわかめだ。

 ちょっと飲み物切らして、買いに出かけて、帰ったらこうなってた。

 ホント、なんでこうなっちまったのかなぁ……?


「「「「「お姉ちゃんにもわかんないよぅ……」」」」」


 五人同時にめそめそと弱音を吐きはじめる姉さん。

 あー、もうめんどくさい。

 何がめんどくさいって『「」』を五個つけるのがめんどくさい。

 もういい! 姉さんズは今から一度に喋るの禁止!

 んで、俺も見分けがつかないから、喋りはじめる前にAからEの頭文字をつけるように!


「「「「「え? じゃあじゃあ、お姉ちゃん、Eがいい!」」」」」


「え? みんな最後がいいのか……?」


「「「「「だって、Eって凄い大きさだよ!」」」」」 


 姉さんズが鼻息荒く、俺に詰め寄る。

 その迫力たるは、推して知るべし。

 あぁ、でもそうか……。大きさ、迫力……。あぁ、そうね。

 俺は姉さんズの全く迫力が足りていない箇所を見て、理解した。

 そうだよな。姉さんは常に『お姉ちゃんA』だもんな……。どこが、とは姉の名誉のために明言出来ないが。

 しかし、これで揉めても困るしなぁ……。あっ、もちろん姉さんの迫力のない箇所のことではなくてだな。そもそもそこが揉めないくらいだから揉めるわけで。

 ……言い得て妙だな?


「もう俺が適当に決めるぞ。俺から見て左から、姉さんA、次がB、んで、C、Dと続いて、一番右がEな」


「えー! 私、Aのまま!?」


「B、かぁ……まぁ前よりマシかなぁ……」


「Cだって! Cだって! お姉ちゃん大勝利だよ!」


「ふふーん、私なんてDだよ、D! わかる? 弟くんを頂くのは、この『ダイナマイト!』なお姉ちゃんDなんだからねっ!」


「ふふふ、ごめんねみんな。私だけ大きくなっちゃってさ。でも、これで弟くんのハートは私がもらっちゃうね? だって、Eですから! E! Eだからねっ!」


「あー……なんつーか、別々に話してくれるのは嬉しいけど、ちゃんと話す前に頭文字つけるように。あと、サイズは別に変わんねぇから」


 つーか俺から見たら、全員同じだから。もう合わせ鏡が勝手に喋ってるようにしか見えん。

 本人たちは気持ち悪くないのかね。全然気にしてないみたいだけど、目の前に同じ顔の奴が自分以外に四人も居るんだぞ。

 

「お姉ちゃんBです。別にそんなに気にならないかなぁー?」


「お姉ちゃんCだよー。だって私、容姿の設定すらあやふやだし……」


「お姉ちゃんAです……。ねぇねぇ弟くん。そんなことより、お姉ちゃんが増えても弟くんからの扱い変わってないよね? ねぇ? ちょっとは心配とかしようよ……」


「お姉ちゃんD。私は別に一向に構わんよ! だってこのお話、お姉ちゃんはじめての主役だからねっ!」


「お姉ちゃんEでーす! ねぇねぇ『E』って響きがもう良いよね! これってあれかな? やっぱりお姉ちゃんも成長期迎えちゃうってことかな!? そうかな!?」


 ……やべぇ、普段以上にカオスだ。

 駄目だ、この姉達。はやく何とかしないと……。

 このままじゃ過労死どころじゃない。物語が破たんしかねない。つーか、もうほとんど破たんしてる気がする。

 どんよりした瞳で見つめ続けても、姉さんたちは気にせずぴーちくぱーちく話し始める。


「お姉ちゃんE! Eだよ、E! ねぇ、弟くん聞いてる?」


「お姉ちゃんAの言葉も少しは聞くべき! Aだからって無視はやめるべき、そうすべき!!」


「お姉ちゃんCです……今、私はあなたの頭の中に……直接語りかけています……いますぐお姉ちゃんCに『好きだ』と伝えるのです……あなたが愛しているのは、お姉ちゃんCなのです……」


「あ、今気づいたんだけど、お姉ちゃんBの『B』ってもしかして『ボイン』の略かな?

 ねぇねぇ、お姉ちゃんボインってどう思う? いいと思うよね? ね?」


「お姉ちゃんもたまに思うんだよね、相槌ばっかりじゃダメだって。今はDだけど、いつでも気分は主役! せめてA!

  ……でもやっぱりEって羨ましいよね……」


「だあああああああぁぁぁぁ! うるせええええええぇぇぇぇぇ!!」


 姉さんズ、やべぇ! 何がやべぇって、無駄に相槌スキルだけ高いせいで姉さん同士で会話が成立しそう! 

 おかげで会話が止まりそうにない。


「ねぇ、聞いてる、弟くん? 

 あんまり無視すると、お姉ちゃんAにも考えがあります! これから勝手にお姉ちゃんFを名乗っちゃうよ!」


「あ、ずるい! 自分だけ大きくなろうとしてる!

 じゃあじゃあ、お姉ちゃんBはお姉ちゃんGを名乗ります!」


「お姉ちゃんG、だと……!? まさか『グラマラス』とか名乗るつもり……!? 

 ゆ゛ る゛ ざ ん゛ ! お姉ちゃんの風上にもおけない奴め……、このお姉ちゃんCが成敗してくれる!」


「お姉ちゃんDとしては、巨乳は全員死ねばいいと思います」


「そんなことより、おうどん食べたい。

 弟くん、台所借りてもいいかな? あ、お姉ちゃんEだよ! E! えへへっ」


 もうめちゃくちゃだよ!

 姉さんAと姉さんBがベッドの上で喧嘩をはじめ、それを姉さんCがどこからともなく取り出したリ○ルケインでもろとも斬りつける。

 更にそれを姉さんDが冷めた表情で見つめ、横目にしつつ台所へと向かうお姉さんE。

 なんだこれぇ……。なんだこれぇ……!!

 だ、誰か……。

 頼む。誰か……。


「――……誰かなんとかしてくれえええぇぇぇぇ!!」


 俺の絶叫が、六畳一間に響き渡った。













 ――さて、それからどうなったか。


「あ、弟くん起きた?」


「ん……?」


 ぼやけた視界の中で、姉さんの顔が映る。

 どういうこった……?


「どういうこと、って……。遊びに来たら弟くんが寝てたから、勝手に上がったんだけど。駄目だった?」


「いや……」


 あれ? 五人の姉さんは? リ○ルケインは? おうどんは?


「五人の姉さん? ……もしかして、弟くん寝ぼけてるの?」


「あ、あぁ……そう。そうだよな……」


 そういうことか! あれか、夢オチか!

 いやぁ、そうだよな! そうなんだよな!

 いっくらこの物語でも、姉さんが増えたりしないよな!

 キャラがぶれてようと、物語がぶれてようと、それはぶれてるだけ。

 複数に見えたって、別に本当に増えてるわけじゃないもんな!

 いやぁ、良かった。姉さんが増えるなんて幻想だったんだな。


「? 何言ってるの、弟くん。」


「気にすんな。こっちの話、こっちの話」


 首を傾げる姉さんに、俺は上機嫌に答える。

 いやぁ、姉さんが一人だとこんなに楽なんだな。やっぱ姉さんは一人で充分だわ。

 五人とか居ても困るし。つーか、登場人物なんて二人で充分。

 まぁ、妹とかも居た気がするけど、今は居ないし。


「あ、でも妹ちゃん、もうすぐ着くって言ってたよ?

 今日は一緒に晩御飯作るんだー。えへへ、楽しみだなぁー!」


 にやけきった顔で自慢する姉さん。

 なんだ、来るのか。登場人物が増えるのは面倒だが、晩御飯を作るなら大歓迎だ。食費が浮くのは大助かりだしな。

 ――と、ちょうどそのとき。

 玄関が開く音がした。


「あっ、来たかな? お姉ちゃん、出迎えて来るねー!」


 パタパタと元気よく玄関へと駆け出す姉さん。

 そんな急がなくても。どうせ玄関からこの部屋まで数歩の距離だ。数秒後には会えるのに、お前は犬か。

 ……ま、仲が良いのはいいことだけどな。

 ベッドから起き上がって、パソコンデスクへと腰掛ける。

 いつもの定位置。俺の場所。やっぱベッドよりこっちのが落ち着くわ。

 こっちなら昼寝することもないだろうしさ。

 ……夢オチとか、ホント、笑えないよなぁー。

 

「――いや、ちょっと待てよ?」


 そこでふと思い至る。

 ……なんで、物語が終わってないんだ?

 物語は進まなきゃ終わらない。逆に言うなら、進めば終わるはず。

 だったら――夢オチだったら……もう終わってるはずだよな?   

 

 嫌な予感は、当たった。


「お、おおおお、弟くん! 大変! 大変だよおおおお!!」


 『バンッ!』と勢いよく部屋へと飛び込んでくる姉さん。

 そして、玄関に出迎えにいったはずの姉さんの後ろから、現れた人影。

 金髪ツインテール。勝気な瞳を揺らして、目を尖らせた少女。我らがテンプレツンデレ妹だ。

 ……それが。

 

「おいおいおい、嘘だろ……? 何人居るんだよ……?」


 五人なんてレベルじゃない。

 ひい、ふう、みい……あぁ、数えるのも面倒だ! とにかくたくさん! たくさんいる!!


「来てあげたわよ、クソ兄貴!」


「べ、別にアンタの晩御飯を作りにわざわざ来たわけじゃないんだからねっ!」


「アタシはお姉ちゃんに呼ばれて……――ちょっと、何か返事したらどうなの!?」


「全く、これだからクソ兄貴は……」


「ねぇ、アタシの言葉聞こえてるの?」


「兄貴の姿すら見えないんだけど……。ちょっとアンタ、どきなさいよ!」


「なによ、アンタこそ! ……ははーん、もしかしてアンタ、兄貴の姿がはやく見たいの? ぷぷっ、必死になっちゃって」


「な、なんですってー!? いい度胸ね! 誰に喧嘩売ったか教えてあげる!」


「ちょっ、やめなさいよ! クソ兄貴とはいえ、ここはヒトの家なのよ!」


「ねぇー、それよりアタシ、はやくお姉ちゃんと料理作らないといけないんだけど」


「ほんっと、馬鹿なことやってないで手伝ったらどうなの?」


「アンタこそ!」


「なによ!」


 あぁ、もう、なんだよこれ。


「ど、どどど、どうしよ、弟くん」


「……もう知らん。勝手にやらせとけ」


 あわあわと慌てふためく姉さんと、無限に居るかのように溢れかえる妹たちを横目に、俺は静かに瞼を閉じた。

 パソコンの前じゃ寝落ち出来ない?

 大丈夫だ。

 人間、やれば出来る。出来るはずだ。

 夢オチだって二回できるはず。

 ――そう、この物語ならね?

 ……つーか、出来てくれなきゃ困る。


「いたっ! いたたたたた! 髪の毛ひっぱるのやめなさいよ!」


「アンタが頬をつねるのやめたらやめてやるわよ!」


「い、いたひ……ぇ……お、お兄ちゃん……痛いよぉ……」


「やめなさい! やめなさいったら! も……もう、やめな……やめなさいよぉ……! うぅ……! うええぇ……!」


「あーあ、泣かせちゃった。……よしよし、アンタは強い子でしょ? 泣かないの」


「何言ってるのよ、アンタもアタシでしょ? 泣きたいなら、泣いてもいいのよ?」


「べ、別に泣きたいなんて! ……思ってない、から」


 もうはやく終わってくれ。

 聞こえる妹たちの声と、困惑する姉さんの気配を感じながら、俺の意識は中々に眠りへと落ちないのであった。


 ある日、三流アマチュア小説書きの物語の主人公の姉が増えた話は、これでおしまい。

  



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