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熱の手  作者: 壬哉
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第22話

 怒鳴った瞬間、自分の声に驚いて目が覚める。

 俺は、必死に天井に向かって右手を伸ばし、頬には涙が流れていた。

 伸ばした手をゆっくり自分のもとに戻し、力なき声で言う。

「ほら……何の夢だったのか忘れちったよ」

 戻した右手で、グイッと涙を拭いとる。

「……渉……」






 それから数日もしないうち、再び道に迷った俺がいる。

 特別何を考えることもなく歩くのは好きだ。だから自分の名前も嫌いじゃない。

 俺と渉の名前の由来は、『すべての困難も、二人一緒に渉り歩く』だそうだ。つまり、今の俺にはどんな困難も、渉り歩くことができない。

 渉がいないから。

 もともと、『わたりあるく』は、『渡り歩く』と書く。しかし、親は『交渉』の方を持ってきた。子供の頃に聞いた理由は、難しくて理解はできなかった。

 今は、意味はわかっても理解はできなかった。

『世の中は、交渉して成り立っている。不成立したものは必要ない。だから、繋ぎ歩くだけじゃなくて、ちゃんと話し合って、二人に不利益のない方法で歩んでほしい』

 という母の言葉は、小さい俺には理解できない。

 今の俺は、話し合いなんかで世の中がうまく進むわけがない。

 そう考える捻くれものになってしまった。

「俺に何か用ですか?」

 不意に耳に飛び込んできた。

 そんなに張り上げた声を出した感じではない。ただ低く、顔は笑顔だが、心の奥底では煮え繰り返りそうな怒りを見せている。そんな声だった。

 もう少し軽い感じであれば、いつだかに聞き覚えのある声だ。

 ここの角を曲がれば、その声の持ち主にあえる。

 ゆっくりと覗き込んでみると、そこには、以前言い争いをして、相手を連れ去っていった男だ。たしか、相澤といっていたはずだ。

 その目の前には、いきなりの出現にびっくりしているのか、まったく動ける様子がない女性。

 髪はストレートで、もともと出しゃばる性格ではなく、おしとやかなほうだろう。

 何かのゲームか何かで負けたかしたか。無理矢理そこに来させられました。といわんばかり。

「ま、ここはゲーム感覚で……」

 とつぶやき、俺はその女の人の左側に立つ。

「お姉ちゃん! 次はここで迷子になってたの? 探しちゃった。初めてきた土地なんだから、あんまり一人で出歩かないでっていったのにー」

 見た目を利用し、にっこり笑って子供っぽいしゃべり方をして、女性の手をつかむ。

 もしここで話を合わせてくれば、助けがあって正解な印。

 もし茶化すようなことを言ってきたら、人間違いでしたで十分だろう。

 一瞬女性は困ったような顔をしたあと、それでも助かったような安心感を持っていた。

「あっうん。助かった。かえろっか」

「うん。お兄さん、もしかしたらおねぇちゃんが何か失礼なことしたかな?」

「いや……」

 どちらかといえば、相澤という男の方が驚いているようだ。

「そう。よかった、ではバイバイ」

 言いながら俺は女性の手をひっぱり、相澤という男の右側。向かって左側を駆けていく。

 ひっぱられたことにびっくりしたのか、女性は軽く相澤にぶつかった。その詫びを軽く言うなり、すぐに俺に着いてきた。


(迷子は俺なんだけど……)


 勝手に迷子扱いしたことに怒っているだろうか。

 それが怖くて立ち止まることができない。でも、いつかは解放しなきゃ。されなきゃ。

 近くに公園を見つけ、そこのベンチに座り込む。

「えっと、ありがとうございました」

 といったのは女性が先だった。

 謝ろうとした矢先にいわれ、さすがに驚く。

「……余計なことしやがってって怒らないの?」

「え? そんなこと言いません。本当にどうしようか困ってたし、本当に迷子になりかけてたし…」

「げっ本当に迷子!? じゃぁ迷子同士でぴったりじゃん」

 なんて笑ってしまう。

 中学生ではないだろう女性が、まさか迷子になっているのかと、少しだけバカにしそうになったのを食い止める。

「はい……って、あなたも?」

「まぁ、そんな感じ」

「でも、どうして助けてくれたんですか?」

「いや、あの男の人がね……」

「……知り合い?」

 少しだけ女性の眉間に、皺が寄ったのを確認した。

 やはり、あの男……相澤という男に何かが関係している女性ひとなのだろうか。

「知り合いではない。顔の面識がなかったからこそできた逃げ方だったしね」

「そう、なら何か知って?」

「んー……確実的な証拠はないんだ。遠目から見ただけだから、見間違えとか勘違いって可能性もある」

「構わないわ」

 力強い返事。

 この人も、誰かさらわれたという事が起きたのだろうか。

 もし、相澤が悪いことをしているのではなく、良いこと。もしくは、正当防衛であれば、俺は敵にまわってしまうことになる。敵に回りたいわけではない。ただ、あの時の会話を聞いたときは、悪者に聞こえただけだ。

「あの人は、友達だろう人をを気絶させてどっかに拉致るようなやつだぜ? まぁ、それが良いこととしてしたのかどうなのかは知らないけど……」

「……! あなた、ちょっと今時間あるかしら?」

「え?」








 麻紀と別れてから大分時間が経った。

 ずっと同じ場所にいるわけにはいかないだろうと、とりあえず危険承知で自宅へと帰った。 もちろん、麻紀にもこの場所を教えておいてある。きっとこの場所に戻ってくるだろう。

 確信があるこの怖さ。

 きっと俺の弱点はここにある。

 すぐに人を信じてしまう。

 口では信じていないようなことを言っていたとしても、心のどこかでは信用し、頼ってしまう。

「それが怖いんだよな」


 ピンポーン


 一つの呼び鈴が鳴り、ほらねと口元が緩む。

「はい」

 リビングにいた体を動かし、玄関の戸を開けると、麻紀と状況がよくわかりませんと顔にそのまま書かれているような、小学生から中学生くらいの背丈をした男の子が一人、立っていた。

 しかも、状況が読み取れていないうえに、俺の登場にも驚いているようだ。「えっ」と小さくつぶやくのが聞こえた。

「麻紀? その子は?」

「事情聴取しにつれてきた、重要参考人。みたいな感じです」

 なんて苦笑する麻紀の顔は、特別脅されたり、危害を加えられた様子は見当たらない。

 男の子も、どちらかといえば無理矢理着いてきたというよりは、無理矢理つれてこられたほうに似ている。

 あともう一つ感じたのは、いつだったかの雨の日に、転けていた女子高生を見たときみたいに、この子もどこかで見たような気がした。

「とりあえず入って」

 と家のなかに招き入れる。

 この子なら、どうして俺の記憶にいるのかがわかる気がした。



「麻紀、怪我とかは?」

「全然平気ですよ。すべて穏便に済ませるのが一番ですからね」

「無理矢理つれてくるような奴が穏便って……」

 ソファーに座り、にっこりほほえむ隣で、歩と名乗った男の子がコップを持ちながらぼそりと突っ込んだ。

 聞いた話によれば、この歩くんに困っているところを助けてもらったらしい。

「ねぇ、歩くんさ、一回でも俺と会ったことある?」

「は? まぁ、いちおう俺は遠目から見てるけど、確かあんたはこっちには気付いてないはずだから、こうやって面を合わせるのは初めてなはずだけど?」

 無理矢理つれてこられたのがそんなにいやだったのか、ムスッとした表情は絶えることはなかった。

「遠目で?」

「あんた、相澤とか言う奴に、一回でもさらわれてるんじゃない?」

「え!? うん。相澤を知ってるのか?」

「よくはしらん。ただ、あんたがその相澤言う奴に誘拐されるのを見ただけ。まさか、助かってるとは思わなかったし」

「あの場所にいたのか!?」

「あぁ。どうすれば良いのか、助けてほしいのかもわからなかったから、着いていくだけ着いていったけど、まぁ店の前で断念した。ってところだよ」

「店!? それはどこの」

「口では言いにくい。住宅地に地味商売してますよって言わんばかりの店だった」

 もし、そこからさらに移動するということさえしていなければ、あの地下は店の下だったということか。

「でもおかしいとは思わないか?」

「沚さん? おかしいって……」

「だって、店のなかに気絶してるやつ抱えてなかに入って、そして俺を閉じ込めた。客の一人くらい、その姿を見て不思議に思ったっておかしくはないはず」

「もしその人たちは、“お客さん”じゃなくて“仲間”だとしたら?」

 にやりとほほえみ、歩がそういった。

「だったら納得はいく。客が何人くらいいたかはわかる?」

「地味なくせに結構お客さんはいた……あ」

 ハッと何かを思い出したかのように、目を見開き、口をぽかんと開けた。

「もしかしたらやばいかも。あの場所はなれるとき、知らない人と顔合わせたんだ」

「どういう人?」

「髪は長くって軽くパーマが入って、クルクルというイメージで。顔もくっきり二重で、真ん丸な瞳身長は高くも低くもない、160cmを超えているだろう程度の女性」

 必死に思い出そうと、目をぎゅっと瞑り、無理矢理単語をつなげるように口を開いた。

 それもどこかで聞き覚えがあった。

「ちょっと待った。少し眠ってもいいかな? 麻紀、五分経っても起きなかったら無理矢理起こしてもらえないかな?」

「……? わかったわ」

「あいつと会話する」

「できるようになったのね」

「あぁ」

「は?」

 会話がわかっていない歩の半分裏返った声を聞いて俺は眠りについた。




「ラスティカ! 教えて! さっき歩が言った特徴を思い出して! あと、歩とどこであってるのかも」

『なんだいきなり呼び出して……歩という男の記憶はないけど、さっきの特徴は、前来た転校生とまったく同じだな。まぁ、女というのはほとんどクルクルしてて160前後だろう』

「……でも、俺はあの女には触れてほしくなかった。それに歩の言った女。きっと同じ奴だ……ありがとラスティカ! 愛してるっ!」

『やめてくれ!!』



 

 

 

「歩が見たそいつ……その女、もしかしたら敵かもしれん」

 自力で目が覚めると、目の前には、フライパンとお玉を構えた麻紀が、少し残念そうに立っていた。そのおかげで目覚めぱっちりだ。

「ってことは、店のなかにいる奴らって……」

「あぁ。歩が言ったとおり、お客さんではないらしいな。にしても麻紀、頼もしくなったな」

「まぁね、あれから何もなかったわけでもないからね。いなくなってから数日、短かったわ」

「そうか」

「ちょっと。勝手に呼び捨てにしないでくれる? そして、いきなり話しそらさないでもらいたいなぁ」

 話がかわったことに対し、プゥッと頬を膨らまし、顔をフイッと背向けた。

 麻紀と顔を合わせ、あまりにからかい甲斐があることに気付いて、ニッと微笑み合う。

「ごめんごめん。ところで麻紀、“あれ”はどうなった?」

「…んー。初めてやることだから、微かにしかわからない。いや、全然わからないに等しいわ。歩くんを頼ったほうがよさそうだわ」

「そうか」

 頼んでいたのだって、急なことだったし、初めてなことならばなおさら仕方がないだろう。

 しかし、歩というこの目の前の男だって、あまり覚えていないだろうことをいっていたから、道順を書いてもらうというよりは、連れていってくれたほうが早いだろう。しかし、もしその道程で前にあったクルクル女と遭遇したり、歩の顔がブラックリストかなにかに書かれ、相手の仲間に知れ渡っていたら。

 無事、帰すことができない可能性もある。一度ならともかく、この先も巻き込んでしまうかもしれない。

「歩くんは俺たちに手を貸してくれる気はないかな?」

「手を貸すって、別にそこを教えればいいんだろう?」

 なにも、難しいわけではないと、胸を張るように言う。そのノリが一番怖い。

「そうなんだけど、覚えてるかな? 書いてほしいんだけど」

「はぁ? 歩いてみねぇとわかんないし。別に連れていってやるよ? なに? なんか問題でもあるわけ?」

「……もしかしたら、君を巻き込んでしまい、危ない目に遭わせるかもしれない」

 力を与えられていない、しかも年下の子に“もし”という危険を負わせたくはない。

 ジッと見つめ合う俺と歩。


(わかってくれるかな…)


「危険……危険なら、余計に関わりたいかもしれない」

「はぁぁぁ!?」

 あまりにも意外な返事をされて、思いっきり声が裏返ってしまった。


(こっりゃぁ、まったく信じちゃいねぇな)


 ため息を吐こうとした瞬間、スッと視線が下に向き、ボソリと声が聞こえた。

「……ワタル……」

 きっとこのつぶやき方は、俺や麻紀には聞こえていないと思っているだろう。いや、無意識に発した言葉。だろう。

 麻紀の方をちらりと見ても、少し暇なのか、物珍しいと周りを見回している。

「……わかった。じゃぁ麻紀、いつ行く?」

「この子、連れてくのね」

「うん。連れてくっていっても、場所教えてもらうまでだけど」

「そう。私はいつでも構わないわ」

「なら、歩くんは今から平気かな? 近くまで行かなくていい。見えてきたら指差してくれるだけでいいんだ」

 視線を歩に戻すと、真剣な力強い瞳で言ってくる。

「……最後まで付き合わせてもらえないか? はっきりとした状況は読み取れないけど、乗り掛かっただけじゃいやなんだ」

 何かを、抱えている瞳。

 きっと、なんと説得しても納得はしてくれない、頑固な子供だったらしい。

 軽いため息を吐き、ソファーの背もたれに背中を預ける。

「わかった」

 ちらりと麻紀の方を見ても、ただ微笑んでいるだけだった。

 

 

 

 

 


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