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熱の手  作者: 壬哉
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第7話

 


(着いた……着いたんだ……?)


 きれいな海が見えた。

 捜し求めていた何かを見つけることが出来たような気がした。

 答えが見つかったわけではないけれど、決めた目標に向かって行った自分を誉めなければいけない気がした。


 誉めて育てろ。


 その言葉を作った人に、愛を叫んだってかまわない。いや、ぜひ叫ばせていただきたく思っていた。


 休むことはした。

 でも、本能的に行いたいと思うことは、必死に耐えた。耐えなければならなかった。睡眠や食事。

 やはり一番つらかったのは断食。つまり食事。

 人間、水さえあれば三日は生きていられるといったが、水すら持たなかった自分、少しだけすごいと思えた。

 途中からは、お腹が空きすぎて、「空腹」だということを多少忘れることが出来た。

 眠くて眠すぎて、「眠い」ということを忘れることが出来た。

 でも、海を見た瞬間、限界というものがあらわれたような気がした。

 お腹が空きすぎて、本当に背中とお腹がくっつきそうだし、眠すぎて目蓋が1ミリとも開けることが出来なくなってしまった。

 疲れ切った身体は、筋肉が大声で泣きだして体を起こすことすら出来なくなったし。


 まず先になにをすればいい?


 寝ればいい?


 食事を取ればいい?


 筋肉をほぐせばいい?


 ―とりあえず、目蓋が開かないから、自然的に睡眠を取ればいいだろう。





「お兄ちゃん……この人眠りながらお腹がなってる」

「後で良い笑い者にしてやろう」

「そだね。でも、この人なんなんだろう。(家に)あげてよかったのかな?」

「まぁ、未来からやってきた。とか、過去から……云々(うんぬん)はないだろうけど、そんなこといってきたら、即座に外に放り投げればいいだけさ」

「そだね。じゃぁ、当分は起きないだろうけど、そのお腹に満たせられるようなもの用意しておくね」

 立ち上がり、麻紀は部屋を出ていった。

 それを目だけで見送り、再びベッドに寝ている男の子を見つめた。

 着ていた物は、洗濯機に放り込んで、反応を知りたいがために、真っ裸で布団のなかに放り込んでみた。

 もちろんそのとき、麻紀は部屋の外で待機させておいた。

 でも、脱がしたとき、足の裏には長距離歩いたような豆が出来ていた。いや、豆だけなら可愛かったかもしれないが、血豆すらも出来ていたし、一つの豆なんか割れていた。

 見ただけで痛々しいその足を治療してやったけれど、思い出しただけで痛みが移ってくるような気がした。

 でも、頑張ったような足裏にしては、体格的に運動とは程遠そうな体付きをしていた。

 していたとしても、学校の授業程度で、特別決まったスポーツはしていないだろう。

 しかしどうしてここにたどり着いたのだろう。ここに来たければ、バスを使えばいい。といっても、回数が多いわけではないが。

 もしこの人が追われ、逃げていたのならば、こんな足であの疲れ具合はわかるとしても、あれ以来追っ手というのか、訪問してくるようなものはあらわれやしなかった。

「まさかこいつ……本当にどこからかワープしてきたとか? ……なぁんて、ワープなんてあったらもっと早くにワープしてくるだろうなぁ」

 わからないことがおおい。もっと単純で、すっきりわかるできることだったら喜んで手伝ってさっさと追い出せるのに。

「頼むから、目が覚めたら記憶がありませんだなんて状況になりませんように」

 一番やっかいなのが、目を覚まして記憶がありません。という状況だ。そんなことになったら、さっさと救急車に運ばせてやる。

 面倒だけはごめんだ。といいたいが、中にいれてしまった以上、面倒承知だということなんだろうけれど。



 それから目を覚ますまで、だいたい二日もたっていた。

「今日目覚めなかったら、海にでも沈めてやろうか」

「そうだね……こんなに目が覚めないとか、いままで病院につれていかなくて悪かったかもだしね。死体になられたら、面倒だもんね」

 あれから何度お腹の空腹であるサインを聞いただろうか。

 いつからこの人が寝ていないのかも気になるところだ。

 どんな無茶してきているのか。

 そんなことを考えているとき、急に彼の持ち物である携帯が鳴り響いた。

 俺も麻紀も反射的にびくつき、ゆっくりとその携帯の方に顔を向ける。

「びっくりしたぁ」

 電話なのだろうか。一分もしないうちに切れはしたが、その後、五秒程度の着信音が鳴り響いた。

 次はメールか。

 電話に出ることは避けてやったのだから、本人のことを少しでも知る権利があるのだから、メールくらい読んでも罰は当たらないだろう。

 何かが変わると思っていた二日前。本当に現実、いつもの平凡な長期休校が、少しだけ波をたてはじめている気がした。

「なんて書いてあるの?」

「えっと……いきなり電話してごめん。暇じゃなかったのかな? だとしたら、後ででもいいから返事くれないかな?

 この前のこと謝りたくて。ごめん。急にあんなこといわれても、沚が困るだけだもんな。反省してるよ。

 もしよかったら明日でも会えないかな? 会いたくないようだったからしばらく連絡しなかったけど、もうそろそろ限界かも。

 いつもみたいに三人でばか騒ぎしたいんだ。わがままだろうけど、聞いてくれるとすごくうれしい。

 この前みたいなことは言わない。今までどおり、笑いあいたいから……

 良い返事、まってます。

 だってよ」

「相手は男の人……かな?」

「っぽいな。沚っていうのはこいつのことだろう。んで、メールしてきた奴は……島? なんて読むんだ?」

「どれ?」

 持っていた携帯を、ゆっくり麻紀に手渡した。

「えっとぉ……木偏に午後の午? んーわかんないや。あっ、アドレス帳見たらわかるんじゃないかな?」

 あまり慣れない手つきで携帯をいじり、アドレス帳からその人のものを探しだしていた。

 読めないぶん、ふりがな検索という楽な機能が使えずに、少しだけ苦難している様子だった。

「あっあった。きしま……だってさ」

「へぇ杵島……ねぇ」

 一応日本人らしいし、日本に住んでいて、別に漂流してきたわけでもない。

 やはり、どこかからか歩いてきた。もしくは、走ってきたのだろう。

「いい加減、目を覚ましてくれないと病気か何かにかかるぞ? 餓死とかはやめてくれよ」

 強制的に起こそうと、多少乱暴に開いたままの携帯を麻紀から取り戻し、机においては、軽く回れ右をしてベッドの隣に立つ。

 それを目で追いながら、ゆっくりと後を追う麻紀。

「ねぇ、今どうして携帯、取り上げたの?」

 ちらりと俺を見た後、ベッドに横になっている彼に目をやった。

「この人、もう死んでたりして……」

「んー、一応息はしてるしなぁ……麻紀、強制的に起こすから、この前用意したご飯、悪いけど温め直してくれないか?」

「了解」

 出ていく麻紀を見送り、再び彼の方を振り向く。

 すやすやと、死んでいるかのように眠っている。

 寝相は悪くない。と言うか、本当に死んでいるかのように、身動き一つしない。それがまた、怖かった。

 まわりを見回し、なにか起こせられるものがないかと探す。

 安全なものを使うとすれば、いつの時代のものかすらわからないような、古ぼけ、誇りに埋まっているかのような雑誌だった。

 きっと昔に母が読んでいたのだろう。それを丸く丸め、その目的である男のまえで、それを振り上げ、思いっきりそれを振り下ろす。


 ベシッ……


 という淋しい音をならしたまま、静けさは再び戻った。

「……っほぉ〜良い度胸してるなこいつ」

 寝相はいいくせに、寝起きだけは悪いのか。

 厄介な奴だなと思いながらも、何度もそいつの頭を叩きまくる。




 バシバシと叩かれる夢を見ている。

 ただ目を瞑っているだけのように暗く、自分の姿は見当たらない。ただ、頭を何かで叩かれているだけ。

 夢を見ているという実感はない。本当に殴られているかのよう……いや、本当に殴られているのかもしれない。


(あぁ、腹減ったぁ……)


 空きすぎて、体や頭が狂ってしまいそうだ。


(起きなきゃ……)


 眠りが浅くなってきたのか、だんだん現実に戻っていく気がする。

 少しだけ重い目蓋を開ける。

 そこには、丸く長いものが力一杯振り落とされる。一瞬、その、丸く長いものを持っている人が、あっと気付いたかのような顔をしたのを瞬間的に視界に入ったが、遠慮もなしにそれは頭に刺激を与えた。

「いぃっ!」

「よぉ、起きたか」

「でもおにぃちゃん、結構ひどい起こし方だけどね」


(お兄ちゃん? 起こす?)


「仕方ないだろ。俺の妹にひどいことをした男なんだからな」

 睨み付けるように俺を見る。

 いったいなんのことを言っていて、ここはどこで、どうしてここにいるのか。すべてを説明してほしかった。

 でも、こんなようなことを一度体験したようなことがあった気がする。でも、確かあの時は誰もいなかった。

 居て、状況を説明してほしいと思っていたかもしれない。でも、まさか居て、暴力を振るわれ、流れのわからない会話をされるだなんて思わなかった。

「ひっひどいことって?」

「ひどい……忘れたとか言わないよね?」

 もぞもぞと体を軽く揺すりながらも、チラチラっと何度か俺を見る。

 ゆっくりと上半身を起こそうと、右腕に力をいれ、軽く頭を上げたとき、何かの異変に気付く。


(あれ……? こんなに布団に触れてるものだっけ?)


 少しだけ自分の体温で暖まった布団。いま、少しだけ隙間を空けたときに、その隙間から冷たい空気が入り込んできて体を直で冷やす。

 体は足と腹筋の筋肉痛という重み以外、いやというほど軽かった。いつも絡みくるパジャマを着ていないかのようだ。しかし、ぱっと見、自宅ではない。着替えさせてくれて、違う服を着せられたのかもしれないけれど、にしては動きたいように動けてしまう。

 かといって、ピッタリすぎるような窮屈感もない。

 もしかして……と、だんだん血の気が失せてくる。

 軽く布団をめくり、その中身を確認するなり瞬間的に固まった。


(服……着てない?)


「ひどい……本当に覚えてないの!?」

「えっあの……えっとぉ」

 女性のほうが、信じられないというような悲鳴をあげ、ひどいといって両手で顔を隠し少しだけ下を向く。

 まさか、してしまったのだろうか。でも、今まで歩いていた記憶しかないし、この二人にあったのだって、初めてだと思う。

 本当に記憶がないのならば、今の状況を納得する他ないのだろうか。

「ちょっ待った……状況を説明してくれないか?」

 とりあえずそこからだと、男性……といっても、そんなに年齢差はないようにも見える方に聞く。

「そうだな。簡単に言えば、ヘロヘロ歩いてきては急に倒れたのを拾った。だけど、深く言えば、倒れたおまえに悪戯したってところかな?」

「いた……ずら?」

「そっ。お前、その布団の下どうなっているのかわかっているんだろう?」

「あっ……あぁ」

「それで、どういう反応するか試したってわけ」

 そうネタばれをするなり、疲れたかのようにため息を吐き、多少前かがみになっていた体を起こす女性。

 つまり、すべて楽しむために仕組まれた罠に、疑うことなくきれいに填まってしまったのだ。

「なっ……なんだよそれ……」

 力が抜け、へなへなとベッドのうえに再び仰向けになった。

 それならそうと、騙さずにはっきり言ってくれればよかったのにと思いながらも、それじゃぁ意味はないかと少しだけ思い返す。

 その瞬間、緊張感が抜けたからか、力強いお腹の鳴き声が響き渡った。





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