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熱の手  作者: 壬哉
23/31

第23話

 相澤という男に会うため。いや、もう一人の杵島という、沚の友達を救うため、俺たちは足をすすめた。

 まさか、この麻紀という女を助けたが故に、こんなことに巻き込まれるとはおもわなかった。

 実際のところ、着いていくといったのは俺だけど……。

 あれは半分脅されたようなものだ。いや、餌に釣られてしまったというべきか。


『渉のことと何か、関係があるかもよ?』


(っていわれちゃぁ、オトナシクなんてしていられねぇだろうが……)


 渉の姿をした、渉と同じ声・表情・仕草。

 これさえなければ、おとなしく場所だけ教えてさっさと帰っていたはずだ。

「ここか」

「うん」

 途中までの道が知りたかったため、杵島という男の家。前に言い争いをしていた場所までいったん連れてきてもらい、そこから通った景色を必死に思い出して、問題の店までやってきた。

 ちらりと中を覗くと、中にはたくさんの客。雰囲気はクラブに似ている。前回来たときと、雰囲気はかわらないようだ。

 軽い扉に、ゆっくりと触れ、沚が手前にひっぱり開けようとする。


 グッ…………

 

 …………


 引いた手は、ピクリとも動かない。

 引かさらなかったのだ。

 押しなのかと、押してもみるらしいが開く様子もない。

「……客差別?」

 ムッとしながらもその戸から離れると、次に触れたのは麻紀だった。

 引きも押しもせず、目を閉じ、少ししてから引いてみる。すると、その戸は簡単に開いてしまう。その姿を見て、余計に機嫌を悪くする沚。

 でも、ただ少し置いてから開けたにすぎず、特別な何かをした様子もなかった。

「なるほどね」

「どういうことだよ」

「いったん退きましょ」

 そういって、簡単には動いてくれないだろう沚をつかんで、麻紀は来た道を少し戻っていく。遅れをとらぬよう、俺も着いていく。

 店が見えなくなる位置までくると、沚と向かい合い、麻紀は説明をする。

「いい? あの中にいる人みんな敵よ。中に入ったら周りの人に助けを求めたって敵を増やすだけ。あの扉は、力がある人しか動かせないようになっている」

 その説明を聞いても、沚は眉間に皺を寄せて「じゃぁなんで」と言わんばかりに不機嫌は深まるばかり。

 あの戸を引けなかったってことは、沚さんには力がない。

 でも、俺はその前に大きなところが気になって仕方がない。

 『力ってなんだよ』と言いたいが、今のこの状態で聞くのはあまりにも場が悪い。

 歩きながらでも、聞いておくべきだっただろうか。

 『力というのは……』

 聞き覚えのあるその声が頭に響く。

 いきなりのことで、体がビクッと跳ねた。しかし、運がよかったのかその姿を二人にみられることはなかった。

「で、その引く手に『力がありますよ』という証明。つまり、取っ手に対して力を使わなければならないということ。だから、今は私が戸を押さえるから、その間に二人は中に」

「了解」

『この地球環境や、人間に備わっていた力が、自分の思い通りに利用できる力のことだろう。かつて、渉というおまえの半身が氷の力を持っているということ』

 麻紀の説明と、この声が被る。

 どちらにも耳を傾けていると、さきに沚たちが歩きだしてしまう。それに置いて行かれないように、足をすすめる。

 その間も、声は力について説明をしてくれる。


(渉が……力の持ち主……)


『姿を消してしまったのは、渉がその力の持ち主として選ばれなかったからだ』


(選ばれなかった……それは誰が選ぶもの?)


『氷の証である……この俺だ』

 扉の近くまで来た。

 言っていたとおり、麻紀が開けて最後の俺が入るのを待つ。

 扉が閉まると、中にいた人たちの目線がすべておれらにささる。

 そのことに対して、麻紀は力強く。沚は少し不安げに。俺は……無心に立ち向かっていた。

いったいここからどうするつもりか。

 この先は入ったことも見たこともないため、道しるべにはならない。

 ちらっと入ってきた入り口を見ると、そこには扉の近くにいた客が、逃げ場を防ぐように立っていた。

 視線を先頭に移った麻紀に戻すと、その前の方から一人の女性が、何やら楽しそうに近づいてきた。

 その後ろには、取り巻きのように大の男二人が、守るように立っていた。

 年齢は二十代前半から後半に移ろうとする年代。髪は背中の真ん中辺りで、クルクルよりもクネクネしているようなパーマ。

 胸の谷間は見せるためにありますと言わんばかりに開いた服のうえに、黒いカーディガンに似た。しかし、カーディガンとは違うような何ともいえない、セレブを意識しましたといわんばかりの格好。下は、太股丸出しのぴっちりした白く短いスカート。

 背丈は、ヒールで2〜3センチほど高くした170もないくらい。

 片手にはタバコ。不健康極まりない。

 コツッコツッとならしながら歩くその足は、麻紀のすぐ目の前でとまり、少しだけ前のめりになって麻紀と顔を近付けていう。

「はじめてみる顔だねぇ。歓迎してあげるよ。どんなパーティがお好みで?」

 からかうように、そう声を張り上げる。


(あの人は、選ばれた人?)


『さぁな』


(でもここにいるってことは力があるってことだよね)


『たぶんな』


(……どうして、渉を選ばなかったの)


『それはいずれわかる。いや、いずれ教える。今はそんなことを考えている場合か?』


(じゃぁこの場をどうにかするのに、いい案はないの? あの女、こっちが何も答えてないのに、勝手にパーティすることにして、オレらに飲み物用意しちゃったけど)


 連れていかれたのは、その店のど真ん中のテーブル。

 周りからも、冷やかすような目でニヤニヤしているのから、最初は視線をこちらに送ってはいたが、特に興味も持たない奴らの二つに分かれていた。

 テーブルといっても小さいため、ほとんどの人がコップを手に持っている。

 持たされはしたが、飲む気にならないのと、りんごジュースは嫌いだ。

「はじめてみるけど、どうしてここへ?」

 その女性の問いに答えたのは、意外にも麻紀ではなく沚だった。

「んーここってそんなに目立つ装飾ないじゃん? なのにどうしてこんなにお客さんがいるのかなって思って。ねぇ、お姉さんはこの店に何に魅せられたの?」

 少しだけ大人びて見えていた沚が、すごく子供っぽい表情仕草で聞き返す。

「そうね、あなたも言ったけれど、ここ、目立たないから。だから好き。それに皆仲良くて、知らない人同士でも比較的話しやすいのよ」

『どうにかなりそうだな』


(……でも、その捕まったっていう友達に会うにはどうすればいける? まさか、こんなところに堂々としてるわけなさそうだし)


『いったん退くんだな。そして通いつめれば、すこしは仲間意識持ってくれるんじゃねぇの?』


(なるほどね。この二人は、どうする気かなぁ)


『さぁ? わからんが、一つだけわかったぞ』


(え?)


『沚という奴と、麻紀という奴。二人とも証持ちだ』


(その証って何?)


『俺みたいな奴らだよ。力の主。それを体に宿している奴は、殺されないかぎり渉のように消えたりはしない』


(どうしてわかるの?)


 沚と女性の会話は未だつづいている。

『あ?』


(どうして二人がその持ち主だとわかるの?)


『もとは一つだったからさ。二人の神の片方が一人を裁き、罰を与えた。力を分解し、バラバラにして体内にバラバラに納めたのさ。裁いたほうの神は地球の神。裁かれた神は人の神さ。だから、一つの場所に神の欠片である、証の持ち主を集めてはいけない。だからわかるのさ』


(じゃぁ簡単に言えば、一卵性の双子……がいっぱい……みたいな?)


『まとめればそんな感じだ。しかし、姿形は違うし性格も表情も違う。それに、あと何匹いるのかもわからない。集まりしだいわかってしまうから、未然に防ぎたい』


(……ふぅん?)


 長い説明を聞いても、何かしっくりこない。

 現実味のないことを、一から十まで並べたのを、無心に読み続けているみたいだ。

 この声に表情がないわけではないが、難しすぎてよくわからない。


(今助けるその男は、証の持ち主なの?)


『さぁ……しかし、この店のどこかにそれはある』


(どこ)


『はっきりした場所まではつかめない。……トイレ』


(……行きたいの?)


『違うわ! 行く振りして、少し中を探ってみろ』


(へぇ、意外と頭良いじゃん)


『意外意外うるさいよ』


(それ、前に俺が言ったセリフ)


「会話の途中悪いんですけど、お手洗い失礼しますね」

「あぁ、場所わかる? ボウヤ」

「探しますよ」

 印象が悪くならないよう、にっこり笑顔でいうなり、にっこり笑顔で女性が答える。

 “ボウヤ”という言葉に怒りが顕になりそうになったが、必死に押さえながらも、一向に減っていないコップをテーブルに置き、場所を離れた。

 一応、トイレのマークがはられているのがわかったから、その矢印にならって、ゆっくりと足を進めていく。

 通路は一方通行。

 離れにあるのか、なかなかトイレにたどりつけそうもない。

 先程までいた場所から聞こえてくる騒音は、もうほとんど聞こえなくなってきた。

 突き当たりを唯一曲がりのあるほうにまがっていただけだというのに、不思議と騒音が再び微かに近づいてきている。


(そうか。遠回りに曲がっただけであって……って、どうしてそんなことを?)


 疑問は募る一方。

『立ち止まらずにトイレに行け。大だ大。大していけ』


(下品!)


 言われたとおり、トイレに行き個室に入る。

 しかし、特別何かを食べたわけでもないから、でるもんもでない。

『ティッシュを通常どうりとって投げて流す!』


(はいはい)


 言われたとおりに流して、普段どうりにでる。手を洗って何もなかったようにトイレをでた瞬間、声は再び命令した。

『さっき通った場所を歩け』


(一本道だっつうの)


 言われたとおりにあるきだした。

 突き当たりを左に曲がり、少し歩けば騒音は耳に入らず、右に曲がる突き当たり。

 そこを曲がった瞬間、一瞬何か空気がかわった。


(気のせい……か?)


『気のせいなんかではない。そこの右壁のどこかに、違う道がある』

「歩くん?」

「え?」

 不意に声がかかり、振り向くとそこには麻紀が不思議そうに立っていた。

『この女、沚のメールとかいうやつ知らないのか?』

「ねぇ麻紀さん、沚って人にメールできる?」

「えぇ」

『壁を通ろうとすれば警報がなるかもしれない。そのうちにあっちに残された男が捕まれば意味がない。警報が鳴ったら逃げるように』


(わかった)


「ちょっと送らせてもらえる?」

「えぇかまわないわ」

 そういってポケットから携帯を取り出し、メールの画面にした状態で俺の手に渡される。

 少しだけ慣れない手つきでメールを送り、送ったメールを履歴から消すと、すぐに携帯を返す。



警報が鳴ったら、躊躇いなく逃げて。

扉は、あなたなら開けられるはず。

このメール、読んだらすぐに削除してください。



 と。

 メールをお互い削除したのは、証拠隠滅。なにか事故があった場合に、不利になるのだけはごめんだった。

 これは、声の奴に言われたわけでもない、自己判断だ。

「でもどうしたの?」

「ちょっとね」

 再び壁に向き合い、そっと右手を当てる。

 空気がかわったのは、その壁のどこかから風が流れたから。

 ほんの一瞬だったけれど、何かがわかった気がしたのだ。


(なぁ、おまえが俺のなかにいるってことは、俺も渉と同じ力を持ってるってことで良いんだよな)


『あぁ』


(でもどうすれば……あ?)


 どうすれば、渉のような力が使えるのかを考えたとき、渉の力を知ったときに言っていた言葉を思い出す。

 昔のことだから、曖昧さがでるが。



“こう……想像するっていうの? こうなってほしいって形になるんだよね”



(想像……)


『証を持つものはそれだけでは無理だ』


(は?)


『証を持つものは、持たない人より強力な力を得ている。それを使いこなすには、証である俺との投合が必要だ』


(投合……)


『投合すれば、身体能力が普段よりも優れる』


(なるほど、で? その投合の仕方は?)


『そもそも投合は意気投合。俺とおまえの力を合わせる必要があり、それにはお互いを知らなければならない』


(……なるほどね。おまえは渉とは性格も根性も真逆。似ているのは容姿だけ。名前は……シャベット)


『ふん。上等だ』

 名前は不意に頭によぎった。

 その名前に執着があるわけでも、特別何かがあるわけでもない。ただ、それしかないという断定だった。

 名前を呼ぶと同時に、シャベットはにやりとほほえみ、殺気に満ちたような気がした。

 見たわけでもない、身体で感じた。

 それとともに、体内に何かが流れ込むような、膨大な何かが胸の中で蠢いている。

 そっと壁から手を離して、左腕に触れてみる。


(何かが生きている……この中で)


 冷たくて、氷でカチカチに固められたかのように、あの事件以来動かなくなってしまった左腕が、昔を思い出す。

 動かしていた俺。

 俺の腕の中から外された渉の左腕。

 今になってわかった。

 渉の左腕は、俺の左腕の神経だったのではないか。

 それを掴んでいた俺から医者が奪ったから、腕があれから使い物にならなくなったのではないか。

 左腕が使い物にならなくなるより、渉の喪失がショックで、今まで自分の左腕の疑問は持たなかった。罪だと、そう思い込んでいた。

 シャベットはいっていた。

 投合することにより、身体能力があがると。

 きっといま、動かすこの左腕はシャベットのものだろう。

 ゆっくりと目を閉じ、その妙な壁に手を当てる。



“こう……想像するっていうの? こうなってほしいって形になるんだよね”



 渉の声を思い出しながら、ゆっくり目を開ける。


(想像……)


『一つの扉に、薄い氷の膜を張る感じ。張ったらそれを扉ごと壊すんだ。空気中の水分を収縮』


(水分を……大丈夫落ち着け……。俺なら……できる!)


 左手に込める力などないはずなのに、胸のなかに蠢いていたものが、左腕を通じて外に流れ出る。

 触れていた壁が、一瞬にして氷に覆われ冷たい。しかし、少し角度を変えて見なければ、肉眼ではわかりにくい薄い氷。

 なんとなく麻紀には見られたくなくてその氷を壁ごと蹴り付けると、薄い何かが割れる音と、大きな爆音が聞こえ、壁は崩れ落ちていく。

 目の前には先がわからない下る暗い階段。

『躊躇うな! 中に入れ!』

 その声と共に足を中に踏み出させる。

 一段おいて踏み外さぬように。

 一瞬ポカァンとしていた麻紀も、足を踏みだしたのがわかった。

 本当に少ししてから耳障りな警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 


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