3回目 不穏なお茶会
王位継承第一位、エリオリス=シュテインガルド。
王位継承第二位、ウィルフ=ゼルカローズ。
そして公爵令嬢にして王太子の婚約者、リディシア=グランベルノと、その妹、ユスティナ=グランベルノ。
自分で言うのも何だが、超ビップで豪奢で不穏なお茶会が始まった。
もちろん周りの令息令嬢たちの目は全てこのテーブルに釘付けだ。
鬼が出るか蛇が出るか。
年少のユスティナちゃんが不利なのは百も承知!
お姉ちゃんいつでもフォローするからねっ!
……と意気込んでいたのは最初のうちだけだった。
周りの貴族たちの目が釘付けなのは変わらないが、どちらかというと今は皆、目の前の光景に呆れていると言っていい。
うん、私も呆れている。
「お待たせいたしました。ラズベリータルトでございます」
エリオリスの執事デアンさんがエリオリスの前にホールのタルトを置いた。
タルトは硬めに焼き上げた生地に、リキュールの染みたココアスポンジが底に敷き詰められ、二層目に軽く潰したラズベリーの食感が残るジャムが塗られている。その上には新鮮な生のラズベリーがふんだんに乗せられ、仕上げに削ったビターチョコと金粉が振りかけられた、目にも美しいラズベリータルトだ。
甘酸っぱい、新鮮なラズベリーの香りが辺りを漂う。
これが数刻前なら私も「まぁ、美味しそうな香りですこと」とか言えたんだけど……私は思わず嘔吐きそうになった。
うっ、匂いだけでも胸焼けする。
笑顔が崩れそうになり、慌てて扇子で隠すと、隣のユスティナも同じように顔を扇子で隠していた。
「お前も食べたいのか? デアンに持ってこさせよう」
「い、いえ。もう充分です」
唖然として見つめる私たちを余所に、エリオリスはデアンさんの持ってきたホールのラズベリータルトにナイフを入れる。
待て! 「持ってこさせよう」って、貴方の目の前のホールを分けてくれるんじゃなかったのねっ!?
つーか、それ、6皿目よねっ!
私たち、2皿目で飽きちゃってますから!
私とユスティナがテーブルについてからというもの、エリオリスはずっとラズベリータルトを食べ続けていた。
その間、もちろん季節の挨拶から始まり、昨年の暮れから続いている各貴族のパーティーの話や魔族の情勢を話題にしつつ、紅茶を飲んだりもしていたが、エリオリスのフォークは常に一定のペースで衰えず、口と皿の間を行ったり来たりしていた。
「エリオリスは、飽きたりしないんだね」
ウィルフが若干引き気味にテーブルの上のタルトを目に入れないよう、窓の外の庭を眺めながら笑った。
さっきまで私をやり込めていたウィルフが現実逃避しているって、かなり手に負えない状態ってことなんじゃなかろうか。
大丈夫か、王太子。
確かにエリオリスの公式設定で、好きなものの欄にラズベリータルトってあったし、実際のゲームでも、アイテム『手作りラズベリータルト』をエリオリスに持っていくと好感度がアップしていた。
私も前世で散々ゲームのエリオリスにまとめて10個とか『手作りラズベリータルト』を食べさせていたけれど、目の前でリアルに食べるところを見ると心配になるわ……いや、引くな!
ごめん、ゲームのエリオリス!
あんなに食べさせて!
私もウィルフ同様テーブルの惨状を直視できず、庭を眺めた。
わー、お庭きれー(棒読み)……。
良心の呵責と胸焼けする甘い匂いに押し潰されそうだ。
それにしても6皿って……。
本当に飽きないのだろうか。
あ、まさかこれって、ヒーロー補正だったりするのかな?
あれだけ食べてるのに飽きたりしない、太らないってやっぱりおかしいもんね!
悪役令嬢にそんな補正なかったんだけど?!
寝なけりゃ肌荒れるし、お菓子食べすぎるとニキビできるし、太るんだけど?!
食いもん食べて好感度上げる必要ないから補正もないってこと?
私もそういうチート欲しかったぁー。
「と、ところでエリオリスの領地はワインの出来はどうだった?」
「昨年のか?」
ウィルフが話題を変えてきた。
タルト6皿じゃ、不毛な会話しかできないもんね。
それにしても変えた話題がワインの話ですか、12歳なのに。
エリオリスもウィルフも個人で領地を持っていた。
エリオリスは、シュテインガルドを南北に流れるシュミル河沿いの南東部に位置し、代々の王太子が治めている、コールドーテ領を。
ウィルフはシュテインガルドの南西に広がるゼルカローズ領を治めていた。
二人ともまだ子どもなので、補佐役の親族が領地に常駐して運営しているようだが、話から察するにたまに見に行ったり、農作物の収穫や税収、問題点などは定期的に報告があったりするようである。
また、王族であるため公務で使用する服や宝石、移動の馬車や護衛の人件費は国庫から出ていても、個人の持ち物や普段の生活にかかるお金はそれぞれの領地の税金から賄われている、と聞いたことがある。
このあたりは、例え超浪費家のヒロインが将来現れても国が傾く心配はないので、安心する。
どちらかがヒロインにベタボレになって貢いでも、自分の領地が破産して周りの貴族に陰で「己の領地も治められない王族とか、マジか。プフッ」と後ろ指をさされて終わるだけだ。
いや、どうしようもないくらい泥沼にはまって、国庫横領や貴族からの多額な収賄に走るとも限らないか。
そこは注意しなくては。
私は脳内で、3年後に税務長官になる貴族と、金はあるがコネはなく虎視眈々と中央進出を目論む地方貴族を何人かピックアップし、傾国要注意人物リストを作成した。
1回目と2回目の社交経験があるため、こういうことは楽勝だ。
ゲーム開始後、もしヒロインが浪費家で彼らがエリオリスたちに近づいてきたら、問答無用でバンね。
で、ヒロインと王子様たちには真っ当な金銭感覚を私が直々に叩き込む、と。
うふふ、我ながら完璧だわ。
「昨年は気候に恵まれていたから、ブドウもかなり豊作だったよね」
「ああ、まぁな。搾汁も問題なかったし」
私の脳みそが、ヒロインが浪費傾国型だった場合の対応についてシミュレーションしている間、エリオリスたちはワインの話をしていた。
こちらに話題を振ってくることもなさそうなので、しばらく静観することにする。
「そんなこと聞かなくても、俺のところのワインの出来なんてわかるだろ。お前と俺の領地は土壌も気候も土地面積も同じだし、使っている設備だって大して変わらない」
「まぁ、そうだね」
おや?
ウィルフの表情が今までにないくらい、子どもっぽい無邪気な笑顔になった気がした。
「お前のところで良かったなら、俺のところのワインも一緒だ」
「そう。一緒だよね!」
やっぱり見間違いではなさそうだ。
「一緒」と言った時のウィルフの嬉しそうな顔は年相応だった。
歳の近い王族は少ないので、エリオリスと久しぶり話せて嬉しい、とかだろうか。
んー、でもそうならもっと早くに無邪気スマイルは出ていたはずよね、季節の挨拶とかの時点で。
私はそこで、あることに気がついた。
そういえば、ウィルフの着ている青いコート……前に会った時、エリオリスが着ていたものと似ている。
偶然の一致? いや、違うな。前にもそんなことがあった。
夜会でエリオリスが着ていたものとデザインが同じものをウィルフが次の夜会で着ていたり、場合によっては同じ日に同系色の服を着ていたこともあった。
まさにお揃いである。
私は記憶を遡り、前の人生でもそういったことがあったか検索をかけてみる。
……うん、幼い頃はエリオリスと似たような服を着ていることが多かったな。
しかし、学園入学後はまったく違った色、デザインのものを着ている。
お揃いは一過性のもの、ということか。
どうやらこの年齢のウィルフはエリオリスと一緒、ということにこだわりがあるようだ。
それが王位継承権を持つ者同士の親近感ゆえのことなのか、ただ真似したいだけなのか……。
そして、大人になるにつれて独自の個性を発揮するようである。
ちょっと今後注意して見ていこうかな。
「まぁ、一緒なのも昨年までだがな」
「え?」
「実はエイラ卿が新しい搾汁機を開発したらしくてな。今年はその試作機を貰って使用してみようかと思っているんだ」
「そう、なんだ」
おっと、お揃い好きのウィルフさん、これは寝耳に水か。
急に黙り込んで考え始めたぞ。
「従来のものより効率よく搾汁できるのと、程よくブドウの皮と枝の雑味が入り、ワインも豊潤で深みのあるものに仕上がるらしいんだ」
「へぇ」
きらきらと目を輝かせるエリオリスに、ウィルフは顔を上げにっこりと微笑んだ。
「僕も試してみたいことがあるんだよね。学園の研究所で開発された肥料は知ってる?」
「いや、知らないな」
「果物に向いている肥料らしいんだけど、使うと甘味が増すらしいんだよね。白ブドウなんかには良いんじゃないかな、と思ってるんだ」
「面白そうだな。でも、研究所が肥料の配合を素直に教えてくれるかな」
「大丈夫じゃないかな。もう検証も済んでいるみたいだし、何人かのブドウ畑を所有している領主はもう知っているみたいだよ」
「そうか。知っている奴は結構いるんだな」
エリオリスが悔しそうに唇を噛んだ。
顔に「遅れをとった」と書いてある。分かり易い。
「あー、でも今年は搾汁機の導入のほかに、治水工事に予算を割くとか言ってたからなぁ。肥料までは手が出せない」
「それは残念」
残念でも治水工事は大事よ。
今年のその工事で、シュミル河下流域の湿地帯が土壌改善されて、3年後の国の小麦収穫高は10%アップですからねー。
指揮をとった王太子殿下の国民支持率も10%アップだよー。
っと、頭が2回目の王太子様の内政攻略本時代の考え方になってきた。危ない危ない。
それにしても、12歳の子どもの会話じゃないみたいだな。
2回目はウィルフにほとんど会ってなかったから分からなかったけど、二人でこんな会話してたのか。
私が転生したのは乙女ゲームよね?
近世ヨーロッパ風経営シミュレーション『めざせっ☆征服! 農地開拓でポンっ!!』とかに転生したわけじゃないよね?
「まぁ、いくら器具を新しくしようが、肥料を改良しようが作物は天候次第ではあるんだがな」
「それは仕方ないよ……今年は来月の下旬だったっけ、天占いの儀」
「ああ。雪とか降らなければいいんだがな。あれはいくら寒くても外でやる儀式だから」
天占いの儀とは名前の通り、その年の天候を占う儀式だ。
主宰はアリアット教。
天気を占うため例え雨が降ろうが雪が降ろうが嵐になろうが空の見える屋外で行われる。
「今年も適度に雨が降って、適度に晴れてくれると良いね」
今年は大丈夫ですよ。
心の中で呟く。
むしろこの世界で悪天候が続く年はほとんどない。
私の記憶力は8歳春から18歳冬までの全天候も覚えている。
天候が悪化するのは1年だけ。
4年後の夏に日照りが続いて水不足になるのだ。
この年、私たちは学園生活2年目に突入し、日照りを解消するための雨乞いの儀に参加することになる。
要するに、乙女ゲーム2年目夏のイベントのために、天気が悪くなるわけである。
各攻略キャラクターに見せ場があり、会話選択肢如何によっては好感度が大幅アップするため、プレイヤーの乙女の皆様には大変人気のあるイベントだった。
スチルもたくさんあったしね。
しかし、ヒロインとヒーローがいちゃいちゃするためだけに畑がひやがるのかと思うと、ちょっと怖い。
この世界はやっぱりシナリオを重視した乙女ゲームの世界なんだと再確認させられる。
「僕はこのまま天占いの儀まで、自分の領地に帰らないつもりだけど」
ガタンッ!
ウィルフが会話を続けようとしたその時だった。
私の隣で物凄い音を立てて、ユスティナがテーブルに突っ伏した。
えっ? ええええええ??!
「ユ、ユスティナ?」
「だ、大丈夫?!」
恐る恐る揺り動かすが、起きない。
え? 何? 毒でも盛られた?
と、とりあえず、ここは落ち着いて呼吸をしているかどうか、確認を。
うつ伏せになったユスティナを少し持ち上げて鼻のあたりに手をかざす。
呼吸はしているようだ……というか、鼻のあたりからスウスウと健やかな呼気が聞こえてくる。
ユスティナちゃん……貴女まさか……。
「おい、大丈夫なのか? なんなら、回復魔法ができる神官か巫女を呼ぶか?」
「だ、大丈夫です!」
心配そうに見ていた王子たちに慌てて告げる。
「……えーと、大変お騒がせして申し訳ありませんが、大丈夫です。その……妹は、どうも寝てしまったみたいですわ」
「寝た?」
「ええ、はい。妹は今日、王城に往訪することを心待ちにしておりました。朝から気分が高揚していたところがありまして、その、今、体力が尽きたのだと思います……」
ユスティナのこの症状は要するに、子供がテンション上がりすぎて後先の体力も考えずにはしゃぎまわり、突然、体力の底が尽きて電池が切れた、というやつである。
毒殺などの大事ではなかったのは良かったが、ちょっと! ユスティナちゃん!!
急すぎるよ! イケメンのお兄さんたち&遠くで人間カーテンに囲まれたライバルがいたから張り切っちゃったんだろうけど、限界来る前にお姉ちゃんにだけは言ってよぉぉ!
ああ、もうほら! エリオリスが「信じられん」って顔に書いてこっち凝視してるよぉ!
こ、こら、あんたは見すぎだ、王太子! 淑女のミスはスルーしろっ!
「特に何も問題はありませんので。メリオラ、お父様たちのところにいるジョルスを呼んできて、馬車までユスティアを運ばせるわ」
「いや、それには及ばない。デアンに運ばせよう。客間を一室使うといい」
「殿下、お心遣い感謝致します」
例えポーカーフェイスができなくて、「おいおい、マジかよ」みたいな呆れ顔をしていても、エリオリスは王太子だった。
隣に控えていたデアンさんに、ユスティナを近くの客間に連れて行くよう指示してくれる。
私も、メリオラに一緒に付いて行くよう言い、一息ついた。
しかし、この一息がまずかった。
「悪かったね。疲れているところに領地の話じゃ、ユスティナ嬢もさぞ退屈だったでしょう。お姫様たちにはもっと、今年流行りそうなリボンのレースパターンの話題のほうが楽しかったよね」
ウィルフが申し訳なさそうな顔で言う。
「いいえ、お気遣いなくファッションの話は殿方とではなく、女同士ほうが盛り上がりますわ。それに」
一息ついて気が緩んだ途端こんな失態を犯すとは、自分でも甘すぎると思う。
「それに今年のリボンですが、レースは流行りませんわ。シュテインガルド西部のシャムロッカ地方に伝わる伝統的な服飾の図案が流行り、ま……ぅ」
言ってから気が付いた。
し、ししししししまったぁぁぁぁっ!
シャムロッカって、今この時点では領主の圧政で小競り合いが続いてたんだぁぁ!
平定するのは今年の冬で、それから街道の閉鎖が解かれて物が流通するのが春先。
商人たちが地元の珍しい図案に目をつけて王都に持ってくるのが初夏で、流行りだすのは6か月後の夏だよっ!
「え、でも。シャムロッカは今、領主と民衆の諍いが続いているからそんな余裕ないよね?」
二人とも困惑している。
ええ、ええ。ごもっともです!
今、私さらっと予知しちゃったですよ!
脳裏を2回目人生のエリオリスのドヤ顔がちらつく。
あかん。このまま予知に気付かれると2回目と同じ轍を踏む可能性がある。
内政攻略本、ダメ、絶対!
いや、まだよ。リディシア=グランベルノ。勝負はまだ終わってなんかいないわ。
落ち着いて、リカバリー。まだリカバリーできるはずよ。
失敗なんて人間だから仕方ないの。重要なのはそれをどう結果へと導いていくかよ。
結果良ければすべて良し!
私は形成を逆転すべく、大きく息を吸った。
「え? でも年末行われた会議で、諍いの仲裁のために王国軍の派兵が決まったとお聞きしましたわ。王国の精鋭が出向くのですもの、戦いもすぐ終わるのではなくて?」
詳しいことはわかんないけどぉー、強ぉーい人たちが出てきてぇ、戦い止めてくれるんでしょぉ?
「私は小さい頃に一度、シャムロッカ地方の伝統衣装を見たことがあります。鳥や動物をモチーフにした独特な柄が印象的でしたわ。戦いが終わりシャムロッカが注目されれば、その図案も注目されるのではないかしら」
一度、シャムロッカの服見たことあるんだけどぉ、柄がちょーかわいかったのぉ。
「いきなりドレスから流行ることはないと思いますが、リボンくらいなら一度に大量に運搬が可能ですから王都で流行るのも時間の問題、と考えたのですけど……」
ぜったいぃ、流行るってマジでぇ。リボンならローリスクだしぃ、お試しにはもってこいだもんねぇぇ。
ふう、こんなところかしら。
適当なことを令嬢が言いそうな言葉に直して、何食わぬ顔でさらっと言ってみたけど、予知とかバレてないよね?
会議で王国軍派兵が決定したことは国民の間でもすでに知られていることだし、公爵家が金に糸目をつけず珍しい伝統衣装を収集していても何も変なところはないはずだ。
さあ、ドヤっ!
「すごい! リディシア嬢はシャムロッカ派兵でそんなこと考えてたんだ。それで本当にシャムロッカの図案が流行ったら、先見の明ありだよ!」
「もう少し詳しく聞かせてもらおうか」
あ、あれ?
ウィルフから賛辞の言葉を浴びせられ、エリオリスからは好奇の目を向けられた。
ちょっと、やりすぎた?
というか、エ、エリオリスのあの顔は2回目の人生で見たことがあるぞ!
2回目、内政攻略本時代に婚約解消させてくれず『便利だから誰にもやらない、それに誰かに取られるの癪だし』と独占欲丸出しで言われた時の笑顔にそっくりだっ!
やばいよ、やばいよ!
それは何としてでも回避せよっ!
「……っと、父が申しておりましたわ」
私の意見ではありません。
私は苦肉の策として、お父様の威を借りることにした。
「ほう、グランベルノ公爵が……公がファッションにも詳しいとは初耳だ」
「グランベルノ家は親子で物流に関する話をするんだね。仲の良い親子だね」
回避失敗っ! この話題続くの?
それは危険すぎる。
私は強引にでも話題を変えることにした。
「そ、そんなことより、ウィルフ様。先ほど、天占いの儀まで王都にいらっしゃると仰っていましたが」
「ああ、うん。移動がもったいないからね。しばらくは王都の邸にいるよ」
「でしたら、今度お茶会でも開きませんこと? またお会いして、お話ししたいですわ」
よし! 話題の転換として不自然じゃないはずだ。
今後の情報を収集するための足掛かりもできて一石二鳥の流れを作れた。
危機脱出!
私は心の中でガッツポーズをする。
しかし、事はそう上手くいかない。
私の発言に二人は、今度は不思議そうに首を傾げた。
「まぁ……僕は、暇だからいいけど。リディシア嬢はそんな暇ないんじゃないの?」
「え? いえ、特に予定といったものは入っておりませんが?」
「? でも、3週間後のソルバード国からの留学生の出迎えって、確かグランベルノ家が取り仕切るんだよね?」
は? 何それ?
「それは、本当にグランベルノ家のことでしょうか?」
他と間違えてない?
だって、そんな話は初耳ですよ?
私の疑問に答えたのはエリオリスだった。
「間違ってなんかいないさ。出迎えを取り仕切るのはグランベルノ家だが、俺も王族代表として参加する」
「ええっ?」
「なんだ。知らなかったのか? ……さっき眠りこけて運ばれていった妹は参加者に名を連ねていたと思ったがな」
はあぁ? ユスティナは知ってたってこと?
お父様、ユスティナちゃんには教えて私には教えてないってどういうことですか?!
「3週間後、ソルバード国宰相の息子、ターロス=オルフィートがシュテインガルド王立学園に入学するため、来日する。その出迎えを俺の領地コールドーテ領で行う。取り仕切るのはグランベルノ公爵、またその娘ユスティナ=グランベルノ。王族代表として俺も参加せよと、父上から言いつかっている。そういえば、お前のことは父上も何も言ってなかったな」
ここでまた、エリオリスから、驚愕の事実を突きつけられる。
ターロス=オルフィートとは、隣国からの留学生であるとともに、エルフの攻略対象者の名前だった。
確かに彼は私たちが学園に入学する3年前に15歳で単身シュテインガルドに来て学園に入学する。
しかし、出迎えをグランベルノ家中心に行うことなど、私は聞かされていない。
妹のユスティナは参加するにも関わらずだ。
エリオリスが王族代表で参加するなら、婚約者である私の方が適任であるはずなのに。
それに、グランベルノ家が出迎えるのに、場所はコールドーテで、というのも不自然だ。
「シャムロッカの話は娘とするのに、自分の家主催の催しは話さないなんて、グランベルノ家も色々とあるんだね」
ウィルフが椅子に寄りかかりながら呟いた。
シャムロッカ云々は私のでまかせでもあるので置いておくとして、ゲーム本編と違って、今のグランベルノ家はいたって良好な家族関係を築けていたと、私は思っていた。
でも、それは私の勘違いだったのだろうか。
ターロスを迎えるうえで、私に隠しておきたいことでもあるのだろうか。
私は手に持った扇子の影で笑みを作った。
グランベルノ家も完全に味方ではないということ?
今日、この場でターロス出迎えの話が聞けて良かった。
お父様が私に隠し事をしていることが知れた。
それにもう一つ。
私の今回の人生の目標は、ヒロインを恋を応援すること。
そのために、攻略対象者の情報は出来る限り集めることだ。
この出迎えの話は、攻略対象者、ターロス=オルフィートとお近づきになるチャンスじゃないか!
そのお出迎え、私も参加したいっ!!