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3回目 サロンの野ばら

15/08/09 サブタイトルを「白梅が香る頃に ②」から「サロンの野ばら」に変更いたしました。

 

 式典は途中、ユスティナが退屈そうに欠伸をしながら私にもたれかかってきたこと以外、滞りなく終わった。

 私たち姉妹はその後お父様たちと離れ、王城の一室、野ばらの間へと向かった。

 野ばらの間は王城の南に位置する日当たりのよい部屋だ。

 名前の由来となった野ばらの柄の壁紙が、太陽光に当たりほんのりピンク色になる。王城の中でも私のお気に入りの部屋である。


 部屋に着くとすでに多くの貴族の子供たちが集まっていた。

 広々とした部屋に、いくつもの金色の猫足のテーブルや椅子が並べられ、子供たちは思い思いの場所で紅茶やお菓子を飲んだり食べたりしている。

 いわゆるここは、子供たちのサロンだ。

 今頃、大人たちも別の場所でサロンを楽しんでいることだろう。


 えーと、誰が来ているか確認しなくちゃ。


 私は辺りを見渡し、攻略対象者がいるか探した。

 せっかく上位貴族のほとんどが集まっているのだ。少しでも彼らの情報が手に入るならこの場を活用したい。

 なんせ自分の領地にいたりすると半年以上会えないこともあるからね。


 まず目に入ったのは一際、女の子たちが群がっているテーブルだった。

 キャーキャーと黄色い声が響く賑やかな集団。

 その華やかなドレス達が揺れる度に、間から砂色の髪が見える。


 出た! アロルズ家名物クリフォードカーテン!


 説明しよう。

 クリフォードカーテンとは、クリフォード=アロルズが参加する茶会やパーティに必ず登場する、ご令嬢のスカートと袖のフリルで構成されたカーテンだ。

 中心にいるクリフォードはユスティナと同じ6歳でまだ背が低く、令嬢たちに囲まれると彼自身は全くと言っていいほど見えなくなる。囲んでいるのがクリフォードよりも年上のお姉様が大半なので尚更である。

 しかし、とても気合の入ったドレスを着てくる方々ばかりなのでどんなに広い会場でもクリフォードの場所が一発でわかる便利なカーテンなのである!

 ちなみに命名は私です。


 彼がお姉様方に囲まれるのには理由がある。

 貴族の子供たちは早々に婚約することが多い。

 爵位が上で見目麗しい令息は、他の令嬢を出し抜いてでも婚約者の座に着きたい優良物件だ。

 私とエリオリスの婚約は8歳と貴族の中でも早い方だった。

 本来なら婚約し始めるのは12、3歳頃で私達の世代では今、エリオリスの従兄弟のウィルフ=ゼルカローズを筆頭に、何人かの令嬢子息は決まり始めている。

 地位の高い美男美女は特にね。

 騎士輩出家で美男であるデュサーク=ロイワルドはクリフォード同様まだ婚約はしていないが、王城のサロンにデュサークやその兄弟が来ることは滅多にない。

 王城にいるときロイワルド家はだいたい兵舎にいる。


 何故知ってるかって? 偶然見たのよ、偶然……おほほほほ。


 そんな事情もあって必然的にクリフォードは、まだ婚約者の決まっていない令嬢たちを惹きつけていた。


 だが、しかし。

 何人もの令嬢に代わる代わる声をかけられてはいるが、間から垣間見える顔はどこ吹く風だ。

 顔色一つ変えず、カーテンたちには目もくれない。

 完全に令嬢ログアウト!

 優雅にテーブルに着いてお茶を飲み、口を開いたと思ったら隣りに控えていた執事にケーキを取り分けさせただけだった。


 相変わらずの鉄仮面ぶりに呆れていると、隣りから、私の心情を察したかのようなタイミングでため息が聞こえてきた。


「まぁ! アロルズ家はあんなにたくさんのレディを立たせて、自分はのうのうとお茶を飲むのが礼儀だと教わるのかしら」


 パーフェクトな嫌味でございます、ユスティナ様。

 お父様あたりが聞いたら「良く申した!」とか言って褒めそうだわ。

 アロルズ家と我がグランベルノ家は仲が悪いからね。

 必ず何かしらで対立している。

 今もそのはずだ。何が原因かは知らないけれど。

 朝食べるのはパン派かフルーツのみ派か、ではないことは確かだ。


 本当はアロルズ家の坊ちゃんの情報を収集したいところだけれど、ユスティナが一緒にいると喧嘩を振っかけそうなので今日は諦めることにする。


 他にいるのはぁーっと……あら、式典中のユスティナじゃないけど欠伸が出そうだわ。


 私は口元に手を当てて、ユスティナと一緒に来ていた侍女のメリオラを呼んだ。

 優秀な侍女は、私が言う前に緋色の扇子を差し出してくれる。

 私はありがとう、と言って受け取り、扇子を開いて口を隠した。

 天使みたいな6歳児が無邪気に大欠伸するのは許されるだろうけど、麗しの淑女はそんなところ見せられませんわよね、うふふ。


 私は他の人には見えないよう、小さく欠伸をして扇子を閉じた。

 象牙でできた扇骨がパチンと音をたてる。

 思いの外、大きな音で眠気が一気に吹き飛んだ。

 それは野ばらの間にいた令息令嬢にも聞こえたようで、それぞれに花開いていた会話は一瞬で途絶え、静寂が支配した。

 みんなの視線が私に集中する。

 何人かの令息は砕けた様子で座っていたのに、起立して居住まいを正している。


 い、痛いっ! みんなの視線が痛いよぅ。

 今のパチンは別に「わたくしが来たのに誰も気がつかないなんて失礼にもほどがあってよ!」って意味の扇パチンじゃないってばぁぁっ!

 威圧なんてしてないんだから。ちょっとうっかり大きな音でちゃっただけだって!

 テヘペロぉぉぉ!!


 しかし子供とはいえ、お貴族様。

 そんなうっかり許してくれない。


 社交界の淑女の嗜みの一つに扇言葉というものが存在した。

 広いパーティ会場にたくさんの人が集うと、場は騒々しくなる。

 常に管弦楽団は優雅に曲を奏で、遠くの別の場所では誰かがその日の為に練習していたピアノを弾き始める。

 あちこちで笑い声が上がり、躍る人々。

 その喧騒は隣の人との会話も聞こえなくなるほど。

 そんな時でも


「ごきげんよう」

「え? 何だって?」

「ごきげんよう!」

「え? 聞こえないってば!」

「だーかーらー! ごきげんようっ!!!」


 なんて会話は淑女として美しくない。

 大声なんてもってのほかだ。

 そこで生まれたのが扇言葉だ。


 扇子の先端を右頬に当てれば“はい”

 扇子の先端を左頬に当てれば“いいえ”


 こういった感じ。

 まぁ、要するに扇子を使ったジェスチャーよね。


 扇言葉は淑女にとって必ず知っていないと恥をかくスキルだった。

 もちろん言葉を受け取る可能性がある紳士にとっても。

 ちなみに男性は扇子自体を持たないので扇言葉を使うことはない。

 男性が扇子を持つと軟弱者扱いらしい。


 必然的にみんな、女性の手元、特に扇子を持った時は敏感になるのは仕方のないことなのかもしれない。

 それにしても、扇パチンで“はい、みんな。注目ーー!”って意味は扇言葉になかったよね。

 そんなかしこまらないで!


 しかし場を和ませようと、「皆様どうかしまして?」という意味も込めてスカートを摘んでお辞儀をするが、さらにかしこまっただけだった。

 丁寧なお辞儀を一斉に返される。


 ちょっ! ユスティナちゃん? 何、隣りで当然のことのようにドヤ顔してんのかな?

 やーめーてーーっ!


 久々に失敗した。たかが子供の集まり、と油断しないで慎重にすべきだった。


 私が盛大に後悔していると、そこにひかえめではあるが、クスクスと笑い声が聞こえてきた。

 それは小さな声ではあったが、静まり返った野ばらの間に大きく響く。


 笑い声のする方を向くと、漆黒の髪の美少年が立っていた。


 ウィルフ=ゼルカローズ……。


 漆黒の髪がさらりとなびき、黒曜石のような瞳を煌めかせ、口元には笑みをたたえながら、私たちの方へと歩いてくる。


 私は一度大きく深呼吸した。

 デュサークが居らずクリフォードに近づけないとなると、ウィルフかエリオリスの情報を手に入れる為に行動するのが良いのはわかっている。

 だけど、ウィルフはちょっと苦手なんだよね。


 お腹に力を込めて、背筋を伸ばす。

 いつもは苦しいだけのコルセットが今は私を支えてくれているようで気合が入る。

 ウィルフの前では扇パチンのような失敗は許されない。

 何と言っても彼は攻略対象の中でも、策略に長けたキャラなのだから。


 1回目、国王暗殺と王妃毒殺未遂の事件にウィルフが関与していたかは分からないが、王位継承を巡ってエリオリスと対立したのは確かだった。

 傀儡化までは至らなかったけど、エリオリスは孤立。ヤンデレ化の末、私と無理心中した。

 シナリオでいう王位簒奪ルートに近い内容だったのだろう。

 2回目は、対立せず仲が良かった。

 途中で私は死んじゃったけれど、この回はしっかりエリオリスを支えて参謀になっていたのかもしれない。

 3回目は始まったばかり。

 今後どうなるのか、すでに対立や裏切りの前兆があるのか、まだ分からない。

 私はそれを見極め、ヒロインと誰かがハッピーエンドになるよう手助けしなければならない。


 不安はある。

 だが、不毛なループはもう沢山だ!

 ヒロインにハッピーを!

 さぁ、来るなら来い!


 私は内心の決意を気取られないよう、優雅に微笑んだ。

 先ほどみんなの前で披露したよりも慎重に、丁寧なお辞儀をしてみせる。


 が、しかし


「くっ、あははっ……そんなに緊張しなくても良いじゃないか」


 見破られた。


「ああ、もう。ほら、みんなも固まってないで我らが未来のプリンセス オブ シュテインガルドを笑顔で迎えようじゃないか」


 それだけでなく私の失態を収拾するように周りを促す。

 野ばらの間を支配していた緊迫感が時期の早い雪解けのように溶けていった。


 周囲から安堵のため息と一部の淑女から桃色な吐息が聞こえてくる。


 ああ、女の子たちがウィルフの美声にやられている。

 まだ腰砕けになってる娘はいないけど、時間の問題かもしれない。


 敵に塩を贈られた気分だ。

 悔しいのでここはユスティナ師匠に習って嫌味の一つでもかましてやろうか。

 その師匠は今、隣りで頰染めてるけど。


「ごきげんよう、ウィルフ=ゼルカローズ様。久方ぶりにお会いした者に、挨拶より先に笑うのが貴方様の礼儀でございますか? そんなに今日のわたくしは笑われるような格好をしていますか」


 ユスティナがハッとしてこちらを向き、直ぐさま「さすがお姉さま」みたいな表情で見上げてくる。

 いや、さすがって。

 これ勝てる気がしないんだけど?

 敗戦濃厚なんだけど?


「これは失礼を。久しぶりだったのでどうやら嬉しくて頰が緩んでしまったようですね」


 嘘つけ。爆笑だったくせに。


「お会いできて光栄です。リディシア=グランベルノ嬢、ユスティナ=グランベルノ嬢。グランベルノの薔薇はシュテインガルド中のどの薔薇よりも美しいですね」


 そう言ってウィルフは右足を引き、右手を胸元に添え、こうべを垂れた。

 私に劣らず綺麗な紳士の礼を見せる。


 グ、グランベルノの薔薇……。

 野ばらの間と女性への賞賛を掛けたのね。

 さしずめ私が赤薔薇でユスティナが白薔薇か。

 しかも先ほどのプリンセス オブ シュテインガルド呼びといい、「どの薔薇よりも」と言うことで野ばらの間にいる他の令嬢よりも地位が上であることを強調したわね。

 こいつ本当に12歳か?

 精神年齢は私の方が上なのに負けそうだ。


 ウィルフはなおも頭を垂れたまま上目遣いでこう言ってきた。


「役者不足ではございますが、貴女の王子の元までエスコートしても構いませんか、姫君」


 流れるような動作で、右手を差し出される。

 その際、小首を傾げてニッコリと微笑みかけることも忘れない。


 くわっ!

 この上目遣い、絶対計算だ!

 あざと過ぎる!


 私は一瞬固まりかけるものの、直ぐに持ち直し返答した。


「ウィルフ様、顔をお上げになってください。殿下もすでにいらしてらっしゃるのね。よろしくお願い致しますわ」


 差し出された手は無視する。

 手を取ったら甲にキスされるのは目に見えていたからだ。

 代わりに差し出された方とは別の腕を絡めた。

「まぁ!」という驚嘆と揶揄の声が聞こえてくる。

 そうね、自ら積極的に腕を絡めてくる令嬢は非難の対象ではある。

 しかし貴族の所作を完璧に覚えても、何回転生しても、手にキスされるのはどうしても慣れなかった。

 されるくらいなら蔑まれた方がまし。


 私は扇を再び広げ口元を隠した。

 今度は欠伸をしたいわけではない。

 口の動きを読まれないため。


「先ほどは助かりましたわ。ちょっと扇が鳴ったくらいで皆様大袈裟になさるなんて思ってもみなくて。ありがとうございます」

「あれくらい、いつでもお助けしますよ。むしろレディの危機を助けるヒーロー役が出来て嬉しいくらいだ」


 助けられたのは本当なので、礼は言わないと。悔しいがそれはそれだ。

 礼もできないくらい余裕がないと、思われたくもないし。


「でも、彼らも悪気があったわけではないよ。貴女はこの部屋で上位2、3を争う貴族だ。皆が過敏になるのも仕方ない」


 上位2、3ねぇ……。

 私の耳に顔を近づけ、小声でウィルフがのたまう。

 1位は言わずもがなエリオリスとして、その下を争っているのはグランベルノとアロルズか、はたまたグランベルノとウィルフ本人なのか。

 私を上げたいのか、自分の地位を誇示したいのか。

 どちらとも取れる言い方。

 裏があるのか裏がないのか。

 あーもう! どっちよ!


 イライラしながら、でも周りに気取られないようゆっくり歩いて行くと南の窓際のテーブルに座ったエリオリスを見つけた。

 目の前のラズベリータルトを口いっぱいに頬張っている姿を見て何故かホッとする。


 私はウィルフに絡めていた腕を外し、エリオリスの元に歩み寄った。


「ごきげんよう。お会い出来て光栄です、殿下」


 エリオリスは物凄く嫌そうに眉を潜めてから、持っていたフォークを置き、渋々といった感じで立ち上がった。


「リディシア=グランベルノ嬢と、あーそれから……ユスティナ=グランベルノ嬢、相も変わらずお美しくて何よりです」


 軽い会釈。

 挨拶に至っては棒読みかよ。


「……殿下も、お元気そうで何よりです」


 私は苦笑いしながらも、右手を差し出した。

 エリオリスは私にキスをしない。


 エリオリスも私と同じで親愛や尊敬の意味のものでも、キスが苦手だった。

 だから躊躇いなく手を差し出すことができるのだけど。

 婚約しているのにキスをされないことで成り立つ信頼関係というのは自分でも歪んだ関係だな、と思う。


 今回もエリオリスは私の手を取っただけで、キスはしなかった。

 自分の隣の席に案内し手を離す。

 エリオリスの手は、暖炉が焚かれ、暖かな日差しが差し込む席だというのに、冷たかった。


「君たちの関係は相変わらずで、何よりだね」


 ユスティナを席に案内していたウィルフが可笑しそうに私たちを笑った。

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