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熱の手  作者: 壬哉
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第31話




「何処に行っていたんだ?」

「少し遠いところに逃げたくなってね」


 本当に高校生には満たない男の子なのだろうか……。

 到底そうには見えなくて、自分より大人に見えてしまう。


「……ひとりで?」


 麻紀が何か不満そうに聞くと、首を振って答える。


「もともと、俺が言い始めたんじゃないんだ。たまたま家出少年見つけてついていったにすぎない。逃げたくて、ついていった」

「それは最後にメールをくれたときか」

「うん」

「ずっと一緒だったの?」

「まぁ、一度別れたけど……」


 その後も、俺と麻紀の質問に、答えられるところまでは答えてくれた。しかし、何処に行ったのかや、一緒に行ったのは誰だったのかまでは教えてもらえなかった。

 あまり歩とは話したことがないからか、杵島は傍でじっと話を聞いていた。

 しばらく話していると、話は脱線し、どうでも良いような会話にまで発展し、日は暮れていった。

 杵島と歩は帰る支度をする。その姿を見て、歩の父さんが言っていた事を思い出した。


「お父さんのもとじゃなくていいのか」

「……あぁ。これ以上あの人から逃げても、勝てはしないんだ」


 何をいまさらというかのように、驚いた顔を一瞬見せては、ほほえむ表情になり、スラッと言ってしまった。


「じゃぁまたな」


 杵島が戸をあけながらこちらを見て、軽く言う。

 なんだか、その戸が閉まってしまうと、それですべてがおわってしまうんじゃないかという不安が起きる。

 何に巻き込まれているのか。

 仲間何人作れるものか。

 どこまでいき、どう通常の生活に戻ればいいのか。

 不安ばかりが残る中、今の現実で、歩はこれからどうするつもりなのか。


「歩くんは、何処まで一緒にいてくれるんだろう」

「麻紀も、やっぱり気になる?」

「えぇ。梓って子が、この先どう手を回してくるかが気になって」

「たぶん、歩はその子に惑わされることはないとは思うけど」

「信用できるの?」


 渋い顔をして疑う麻紀に、うっすらほほえみ言う。


「麻紀こそ、梓が何かするかもなんて、あの子と争う意味を知りたいよ」

「だってなんか……」

「嫉妬?」

「何であの子に!? むしろ私がされてるように感じないんですか?」

「……競う意味が分かんない……」


(女ってよく分かんない)







「君が何をしようと勝手かもしれないけどさ」


 沚の家を出て、俺は杵島と家へと向かっている。

 しばらく無言だったけれど、いきなり口を開くなり言ってきた。それは、沚と接しているときよりか、すごく冷たい口調と目線を向けられる。


「あいつは何でも心配するし、なんでも信用しちゃう危なっかしい奴なんだよ」

「……みたいだな」

「あ、あのなぁ! おまえなら何を言いたいのか分かんだろう?」

「下手に近づくな? 杵島さん、あなたの気持ちはすごくわかるけど、沚さんだって子供じゃないよ。しっかりしてるし、頼りになる人さ。信用するって言ったって、ちゃんと信用できる人だって確信があるんだろう」

「いいからおまえは近づくな」

「醜いな」

「なっ!」


 この人は、性格を使い分けている。きっと、これが本性。いや、もっとひどいのかもしれないが、何かの出来事で使い分けることにしたのだろう。

 沚の前では、ずっといい人ぶるだろう。気持ちはわからなくもないが、いつ本性がバレルのか。その時の沚の表情と感情がとても気になるところだ。


「醜いよ。男の嫉妬」

「勝手なことばっかり言ってんじゃねぇよ」

「本当のことでしょ? わざわざ本性出してまで敵意出さなくったって、そばであなたが守り続ければ良いじゃない。違う?」

「だから俺はこうやって……!」

「本性を出してまで敵視している?」

「……!」


 何も反論できなくなったのか、ギュッと唇を結び、黙り込んでしまった。


「もうちょっと冷静に考えてくださいよ。俺は、つぶそうと思えば、いつでもあなた方を潰す力を得た。あなたたちも、俺を潰す力を持っている。わかっているのに、あなたは俺に突っ掛かってくる? 自殺行為だよ。そんなことを言うならば、麻紀さんは?同じ家にいて、いつでも寝込みを襲うことができる。なのに、簡単に家を出るし、こうやって俺を敵視する。先に目を付けなきゃいけないのは麻紀さんの方じゃない?」

「……あの人は、沚が信頼してる」

「だから? いつどこで裏切るかわからないのに? そう考えたら、あなただって、裏切るかもしれない。そのために、おれらを先に排除しようとしているかも……」

「そんなわけ……!」

「……俺を疑うのはどうでもいいけど、口に出すには早すぎだよ」








 杵島が、あんなにも愛想が良さそうな雰囲気をだすのは、すこしだけ疑問を抱いてはいたが、本性があそこまでかわるとまでは思っていなかった。

 だからといって何がかわるわけでもないが、どうしてあそこまで沚にこだわるのか。古い仲だとしても、ずっとあの性格で接するのも精神的にも疲れていつかボロを出してしまうんじゃないか。それを考えると、何年もいるわけではないのか。だとすれば、どうしてあそこまで守ろうとするのか。

 考えれば考えるだけ、わからなくなってくる。

 守りたい気持ちは分かる。

 放っておけなくて、目が離せない。理由までは出てこないけれど、感覚がそういっている。そんな感じ。


「俺にとって渉みたいな感じ……なのかな……?」


 渉を失って数年たった。そして今、渉がいたらどうなっていたのか。こんなことに巻き込まれやしていなかったかも知れない。

 でも、シャベットがどちらかにいるかぎり、巻き込まれるけとにかわりはないかもしれない。

 もしかしたら、違うところに手を貸していた可能性だってある。

 でも……


(そんなこと考えてても……仕方がないかもしれない)


 家に着いたときに感じた素朴感。

 お帰りという声も、同じ声も聞こえない。

 いままで、よく自殺を考えなかったものだと、自分を誉めたくなる。

 部屋に入ると、隅の方に一人の影が見える。


「ただいま。出てきていいよ」

「……歩?」


 ヒョコッとその影がびくついた顔をのぞかせ、俺を確認すると、安心するかのように口元がゆるみ、ホッと肩を落とす。

 相当緊張していたのだろう。ヘナヘナと崩れるように床に手をつき、じっとどこか一点を見つめている。


「だから一緒にくれば良かったのに。悠樹」

「今になってはそう思うよ……」


 今は悠樹がいる。

 一度別れた悠樹が、ここにいる。

 あの後オレらは、再会した。だからこそ、ここにいる。











 


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