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熱の手  作者: 壬哉
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第17話



「歩ちゃん?」

 黙りこくってしまっていた歩に、女の子、青山梓は声をかけた。

「……どうして渉は俺を生かしたんだろう」

「さっきから何を言っているの? さっぱりわからないよ……」

「わからなくていい。あんたは知るべき人ではないんだ」

(何を話してるんだ……俺は。あの時のことなんて俺だけ知っていればいい。あの時の話だけはするな……俺!)

「知りたい! 知ってるんでしょ? 歩ちゃんはあの時何があったのか……」

「知らない知らない知らない知らない!!」

 頭がパニックになる。

 知っていることを教えてはいけない。

 今までだって警察の人にも親にも、断固として口を開くことすらしなかった事件。

 警察の人も医者も、ショックで口がきけなくなっただとか、思い出したくないのだろうとか、しまいには思い出してパニックに陥らせると大変だとかまで言われた。しかし、訂正することもなく、ただだんまりを続けた。

 その間も、なんどかこの梓が様子を見に来てはいた。

 渉を好きだった梓にとって、渉の不可解な死は、辛く淋しかったであろう。

 親も泣いた。

 クラスメイトも泣いた。きっと、生意気でガキっぽい俺のことであれば、泣かれることもなく鼻で笑われていただろう。

 親戚も、先生も近所の人たちも泣いた。

 ただ、俺だけが泣くことができずに。

「歩ちゃん。どうしてそんなに黙っているの? 何があったのか、歩ちゃんは誰にも言わないつもり? そうやって、一人で抱え込むの?」

 刈られたと思った大きな木は、刈られたのではなく、土砂災害で崩れてしまったのだ。そんなことを思い出すのが遅れ、渉を亡きものとしてしまった。

 渉を殺したのは、渉を最愛していた俺自身だと知ったら、きっと世界のみんなは俺を恨み、憎み続けるだろう。でも、そんなのは怖くない。なんだか、言ってしまったら渉にまでも嫌われてしまう気がした。

 あとは、どうしてあんなところで、左腕をつかみ、倒れていたのかだ。

 崖に落ちたというには、崖のうえであり。ギリギリにいるというわけではなかった。

 だから一時、何者かに襲われ、バラバラに切り刻まれたのでは? という問題になった。

 意識不明で倒れていた俺については、黙らせるために薬物を使われたという意見もでたのだが、身体から薬物反応がでることもなかった。それに、切り刻まれたという証拠となるようなものも不十分だった。なにせ、そこに血が出た形跡がないのだ。

 切断面には、きちんと血管も通っていて、骨もあり肉もあった。ただ、血管の切断面は、出ないよう絞めて閉じたような形になっていた。肉も崩れることもなく。

 不気味だったらしい。

 何より不気味だったのは、意識のない俺が、その左腕を強制的に離させないかぎり、手放さなかったのと、その腕が奇妙にも俺と引き剥がすまで、生きているかのように脈打っていたことだった。

 俺と引き剥がした瞬間、その腕が脈打つことはなくなった。それと比例するかのように……。

「歩ちゃんが考えてること……全然分かんない……」

「分からないでいい……」

「どうして!?」

「自分にも分からない自分のことを他人が知る必要はないだろう? じゃあな」

 ネックレスは返してやらない。

 右手でしっかりポケットに入れたのを確認し、肩に乗せていた傘をしっかり持ちなおして家へと向かおうとした。

「待って! お願い! 渉くんがどうして死んじゃったのか……教えて!」

 振り向かずにピタリと足を止めた。

 理由を知りたがる梓にとって、渉というものは好きな人や、掛け替えのないものという大事な人なのだろう。だから知りたがる。

「渉のこと、神様も好んでしまった。でも俺は嫌われ者だから……渉だけをつれていった」

 あの力は神様が授けたものなのだろう。

 なのに、俺なんかに莫大な力を使っちゃったから、怒って自分だけのものにしたかったんだ。

「神様……?」

「そう。神様。だから真理は知らないほうがいいんだ」

「そんな……歩ちゃん、神様なんて信じてたっけ? 一番に神様なんてって言いだしてたのは、歩ちゃんじゃない! むしろ渉くんのほうが神様を信じてた」

「だから神様は渉を好んだんだ! だから渉をつれていった! それ以上のことは知らない……わからないんだよ」

 そう言い捨てて、俺は走った。

 泥が跳ねようが雨に濡れようが、そんなことを気にする余裕もないくらい、必死に駆け出した。

 目的を失ってしまった犬のように。






 気付けば、見慣れない土地にたどり着いてしまった。

 いや、がむしゃらに。無鉄砲に走りだして、どこに出たのか頭が追い付いていないだけ。

 建物の一つ一つに見覚えはあった。

「……ばっかみたい。俺……」

 数代の車が、横を通り過ぎる。

 水溜まりが撥ねる音。

 タイヤが回る音。

 車内の音楽が漏れる音。

 すべてが耳に入ってくる。

「何が神様だよ」

 再び車が横を走る。

「神様なんて信じてないくせに」

 バイクも大型自動車も、数台俺を避けて横切っていく。

「俺は神様を信じてはいけない……だめなのに……歩は信じてはいないんだから」

 そう自分に言い聞かせる。

 自分は渉とは違うと。

 でも、違うところを見つけると淋しい。すべて同じでいたい。だから、これからは渉のために神様を信じても良いのではないか。

 神様を信じてあげることができる渉の代わりに、俺が神様を信じてあげればいい。

 もしかしたら、今渉は昇格して神様の一人になっているかもしれない。だったら、渉を信じるのと一緒に、神様も信じるべきなのだろうか。

 誰かが言っていた。

 神様は信じたものの心に存在すると。

「心なんて信用ならない」







「相澤〜……」

「おっ……おぅおはよう。どうかしたのかよ? すっげぇだるそうだぞ」

「うん〜……」

 眠い体を必死に集合場所まで運ばせた俺は、目を擦りながら必死に返事をしてみせた。

「夜更かしでもしたのか?」

「いや……うん。したのかな……?」

「何だその曖昧な返事?」

「いや……なんていうか夜中までメールしてた気分」

「気分かよ」

 別に本当にメールをしていたわけではない。

 ずっと山田くんと話をしていたのだ。身体は眠っていることにはなっているらしいが、頭はきちんと起きていることになるらしいことが、体験でわかった。

 すごく、つらい。

 身体は寝ていてくれたから隈はできなかったからよかったものの、精神的眠さは学生にとって、強敵だ。

 杵島を待っていると、不意に相澤の足が進んだ。

「あっ相澤!? 杵島待たねぇのかよ」

「あ? 聞いてねぇの? 俺には今日休むってメール来たけど」

 振り向いて、不思議そうな顔をする。どちらといえば、不思議そうな顔をするのは俺の方のはずだ。

 一度携帯を開き、メールの受信ボックスを確認しても、問い合わせをしても、メールが来ている様子はなかった。

「ちぇー! 俺にはメール無しかよ」

「ははっ。どっちか知ってれば良いだろって手ぇ抜いたんだろ。どうでもいいけど早く行かねぇと遅刻だぞ?」

「それはやばい!」

 いやな予感がする。

 本当に杵島は相澤にメールをしたのだろうか。

 前、確か夏休みが明けた最初の登校日。あの日も、杵島は少し遅れてきた。

(そうだ……確かあの日、違う何かがあった気がしたような……)

 なんだっただろうかと、必死に考え、思い出そうとするが、こういうときに限って思い出せない。









 学校に着くと、色々な場所に生徒が固まり、期待と好奇心の瞳で何か楽しそうな話していた。

 じっくり聞いてみると、会話はたった一つの話題だった。

 転校生がくるらしい。

 どんな子かとか、髪は長いかとか、学年は何年かとか。

 聞けば女子らしいが。

「転校生ねぇ」

 相澤がぼそりと興味がないかのようにこぼした。

「へぇ、相澤めずらしく興味ないの?」

 教室につき、カバンを机に乗せる。

「なに? 沚は興味あるのか?」

「そりゃぁまぁ、多少は」

「珍しい」

「相澤だったらもっと騒ぐと思ったんだけどなぁ」

「なに? 転校生くること知ってたのか?」

 少し驚いた顔で言われるものだから、逆に驚いて首を横に振る。

「まっさかぁ」

「じゃぁ俺も驚くから沚も驚けよ?」

「おーけー。せーの……」

『わー』

 もちろん心の籠もらない驚きだ。

 驚かないのは、最近色々あって、そのことに対して驚くことが多かったから、いまさら転校生なんかで驚かなくなってしまった。

 きっと相澤もそうなのだろうと、勝手に解釈していた。


 噂の転校生は、同じ学年で隣のクラスに転入した。

 クラスが違えば、接点がない。そうおもっていた。




 授業が始まる前に送った杵島へのメールが返ってこないまま、昼休みが過ぎ放課後となってしまった。

 不安は募り、相澤の目を盗んでもう一度メールを送った。

「沚」

「ん?」

「悪いけど先帰っててもらえるか?」

「んーいいけど……待ってようか?」

「いや、もしかしたら長引くかもしれないから」

「そっか」

 また、一人で帰らないとならないのか。そう思うと、最近の相澤と杵島の行動に不信感を覚えてしまう。

 昨日だって、先に帰させられたし。なにか、内緒事でもしているようだった。

(そりゃぁ人間だし、内緒事の一つや二つあってもおかしくないけどさぁ)

 あからさまにその話題に俺を入れないようにされている気分になる。

 教室を出てから、一人になる。

 一人になっても、何だか一人ではない気がする。

 山田くんのせいだ。いや、いまはおかげといったほうがいいのかもしれない。

 いつものように廊下の角を曲がると、いきなり人があらわれたような錯覚を覚え、反射的に数歩下がった。

「あっごめんなさい。少しよそ見をしていて……」

 見たこともない子だった。

 クラスもそれなりにあって、人数もいる学校だから、知らない生徒がいてもおかしくはないが、見ることはあった。でも、この人は見たことがなかった。

 髪は長くて、少し天然ではないだろうパーマが入っているようだった。クルクルというイメージを持つ。

 顔も、化粧でくっきり二重に、真ん丸な瞳に見える。

 身長は高くも低くもない、162cm程度。

「あっいや俺の方こそごめん」

「ねぇ、今からかえるの?」

(何いきなり)

「そのつもりだけど……」

「もしよかったら校内案内してくれない?」

「もしかして、君今日の噂の転校生?」

恭恵(やすえ)。よろしく」

 人懐っこいからか、そう名前を名乗り、手を出してきた。

「沚。よろしく」

(まだ案内するって言ってないんだけどなぁ)

 手を差し出し、握手をしようかとおもったが、何だか差し出す勇気がなかった。

 ここで差し出してしまっては、未来の何かが崩れてしまいそうな恐ろしさがあった。

「どこから案内してほしい?」

「握手は苦手?」

「異性に触るのが苦手なんだ」

 もともと異性と話さないから、『人と』というより、『異性と』のほうが好都合だった。

「そう。損な性分ね」

「まぁね」

「じゃぁ図書室教えてもらおうかな?」

「本好きなんだ?」

「まぁね」

 それから俺は、恭恵が納得するまで校内をさまよった。







「あの女の子……恭恵だっけ? なんだったとおもう?」

『しるか……でも、触らなかったのは正解だっただろうな』

「へ? なんで?」

『なんでって……いやな予感したんだろ?』

「うん……でも、あれは勘だよ?」

『反射的な勘こそ信じろ』

「何その命令形!」

『悪かったな』

「謝る気ないだろ?」

 家に帰るなり、すぐにベッドに横になり、報告する必要がないくせに、山田くんに報告した。

 振り回されることになるとは思わなかった口をこぼすといってもおかしくはない。

『それより、杵島というものからメール、返ってこなかったな』

「……あっ! そういえば」

 振り回されていたせいで、確認するのをすっかり忘れていた。

 意識を戻して目を覚ました。

 耳元に放り投げていた携帯を開き、メールを確認する。

「来てない……どうしたんだろう」

 不安は募るばかりで、再び同じようなメールを送った。

 数分待ってもメールが返ってくる様子がないものだから、俺は財布と携帯をポケットにつっこみ、家を出ようとしたが、その時メールが返ってきた。『大丈夫だよ』と。

 でもなんだか大丈夫じゃないことはわかりきっていたから。急いで家を飛び出した。

 

 

 

 


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