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熱の手  作者: 壬哉
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第4話

「今日、なんかつらかったか?」

「え?」

 観測をしに、持ってきていたブルーシートに身を任せ、空を見上げていたときだった。

 隣にいた相澤が不意に聞いてきた。もちろんのこと、俺は言葉につまってしまう。

「辛いっていうより淋しそうかな? 最近、この世の終わりが近づいてきたかのような顔してる」

 逆隣にいた杵島までそういってくる。

「この世の終わりか……どちらかといえば、この世が終わってほしいかもしれないや」

「何があった?」

「んー……相澤たちはいつから気付いてたの?」

『おまえがぶっ倒れた後くらいから』

 二人息を合わせ、じっと俺の方を見ていた。

 ということは、最初からわかっていたのだろうか。少しだけ嬉しいけど、やっぱり安心する。ちゃんと俺のことを見ていてくれているという事が。

「んーばれてたか」

「なにがあった? いい加減言ってくれないか? 十分おれらは待った。それとも、まだおれらに信用ないのか?」

「違っ! ……信用ならあるよ。あるから怖いんだよ。俺は二人が大事だからさ」

「なんか脅されたのか?」

 心配そうに体を起こし、相澤は俺の左手に触れてきた。その時にピタッと固まった。

 固まったというより、何かに反応してとまったという感じだ。

「沚……手、暖かいな」

「えっ?」

「いつもより熱い」

「相澤の手はいつも冷たいから」

「冷え性だからじゃねぇか? っていうかおまえ、熱あるんじゃ?」

 杵島はすっと手を伸ばしてきては、俺の額に触れようとしてくる。その時だった。

『いっ!』

 二人して身を引く。

 めずらしくも額と手で強めの静電気が発した。

「ごっごめっ」

「いや……うん。大丈夫だけど……びっくりしたぁ。手と額でも静電気って発生するんだね」

「あっ……そうだね」

「? どうかしたの?」

 深刻な顔になった杵島を見るなり、視線は少し相澤の方を見ていた。

 相澤も、何かを知っているかのように、視線が合うなりすぐに俯き、誰の視線からも逃げてしまうかのように。

「なんでもないよ。沚。おれらにとって、おまえは大事だから……絶対守ってみせる」

「はっ……はぁ? なにがいいたいの?」

 それは俺の台詞だよ。

 今日のまともな会話はそこまでだった。





「あれ? おれ……何してるんだろう」

 気付いてみれば、周りは暗くて何を焦点を合わせていいのか解らず、目が疲れてくる。

 いつも見る夢とは少しだけ違う。

 明るく赤い炎が目の前に現われてはいないし、手も熱くならない。もうあんな夢を見たくないから、微妙な位置に放り投げられたのだろうか。

 あわてない自分がいる。夢ならいつか覚めるから、ここで慌てていたって、どうなることもないことを自分が知っている。それだけで十分だった。

 どこをみても、ほんの少しの光もみつからない。

 いつもの炎はどこから放たれていたのか。

 知っていたはずなのに、途端に見なくなってから感覚を忘れてしまった。なにか罪悪感を感じていたはずなのに。

「罪悪感……か」

 罪悪感というならば、自分から発しているのか。ふと思ってしまえば、何かを自分でできる気がする。

 ゆっくりと左手を目の前にのばし、すこしだけ炎をイメージしてみる。

 あつく、今まで見てきたような炎を。

「俺とは関係ないってか」

 ため息とともに出る言葉。

 目の前に火が出るどころか、いつものように左手に熱が籠もらなかった。

 その瞬間、あぁダメなんだな、とすぐに理解することができた。


 諦めが良すぎる。


 自分の悪いところなのかもしれない。

 粘り強く何かを成し遂げようとする気持ちがあるわけでもなく、ダメだと一瞬思ってしまえば、たいていのものは諦めてしまう自分。そして、諦め後で後悔するのだろう。

「結局俺一人じゃぁ、何もできないへなちょこだってか?」

 夢だからと時間に任せ、目が覚めるのを待つことしかしない。そんな自分が嫌い。

 でも……改善しようとしない自分。そんな自分も嫌い。

ぎゅっと目を瞑る。それでも真っ暗のまま。目が覚めてくれるような感じもしない。

「いい加減解放してくれ」

 座り込み、頭を抱えるようにしながらも、思考の何かから逃げる。

『逃げ続けるのか?』

 ふと声がした。

 耳から入ってくるのではなく、頭のなかに直接入ってくるかのような男の人の声。

 聞き覚えはない。あの怪しい男の人の声ではないことは、はっきりとしている。

「な……に?」

 弱々しい口調で聞き返す。

『逃げ続けて大事な人を護ることができるのか』

「杵島……相澤?」

『その二人を護りたいならば、強くなるのだ。俺を呼び起こせ』

「え? 呼ぶ……? 起こす……?」

 なんのことを言っているのかがチンプンカンプンだった。

 話しているということは、起きているということだろうし、強くなるというのは、どういう意味での強くなるなのだろう。精神的に? 肉体的に?

「あなたは前の人とは違うの? 雨が降ったときの……あなたと俺の左手は関係あるの?」

『まだ……わからないのか』

「だから聞いてるのに。知ってたら聞かないよ。呼びおこすったって、どうやったら出てきてくれるの? 夢なんだからさ、もう少し大雑把な内容にしてくれない?」

『夢だと思っている間は、おまえは強くなんかならない』

 それきり、何を問い掛けても返事が返ってこなくなった。




「おはよう」

 目が覚めたら、チュッチュッと鳴く小鳥や、カァカァと鳴くカラスの鳴き声が鳴り響いていた。

 先に起きていた杵島父と杵島は、目覚めすっきり笑顔で朝のあいさつだった。

 軽く目をこすりながらも、ボソボソッと挨拶を返す。

 まだ隣で寝ている相澤を見つめ、今自分達がキャンプに来たことを、はっきりと思い出す。


(やっぱり夢だったんじゃ……)


 夢じゃないなら夢じゃないと言ってほしい。夢なら夢だといってほしい。

 人の顔を見て何かを理解しようとするのは苦手だ。ましてや顔すらも見えない、人なのか何なのか解らない得体の知れない人物なんて余計に。

 顔色を伺うということは、その人自身に嫌われたくないか、相手がどんなことで怒るのか解らない、信用ならない相手だというどちらかの理由だ。

 俺が杵島や相澤になら、いくらでも顔色を伺う。嫌われたくないから。親友で、大事な人だから。

「相澤よく寝るねぇ」

 ボーッと相澤の方を見ながらそうぼそりという。

「おまえも十分な睡眠とってたけどな」

「え? 今何時?」

「9時」

「おっ起こしてよぉ!」

 休みの日は確実爆睡中だが、今日から二日はそんなことしてはいけないと思っていたというのに、初っぱなからしてしまったとなると、何とも言えない。

「涎垂らして幸せそうにしてる奴を起こせるかよ」

「よっ涎垂らしてた!?」

 急いで口元をグイッと拭うが、その姿がおもしろかったのか、プッと吹き出し、大声で笑いだした。

「だらだらにな」

 笑いを堪えようとしながらも、杵島がそういう。

 カアッと赤くなる自分が反応し、ようやくからかわれているだけだとわかった。

「きしまぁ!」

「っるっせぇやぁ」

 怒鳴り起きる相澤の声が聞こえてくるなり、杵島の顔に近くに置いておいた懐中電気が飛び込んできた。

 がっつんという、鳴ってはならないような音が響く。

「いっ……」

 丁度ぶつかったのが額なだけに、体を丸くさせて頭を抱え込んでいる。

「杵島……! 大丈夫?」

「大丈夫じゃない。立ち直れそうもない……」

 冗談のように言う言葉に、半分乗るかのようにがっしり杵島を覆うように抱き締めてやる。

「きしまぁ〜! 死んじゃやだ……あ?」

「何で疑問系?」

「なんか……体が熱い」

 ゆっくりと体を離し、自分の手のひらや体全体を見る。

 なんだかほんわりと暖かい自分の身体。いままでは、すべて左手にしか集まらなかった熱が、俺全体を暖めているかのようだ。

「熱でもあるのか?」

 のそのそと体を起こして、額に触れてくる相澤。

 相変わらず冷たい手をしている。

「んー熱いには熱いな……」

「でも、体怠かったり、熱っぽいって感じはしないなぁ」

「少し休んでおきなさい。きっと慣れない空気で、体がきっとついてきてないんだと思うから、今日は無理しちゃダメだからな」

 杵島が慣れたような口調で、ペラペラとそういった。昔に一度でも自分がかかったことがあるかのように。もしくは、誰かがなるか、父からか何かから仕入れた情報かのようだった。

 反抗する理由も、できる立場でもないため、おとなしく頭を縦に振った。

 でも、そんなんじゃない。

 自然についていけなくなったとか、体に何かが合わなかったとかじゃない。左手の熱の力が、体に何かを教えているかのようだった。

 これじゃぁまるで、自分に何かの力があると信じてしまっているかのようだ。

 夢だ。でもそれが、杵島と相澤を危険なことに巻き添えを食らわせてしまうのならば、俺はいくらでも強くなってやる。でも、信じきり、本当にただの夢だというオチはいやだ。

 でも、いつも見たあの夢などは、すごくリアリティがあった。


 きっと、体が何かを教えたいのか。


 そう考えてしまうのは、ただの自意識過剰なのだろうか。

 できることはしたい。実際、体には何の症状(熱いのを除き)は無いのだからか、少し動くだなんてもの、何の恐れもなかった。

 しかし、杵島のおでこは大丈夫なのだろうか……。



 楽しい一日というのは、過ぎていくのはとてつもなく早い。だからこそ、一日一日を大切にしたいという気持ちがあらわれてくる。

 キャンプ場の夜は涼しかった。

 どこからかやってくる冷たい風が、人間の体をとことん冷やしていく。

 杵島は、俺の体を気に掛けながらも、話があると、相澤とともに電灯すらもない場所につれていかれた。

 遠くにいくなよと杵島父に言われ、守るつもりがあるのかないのか、てきとうにはぁいと答えてテントを出ていった。

 キャンプ最後の一日の夜。記念に何かを残そうと思っているのか、言いにくい話をするつもりなのか、二人は少しだけしんみりした表情をしていた。

「あのよ……おれら、おまえも気付いてると思うけど、普通とは違う特別な力持ってるんだ」

 杵島が先頭きってはなす。

 急な話題だった。何ていったらいいものか、杵島達も同じ力を持っているということだ。ということは、ちゃんと自覚できるところまでわかっているのか、力というものを発動できてしまっているのか。

 半信半疑な状態の俺には、何とも反応しにくいものだった。

 ただ茫然と杵島と相澤を見る。どうも、冗談で言っているようには見えない。

 どう反応するべきか。はっきりと気持ちが整理できないでいる。

「……なにいってるの?」

 もしかしたら俺が考えているようなことではないと、必死に思い込もうとする。

「力だよ。運命さ。きっと神は、俺たちを選んでくれたんだ」

 誇るような口調で相澤が語る。

 奇跡じゃないんだ。生まれ持った力なんだ。神の子なんだと。

 少しだけ心のどこかに警告が鳴り響いた。こんな相澤なんか知らない。すべてを信じ切ってしまい、大事なものを見落とし過ぎている。瞳は輝くというより、かなりの貧乏人が、いきなり億万長者になってしまい、お金を持て余している様子だ。

 怖かった。なにをしでかすかわからない、なにを考えているのかわからない。いまにでも、今まで憎んでいた者を殺すかのような。

「お前だって持ってるだろ? 特別な力を」

 どちらかといえば杵島のほうが冷静だった。

 相澤が見ていないものを見、たいていのものを知っているかのように。もともとおれらのなかでは冷静な奴だった。

「沚……わかるだろ?」

「こ……怖いよ二人とも…」

「こわい? そんなことねぇだろ。少し興奮してるけど、怖くしてるつもりはねぇよ? なぁ、教えてくれよ。お前はなにを持ってるんだよ」

 取り乱し気味な相澤が、ガシッと俺の肩をつかみ、じっと睨み付けられる。

 怯える姿に気付いてくれたのか、杵島が間に入るようにし、真剣に聞き入れるかのような口調で言ってくる。

「夜に、俺との間に静電気が起きたの覚えてるか?」

「うっ……うん」

「俺は電気の力を持ってる。だから電気に敏感で、静電気がおきやすくなったんだ。制御することはできるけど、余り気にしないで触れたりすると静電気が起きやすいんだ」

 ふと、実験するかのように、やさしく俺の手を取った。その瞬間、小さいが確かに静電気が起きた。

 な? っと伝えるように言う姿に、たまたまな静電気が起きたんだ。

 でも、どうしてコントロールすることができるのだろうか。俺なんか、力を信じることも、あるという存在自体、半信半疑。いや、どちらかといえば、信じていないに近いというのに。

 これは夢なのか。

 そうだ。これはきっと夢なんだ。そう、思い込みたい。

 でも痛かった。静電気が、俺の芯をやさしく痺れさせるような程度の電流が走った。

 痛かった。痛いというなら、それは夢ではないのだろう。夢だと思ってしまうだろうと、先に考え、夢ではないことを示してくれたのだろう。

「相澤は……相澤はなにを持ってるんだよ?」

「水。だから俺の手は冷たかっただろう? なぁ、お前は? 沚はなんだよ。オレらにあって、お前にないなんてことはないだろ?」

「ないよ……わかんないよ!」

 必死に首をぶんぶん横に振る。

「嘘だろ。なぁ、本当のこといってくれよ」

「わかんない……今の二人がわかんないよ!」

 手で顔を隠した。

 きっと今泣きだしそうな顔をしている。夜だから見えないだろうけど、この距離だったら見えないほうがおかしい。

 悲しかった。こんなにも二人が遠くに離れていく感覚、初めてだった。

 高校で知り合って、当たり前のように隣にいてそれが普通だった頃を思い浮べると、いまは、かなりの異常さを感じさせられた。気まずい状態は家につくまでだった。


 

 

 

 


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