第27話
「歩……? さぁ。私が帰ってきたときにはいなかったわ。部屋にいるかもしれないし、勝手に漁って良いわよあんな子の部屋」
「は、はい……」
歩くんの家に来ても、ちょうど留守にしていた。というおば様が出向いてくれたが、本人はいないようだ。
しかし、歩くんのお母さんも相変わらずだ。
歩を無視し、渉を崇拝する。
昔よりもひどくなってきている。
昔から多少渉くん贔屓ではいたが、ちゃんと“歩”という存在も認識しており、きちんと自分の子として愛していたはずだ。
その中でも渉くんを持ち上げるだけ。ただそれだけだった。親戚だって。
渉くんを失って一番精神異常がかからなかったのは、おじ様。歩くんの父だった。
ショックを受けてはいたが、母を慰める事で精一杯だっただろう。
歩くんは一時期感情を無くしたかのように、あまりしゃべらなくなってしまった。母の方はショックで立ち直らない様子だった。
歩に冷たくあたり、ショックをすべて歩の責任にした。
時には渉くんに似ている歩くんを渉として接した。
それについていけなくなり、父の方はでていった。
正式に離婚はしていないらしいが、別居。
本当は歩くんを連れていきたかったと言っていたが、母がそれを許さなかった。
渉として接していたから。
「部屋にもいない……か」
勝手に中に入ると、相変わらず整理整頓してある、きれいな部屋だった。
ポスターやカレンダーなど装飾品が壁に掛かっていることもなく、シンプルな部屋。
見回していると、玄関の戸が外から開かれるのがわかった。
呼び鈴であるチャイムの音が聞こえなかったことから、歩くんが帰ってきたのだろうか。
しかし、おば様の様子は違った。
「なっ、いまさら何しに来たのよ」
(だれ…?)
入ってきた人だろう声も、歩くんではなく、違う懐かしさがある声だった。
「歩はいるか?」
そういって私のいる歩くんの部屋の扉が勢い良く開かれた。
「あ……おじ様」
「梓ちゃん。その呼び方は止してくれといっているじゃないか。背中が痒くなる。ところで歩は?」
いきなり入ってきたのは、歩くんの父だった。昔から何かの影響で、おじ様と呼んでいる。
恥ずかしいといつも苦笑を浮かべられる。
「私も会いに来たんですけどいなくって」
「そうか」
「そうかじゃないわよ。今すぐでていって。何でもかんでも私に押しつけておいていまさら何の御用があって?」
おじ様の後ろから、早く帰ってくれと急かすおば様。
昔とはかわっていた。
おじ様とは仲が良くて羨ましいくらいだったのに、こんなにもトゲトゲしい関係になっているなんて。
渉くんが亡くなったとき、一番おじ様がおば様を心配していたということも、すでに忘れてしまったのだろうか。少しだけ、寂しい。
「押しつけた? 歩のことは、おまえが断固として渡さないって言ったんじゃないか。学費も少しは払っている。でももういいだろう? 歩はこっちで預かる。おまえのとこに置き続けたら、歩までおかしくなってしまう」
「何よ! 私がおかしいみたいな言い方しないで!」
「おかしいんだよ! だから、歩に決めてもらおうと思ったんだ。俺たちでこんなことを言い続けても埒があかない。歩にいたい場所を決めてもらおう」
そこまでいうと、おば様は何も言い返さずに、じっとおじ様の方を見つめていた。
おじ様は目線を外し、私の方に向き直る。
「歩がどこにいるかわかるかい?」
「私も探してるの」
「どこか行きそうな場所はわかるかい?」
「……私も最近まで全然会わなくって、この前久しぶりにお会いしたきりで、全然情報がないんです」
「そうか……」
「ほ、ほら、本人の歩はいないんだから今日のところは帰ってちょうだい!」
黙っていたおば様が、いきなり怒鳴りだし、私たちを追い出してしまった。
隣で小さくため息がこぼれるのがわかった。
「おじ様……」
「あの人も困ったものだ」
薄らと見せるその苦笑は、辛そうで淋しそうだった。
「……歩くん、どこ行っちゃったんでしょうね」
「さぁ、いつかは帰ってくるでしょう」
とは言ったものの、根拠がない。
その証拠に、あれから歩くんの家におじ様と行っても、留守のままだった。
学校にも休むという連絡もなく、無断欠席がつづいているらしい。
おば様に聞いても知らないの一点張り、日に日に弱っているのもわかる。しかし、その弱り方は歩くんが帰ってこないという現状ではなく、渉くんを再び失ってしまったかのようだった。
おば様は、渉くんを失ってから、歩くんを「歩」という一個人として見ることはなかった。
「そういえば、歩くん前に言ってたんです」
「何をだい?」
私たちはおじ様の家に一旦引き返し、歩くんについてお茶をのみながら話していた。
その時、不意に渉くんのことを、歩くんが言っていたことを思い出した。
「渉は俺が殺したって……おじ様、何かしりません?」
「歩が……? 確かにあの場にいたのは歩だ。一応その考えも思いついて、調べてはいたらしいけど、渉の体がどこにあるかわからないかぎり、それは難しいだろうって。歩も、何を思ったんだ……何を見たのか、教えてほしいんだけどな」
「神様に好まれたとか、俺は嫌われ者だとか」
「あのことを知っているのは歩だけ。一人で何もかもを抱え込んでいるのか。嫌われ者だなんて」
「全部話してくれれば良いのに…よし、もう一回行ってきますね!」
「あぁ俺も行こう」
私たちは立ち上がり、再び歩くんの家まで足を向ける。
タイミングというのは大切だ。
一つの事をするのに、何かのタイミングをずらしてしまえば、一つずつずれてしまい、予定とは崩れてしまう。
二度目の再来は、ずれることなく、新たな情報を手に入れることができた。
それは、家の前での出来事だった。
私たちがついた頃には、私たちのように追い返された人がいた。
男の人二人に女の人一人。私や歩くんよりは、年上みたいだ。
高校生くらい。歩くんの学校の友達には見えない。
「あの……」
「……? 君は」
「あ、私は歩くんの幼なじみで」
中でも一番背の低い、そばかすのある男性が首を傾げながらも聞いてきた。
つい緊張して早口になってしまった。
「歩の父です」
「お父さん、ですか」
「あ、この間は服をお借りしました」
「服?」
あっと思い出したかのように、そばかすのその男性は、軽く礼をした。
なんのことかわからずに、おじ様は首を傾げた。
「この前借りたんです」
「そうか。でも、まだ破棄してなかったんだな」
「え?」
「いや、なんでもない。役に立ったならいい」
「あなたたちはどうしてここに?」
話をずらして私は聞くと、女性が積極的に聞いてくる。
「歩くんに会いに。どこにいるかしらないかしら? 少し用があるのだけれど」
「どういう知り合いなんですか?」
「それは言えないけれど、簡単に言えば仲間。ね」
「なんの?」
「それは答えられないわ」
「答えられないことなんてあるんですか」
「あるわよ」
強気で言うその女性は、何かを急いでいるようにも見え、いつかに感じたいやな予感を再び感じさせられた。
「悪いけど、知らないかな?」
フォローするように、背の低い男性が前に出てくる。
「知りません」
「そっかぁ。なら仕方がないね。日を改めるよ」
「ちょっ沚!?」
女性が再び声を上げたとき、一瞬その沚と呼ばれた背の低い男性が、驚いた。というよりも、いきなり思い出したという顔をしたと思えば、私に指を差してきて叫ぶように口を開く。
「君、梓ちゃん?」
その言葉に、私はもちろん、サイドにいた二人まで驚いている。
「沚、知り合い?」
背の高いほうの男性が、首を傾げてそう聞く。
「あれ、君、雨降ってるときに転んでエメラルドグリーンのアクセサリー落とさなかった?」
「……なんでそれを!」
確かに、雨の日にそれを落とし、拾ったそのネックレスを歩くんに拾われた。
そこから私の人生、再び変化が起こりだした。そんな気がする。
「いや、丁度印象深かったから。だって君、どこかであった気がしててさ。どこかであった?」
「沚、その口説き文句は古い……」
呆れたように背の高い男性が言う。
見たことなんてない。
あるわけない。
はっきりと言えないはずなのに、会ったことがないというのは確実だった。
「歩くんと君、どこかであってる……そう……麻紀の家でだ!」
思い出したように、いきなり女性の方に指差し、声を上げた。
「わ、私の家?」
麻紀というのは、急いでいるような表情を見せていた女性らしい。
「うん。でも、あいつも記憶に無いって言ったんだよな……」
「夢とか?」
「あー…! それだ! そう! 草原で、風になびかれて、杵島と麻紀と、歩ともう一人の女の子がいた。その女の子が君! あー! やっと解決」
モヤモヤしていた何かが弾けだし、清々しい笑みを見せている。
「そのメンバー……もしかして」
麻紀と呼ばれていた女性が、何か引っ掛かったかのように、眉間に皺を寄せた。
「え?」
何もわからないかのように、沚という人は首を傾げる。
チラッとおじ様の方を見ても、わかっている様子もなく、私も首を傾げる。
「あなた、自分以外の自分の存在って知ってる?」
「自分以外の自分……に、二重人格!?」
少しだけ、引っ掛かる事はあった。
ネックレスをなくして、どうすればいいのか迷っているとき、冷静に判断したのも、何かいやな予感がして、歩くんに会いに行く案を出したのも私ではない。不意に頭をよぎったヒーリンという名の声にしたがっただけ。
その声に責任を押しつける気はないが、不意に来るその声が、自分に関係していることは確かだ。でもそれを、この人たちに言う義務なんかないはずだ。
「いえ、わからないのならいいの。ごめんなさい。私たちはもういくわ」
麻紀という女性は、そういいながら強制的に沚たちをこの場から去らせようと、腕を引っ張って私たちの視界から消えた。
おじ様は何を言うことなく、茫然としていた。
「いないようですし、私たちもいきますか?」
「あ、あぁ、そうだな。今日は帰ろう」