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熱の手  作者: 壬哉
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第2話


(あぁ……杵島に制服返さなきゃ。っていうかあれからどうしたんだっけ?っていうか……頭痛い……)


 頭痛で目を覚ますというのも、素晴らしく目覚めが悪い。

 しかも、当たり前なのだが意識を手放してからの記憶がないに等しい気分だ。

 雨が当たっている様子はない。

 寒い気もしない。

 熱くなっていた左手も、なんとか治まってはいる気がする。

 真っ暗な中、今の状況を把握しようとするが、まったく頭は機能しないし、目蓋も開けられる気はしない。

 何もかもにやる気をなくした子供が、昼寝をして、その睡魔に負けて夜まで寝続けたあとの気分だ。

 寝すぎて頭は痛いけど、このまま寝ていれば治るような、そんな錯覚を覚え、再び眠りにつこうとしてしまう。

 ただ今、俺がそんな心境だった。苦しくて、痛くて辛くて。目を覚ましたら、一日がただの夢で、学校に遅刻で。もういいやとベッドに再び潜り込んで、二度寝をしてしまおう。

 きっとそのほうが安心できるだろう。

 重い目蓋を必死に持ち上げるように、ゆっくりと開き、目の前をみる。

 寝すぎたせいか、視点がきちんと合わず、ぼんやりとしている。

 ぼんやりとしているが、視界が基本的に白く、確実自宅のどこでもないというのがわかる。

 視界はぼんやりとしてはいるのだが、自分の状態が仰向けになり、布団か何かに押されている気もする。

 ベッドかどこかに寝ているのだろうか。

「んっ……」

 体の節々が痛い。

 表面が薄くろうで固められ、それを必死に外そうとしたときになる、ピキピキっという音が鳴るんじゃないかという感覚だ。

 だんだんと視界が安定してきて、自分が今横になっていて、それを起こした場所が、保健室のような作りの部屋だった。でも、少し違うのは、保健室のような机みたいなものがなく、どちらかといえば病院のような匂いがする。

 周りを見回してみても、誰かがいるわけでも無いのだが、病院らしい雰囲気がある。


 やはり倒れたのは夢ではないのだろう。


 病院だったら、看護士を呼べるボタンがあるはずだ。

 今まで入院というものをしたことがないから、はっきりと仕掛けというのか、仕組みというようなものを知らない。でも、とりあえずはボタンを押してみるほうが良いだろう。でも、もしかしてこれは、何かの警報ボタンだったらとおもうと、少しだけ背筋に冷たいものが通った。

 体をシーツに滑らせながらも、ボタンに手を触れたその時だった。

 廊下のほうからパタパタと人が歩く程度の足音が聞こえてくる。

 ちゃんと人はいるようだ。

 何だか安心し、ボタンを押そうとした手を引っ込ませる。

 体も動くし、頭以外は不調はない。頭だけで看護師さんを呼ぶようなことをしてはいけない。とはおもったが、目が覚めて誰もいない状況で、どうやってここに運ばれてきたのかも、まったくわかっていないのも不安だ。

 よくドラマや漫画など、空想のなかでは、目が覚めたらキラキラした瞳で、目覚めたことに安心するように急に抱き締めたりと、そんなことすらも起きなかったから、余計にこわい。

 誰かがいれば、どうしてここにいるのかなど、説明してくれるだろうに。

 一人残されたこの素朴感。

 いつもはこういうとき、杵島や相澤がいろいろと助けてくれそうなのに、俺の記憶では、別れたばかりだ。

 やっぱりあの時感じた、もう会えないかもしれないというのはビンゴなのだろうか。でもまだ俺は死んだわけではないだろう。

 ベッドの周りを見回すが、靴やスリッパなどのものは見当たらない。

 服はよく病院で見かける白い楽な服。というのか寝巻というのか。あれに名前はあるのだろうか。


(バスローブ? いや。バスローブはもっとフアフア感があるような気がするし……)


 空はもうすでに晴天で、あの雨がまったく嘘かのような晴れ模様。今頃杵島達は何をしているだろう。

 少なくとも一日はすぎていた。

 裸足のまま床に立つ気にはならない。

 潔癖症というわけではないが、どうも許せないのだ。

 そうなってしまえば、今、自分がどういう状況になっているのか、わからずに一日が過ぎていきそうだった。

 早く学校に行かなければ、杵島が上着が無いことに不満を持ち、怒っていることだろう。

 そうするには、とりあえずこの状況から抜け出すしかなかった。

 ゆっくりと俺はようやくボタンを押した。




「特に異常は見当たらないね。どこか体に異変はないかい?」

 それを探すのが医者の仕事じゃないのだろうか。

 ふとそう感じながらも、しみじみと頭痛のことを言った。

「それはきっと、倒れたときに頭を強く打ったからじゃないだろうかと思うんだ。少しだけ脳震盪を起こしていたと思われます。倒れる前の記憶を知りたいのだが」

 母さんには看護師さんのほうから連絡が行き、すぐに来るといっていた。でも、まさか自分が一週間も寝たきりだったなんて、まったく感覚が無い。

 ならば杵島は相当上着のことで頭を抱えているのではないだろうか。

「えっと……学校が終わって、友達とかえって途中で別れて。で家の前に着いて」

 男の人が……。そういいたかったのだが、口が拒んでいるかのように、声がうまく出なかった。

 つい黙ってしまった俺に、先生が顔を覗き込んできた。

「着いた後?」

「き……記憶にありません……」

 そういうしかなかった。

 でも殴られたり、蹴られたり。脅迫をされたり、脅されたりというようなことはされていない。それだけはいえると思う。

 左手に熱がもって、男の人にあって。そんなことをいえるほど、俺は強くなんかなかった。

「そうか。もしかしたら、殴られたか倒れたときにかに、強い衝撃で記憶を失っている可能性もありますね。救急車を呼んだのはお母さんです。同じ学校の上着を羽織ったような状態で、特に目立った外傷はなく運ばれてきました」


 記憶がない?


 そんなわけがない。

 倒れる前の記憶がある。あえて言わない。このまま騙したままで良いのだろうか。

 学校に行ったら、やっぱり一番にあの二人に相談してみよう。


 相談しても良いのだろうか……


 俺の頭には、一つだけ確実に覚えている台詞があるのだ。


『君には守れる? 人を……大事な人を』


 男の人が言った言葉だ。

 大事な人。

 ついつい俺は押し黙ってしまう。


 なぎさにとっての大事な人というのは、いつも一緒にいてくれる、相澤や杵島などの友達だった。




 母さんと顔を会わせるなり、心配したと泣きじゃくってきた。スーツ姿の父さんは、仕事から飛び出してきたかのようだった。

 わざわざ仕事から抜けてきたのか。そう思うと少しだけうれしかった。

 医者から記憶障害のことを聞くなり、少しだけ驚いたというのか、不思議そうなのか、何とも表現できない顔つきだった。

 大事な人に手を出されることだけは許せない。もしあの人が、暴力団とかやくざとか、そういう人だとすれば脅し。杵島達を盾にとるだなんて、卑怯すぎる。

 でも、あの人がそういう人にはどうも見えないのだ。

 むしろ温厚で、ひ弱な感じがする。

 それに、そういう危ない人に、何か喧嘩を売るような行為はしていないはずだ。

 言い方だって、なにかをやさしく警告しているかのような感じだった。特別危ない人ではない気がする。ただの思い過しだろうか。

 でも今の時代、いろんな問題を抱えている。拉致とか誘拐とか、国のなんとか省の人とかだって、暴力で捕まったり、性的暴行を行い、警察に捕まるくらいに政治を行っている人すら、信用ならない社会となってきている。いい人づらや、病弱面して人を騙すような奴がいてもおかしくはない世の中だ。

 

 


 俺は一旦病院に二日ほど世話になり、退院した。

 その次の日から、学校へ復活することを決めた。

「母さん。倒れたときに俺がもってた、あの制服どうしたの? 杵島のなんだけど」

「ちゃんとクリーニングに出して返しましたよー。ほらっ、もうそろそろ時間! 早くしないと遅刻するわよ」

「うん。じゃぁ行ってくる」

 ソファの横においておいたカバンを肩に掛け、リビングを出る。

「具合悪くなったらすぐ保健室に行くのよ?」

「うんわかってるよ」

 もう大丈夫だ。あれから具合が悪いこともないし、頭痛だって入院中に治ったし、これ以上休むわけには行かない。

 杵島達は心配してくれているだろうか。

 あいつらのことだから、いつもどおりに接してくるだろう。

 久々の登校路。何だか数か月とおっていないような景色に感じる。

「沚!?」

 いつも杵島達と合流する場所で、杵島の声が聞こえてきた。

「杵島ぁ」

 久々の杵島に顔を明るくさせる。

「おまえ大丈夫なのか? 倒れたって……」

「おぅ! もう大丈夫。でもごめんな? 制服」

「ばあか。そんなもん気にすんなよ」

「でも……」

「沚!」

 逆のほうからも、相澤の声が聞こえてきた。

「大丈夫か? もう来て平気なのか?」

「大丈夫だよぉ。そんなひ弱に見えるかぁ?」

「見える」

「どこがだよぉ。ボールが頭に当たっても、暢気に走り回れるやつだぞ?」

 まさかひ弱に見られていただなんて。

 でも心配してくれるのは素直にうれしい。

「そんなの関係ねぇよ。でもぶっ倒れたって、何があったんだよ」

「えっと……貧血? 実はあんまり覚えてないんだよね」

 軽く頭を掻きながらもうっすらとそういった。

「貧血? 貧血って一週間も意識不明になるもんなのか?」

「えっ……杵島なんで意識不明だってことまで?」

「先生が言ってた。病院まで見舞いに行ってみたけど、本当に意識ないみたいだったし……」

「見舞い。来てくれたんだぁ」

「あぁ」



 学校では、本当にいろんな人が心配してくれた。先生も、ほとんどの人が。

 チヤホヤされているのかもしれない。甘やかされているのかもしれない。そんなことは考えちゃいない。考えてはいけないと思っている。

 いつもどおりな毎日が再び続いてくれるだろうと信じ、内容がさっぱりな授業を聞き、放課後には補習を受けながらも、また一日が過ぎていく。

 雨は降らず、補習を受けている俺を待ってくれていた杵島達と合流し、いつもの下校路を歩いた。

 またあの人に会いたい。そんな気持ちが広がっていく。

 いつも通る石橋に足を踏みいれた。

 そんなに長いわけではないその橋は、何気なく通り過ぎていくのが今までだった。

 チロチロと流れていくような川の音が、夕日にあてられながらも、静かなこのおれら三人の間に聞こえてくる。

 めったにこの時間にこの橋を通ることはなかった。寄り道していて、夕日すらも沈んでいるか、いまだに太陽が出ている時間帯に通るかだ。だからか、夕日に照らされているこの川を見るのはすごく、懐かしい気がした。

「沚?」

 じっと太陽側の上流を見つめていた俺に、もうすでに橋から離れた杵島達が振り向いていた。

「あっごめん」

 再び夕日を見、杵島達の場所まで駆けていった。



 その日の夜、何事も起きずに、本当にあの男の人が夢だったかのように、平和すぎる。その平和がすごく怖い感じもしてくる。

 風呂に入りご飯を食べ、歯を磨いて部屋に戻る。いつもの流れを行い、ベッドに潜り込んで携帯をいじる。

 杵島から来たメール。相澤から来たメール。それをすべて返していき、ウトウトと眠りにつきはじめる。

 まだ電気も付けっ放しで、時間だってまだ夜の零時少し前だ。こんな時間帯に眠くなることなんてそう滅多にない。

 今まで病院生活で、就寝時間が早かったから、それに合わせるもんで、身体がその時間で慣れてしまったのだ。

 眠気を我慢することができずに、うっすらと眠りに入っていく。



 真っ暗な中。

 少しだけ懐かしく感じる炎の夢。

 でもなにか、今までの夢とは少し違う。

 ボーッと何気なくその炎を眺めていた。

 感じるのは、今までとはちがく、炎に囲まれている感覚までもする。

 怖いという気持ちと、淋しいという気持ち。好奇心というものまでも芽生えている。

 パチパチと炎が舞い上がる音までもリアルで、本当にその場にいるかのような感じだ。


(ここはどこ……)


 そう聞きたいのに、口を開けない。いや開いているのかもしれないけれど、声が出てこない。

 今自分はどうしているのか。

「おまえがやったんだ」

 一人の男の声が聞こえてくる。昔に聞いたことがあるような声だ。

 会ったことがあったはずだ。だけどどうしても思い出せるような気がしない。

「火玉を放ったのは、おまえ自身だ」


(俺……?)


 どこかから聞こえてくるその声は、いくら待ってもそれ以上の返事は帰ってこなかった。

 ただ一人どこかも、どんな人がいるのかも、何を目指せば良いのかもわからない状況で取り残されている。

 足を進めようとしても、足は動いてくれそうもない。

 ただ身体が熱くなっているということが感じるだけ。最初よりも、さっきよりも、だんだんと温度はあがっていく。

 苦しくて、呼吸すらも儘ならない状況で。


(どうしよう……)


 進む足はないけれど、疲れてしゃがむ足はある。

 疲れているわけではないのだろうけれど。

 素朴で淋しくて。

 


 

 




 ハッと目が覚めたのは、熱さが最高に熱くなったときだった。

 布団を捲り上げるように上体を起こした。

 息は荒く、体全体が左手を中心に熱を帯びているようだった。喉だってカラカラだった。

 

 

 

 


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