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熱の手  作者: 壬哉
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第18話




 薄暗い地下牢。

 吊されている両手両足を少し動かせば、接合されているチェーンが擦られ、カチャカチャと室内に響き渡る。

「あいつも悪趣味だなぁ……」

 苦笑するしかなかった。

 まさか、友人に監禁されることになるとは思わなかったから。

 しかし、その友人を恨むことはない。

「だーれーかー」

『いるわけがないだろう。おまえも案外バカだなぁ』

(おまえにだけは言われたくないかなぁ)

『あぁ!? なんでだよ! のこのこ捕まったのも、おまえの失態だろ!』

(だからその考えの足りない思考がまだ子供だって)

 はぁと深いため息を吐く。

『なんだとー!』

(カリフォンス!うるさい)

『外に聞こえてないんだからいいだろー』

 目蓋を閉じれば、14才くらいで薄紫色の髪が軽く外に撥ねていて、つり目でムッとした表情をしている男の子が現れる。

 その反抗的な瞳が可愛くて、ついプッと吹き出してしまう。

『笑ったな!』

「あんまりにもガキくさくってさ」

『なっ……!』

「ったく……寝ないようにしてたのに」

『べつに監禁されてるんだから寝ようが何しようか勝手だろ?』

「まぁそうなんだけどね」

 二度目のため息を吐いてしまった。

 監禁されているだけというのもつまらないものだ。

『でもなんでわざわざつかまってやったんだよ』

「友人の頼みだったから」

『はぁ?』



『悪いけど……ちょっと話したいことあるから、いまでてこれるか?』

『電話じゃ……今じゃダメなのか?』

『話しにくい』

『わかったよ……』







 三度目のため息を吐いた瞬間、胸ポケットに入れておいていた携帯が震えた。


 メールだ。


 数時間前までは、一時間ほど置きになっていた携帯だが、だいたい放課後くらいになると、まったく携帯はならなかったが、不意になって驚いた。

 数時間前までのは、沚だろうという勘が働いたが、数時間置いたのと、返事を送らなかったからもうこないだろうという勘で、違う人だろうという予感が働いた。

 メールが鳴ったおかげで目が覚めた。

 しかし誰だろうか。

「もしかして沚も捕まってたりして……? だったらぜってぇゆるさねぇからな……」

『おまえ、腹黒いだろ』

「そうでもねぇぜ?」

『あっそぉ……』

「激しい独り言だな」

「……帰ってきたのか」

 コツコツとわざとらしく足音をならしてきたのは、ここに連れてきた友人だ。

「おとなしくしてたか?」

 牢屋の鍵を開けずに、扉ごしに会話をする。

 姿は見える。でも、背を向け、こちらを見る気はないらしい。

「おとなしくするしかないだろう? ところで、沚は元気か?」

「あぁ。元気そうだ。相変わらずな」

「今どこに?」

「さぁ?」

「質問くらい、答えてくれてもいいんじゃないのか?さっきからメールが来てるんだ。返事を返したい」

「……一回だけだ」

「サンキュー」

「だけど、手は自由にさせない。余計なことを言わせないために、文面は俺が打つ。文句は?」

「あるけど……しゃぁないっておもってやるよ」

 少し警戒しながらも、鍵を開けて中に入ってくる。

 指定した場所から携帯を取り出し、中を見る。

「あいつもまめだな。未開封はすべてあいつだ」

 憎ったらしいかのような、嫌味混じりのほほえみ方。

「中を見せろ」

「古いほうからな」

 といって、すべてみせてもらった。

 沚ではないだろうと思われた最後のメールも、沚からだった。

 メールの返事を言うと、薄情だなといわれた。

 しかし、それでよかった。

 きっと沚は、その一文でわかってくれるだろう。

『ほんっと。薄情だな。めずらしいじゃねぇか。いつもならもっと……』

(本当おまえはガキだな)

『なっ! なんでだよ!』

(めずらしいんだろ?)

『あっ? あぁ……あ?』

 まったくわからないかのように、素っ頓狂な声を上げた。

 メールを打ち、送信し終えると、すぐに牢屋から出て鍵を掛けた。

 それから何を言うこともなく、その場から離れていった。

(カリフォンス……。俺はおまえを信じるからな)

『あ? あぁ?』






「うぅ〜……いないわけないんだろうけどなぁ」

 必死に呼び鈴を鳴らすが、誰かがいるような様子はない。

 訪れたのは、杵島の自宅。

 お見舞いという名を称した安全確認。

 あのメールがどうしても引っ掛かる。

 どうして返事が遅かったのか。

 病院にいたのだろうかという疑問もあったが、にしては長いような気がした。でも、返事が返ってきたということは、もう病院にはいないはず。

 もう一度、呼び鈴を鳴らそうとしたとき。

「沚?」

 不意に後ろから呼び止められる。

「あ……相澤? どうしたの?」

 振り向くと、そこには相澤がいた。

「おまえこそ」

「お見舞いに……」

「お見舞? あいつ、帰ってきてないだろ」

 当たり前かのように言う相澤の声に、だんだんと不安感を覚える。

「なんで?」

「あいつ、入院か、しばらく様子見で病院ベッドらしいし」

「そんなにひどいの!?」

「高熱が続くんだってよ」

「……どこの病院?」

「さ、さぁ? そこまでは……」

「知ってるんでしょ?相澤」

「……」

「杵島が入院するのはわかった。でも、なんでメールが返ってきたの?」

「メール? さぁ? 屋上でも出たんだろ?」

「なんで? 入院までいった高熱者が、屋上に行くこと許される?」

「……」

「どこにつれていったの?」

「どうして疑うんだよ」

 目付きがかわった。

 眉間に皺が寄り、ジッと睨み付けてくる。

「だって、最近の相澤おかしすぎる」

「どんな風に?」

「前みたいな楽しさが消えて、すごくピリピリしてる。なにかに追い込まれてるみたいに」

 左手が熱い。

 すごく懐かしい現象。

 昔はよくあったのに、最近になってまったくなかった。

 でもいま、左手が熱くなる理由がわかった。

 それは、例外はあるものの、規則というものがあるみたいだ。一つは、今みたいに感情的になったときだ。

「ピリピリなんか……」

「じゃぁ言い方を変えるよ。最近の相澤は、あからさまに隠し事をしているって顔してる」

「なっ……」

「ねぇ相澤。杵島になんかあったら、ただじゃおかないよ?」

「そっ……そうやっていっつも俺をのけ者にするのか?」

「あ?」

「いっつもお前は杵島贔屓だよな」

「なにいって……」

「いっつもそうやって杵島杵島って……。そうなったのも、おまえがどっか遠くに行ってからだ!」

「あれは!」

「しかも、二人で電話で相談して言いたい放題言いやがって……」

(電話?)

 いったい何のことを言っているのか。

 確かに、杵島とは電話はするが、それを相澤に知られることはないはずだ。

(もしかして杵島が言ったとか……)

そういう奴でもないはずだ。

「相澤……確かに杵島とは電話をした。でもなんでそれを知っている?そういえば、最近の杵島と二人で話すことが多かったよなお前……お前だって人のこと言えるのかよ」

「何で知っているのか? 忘れたのか? 俺は水を操れるんだぜ?」

「忘れてはいないけど……それとこれと何が関係して……」

「あの日は雨が降った。杵島が飲み物を飲んだ。それを言えばわかるか?」

「え……」

 確かに、杵島は電話中に何か飲み物を飲んでいたし、あの日本当に雨が降った。

 前は持ってきていた折り畳み傘を、相澤は持ってきているはずがないといっていた。知らなかったと。でも、いつだったか、天気予報でも晴。雨が降る様子もまったくないのに、いきなり土砂ぶりな雨が降ったとき、相澤は折り畳み傘をもってきていて、俺と杵島で相合傘をしたことがあった。

「……でもあれは、相澤も知らなかったって……じゃぁその前のは故意的に……?」

「どっちも故意的にやったさ。最初は、朝から降らせるつまりだったから持ってきた。でも、電話の日はあいつが遅れてきた。そこでこそこそ話してるのがきになって、その時雨を降らせることを決めた。だから傘なんて準備はしなかった。とりあえず、その雨におまえらをあてたかったからな」

「でも、雨にあたってどうやって会話を?」

「雨を通じて盗聴。簡単なことさ。でも、水には流れがある。乾いてしまったら終わり。だから、杵島の準備した飲み物に寄生した。杵島に付着した雨の水滴を落として飲み物に増幅。わかるか?」

「そんなことまで……」

 できてしまうのか。といいたかったが、あまりにもショックで口が開かない。

 裏切られた一心。

 会話を覗かれた恐怖。

 いったいいつからそんなことまでできるようになっていたのか。

 確かに、傘については疑問に思ったことがあった。

 偶然だと思い込み、すっかり忘れていた。

「裏切ったの……?」

「裏切った? ……まぁ、裏切ったことになるのか」

 なんてしらばっくれようとした表情。

 淋しそうな表情が一瞬みえたが、すぐに堂々とした表情へとかわる。

「じゃぁ、杵島とふたりっきりで話してた理由は? 俺に内緒で」

「特にない。目的は、お前を一人にすることかな」

「杵島をどこかに連れていったのも……おまえが?」

「まぁね……」

「杵島をどうするつもり?」

「さぁ? どうしようかはこっちの勝手。教える義務はない」

 こういうとき、山田くんとはなせたら。眠らなくったって、会話をすることができれば。

 そう思うのと反面、それでも山田くんは、いい案を出さない気がした。

「連れていってよ。杵島のところに」

「……それはできない」

「どうして?」

 どうして、急に弱そうな表情をするのか。

 まだ、何か大事なことを隠している。そんな気がする。

「どうしてもだ」

「……明日、学校には来るんだよね」

「さぁな」

「どうして? なんでそんなんなっちゃったの!? 相澤、誰かに頼まれたの? 首謀者はだれ」

「知る必要はない」

「必要はないって……知る必要があるから聞いてるんだ!俺のダチ連れていかれて、はいそうですかっておとなしくしてると思う!?」

「おとなしくしているのが懸命だ」

 なんといおうが、冷静さを保とうとする相澤が醜く見える。

 できることなら、相澤が首謀者ではなく、操られていたり脅されてやっていることだったりしてしてほしい。

 脅されているなら助けてやりたい。

 杵島だから助けるのではない。親友の一人だから助ける。だから、相澤も助けたい。

「俺さー、常識とかー力のこととか……、相澤や杵島達よりも知識がないのは自覚してる。でも、それに親友を助けることとは関係ないと思わないか? 今大事な人が、自分の知らない場所で、どんなことをされていてどんなことを考えているのかすごく気になる。俺たちが尋常じゃないのは自覚した。だからこそ、俺もかかわりたい」

「かかわってどうするつもりだ? 力を使うことのできないお前は、ただの杵島のお荷物にしかならないかもしれないぞ?」

「力がないものは力がないなりに。力がないからこそできることを探すことだろう?」

 実際、力がないものが、力のあるものに歯向かおうとしたって無理なことなのかもしれない。でも、力のないものでも、力のあるものの近くにいて、何か役に立つサポートをするのは、力のないものの重要な役割ではないのか。

 その中でどうにかして力を付ければいい。たったそれだけだ。

 ニヤリとほほえんでやった。

 力があろうがなかろうが、今、この相澤に負ける気がしなかった。

 顔を歪ませ、軽く舌打ちをした。

 ようやく顔を崩した。

 あの、冷静さを保とうとしていた表情はどこにもなくなった。

「頼むから……」

 弱々しい声を出したあと、足をすすめてきては、両肩をやさしく捕まれ、ピタッと体が相澤とくっつく。

 身長の差で、額がかるく相澤の右肩に触れた。

 耳元に声が聞こえた。

 どんなに耳を澄ませても、この微かな距離で微かに聞こえる、いまにでも消えてなくなりそうな声。

 それを聞いた瞬間、腹部に勢いのある、ずしりとした衝撃がかかってきた。視界は傾いた太陽で暗くなってくる暗やみではなく、一瞬にして目の前に星が散らばったような感覚。

 今何をしていたのか。何をされたのか……。

 グラリと体は揺れ、ガシッとしっかりした頼りがいのある力強い腕に支えられてわかった。

殴られた。と。

 しかし、それ以上のことを考えることはできなくなってしまった。

 

 

 


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