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熱の手  作者: 壬哉
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第8話



 着替えを渡し、服を着替えさせている間、麻紀にはご飯の用意をさせた。

 その足で歩かせる気にはさすがにならず、準備が出来しだい、持ってきてもらえるように頼んだ。

 その間にでも、俺はこの男に事情を聞いた。

「んーっと、ちょっと考え事がまとまらなくって、自棄になって飛び出してきたのは良いけど、片道ぎりぎりを選んだら、余計なところに使うお金がなくなったんだ。でも、ここ……海を近くで見ないといけない気がして、駅から歩き通しでここまで来たってわけ」

 つまり、ただのバカ。

 普通だったらそんなこはしないし、下手したら餓死をしていたかもしれない。しかも、それから二日間寝続けたのだ。今きちんと意識があって、こうやって話が出来るのもすごいかもしれない。

「無謀なことを」

「自分でもそう思うよ」

 そういったあと、淋しそうにそうすることしか出来なかったといった。

 そんなに何かに追い詰められていたのだろうか。

 ふとその時、電話とメールのことを思い出した。

「はい」

「え?」

 机に置いておいた携帯を手渡すなり、少し不思議そうな声をあげる。

「電話とメール着てた。ていってもついさっきのことだけど」

「そっか。悪いな」

「え?」

「色々迷惑を掛けてしまって」

 携帯を開くことをせず、じっと俺の方を見つめていってくる。

 迷いとか、照れとか恥ずかしさなんてなく、ただ真っすぐな瞳だった。

 最初は、すごく憎み、意地悪ばかりをしてやろうかと思っていたというのに、そんなにも真っすぐだと、運がよかったと思う他ないだろう。

「はっ早くメール見てやれよ」

 逆に恥ずかしくなってそう早口で言うなり、クスッとほほえみ、うんとうなずいた。

 調子が狂う。

 なにか、オレらに期待とかではなく、心の何かを許しているような感じがした。

「お待たせ」

 扉を開け、良い匂いを漂わせながらも麻紀が入ってきた。

 お盆をベッドの近くのテーブルに置く。

「これ……」

「寝ながらお腹なってたぞ」

「あっ……」

 カァッと火照るその男の顔は、すごく子供みたいだった。

 でも、今でもメールを見ることはしていなかった。

 見たくないのか、何か心当たりがあるのか。





 ご飯を食べ、お風呂に入れた後は、適当に色々話した。

 ここがどこなのかから、お互い何才なのかまで。

 どこに住んでいるのかなども話したし、どんな学校に通っているのかや、夏休みの過ごし方など、とにかくたくさんの話をした。

 話していくうちに、だんだんこの男には大きな害がないような気がしてきた。それとともに、不意にこの男になら麻紀を頼んでも大丈夫な気もした。

 どうしてそんなことを考えてしまうのかはわからないが、俺が出来なかったことをこの男になら出来そうな勘が働くのだ。根拠があるわけではない。本当に感覚だ。

 二日程前から何かが起きている気がする。


 何かが変わると……。


 きっと変わっていくきっかけはこいつ、沚と名乗るものの現れだ。変わったのはこれだけじゃない。これからも、今まで知らなかったようなことが、次から次へと現われてくるのだろう。

 今日は、まだ前兆でしかない。

 これから起きること。すべてが理解できないことになろうとも、現実を見ずに逃避するような人間にはなりたくないし、なってはいけない気がする。

「さっ今日はもう寝たほうが良い」

「あっあぁ。『さっ今日でもう帰れ』って言われるのかと思った」

 と、すこし驚いたような表情でいった。

「そんなにひどい奴に見えるか?」

「いや、そうには見えねぇけど……」

「けど? 何か不安なの?」

「不安っていうか、どこの骨の輩かわかんないようなやつを、そう軽がる預かっていてくれるもんなのかなぁって」

 不安そうに見上げる沚を、今更放っておけないだろう。それに、まだまだ何かが変わるはず。

 変わってほしくないとも思ってはいるけれど、なにか、変わらなければいけない気もしている、

 感覚と思っていることが一致しない。きっとそれは、運命というものが交わっているのだろう。

「沚、年齢は俺と同じ。それだけ知ってるだけでも、十分だ」

 深入りはしない。

 しなくてはいけない気がするなら、もうとっくの前にしているし、追っ払うなら、それこそ起きた時点で追い返している。いや、拾うことすらしなかっただろう。

 それに、この男、沚に少し疑問点を持っている。

 携帯のメールや電話を確認しないのか。

 未だずっと一緒にいるが、携帯を見ないのかが疑問に感じられた。

「拾われたのが、あなたの家で良かった」

 軽くにっこりと、警戒心ゼロな笑顔を向けてきた。

 きっと憎めない存在。

 向こうに親友二人を待たせているんだといった。でも、急いでその二人の元へ帰ろう。戻ろうという素振りはしない。

 二人との関係に距離を置いているように。昔の俺に似ていた。

「喜べ。そして心の底から麻紀に感謝しろよ」

「え? 私?」

 急に話を振られて、どう反応していいのかわからないかのように、自分自身に指を差し、キョロキョロと俺と沚を何度も見た。

 その姿が可愛くて、ついクスッとほほえむと、釣られて沚も笑う。二人で笑っていると、麻紀は拗ねるようにプウッと頬を膨らませる。

 自分はシスコンと同じ分類にはいるといっても他言ではない。そうだとわかったのはいったいいつの頃だっただろうか。

「ありがとう。麻紀さん」

 改めそういう沚に、赤面しながらコクンと頷く。





 夢を見た。

 懐かしく、カラフルで普通の夢。

 あの真っ暗な部屋みたいな囲いの中にいて、訳が分からないまま呻いたり、寂しがったり罪悪感を感じる夢ではない。

 真っ青な空を、杵島と麻紀に挟まれ、間に俺が座って見上げていた。

 いるのは三人だけじゃない。

 杵島の隣に立っているのは、髪がきれいで真っ黒で。前髪は短くて、サイドが少し長いかな? くらいで、後ろだって長いとはいえない。眼鏡をかけていて、可愛らしく、男か女か迷うような容姿だ。

 甘えたがりなのか、麻紀の股のなかに入るかのように、小さく座って麻紀が頭を撫でている女の子もいた。

 髪の色が少し薄くて、前髪は真ん中分け。ショートヘアーで、人見知りが激しそうに、弱々しそうな表情をしていた。

 五人。なんだか、この中にいたら、すごく気分が良くて落ち着く場所。

 何かを捜し求めて草原にきたはいいが、気分が良すぎてここを動く気がしなくなってしまったみたいに。

 会話をすることはなく、ただ風にあたり、草のにおいを嗅ぎ、心を落ち着かせていた。

 そんな心和む夢だった。でも、疑問点はある。

 なぜそこに杵島はいて相澤がいないのか。

 なぜ麻紀がいるのに、シスコンじみている兄貴がいないのか。

 何かが、今まで考えていたような平凡な人生を変えようとしている。

 死ぬまで色々なことがあって、頭を必死に使って考え、それでも分からないことがありながらも、必死に生きようとしている姿がある。

 夢というのは怖い。

 いつかこれが現実になるんじゃないかって、不安を募らせていく。



 ゆっくりと目を覚ました場所は、寝る前と変わらなかった。

 さっきの夢は幸せな夢だったのだろうか。淋しい夢だったのだろうか。

 はっきりと覚えている夢なのに、感情までは覚えてはいない。

 感じていなかったのかもしれないし、感じようともしていなかったのかもしれない。なんだか、他人の行動を、なにとなく眺めているだけのように。

 まだ周りは暗い。

 朝日も出ないうちに起きるだなんて、懐かしい。

 枕元に置いてあるはずの携帯を、手探りする。

 時間は四時。

 前にもこんなことがあったか、そのときは確か二時だった。しかし、それは夢で起きたようなものだ。

「何の夢だったんだろう……」


(予知夢を見れるような力なんてないしなぁ)


「あってもいやだけど」

 ため息混じりに独り言を終わらせ、軽く髪を掻き上げては布団に再び入りなおす。

 眠れるだなんて期待はしていない。

 三日間寝通していたらしいし、少しばかり考えていた所為で、頭が覚めてきた。

 布団をきれいにめくりあげ、左足から降りていく。

 着替えを準備してきたわけではないから、お兄さんが昨日準備してくれた服を有り難く使わせていただく。

 少しばかりブカブカで、袖がだいぶ余る。

 ちょっと悲しみを覚えながらも、ゆっくりと袖をおる。

 カーテンをきちんとあけて、携帯をゆっくり開く。

 あの二人が見たのか、来ていたというメールは新着として扱われていなかった。

 危ないメールではないと思うが、キャンプの時の話だったら、さぞかし頭を傾がせただろう。

 メールの内容は

「いきなり電話してごめん。暇じゃなかったのかな? だとしたら、後ででもいいから返事くれないかな?

 この前のこと謝りたくて。ごめん。急にあんなこといわれても、沚が困るだけだもんな。反省してるよ。

 もしよかったら明日でも会えないかな? 会いたくないようだったからしばらく連絡しなかったけど、もうそろそろ限界かも。

 いつもみたいに三人でばか騒ぎしたいんだ。わがままだろうけど、聞いてくれるとすごくうれしい。

 この前みたいなことは言わない。今までどおり、笑いあいたいから……

 良い返事、まってます。……か。良い返事って言われてもなぁ。やっぱりこのメールは見ないでおいたほうが良かったかな」

 会いたいというのは昨日か一昨日の話だろう。

 いまさら返事をするのも変な気分にさせるだけかもしれないけれど、返事をしておいたほうが二人の為だろうか。返事がなくてもおかしな話ではないかもしれないが、返事をしないと心配するだろうか。


(しないよりは良いのかな?)


 慣れない手つきでメールを返信画面にもっていく。


(電話にしようかな?)


 ふと壁に書けてある時計の針を見る。


(非常識な時間だよな)


 それに、なんだか口ではうまく言葉を選ぶことができないかもしれない。

「んーと……」

 ピコピコとはならない携帯。

 カタカタと小さく音を鳴らしながら、文字を打ったり、打ち直したり全部消したりしていた。

 うまく言葉がまとまらない。なんといえば二人にうまく伝わってくれるのか、どうすれば今の自分名状況を伝えることができるのか。

 なんとなく、少しだけでも納得をいかせると、ゆっくりと送信ボタンを押した。






「パンはお嫌いかな?」

 二人のどちらかが部屋から出てきて、リビングの方に行く音が聞こえる。

 その時の時間は七時くらいだった。

 もうお腹がペコペコで我慢がきかなくなってきた頃だ。釣られて起きるようにリビングに向かうと、オハヨウの次の台詞だった。

 それに首を振る。

「朝ご飯、パンなんだ? パン大好きだよ」

 起きていたのは妹の方だった。

 どちらかといえば、お兄さんのほうが早く起きるようなイメージがあった。

「よく眠れました」

「あっはい。さすがに何日も寝たからか、朝は早く目覚めたかな」

「なら朝日を見た? ここから見える朝日と夕日はきれいですよ」

「うん。朝日、きれいだった。今日は夕日見てみたいかな」

「うん。でも、帰らなくて平気なの? 友達……待ってるんじゃない?」

「あー……やっぱり見たんだ?」

「えぇ」

 うっすらとほほえみ、何も悪いとは思わないかのような笑みだ。

 出されたパンを手に取り、口に含む。

 パンは食パン。

 ふわふわしていてやわらかい。ゆっくりと角度を変えるだけで、簡単に口に含むことができる。

「良いんだ。さっき返事を送った。できるだけ早く帰ろうとは思ったけど……あっそうだ。一つ頼みがあるんだけど」

「なぁに?」

「俺帰るとき……」







「なんだよ、おまえらもう起きてたのか」

「おはよう。お兄さん」

「お兄ちゃんおはよ」

 パンを丁度食べ終えたとき、お兄さんが起きてきた。

「おまえにお兄さんって呼ばれる筋合いはねぇよ」

 こつんと音を鳴らすように叩き、クスリと微笑む。

「だって名前面倒な名前なんだもん」

「この俺の名前を面倒だと? 失礼な」

 なんて笑いあえる間、俺はまだここにいるという証でもあるんだ。

 ここにいていいのかときけば、居たいだけ居ればいいさと言ってくれたお兄さん。

 ボーッとしていても文句を言わない妹の麻紀。

 この場所は、とても居心地が良くて長居をしたくなるけれど、早くここからでなければ、何か大きな異変に巻き込まれるような予感がした。

 帰らなければならない。

 帰りたくなんかない。

 考えていることと感じていることが、うまく絡み合ってくれやしない。

「もし……もし俺が帰りたくないだなんていったら、君たちはどうする?」

「帰らなければ良いさ。俺たちはかまわない」

「邪魔だったりしない?」

「しない。むしろ、おまえがいると、何だかこの先何かが起きるような気がしてな」

 淋しそうというより、清々しい感じ。その起こりそうな出来事を待っているような、迷いのない瞳をしていた。




 

 

 


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