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熱の手  作者: 壬哉
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第5話



 夏休みという期間は、二人と距離をおき、考えるにはちょうどよかった。

 今までは、三人でいたほうが楽しく、休みもそれなりにちょくちょく会ったりしていた。会いたくないなんて感情、今まで考えたことなんかなかったし、思い浮かぶこともなかった。

 だから、今の自分は普段の自分とは違う。二人には会いたくないし、今は未だ顔をあわせたくないと思ってしまう。

 力という名の壁。

 まだあれは夢だったんじゃないのだろうかという気持ちがある。

 すごく眠くて、眠いが故に仲間がいてほしいという、半信半疑な力のことを題材に、夢として何かが流れたのだろう。

 杵島がそうであってほしい。相澤がそうであってほしいと、勝手に思い込んでは二人との間に勝手に壁を作って。

 もしそうであるなら、自分はどんなに理不尽なのだろうか。

 自分の力というものがだんだんわかんなくなってきては、それは本当にあることなのかと疑問に感じてくる。

 漫画などで、よく平凡な主人公がわけもわかんないような力を、ひょんなことから手に入れたりするものがあるが、どうしてそんな簡単に力というものを信じることが出来るのだろうか。

 夢だとか、幻想だとか幻覚だとか考えたことはないのだろうか。もしかして感じているかもしれない。でも、大体そういうものは強いと決められている。

 でももし本当に自分の中に力が宿っていたら?

 なんのため? 最終的になにをしなければいけないのか、もしかしてただのお飾りだったら?

 夢が本当なら、自分が炎だという事を知られてはいけない気がする。

 物陰に隠れるようにその力を隠し、成すべき使命を果たさなければいけない。相澤たちのように無防備に自分の力を表せてはいけない。

 本当に信じた仲間にしか……。


 (信じた仲間……)


 もしかしたら俺は二人に信じられていたのだろうか。

 二人で必死に話し合って、いつ言おうか悩みあっていたのかもしれない。そしたら、その悩みに悩み、出した結論から逃げてしまったということなのだろうか。


 ひどい……


 なんて自分はひどいことをしたのだろうか。

 視界がウルッと水のなかに沈めこめられ、ぼんやりとしてくる。

 両手で顔を覆い、少しずつだが流れる小さな水滴を手のひらに感じる。

 裏切ってしまった。そんな感情ばかりが、俺の心を悼み付けてくる。

 どうすればいいのだろうか。謝るべきなのか、このまま壁を作っておくか。自分の力というものがはっきりするまで、二人とはいつもどおりに接してくれるよう頼むか。

 でももし、力が起きなかったら?


『俺を呼び起こせ』


 いつだったかどっかの誰かがそう言ってきた。

 呼び起こすという意味がわからなかったが、もしかしたら二人はその力を呼び起こし、いまに至ったのかもしれない。

 努力をするものとしないもので分けるなら、きっとしないほうだ。杵島達は、きっとした側。努力すれば力が手に入る。簡単な原理だ。

 でも、どう頑張ればいいのだろうか。

 努力をしない人間は、努力をする人間にすごく失礼な存在だ。今自分は、失礼な場所に位置している。

 二人をわかってやる。今自分にできることは、それ位しかないのだろうか。



 その日も夢を見た。

 真っ暗な闇の中に放り投げられ、何かの罪悪感のみが自分を襲い続ける。なにが悪いのかわからない。なにを示しているのかがわからない。

 自分が必要とされていないかのようだ。

 どうしてここにいるのだろうか、どうしてこれしかないのか。もしかしたら、本当の存在位置はここなのかもしれない。

 ここで生まれここで力のみが育つ。それだけなのかもしれない。

「俺は……生きてていいのかな?」

 それすらもわからない。

 本当は生きていてはいけない存在なのかも知れない。でも、今は生きることしか手段はない。

 暗やみにも慣れた。罪悪感にも慣れた。この暗闇だけの夢は、ここ数日つづく。炎を見ていたあの頃がすごく懐かしくも感じられてしまう。

 なにをすれば自分が変わるのか、なにをすれば、自分の存在価値を見いだせることができるのか。どうすれば、自分が生きていけるのか。ただそれだけを考えるための場所になってきてしまっている。

 呼び起こす。その言葉も頭に回る。

 なんのために呼び起こすのか。呼び起こしたところで、何の役目があり、自分になんの得があるのか。

 それがないと呼び起こしてはいけない気がする。

 今はまだ、自分が生きている理由すらも見当たらないというのに。




 そう簡単に月日は過ぎなくなっていた。

 丸一日考えることに費やし、それでも答えが見当たらなくて散歩に出て、時間が経っただろうと思った頃に帰っても、三十分も経っていなかったり。

 一日がこんなにも長く感じることなんて、そんなにないだろうというくらい長く感じて。

 どうすればいい? だなんてそんなこと、誰に聞いていいのかもわからない状況で。

 暑さなんか忘れて。いまが、夏休みだということも半分忘れて遠出することを決めた。決めたその瞬間に体は、思った以上の行動を起こしていた。

 財布を出し、一万近くあるのを確認して家を飛び出した。

 家のテーブルには、ちょっと遠出してくると母にメッセージを残した。

 行く先は駅。

 有り金で往復できるようなくらいの切符を買い、快速や特急ではなく、普通列車に乗った。

 まだ混むような位置じゃないからか、座る場所を確保できた。

 通勤通学ラッシュ、帰宅ラッシュとは時間が違うおかげだったのかもしれない。

 然程混んではいない。

 景色を見て心を癒そうにも、周りにはビル、ビル、ビル。ビルでなくても、背の高い店やマンション等が建ち並び、癒されるような景色なんて見当たらなかった。むしろ、窮屈感がある。

 狭いところに立たされ、なにをすることもなく周りから睨み付けられていそうな気がして、状況すらも考える余裕を与えてくれないかのように。少しだけ、(たと)えを間違えてしまったかもしれないけれど、とりあえず窮屈。

 何かを急かされている気がするのと同じように。

 考えをまとめるため一旦気を紛らわし、ゆっくりと考えようとした計画が、今から崩されているようだ。


 (なにから考えよう)


 急かされていようと、少しだけでも早く答えを導きたい。

 気を紛らわせるのは、景色が変わってからにしよう。心にそう決め付け、そっと瞳を閉じた。








 潮の匂い。塩の匂い。普通はどちらを言うのか。

 生まれてこの方16年、海岸で考え続けた。

 生まれてずっと海岸にいるわけではないが。

「風邪をひく」

 冷たい口調でそうやって言ってくれる人がいる。それに甘えて、されるがままに上着を掛けられる。

「お兄ちゃん、あたしが怖い?」

「どうして」

 肩をあわせて隣に座り、出来るだけ風邪を引かないようにしてくれる。

「なんとなく」

「おまえは俺が怖いか?」

 その問いに首を横に振る。

「どうして?」

「えっ……お兄ちゃんだから。仲間だから」

 その答えに、お兄ちゃんはクスッと微笑み、言う。

「だろ?」

「うん。よかった」

 傍にいてくれる。それだけで十分だ。

 ただそれだけ。近くにいて、一人残してあの人の時を見ないように。

 守ってくれる。自分達は自分を信じ仲間を信じる。それだけでよかった。

 いや、それだけがいい。

「お兄ちゃん、暖かいや」

 スッと兄の手をつかんで感想を一つ。

「便利だろ? お前の手は……冷たい」

 お互い死なないように。ただそれだけが、たった一つのお願いだった。




 乗る電車を間違えてしまったのだろうか。でも、目的地には着いた。と言っても、適当に選んだ場所であって、深い目的があってきたわけではない。

 景色は邪魔な大きな建物がなくて、周りを見回すにあたって面倒なものがない。

 切符を通した時点で、なに駅だったかも忘れていってしまい、何の興味もないんだなと確信した。

 でも、考えるための癒される景色は見てきた。駅から出たら、すでに夕日が見えていた。考えるには十分な癒しだ。

 思った以上に考えたけれども、思った以上に考えはまとまらなかった。

 明るいうちに帰るのは、到着してすぐに無理だと察した。

 どこかに野宿か、早急に帰ろうか迷った。故に出た答えは、スッと顔を上げて見えた景色が答えてくれた。


 海がある。


 真っ青な海が広がっていた。

 どこまであるんだろうか……。答えの見つからない質問を、誰かに投げつけ、茫然と海を見つめる、

 その海に行くのは当然のことだ。そんな気がして、足は駅前に並んでいるバスを探した。

 どれに乗れば一番近いのだろうか。ここら辺に詳しくない自分には、はっきりとはわからない。

 わからないからこそ、なんとなく目についたバスに乗ろうかと思った。でも、後々考えてみるとお金がない。

 帰りの電車代も、ぎりぎりの場所を選んでしまったため、無闇にお金を使うことはできない。

 歩いて、帰るのを明日に回そうか、電車で今すぐ帰宅するか。すごく究極な選択のような気がしてきた。

 休みの日は後もう少しある。でも、所持金も貯めたお金もそんなにあるわけではない。今できることは、今やっておいたほうが後悔はきっとしない。

 足をすすめた。真っ青に広がる海のほうへと、あの海はどこまで繋がっているのか考えながら。





「あいつ。やっぱりむりだったかな?」

「おまえが焦らせるようなこというからだろ?」

「……それはごめん。でも、お告げが出たんだろ? 俺には出なかったけど、杵島。おまえにはわかったんだろ? そのなんとかって奴が沚の名前を呼んだって」

「あぁ。でもわからないんだよ。どうして……どうしておまえの名前は出なかったのかが」

 場所は杵島の部屋。

 キャンプからかえって、少しだけたった日付の頃、杵島は相澤を呼んだ。

 用件を言わずとも、相澤には何となくわかっていた。

 杵島自身が力の存在を知ったのは、沚が倒れる数ヶ月程前だった。夢のなかにカリフォンスという青年があらわれ、力の存在を簡単に説明してくれた。

 自分にそのなにかを納得させるためなのか、いやに落ち着いていられた。

 頭が着いてきていなかったのかもしれない。

 そのカリフォンスが言うことには、「沚について行け。それがおまえの唯一の光の道だ」ということだった。

 それからというものの、夢のほとんどがカリフォンスと出会うことが出来た。

 徐々に話を聞いているうちに、カリフォンスになら自分を捧げてもよいと感じるようになっていた。

 力を手に入れたのはいつ頃だっただろうか。捧げてからそう多く日付はかわっていなかったはずだ。

 それからしばらくしてから、相澤が変な夢を見るようになったと言ってきた。

 相談を受けているうちに、だんだんと相澤にも力が芽生えてきたらしい。それは、沚が倒れる数日前の話だった。

 しかし、杵島はなんどカリフォンスに相澤のことを聞こうとしても、口を開いた彼の声だけが聞こえなかった。

 いや。聞こえているのだが、どうも目が覚めたときにはその声だけが思い出せなかった。拒絶されているかのように。

「ごめん。俺の力が足りないばかりに……」

「あっいや。別に責めてるわけじゃねぇんだ。きつく言ってすまなかった」

 沚を挟んだときと、二人は話し方が違う。

 どうしても、こういう力の話を持ち出してしまいそうで怖かったから、必死にテンションを上げ、沚を中心にするように気配りをしていた。

「沚、この夏休みが終わったらいつもどおりにしてくれると思うか?」

「……オレら次第。もしくはあいつの精神状態次第だろうな」

「だな」

 杵島にはなくて相澤にはあって、相澤にはないものが沚にはある。沚が持っていないものを、杵島にはある。

 誰かに出来ないものは違う誰かにはふとしたときに出来てしまうことだってある。少しだけ今の状況に似ている部分がある。

 沚自身に起きていることを本人ははっきりと直視しきれていないが、相澤はそれも運命だと、目で見たものははっきりと信じ切ってしまうが、いざというときに落ち着いてはいられない。その分、杵島は必要以上に落ち着き切っている部分はあるが、沚みたいに何かを癒してくれる雰囲気を出せない。相手を不安にさせ、自分の感情をうまく出せないでいた。

 三人が仲間一人一人の欠点を補うように存在している。

 しかし、今回はその欠点がはっきりと現われた。


 

 

 



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