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熱の手  作者: 壬哉
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第19話



「また、お客さんが増えたわね」

「……お前か」

 沚を杵島と同じ空間に吊してきた。

 杵島は沚を中にいれるとき、数時間目が覚めない程度の軽い睡眠薬を飲ませた。

 視界にお互いを映さない場所に。

 その空間を出たとき。相澤にとって面倒な女が、壁に寄り掛かり、腕を組んで立っていたことに、ついついため息混じりに口が開いた。

「お前かって……なぁに? 私じゃぁなにか文句でも?」

「……別に」

「……まぁいいわ。でも、まさかあの坊やまで連れてくるなんて思わなかった」

「坊やも何も、お前と同い年だろう」

「ほんと。同い年には見えないわ」

 ため息混じりに言うこの女を。じろりと睨み付ける。

「手を出すなよ」

「あら、それはどっちに?」

「……」

「フフ。安心して、力ではどっちにも適わないの」

 薄くほほ笑みながら、壁から背を離し、不意に手を触ってきた。

「だろうな」

 そう答えたあと、反応が遅れて手を振り払った。

 舌打ちが響く。

「裏切りの相澤。可愛そうに真相を知らない子供は、守られているのか敵視されているのか理解できていない」

「うるさい。勝手に心を読むな。」

 触れられた場所を、ごしごし汚れを取るように擦り取ろうとする。

「なにもつけてないわよ」

「学校とは性格かわりすぎ」

「裏表があるほうが好まれるわ。でもあの小さいほうは、警戒心あるわね」

「え?」

「放課後、ぶつかったように見せて少し話したのよ。運悪くぶつかった時間は短すぎたわ。しかもそれから触れようとしない。まったく、誰に仕込まれたんだか」

 ひどく悔しかったようで、親指の赤く塗られたマニキュアの爪先を、ガリッと前歯で噛む。

「接触したのか」

「えぇ。何か問題でも?」

「……何かわかったか?」

「言ったでしょ? 時間が短かったって」

「……」

「上にはどう報告するつもり?」

「“何も話しませんでした”」

「うっそくさ……」

「お互い秘密を持つのが、公平な相談ができるってものでしょ?」






「……ってぇ」

 夢から目が覚めたように、不意に目が覚めた。

 覚めた場所は、はじめてみる光景だった。

 薄暗くて、地下というイメージをもたらし、声の響きそうな鉄の壁。いや、コンクリートだろうか。

 両手両足は何かで壁に括られている感がある。

「どこ……ここ……腹イテェ……」

 ずしりとした痛み。

 今ならはっきりわかる。あの時、殴られたのだと。

「誰かーいないのー?」

 いつだったかも、目が覚めれば知らぬ土地であったことがあった。しかし、あの時にはこんな不安感は感じなかった。むしろ、ホッと少しだけ安心していた気もする。

 あの時と大きく違うのは、今の状態を説明してくれる人がいないこと。

 目が覚めたとき、誰かがいてくれるというのは、安心できる。今は、すごく不安。ただ、目を閉じれば山田くんがいてくれる。あの時にはなかったことだ。

「その声……沚か!?」

「え……あ、杵島!?」

 思ったとおり声は響く。

 本当に杵島のところに連れてきてくれたのか。でも、俺のところから、杵島の姿は見えなかった。

「なぜ沚がここに?」

「杵島だって……ってそうじゃなくて、杵島無事!?怪我とか……」

「大丈夫大丈夫。なんにもされてないよ。沚こそ……なんか脅されたり暴力ふるわれたりしたんじゃない?」

「脅されてない。俺が杵島のところに連れてけっていった。でも拒まれ」

「拒まれた?」

「うん。で、駄々をこねたら腹殴られて気付けば、ここ」

「……」

「でも拒む理由は何? あいつは何を考えてここに閉じ込めてるわけ?」

「さぁな。それがわかんねぇんだよ。とくに暴力で何かを言わせようとか、何かを盾に脅してこねぇから手の付けようがない。だから向こうの欲求がわからない」

「なら、ただ解放されるのを待つことしかできないってこと?」

「いまのところな」

「そっかぁ」

 相澤の思考がわからない。

 それは、杵島も同じこと。

「杵島はさ、どうやってここに連れてこられたわけ?」

「相談したいことがある。ここや電話では話しにくい。ついてきてもらえないか」

「え!? それにノコノコついてきたっていうのか!?」

 杵島にしては、あまりにも考えが浅はかすぎる気がした。

「お前に言われる筋合いはない。俺の場合は、相澤が何かを隠してる真相を明らかにしたいから来たんだ。罠にわざと引っ掛かっていることくらいあいつにだって気付けることだ。だから、あいつを通じてでもお前に気付いてほしいから、あんなにも薄情だと責められるメールを送ったんだ。お前なら、あのバカをストーカーしてでもここにこっそり来てくれるかと思った」

「……」

 呆れた口調で話す杵島の言葉で、その手があったと納得してしまった。

 実際特別な考えがあったわけではなかった。でも、どうにかしてでも、助けたかった。杵島も、相澤も。

 実際、ここまでこっそりこれたとしても、杵島の手錠はどうする?

 今の自分の手を括っているものすら外せれないと言うのに、他人のなんて無茶だ。

 カギがあるわけでもなく。

「杵島、肩凝らない?」

「話を変えたな? 凝るさ。凝って血液すら回らなくなりそうだよ」

「どうすればとれるのかな?」

「カギだな。欲を言えば……」

「言えば?」

「……力だよ」

「腕力!?」

「ばぁか! そんなの、俺でダメだったらお前も無理だろ」

「ひっひどっ!」

 わかっていた。

 杵島が言う力というものは、俺たちに特別備わった、“力”のことであるということが。

「ちょっと眠いし、悪いけど少し休むね」

「おまえこん……いや、今のうちに休んでおきなさい沚ちゃん」







「山田くん。最初の大仕事、頑張ろうとは思わない?」

『大仕事……か』

「うん。眠れる獅子になろうとおもって」

 山田くんも呆れていた。

 そんなの覚悟のうえだ。

 深紅の髪が、ふわりとゆれた。

 風でではない。ふらりと山田くんがうごいたからだ。

『ここで力を出したら、眠れる獅子ではないぞ?』

「おっやぁ? 山田くんなにか勘違いをしているよ?」

『……そのしゃべりかた、気持ち悪いからやめてもらいたい』

「ちぇっ。わかったよ」

『で? 間違いって?』

「眠れる獅子はね、仲間がピンチな時に目が覚めるんだよ?」

『ピンチも何も、今はお前がピンチなんだろうが』

 説教じみている事を言っているくせに、表情はめずらしく、やわらかくて楽しそうだった。

 鉄は極度の高熱で溶けるらしい。

 力を使ったことのない俺に、そこまでの熱を放出する自信はない。でも、できるできないと、自信とでは話がかわってくる。

 そんなきがする。

 その中でも、目を瞑った。

 やり方は知らない。山田くんの本名も知らない。力を使ったあと、お兄さんがどうなるのかわからない。でも、今すぐそこにいる親友すら助けられないで、兄さんがどうのこうのといってはいられない。

 昔に見た炎の夢。その炎を見つめていると、文字にかわってゆく。

「山田くん……いや、ラスティカ。一つ助言をしていただきたい」

『助言を? ふん。そんなのいらないだろう? 今のお前には』

「今の俺には?」

『お前は、一度レベルの高いものを身近で見ているはずだ』

「あ……えっそれだけ!?」

『ん? 自信ないか?』

「自信はない。でも、できる気がする……」

『それで十分。力に理屈なんて必要ない』

「……不親切!」

『ありがとう』

「誉めてない!」

 あの日、麻紀と兄の力を見た。

 自分の持っている力の手をかかげたあの姿。

 再び目を閉じると、俺ではない違う人の呼吸が聞こえる。いや、感じ取れる。

 ゆっくりと、その呼吸にあわせていくと、重い何かが左手にこめられてゆく。

 いつもとは違う熱さが、左手に感じられ、一緒に括られている右手にもその左手の放出した熱が感じる。


(熱い……)


 考えてみれば、鉄を溶かすほどの高熱を、普通の人体にもかけるということは、かなりの負担だ。

 骨も溶け、使い物にならなくなってしまったらどうするか。

『余計なことを考えるな!』

 その言葉に、ビクッと体が震えた。

『俺を信じろ……』

「らっ……ラスティカを……? うん……」

 きっと、この力はラスティカだろう。

 ラスティカであれば、きっと俺が深く傷つくことをしない。もし、使い物にならない体になるようなことだとわかった時点で、止めて、力を貸してくれることはなかっただろう。

「うん。ごめんラスティカ」

 方法を変えた。

 太い手錠を壁とつないでいる鎖を、器用につかむ。

 先ずは左側から。

 鎖は、手錠よりも細い分、すぐに溶けるような気がした。

 握っている鎖が、だんだんと薄く、細くなっていくのがわかる。

 だんだんと細くなり、左手がついに宙を泳ぐ。

 肩の力が抜け、そのまま重力に負けてぶらりと下を向く。


(熱い……)


 からだすべてが、熱にやられて汗だくになる。

 相澤がくる前に、すべてを解く必要がある。

 少なくとも、自分だけでも。

 運がいいことに、足は地面スレスレ。落ちることになっても、問題はないだろう。

 足は、手首に付いている、太い手錠のような鉄が、壁にぴったりとくっついている。根元を溶かせばどうにかなるだろう。

 少しだけやすんでから、右手首をつなげている鎖を溶かす。

 しかし、まだ溶かしきれていない今、不意にあることを思って止めた。


(ヤバイ……)


 両手を自由にしてはいけないことに気付いてしまった。

 それは、両手が自由になることで、ぴったりと壁にくっついている状態の両足に負担がかかるし、しゃがむことができないとなると、足首に触れることはできない。

 まさか、ここで大きな壁にぶち当たるとは思わなかった。


(どうすればいい……)


 兄みたいに、炎を放出することさえできれば、片手を手錠にかけてバランスをとりながら可能だが、離れた場所でそれほどの熱を放熱することは、いろいろとリスクが高い。

 もし外してしまえば、火事にもなりかねない。


(どうすればいい……)


 ギュッと目を瞑り、ラスティカを呼ぶ。

『この建物は、コンクリートでできている。木造ではない。それと、お前の熱はお前自身には熱いと感じても、それなりの耐性がある。鉄を溶かす程度の熱で火傷はしないだろう』

「うん……わかった」

『ただ、問題がある』

「え?」

『放出するには、それ相応の振りが必要だ』

「振り?」

『あのきょうだいがやっていたのを覚えているか?』

「うん」

『もともと放出は慣れが必要だ。初心者にしてみれば難易度は高い。大きいものを出すのと同時に、それ相応の大きな振りが必要』

 そうだ。

 あの時、二人はそれぞれの振り方で炎を出していた。

 イメージするなら、遠心力を使ったように。

「なら、何度も高温の熱を振らなきゃいけないわけ?」

『そういうことになるが、経験を積めば、放出した炎をあの二人のように操作することもできるかもしれない。だが、今のお前に経験を積ませる程の時間はない』

「うん」

『二つ、三つの難易度の高いものを、初心者にいきなりやらせることが不安だが』

「やってみるさ……やらないで無理だなんていえる時間はない」



 再び左手に集中し、ラスティカの呼吸を確かめる。

 手に絡み付く炎。

 きっと普通の人が触ると熱いのだろうが、今の俺の左手には、熱くは感じられなかった。

 温度なんてわからない。

 ただ、がむしゃらに近い感情のまま、その炎を足首と壁のかすかな隙間を狙って投げた。

 しかし、うまくはいかない。

 振った瞬間、少し離れた火がすぐに消えてなくなった。

 でも諦めることはしたくはない。

 何度も何度も繰り返す。

 何百メートルも、全速力で駆け抜けている気分で、すぐに息はあがってしまう。


(くそっ……)


 落ち着け。落ち着け落ちつけ落ち着け……。

 そういう声が聞こえてきた気がする。

 いったん手を止め、いきを整える。

 汗がダラダラと流れているのを拭き取ることもしない。

 あの時、あのきょうだいはどうしてたか。自由自在に操り、楽しそうだった。

 いま、自分に足りないものはなんだろうか。

 楽しくすること? しかし、今の自分には、楽しがれるような気分ではない。

 汗にも似た涙が頬を流れる。

「ちっくしょう……」

 なにもできないのか。ここで落ちぶれてしまうのか。

 人一人助けることができないくらい、自分はひ弱な存在だったのか……。

 

 

 

 


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