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熱の手  作者: 壬哉
28/31

第28話


「え!?」


 不意に意見を述べた麻紀に、部屋にようやく戻ってきた俺は驚いた。しかし杵島は「でも、そうだと決め付けるのは早いんじゃないのか?」と、驚く様子を見せずに、冷静な口振りで言った。


「可能性の話です。あの女性に力が無いとも言いきれない。なにせ、なにかを隠してるような間があった」

「麻紀の根拠も結構あてにならなくも無い」

「沚……おまえは結局どっちの味方なんだ……?」

 

 呆れるように杵島は肩の力を抜いてため息混じりに言った。

 疲れた足を休ませるようにベッドに腰を下ろし、悩む。麻紀が言ったのはこうだ。

 夢に出てきた人すべてが、力を持ち、なおかつ今のところ“証”を持つものだと思われている。だとすれば、先程の女性に力が有ってもおかしくはない。そういったのだ。

 しかし、それは次々にタイミングよく、力を持つものばかりと遭遇しているからそう思ってしまうのかもしれない。そうも思うが、可能性がまったく無いとも言えないと考えてしまうのも事実だ。

 とりあえず杵島は、明日の学校に備えて帰り、俺も早めに布団に入った。麻紀の部屋からも、電気が漏れていないところからして、眠っているのだろう。

 眠りたくても眠れない。歩のこと、梓という女性のこと。どちらにしても謎ばかり。

 当分眠れそうもない。





 次の日、眠い体を必死に動かし、ようやくという疲れ具合で学校につく。

 前に、歩が会ったといっていた、髪が長くてクルクルしていて。身長160もないくらい。そういう女性はたくさんいるようだが、あの店に通っているのと、いやな予感がしたという証拠があれば平気だろう。

 いつだったかに転入してきた恭恵という女性。あの人も、そのような髪型をしていて、尚且ついやな予感がした。勘というのはそれだけで十分だ。

 しかし、あれから見かけなくなったのと、関わってはいけなさそうだから、探すこともしない。でも、それはこちらからの話だ。


「あ、沚君?」


 向こうだって、俺の存在を知っていてもおかしくはない。

 机が一つ、教室の中から消えたのを確認したとき、聞きなれないが、一度会話をしたこのある声。


「恭恵……だっけ?」

「えぇ」


行方不明で、退学という形をとられたその教室は、少しだけシーンとしていた。

学校側は、退学までしなくてもと言ったのだが、親が、いきなり姿をなくした息子に怒りを見せ、迷惑はかけられないと退学届けを出した。

 不可解な行方不明。

 各地で起きていたからなのか、ついに不可解だとテレビや新聞で報道された。

 誘拐や拉致という方向でも捜索が開始されていると。

 しかし、その真相を知っていたとしても、口を開くには抵抗がある。

杵島は、会ったことがあるのか、恭恵の顔を見た瞬間、目を見開いたと思えば、俺の腕をつかみ、勢い良く引き寄せられる。


「お前、この学校の者だったのか」

「あ、確か杵島君って言ったわね?」


 喧嘩を売るかのように言った杵島の言葉に、俺と会話をするときとは違う、何かの威圧感を持った恭恵の口調。


「杵島……?」

「こいつ、敵だ」

「……捕まったとき……?」

「あぁ。近くにいた」


 杵島と話していると、不意に恭恵はにやりとほほえんで、口を挟んでくる。


「残念。言っちゃうんだ」

「言われなくても、その口調の違いでわかっていたと思うよ」


 にらみつけるように、じっと恭恵の方を睨み付ける。

 前はもっとおしとやか……とは違うが、もう少し学生らしさがあった。


「ざんねん」


 どこも残念そうでもなく、何かを楽しみ、弄んでいるような表情は、敵にも味方にもしたくなんかない、信用ならない素振りだった。

 でも、もし敵だとしても、どうしてこの女、恭恵は俺たちを捕らえようとしないのか。慎重に相澤みたく、仲を近くしてからとしても、杵島と恭恵は、敵だということを確認済み。しかも、あのバーを使い物にならなくしたのだって、俺たちだ。特別アクションを起こしてこないのも不思議だ。

 特別アクションを出さないということは、そのことに積極的ではないのか。それとも、捕まえる気はないですよと思い込ませるつもりなのか。

 結局どちらなのかわからずに、恭恵はどこかへといってしまった。



「……あの女、敵だと思うか?」


 思っていることは同じらしく、口を開こうとしたとき、杵島が同じ事を口にした。

 下校時の道路は、すごく淋しく、すごく寒そうだった。

 秋になってくるころではあるが、それ以上に寒そう。なにかが足りないというのを、伝えてくるように。


「わからない。何を考えているのかも、何をしようとしたいのかも」


 この先に足を突っ込んでよいものか、今、関わりかけているこの状態から手を引くべきか。しかし、手を引くというのはどういうことか。

 ただ今は、居るべき場所にいて、行くべき場所に行っているだけ。ごく普通の生活を送っているだけだというのに、今までとは違う道が現われ、必然的にそちらに向かわされているだけ。ただそれだけだというのに、何を間違ったことをおこなっているだろう。

 いきなり制度が変わり、民が政府に振り回されているだけのように、俺たちもいきなり作られた道を歩いているだけ。逆らうことのできない、非現実的な世界へと。


「きっと、あいつが……いや、あいつらが考えていることがわかったなら、こんなにも先を恐れることなんてなかったんだろうな」

「杵島、恐い?」

「あぁ。何に振り回されているのか、何に足を伸ばそうとしているのか」


 杵島が恐いと言うのは、凄くめずらしいという印象を受ける。けれど、それが当たり前な気がして、寧ろホッとする自分もいた。

 ゆっくりと足を止め、空を見上げてみた。まだ見えない星たちを無理矢理見るかのように目を細めてみた。

 なにか、懐かしいものを見ているかのような、安心感があらわれる。しかし、どこか不自然な。


「沚?」


 立ち止まり、空を見上げている俺に話し掛けてくる。

 顔を戻すことなく、空を見上げたまま口を開いた。


「空に、赤い玉がある」


 いつだったかに見た、真っ赤な月を思い出す。しかし、あれは月なのか。

 皆が知っている月は、銀に輝き、夜をも薄暗く照らし続ける。しかし、その隣にある、あの月は赤く、到底夜を照らす力なんかもっていない。だから、玉。


「赤い……?」

「うん」

「今見えているのか?」

「……うん」

「赤い玉は見えないかな」






 結局杵島には見つけることができない、そんな玉だった。

 ただの幻覚か。

 本当に見たのだ。というにも、次に目を離し、再び見てみるとそこにはもう、隠れてしまったかのように見つけることはできなかった。

 こうして、部屋を真っ暗にし、窓から覗き込んでも、見つかる様子はなかった。

 前には、眠れずに……いや、不意に目が覚めたのか、喉が渇いて飲み物を喉に通した後、気晴らしに外に出て空を見上げると、そこには月と真っ赤な月が肩を並ばせていた。しかしあれは、月ではない。言い切る理由はないが、そんな気がした。


(何かの予兆じゃなければ良いんだけど……)


 麻紀に相談をしようかとも思ったが、ただの勘違いかもしれないと思い、今日は止めておこうと踏みとどまる。

 もし次、見たときでもと先のばしする。

 杵島にも見えていなかったとすれば、麻紀にも見えていないということもありえる。










「外って、気持ちがいいね」


 いったい電車賃はいくらかかったのだろうか。

 巻き込んだからと、悠樹が電車賃を出してくれた。

 行き先もわからずついてきた場所は、都会というイメージではなく、住宅街。というイメージ。遠くには海が見え、バスが通っているらしく、今悠樹はそこに行くバスの時刻表を眺めていた。そんなとき、ぼそりと言ったのだ。今まで滅多に外に出ない人のように。


「あぁ。落ち着く」

「歩も?」

「うん」

「今は、色々進歩して、バスも電車も乗り心地がよくなってる。空気は重く感じるけど、世の中は便利になりすぎた。電車があれば、どこにもいける……」

「……なんか悠樹、おじさんくさい……」


 まだ若いだろうに、どうしてそんな古そうな口調をするのだろう。

 大人びているといるよりは、その場にいたかのような口調。


「そうだったらどうする?」

「……は?」


 いきなり振り向き、そんなことを楽しみながら聞いてくる。


「もし、俺が八十年とか九十年とか生きる奴だったら、どうする?」

「……そうだっていうんだったらそうなんだろ? どうするも何もあるのか? あ、あえていうなら、その若造りのコツを教えてくれ! って言うね」

「……歩って変な奴……」

「だって、八十年とか生きてるくせに、その若そうな面だろ? だれもが羨ましがるだろう」

「どっか……ずれてる」






 そういいながらも、嬉しそうな顔を見たすぐにバスは来て乗車した。

 三十分もしないうちに到着し、そこでもやはり悠樹が支払いを二人分おわらせ、下車した。

ついたそこは、美しく透き通った海だった。

 嬉しいのか、悠樹は子供のように砂場を駆けだした。


「あ! 待てよ転ぶぞ」


 と言いながらも、綺麗な海に見入られるかのように、俺も走って追いかける。

 裸足になることなく、靴のまま海に入る悠樹をみて、つい目を見開いてしまう。ズボンの裾なんか、水分で重みが増しているのが見て分かった。

 真似せぬよう、俺は裸足になり、裾をめくって中に入っていく。その頃にはもう、腰まで浸かるほど悠樹は奥へと入っていた。


「歩ー! はやくー」


 楽しそうにこっちを向き、大きく手を振ってくる。


「……到底、八十歳や七十歳って年齢の奴とは思えないな」


 ぼそりと聞こえないように呟き、ズボンを捲ったところまで行く。


「歩ー」

「これ以上行ったら濡れる。悠樹も服どうするんだよ」

「あー……」


 考えていなかったのか。

 少しだけ呆れるが、子供みたいで可愛い……といってしまえば悪いのだろうか。


「早くあがってこいよ! 風邪引くぞ」

「うん……わっ」


 足をこちらに向けてきたとき、すべったのか悠樹の姿が消えた。


「悠樹!?」


 反射的になのか、渉のことがあったからか、足は濡れることなんか気にせず、悠樹のもとへ向かった。

 状態が分かっていないのか、バシャバシャと手を海面に出し助けを求めていた。その手をつかもうとして気付いた。

 少し浜と平行に横にずれるだけで、ほんの少しの段差があり、深さが変わる。水深が変わったその場所に丁度悠樹は入ってしまったのだ。


「悠樹!」


 腕をつかみ、グイッとつかみあがると、必死に呼吸をしようと、必死に上を向いていた。


「あゆ………ゲホッゲホッ」


 少し海水を飲んでしまったのか、苦しそうにむせ続ける。右手で背中をさすってやりながらも、浜の方まで誘導してやる。


「悠樹……! 大丈夫か!?」


 浜に寝かせると、俯せになり海水を吐き出した。


「悠樹……」

「ごめっ……びっくりして……」


 まだ落ち着いたわけでもないのに、悠樹は謝ってくる。

 それでも怖かった。

 近くにいる人が苦しむ姿が。

 また、姿を消してしまうんじゃないのかと。


「歩……?」


 茫然としていると、息が整った悠樹が顔を覗き込んでいた。


「あ……?」

「歩は平気か?」

「あぁ、丈夫だから」


 そうかといった悠樹の顔は、溺れかけたというのに、子供のように楽しそうな表情だった。








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