第30話
「誘拐とか?」
「ま、まさかぁ」
なかなか歩が帰ってこないことを、三人で理由を想像し、楽しいことから、辛いことまで考え尽くしていた。
探したいのは山々なのだが、あてもないし思いつきもしない。家の周りを歩いても見たし、街中で梓という女性を見つけては、尾行したりもした。
歩の父だという男と喫茶店であっては、何かを話していたりもしたが、話している内容までは聞き取ることができなかった。そのため、特別よい情報を得ることもできず。
メールを送っても、返ってくることもない。ただ、じっと待っていることしかできないのか。
杵島の時にあったように、誰かにさらわれたということも考え、可能性のある恭恵に勇気を出して聞いても見たが、何の話か解らない様子。真意を知る方法はないものの、日が経つにつれて心配になるばかりだ。
仲間だから余計に。
仲間だと、言っていいのかも解らずに。
「変なことに巻き込まれてなければ良いけれど……」
「そうだね。でも、あの子だったら大丈夫よ」
「え?」
「色々心配はしたけど、結構自分で良いことか悪いことか判断できる子だもの」
「だといいけど」
麻紀の言ったことに納得がいかない。と言うわけではない。むしろ、首を縦に振れる言葉だというのに、何かが引っ掛かってならない。
何かを注意させるような、お兄さんの声。昌之の声。何かが始まっているという事は、警戒しなければならないこと。もしかしたら、その警戒しなければならないことに、引っ掛かってしまったかもしれない。
前回は助けてくれた。ならば、つぎはおれらの力で何か、役に立てればと思っている。
「そういえば、沚さん気付いてると思うけど」
「ん?」
麻紀がふと思い出したかのように口を開いた。
「歩くんの左腕動かないじゃない」
「あぁ、記憶にはないな」
「動かせないって本人も言っていたけれど、力を使うときは動かしてるっと言うか、左腕が力の源でもある。その腕が日常動かないのは、罪の証だって言っていたの。何か知らない?」
「罪の?」
「うん。で、思ったんだけど、あそこであった、梓……でしたっけ? あの子なら、すべてを知っている気がするの。だから、尾行じゃなくて接触しようと思っているんだけど……」
「……うん。そうだね。尾行してても特に変わりはなかったし、寧ろ、どうしてあの子が歩くんの父と一緒にいるのかも気になった」
次の日、学校がおわったとともに、麻紀が尾行している先、梓という女性の学校に杵島と共に向かった。
「麻紀、様子は?」
梓という女性の学校につくと、校門が見える公園に麻紀がいた。近寄って様子を聞くと、まだ出てきてはいないらしい。
一緒になって眺めていると、生徒は、バラバラに出てきては、誰も出てこないと、疎らに生徒の帰宅がみられた。
じっと校門の周りを眺めていると、予想から外れた人の姿が現れた。
「沚、あれって」
「あ、あぁ。歩くんのお父さん……だな」
「援交……?」
「杵島さんって結構変なこと言う人だったんですね」
ため息混じりに言った麻紀に、ついつい俺は笑ってしまう。
「あ、出てきた」
連絡を取ったのか、タイミングよく梓という女も校門のところまで出てきて、何かを話したかと思えば、いつもの喫茶店があるほうに足を進めていた。
見失わないように、一定の距離を保ちながらタイミングを見る。
何気なく世間話をするように、笑い声がたまに聞こえてくる。人通りがなくなってきたとき、おれらは足を早め、二人の前に立ち止まる。
「ごめんなさいね? ちょっといまいいかしら?」
「あなたたちは……」
いつも二人が行く喫茶店に俺たちも同行させてもらい、三人ずつ向かい合って六人座りの席に、梓と歩の父。俺と杵島に麻樹の五人で利用し、そこで話を聞くことにした。
「あなたたちは歩くんとはどんな……?」
「前にも言ったけれど、“仲間”よ」
「友達とは……違うんですね?」
「えぇ」
梓の質問にすべて麻紀が答える。
麻紀いわく、先に質問されたほうが、あとあと聞きやすいらしい。
仲間だといった言葉に、梓と歩の父は不審そうな瞳を見せる。
「どうして、歩くんを探しているのか聞いても?」
「それも、仲間だから。よ」
「じゃぁ、いま歩くんには何が起きているの?」
「私たちにも解らない。歩くんの居場所が解らないかぎり」
「あなた方といるのは、歩くんは合意で?」
「えぇ。巻き込んで悪かったとは思っているけれど、歩くんの意志のもとよ。そのことについてあなたは口出しできないはずだわ」
そういってしまうと梓は黙り込み、怒られた子供のようにムッとしてしまった。
幼なじみだからこそ、自分が知らないことを他の人が知っているのが気に入らないのだろう。いわゆる、嫉妬というものだ。
「こちらから聞いても良いかしら?」
「なにかな?」
梓が口を開かないのを悟ったのか、歩の父が答えた。
「歩くんの左腕が動かない理由を教えてほしい」
質問したのは俺。
ちらりとみると、私はもうしゃべらないと言うかのように黙った麻紀がいたからだ。
梓をいじめて満足したのか、疲れたのかは解らない。前者な気もするが口にはしない。
「……それは……」
最初に答えにくいものをだしてしまったのか、歩の父は目を逸らすように首を傾げてしまった。
解らないや、知らないという様子ではない。なんだか、言いにくいという様子だった。そこで口を開いたのは、梓の方だった。
「事故よ。不可思議なね」
「不可思議な?」
杵島が聞き返すと、いらつきだしている梓がうなずく。
「歩くんは双子だったのよ。すごく仲が良かった。なのに、ある日突然渉くん……片割れが姿を消した。左腕を残してね」
「……え?」
その梓の言葉に、ピタリと固まる。
「不可思議でしょ? すぐ近くには歩くんしかいなかったわ。意識を失って倒れてたわ、その残した渉くんのものだろう左腕をつかんでね。しかも、血が出ることもなく、肉が崩れることもない。歩くんから引き剥がすまでは、脈も打っていた。生きてるように……」
そこで一旦言葉を止めると、その場は静まり返ったかのように、耳に入ってくるのは喫茶店が流す、耳に良いオルゴールだけだった。
梓の言葉を頭の中で繰り返す。
“ワタル”という言葉は、以前に一度聞いたことがある。あれは、歩くんに初めて会い、杵島を助けに行く話し合いをしていた時、ボソリと聞こえるか聞こえないかの声でつぶやいた。
何か意味があるだろうとは思っていたが、まさかいなくなった双子のことだとは思いもよらなかった。
「その時のこと歩くんは……?」
「……誰も聞けなかったの……。何を聞いても、口を開くこともなかった歩くんは、何を考えて何処を見ているのかもわからなかった。すべてを知るための“何か”も見当たらなかった。だから、歩くんは何も言えなかったのかも知れない」
「それが罪の証として今も気に病んでいるって事……」
「そ、それ、誰がいってたの!? 歩くん?」
何か思い当たるのか、麻紀が考えながら言った言葉に、梓は身を乗り出すかのように、声を荒げた。
少しの間があって、麻紀が口を開く。
「あなたも事故の真実は知らないのよね? 何か聞いていないのかしら?」
「自分のせいだっていうようなことを……」
「でも、そのいなくなり方ってもしかして……」
「何か解るの!?」
「選んでくれなかったんだよ……シャベットが」
不意に聞こえた、聞き覚えがあり、探していた本人の声が、通路から聞こえてきては、五人とも顔を上げる。
ここに来るとは思わなかった。ここの場所が解るとは思わなかった。いつのまに来たのか。いろいろな疑問を持ちながらも一番に口を開いたのは、梓だった。
「歩……くん……!?」
「いままで、どこに……」
続いたのは麻紀だった。
俺も杵島も、言葉にならないかのように口をパクパクさせ、茫然と椅子に座っていた。
軽くため息を吐きながらも、梓側の空いている場所、歩の父の隣に腰をおろす歩。
「久しぶり……父さん」
「さ、探したんだぞ!? 何処に行っていたんだ!?」
怒鳴り付けるように、歩の右腕をつかみながら言う父。なぜだか、返事を聞いたわけでもないのに安心した。この人は、本当にお父さんなんだ。と。
嘘を吐かれていると思っていたわけではないが、歩の母があのような態度であったから少し心配していた。それを、ホッとした今気付いた。
「ちょっとね、家出をしてみたんだ。さっき帰ったら、無駄だったことを知ったけど……」
なんて苦笑する歩の表情は、淋しいや悲しい。苦しいなどという負の表情ではなかった。どちらかといえば、すっきりしたような様子だった。
でもそれに気付いていない様子の父は、不安そうな表情。
何の連絡もなく姿を消したんだ。気持ちもわからなくもない。
「無駄だったって……」
「無駄だったよ。いたっていなくったって、あの人には特別な問題もないんだ」
(いても……いなくても……)
そんなこと、親に言われたときには、自分はどうするか。考えただけで不安になる。
いてほしくないのなら、いないでほしいとはっきり言ってほしいというのが本音。それでショックを受けないとは思えないが、あいまいな言い方をされるよりも全然良いような気がする。
でもなぜそんなことを、すっきりしたような表情で言っているのかがわからない。歩は、いないうちに何を得たというのか。
「歩、一緒に暮らそう」
もちろん父だ。前々から考えていた様子。いや、驚く様子もない梓を見るかぎり、相談をしていたのかもしれない。
「いやだというわけじゃないんだその言葉。でも今、あの人から離れたら、何だか負けた気がしてしまうんだ。だから、まだ俺はあの人から離れることはできない」
「歩……」
言われたことに、驚きや動揺を見せることなく、はっきりとお断わりを入れる。やはり、前までの歩とは何かが変わって見えた。