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熱の手  作者: 壬哉
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第10話




 

 一人しか選べられないのなら、相澤はどうなるのだろうか。


 どちらが食われる?


 どちらが上か……。


 こわかった。いずれはどちらかを失うのが。自分が失うよりも、麻紀か相澤、どちらかがいなくなってしまうのが。

 どちらかなんて俺には選べられない。

 麻紀や兄さんも大事に感じるから。

「悪いけど、俺、明日帰るよ」

「見つけたか? 護りたいもの」

「違う。見つけていたんだ。でも、どちらと俺は選べられないから。兄さんが食われるなら俺が目覚めなければ、兄さんはそのままでいられるんだろう?」

「原理はたぶんあってるだろうけど……」

「なぁ、一つだけ聞いていいか?」

「なんだ?」

「その食われるって、そのリーダーと出くわさなければ、食われるとか……そういうのはないのか?」

「たぶん……でもそれははっきりと俺は知らないから、なんともこたえられないけど、会ってすぐに食われるわけじゃないみたいだし」

「そっか……なら俺はやっぱり早く帰るべきみたいだ。早くあいつらと会って、できるだけ長く一緒にいるべきみたいだ」

「……なんとなくだけど、おまえが考えてること。わかったかもしれない」

「そうか」

 伝わってくれて。わかってくれて素直にうれしい。

 どちらとも失わないためには、会わない会わせないが一番いい。

 もし会ってしまうのが運命ならば、それまででも、杵島や相澤の二人と長く一緒にいたい。

「沚さん……一つわかっていてほしいんだけど、そのリーダーっていうのは、もしかしたら特徴があると思うの」

「特徴が?」

「いやな話、私や沚さんには怪しい人があらわれたと思うの」

 怪しい人。赤髪のあの男の人

「あの人がリーダーの証なんじゃないかと思うの」

「それを証明するかのように、俺にはそれに値する人は現われなかった」

「あの人にも現われなかった」

「麻紀!」

 意味ある言葉を麻紀が言った瞬間、兄はいきなり怒鳴った。

「いいから。ごめんねお兄ちゃん。ずっと私が立ち直れないでいるから、心配掛け続けたんだよね」

 話が急に分からなくなった。

 まったく分からないというわけではないけれど、なんとなく今までの会話上、一度誰かが何かの力に食われた。と知っている様子ではあった。

 兄さんが、食われるだのなんだのって話をしていたとき、麻紀は何かつらそうに何も口を開かなかった。

 でも、何かに区切りがついて、はっきりとしたかのように口を開いた。ということは、何かの覚悟を決めたのだろう。少なくとも俺にはそう見えた。

「お兄ちゃんには、二人で一人ってくらい、息ピッタリな親友がいたの。私には、私もお兄ちゃんも愛してくれる彼氏がいた。って言っても同一人物で、私もお兄ちゃんもその人、優貴を愛した。

 でも、それは起きてはいけないことを起こした。

 優貴は私と同じ力を持って、すごく喜んでいた。でも、日々過ごすうちに優貴は私たちを必死に護る力が増した。そして力が安定するなり、その力は主である私よりも強くなってしまい消滅してしまった。その優貴にも現われなかったの」

「そして俺にも現われちゃいない。つまり、ここにいる主は二人」

「証が現われるのは、力を預かる前だと私は聞いた」

「誰に……?」

「その怪しい人に……」





 その後俺は何ともいえなかった。

 本当は何もなかったんじゃないのだろうか。

 自分になんか力はなかったんじゃないか。

 実際証拠なんてない。

 力を発揮できたわけでも、発揮して良い気すらも消えてしまったのだから。

 もし自意識過剰に感じたとして、自分が主だったら、兄さんをなくしてしまう。それだけはいやだと思ってしまうのだ。

 力なんかなければ良い。力なんか目覚めなければ良い。

 生きてはいけないと感じながら過ごした日々。どうして生まれてきてしまったのか。なんのために生きているのか。いったいいつ、俺には生きて良いという権利が生まれたのだろう。

 その後の話は、聞いていたが、ほとんどを聞き流してしまったような気がする。

 明日、本当にに帰ることにした。そういうと、兄さんは少し淋しい顔をしていた。でも、その淋しい顔で言ったんだ。

 「じゃぁその帰る背中を眺めることができたら良いな」と。



 その日、疲れた体を癒すように眠りに入った。

 考え事をして眠れやしないだろうと思っていたというのに、そういう日に限って夢というものに急かされた。

 いつのまにか夢の俺は、目をばっちりあけて、今までにないような力強そうな炎に囲まれていた。

 久しぶりだった。炎に囲まれる夢を見るのが。

 いつもとは少し違う。そんな部分がありすぎる。

 炎の恐怖を呼び起こすような大きさ、自分の体温があがっていくのがリアルな感覚に陥られる具合。しかし、一つだけ消えてはいけないものが、きれいに消えていったものがあった。


 罪悪感。


 罪悪感というもの自体を忘れてしまったかのようだ。

 ただ茫然と炎を見つめる。


(なに……してたんだっけ?)


 増えていくのは疑問ばかり。

「助けろよ……俺を」


(なに言ってるんだ?)


 呪われた。あるいは操られたかのように、声は炎のなかにのまれていく。

『正気以外のおまえと話す気になれないな』


(正気?)


「……そうかよ」

 そっと目蓋を閉じたと思えば、すぐに視界は自分の物にもどった。

「なにが……どうなってるんだよ?」

 あまりにも今までとは違いすぎていて、夢のなかまでも混乱してしまう。

 違う自分が居たことは確かだ。何となくそんな気はするけれど、あんなにもにらみつけるような瞳、力強い姿勢に力強い口調を出せるなんて。

 ふと、小さい頃のことを思い出した。

 近所にどうしようもないガキ大将がいた。

 運悪く一人でいるときにそのガキ大将に目を付けられては、あぁだこうだとわけのわからないようなことをいわれた。

 なにをいわれたかなんて覚えていないが、馬鹿馬鹿しく思えてきて、何も反論しないでにらみつけたことがあった。その時にいわれたショックな言葉を、今でも覚えていた。


『おまえの目なんか怖くねぇんだよ!』


 子供心の強がりだったのかも知れないけれど、自分には誰にも勝るものなんかなかったんだと思い知らされた気がした。

 なのに、自分じゃない自分にはあんな顔ができるなんて……。


(力がほしい)


 自分じゃない自分が羨ましかった。

 だから、はじめてそう思えた。

 力を貰ってどうするつもりなのかなんてものはわからない。でも、今みたいに自分じゃない自分が強いなんて許すことができない。

「なぁ、正気な俺には力を貸してくれるのか?」

『貸すだ何ていっていない。正気じゃないおまえとは話す気になれなかっただけだ』


(屁理屈……)


「なら、一先ず話そう。貴方はなにもので、呼び起こすというのはなに?」

『話すというより質問攻めだな……。名前は教えられない。自然におまえが生み出すものだ』

「それは、俺が作っていいってこと? 山田太郎とか田中勇作とか……」

『さぁな。いつかわかるさ。で? 次の質問は、呼び起こすことか? 俺を呼び起こせ』


(なんかてきとうな人だなぁ……)


「どうやって?」

『心と名だ』

「こころとなだ?」

『……面倒な奴だな。心と名前だ』

 ため息をつきながらも、こいつは馬鹿かというように額に手を当て、疲れ果てている様子が手に取るようにわかる。

「あぁ。心ね……っていうか、名前って、教えてくれないとわからんって。結局質問、循環するばっかりじゃないか」

 ため息混じりに出たその言葉は、結果的な答えを導きだすための言葉にはなりそうもなかった。

 会話として成り立っているのかも不安な会話でもあった。

『おまえは力がほしいか?』

 その質問に、おれはぎゅっと唇を噛む。

 ほしいというほど欲しがっている自分がいない。

 いらないとはっきり言える自分もいない。


(俺が力を得れば兄さんは……)


 貰えるなら貰いたい。でも、誰かを犠牲にするくらいならいらないし、使い道がない。

 杵島や相澤をその力で守ることができるのならば頂いておきたい。

「今の俺にはまだ決められない。誰かを犠牲にしてしまうなら余計に。まだ、まだだけど、その力はいらない。いつかは必要となるだろうから、しばらく保留ってことにしちゃダメかな?」

『タイミングをつかんだときに、また呼べ』

「うん。貴方は俺が話したいときによく出てくるもんね」

 それは途中で気付いた。

 どうしてタイミングよく来てくれるのかを考えたとき、感付いた。なんとなく、自分はこの人を必要としているのかもしれないと……。

 護りたいものが増えた。

 だから、そのすべてを護るためには、目覚める前に、今までどおりの生活に戻ればよい。

 麻紀と相澤をあわせてはいけない。

 どうなってしまうのかがわかっているのなら、それを避けるだけ。

 そんな簡単なことじゃなくったって、時期をのばすことはできるはずだ。






「じゃぁ。ありがとうな麻紀さんに昌之まさゆきさん」

「えぇ、約束を守れてよかったわ」

「約束? なに? おまえらなにコソコソと約束してたんだよ」


(そういえば、あの時いなかったんだっけ?)


 予知夢じみたリアル感あるカラフルな夢を見た日の朝だった。

 下に降りたら麻紀さんが朝ご飯の準備をしていた。

 お兄さんはまだ起きていなく、二人きりになったときだった。帰りの時の話をしたとき、少しばかり頼み事をした。

「約束というより頼みごとだけどね。また空腹で倒れないためにも、おにぎりをね。頼んだんだよ」

「って言っても、結局寝ないんだったら倒れるだろ」

 呆れるように昌之がそういった。でも、口元は、少しだけ頬笑んでいるような気がした。

「電車の中で倒れてるさ」

「乗り過ごすなよ」

「……気を付けます。じゃ、気合い入れていってきます」

「おぅ」

「気を付けて……」

 歩きだしていた俺は、振り向かずに片手をあげて別れを告げた。

 金をやるからバスで行けといわれたが、お金を返しに来たくなるから、それだけは避けておきたかった。

 でも一つだけ言葉を違えていたことに俺は気付かなかった。

「いってきますってことは……また、来てくれるかな?」

「だな」


(あいつのことだ……気にせず言った言葉なんだろうな。バカな奴)


 すっと再び頬笑んだその笑みは、誰も見ることはなかった。




 


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