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3回目ではまだ諦めなかった ①

 遠くの方で爽やかだけど甘い、花の香りがする。

 何の花だろう。懐かしい香りだ。

 私は侍女たちに指示を出すのを一旦止めて辺りを見渡した。

 どこから漂って来るのだろうか。

 目に映る草木はそれぞれに花を付け、どの花から香るのか分からない。

 赤、ピンク、黄色、白。大輪の花、小さな可愛い花。様々な種類の花が競い合うように咲いている。


 王城の中庭は今、春の花の最盛期だった。

 エリオリスとの婚約の儀、あれからもう10年も経ってしまった。

 私も今年で18歳になる。


 ぽかぽかとした陽気のある日、私は王城の中庭で行われる王妃様主催のお茶会に呼ばれた。

 しかし王妃様主催とはいうものの、準備進行はその王妃様から直々に申し付けられ私が行うことになっている。

 いわゆる幹事を仰せつかったわけだ。


 一週間前からお茶会に出す菓子やケーキ、バケットにジャム、スプレッドのメニューを王城の侍従長と料理長、侍女頭と相談して決めていた。

 飲む紅茶も季節に合う且つスタンダードなものと、変わり種のハーブティ数種類を選べるよう用意する。

 会場は侍従長に当日見頃を迎えるバラの木の近くを聞いて、そこにテーブルを4つほど設置していた。

 さっき確認したが花は満開手前の八分咲き。

 お茶会開始まであと2時間。その時の光の当たり具合を予測して席の向きを微調整して貰う。

 あ、そうだ。バラの花が思っていたよりも淡い色だったので、茶器もそれに合わせて予定していたものよりトーンダウンした色の柄の物にしてもらおう。

 私は近くにいた侍女を手招きし、茶器のことを伝える。


 あとは何をすればいいんだっけ。


 今回のお茶会は、学園に通う令嬢子息を中心に招待せよ、とのお達しだったので親が子爵以上の子供達を20名ほど厳選し一週間前に招待状を渡している。

 王城の花が見頃なので皆さんでお茶でもしませんか、という内容だ。

 差出人はもちろん王妃様。私はあくまで裏方だ。

 だって王城で行われる催しに王族以外が出てきては何様だよって話だよね。


 王妃様の御下命により幹事を受け賜る。

 それが意味することは、王妃様が私の采配を拝見するということで、つまりは自分の仕事を今後任せても大丈夫か品定めをするということで、つまりのつまりは王太子の嫁に相応しい仕事が出来るか見るためである。


 ……はい、実はあれから婚約破棄されてません。

 それどころか破棄されないよう包囲網敷かれてる感満載です。


 結局、5回目にすることが思いつかず、私は何もしなかった。

 だからと言って死亡フラグを折るのを諦めたわけではないのだけれど。

 どうせ殺されてループするなら1回くらい自分のやりたいことをやろうと思ったのだ。

 今までの生涯はエリオリスともヒロイン様とも他の攻略者ともなるべく死亡フラグの回避を前提に付き合ってきた。

 会わない方が回避に繋がると思えば会わないし、接触が最善の策となるなら接触した。


 ぶっちゃけてしまうと、それを考えるのが今回面倒臭くなっちゃったんだよねー。


 エリオリスと、ルートや謀略に関係ないくだらない話を話したいときに話す。

 ヒロイン様をわざと避けることもせず、接したいように接する。

 もともとヒロイン様を苛めたいわけではないのだから、自然体でいてもいいはずだ。


 うん、で、今に至るわけだけれども……反省はしない。

 ただ若干、後悔というか「うわ、さらに面倒臭い状況になっちゃったかな」というしくじった感はある。


 まずエリオリス。彼には早々に懐かれた。

 まぁ、婚約の儀であれだけ遊んであげたからね。あれをきっかけに心を開いてくれたらしい。

 王太子という立場上、何でも気軽にとはいかないまでも日常的なことをよく話をするようになった。

 盲目的に依存されることも上から見下されることもない、対等な関係を築けている。

 むしろ良好過ぎて王妃様に息子の嫁としか見られてない。


 私、18歳で死ぬかもしれないんだけどなぁ。

 死んだらマジで申し訳ないわ。


 そしてヒロイン様であるが、自然体で接した結果が、この中庭の隅の方、私の目の端にさっきからウザいくらいチラチラと映り込んでいた。

 私は再び、お茶会開催のための作業を始めようとした。

 が、やはり気になるので中庭の隅に設置されたテーブルの方を向いた。


 ち、近づきたくないけど、ロクなことになってないってわかってるけど。

 逃げちゃダメよ、リディシア=グランベルノ! 現実を見るのよ!


 私は己を鼓舞しながらテーブルへと近づいていった。

 そして……テーブルの上に並べられた焼き菓子やプチケーキを確認して凍りつく。


 んん? ケーキの数、可笑しくね?


 目の前で、桜色に銀糸を混ぜたようなプラチナピンクの髪が揺れる。

 光の角度によっては金に見える琥珀の瞳はテーブルの、色とりどりにデコレーションされた一口サイズのケーキの間を行ったり来たりキョロキョロと動き、頰はぷっくり膨れて常にもごもごと動いている。

 本来なら、整った顔立ちとつぶらな瞳は可憐な美少女として目に映るのだろうが、輪郭が歪むほど頰をいっぱいにして咀嚼しているため、冬眠前の子栗鼠にしか見えない。


 そしてその小動物の隣には抜き身の刃を連想させる青味がかった銀髪を一つに束ね、スラリと伸びた足を組み、頬杖をついてニヤニヤと、気持ち悪いくらいニヤニヤニヤニヤニヤニヤと微笑んでいる貴公子の姿があった。


「アリル、こっちのいちごの乗ったタルトはどうだ? お前、この前いちご好きだって言ってただろ? 美味しそうだぞ」

「デュサークはひゃべにゃいにょ?」

「いや、俺は食ってるアリルを見てるだけでお腹いっぱいだからな。俺の分までアリルが食べろ」

「うん。わひゃった! いっひゃいひゃべゆ!」

「よしっ! 食え食えっ!」


 銀髪の貴公子が少女の口の端についた生クリームを親指で拭き取りペロリと舐めた。

 というか貴公子はなんであの、小動物のモニョモニョ言語を理解できるの!?


「ん。もう少し甘い方が良くないか? アリルはもっと甘い方が好きだったよな?」

「甘ひにょしゅきだきぇど、こりぇもしゅき!」

「そうか、何よりだ! じゃあ、もう一個どうだ?」


 言いながら皿に綺麗に並べられた、生クリームたっぷりのいちごのミルフィーユを手で掴んだ。

 手で! 大事なことなので2回言ったよ!


「アリル、あーん」

「あーん」


 っっこっんのっっ!! バカップルがあぁぁぁぁぁーーーーー!!!

 人がせっかくお茶会を成功させようと、あくせく準備してる横で何、イチャついてんのじゃーー!!

 しかもケーキ減ってるしっ!!


 脳の血管が3本ほどまとめて切れた気がした。

 しかし怒りのままに怒鳴ってもこの二人にはダメージを与えられないことは、今までの経験から学習済みだ。

 私は怒りを押し殺し、真顔になる。


「アリル=ブロンクス様、デュサーク=ロイワルド様。本日ご用意したケーキは美味しゅうございますか?」


 にっこり。

 あくまで静かに、優雅に、でも威圧たっぷりに微笑んでやる。

 悪役令嬢の釣り目を最大限に生かす手を私が知らないとでも?

 社交界で培った無言の圧力スマイルをお見舞いしてやろうじゃないか。

こちとら年季が違うのだよ。


 案の定、ピンクの毛並みの小動物とシメサバみたいな色の銀髪イケメンは口を開けたまま動きを止めた。


「デュ、デュ、デュサーク!リディひゃんが怖っ」

「そこっ! 口に物が入ったまま喋らないっ!」

「は、はひっ」


 プラチナピンクの髪の少女、アリルはぷるぷると震えながら返事をすると咀嚼のスピードを上げた。

 しかし、頬袋いっぱいの食べ物はその小さな喉を一度に通過はしてくれない。

 顔が真っ赤になったかと思うと、胸を叩き、ゴホゴホとむせた。

 隣のシメサバ頭、デュサークが背中をさする。


 あ、やっぱり喉に詰まらせたか。


 王城の優秀な侍女がアリルの様子に気がつき駆け寄ろうとする。

 けれど、私は侍女の行動を手で制した。


 私の苦労を台無しにした小娘に鉄槌を!

 ちょっとくらいの意地悪はいいよね!


 暫くするとアリルは胸を叩くのを止め、水を求めて挙動不審に手を彷徨わせオロオロと泣き出した。

 大粒の涙が琥珀色の瞳から溢れ出す。

 それを見てデュサークもオロオロと慰めようとすると始末。


 や、やばい。何これ、こいつらめっちゃ可愛いっ。


 見目麗しく、黙っていれば周囲のため息を誘う美男美女が二人して、どうしたらいいか分からないといった様子で右往左往している姿は滑稽だが微笑ましかった。


 あー、乙女ゲームシナリオのリディシアがヒロインいじめてたのって、攻略対象を取られる嫉妬からじゃなくて、この可愛らしい姿が見たかったからじゃないのかなっ。

 めっちゃギュってしたい。可愛い。

 いかん、私の加虐の扉が開いてしまう。


「……くくっ」


 と、そこで女性の笑う声が聞こえてきた。

 私と同じようなことを考えていた者がいたようだ。

 笑い声のした方、デュサークとは反対側のアリルの隣の席を向くと、澄み渡った空のような青色の髪をゆるく三つ編みにし、アメジスト色の瞳に眼鏡をかけた少女が座っていた。

 少女の青色の髪から覗く長く尖った耳がピコっと動く。

 人間のそれとは違う耳はエルフ特有のものだ。


「リディシア嬢、意地悪をするのもその辺にしておいたらどうだ? 楽しいお茶会が始まる前に可愛い子栗鼠が一匹死んでしまうよ」


 アリルを見ると、赤かった顔が真っ青になっていた。


 ありゃりゃ、しまった。やりすぎた。


 私は制していた手を振った。

 途端に一連の行動を見守っていた侍女が慌ててレモン水を持ってきて、アリルに差し出す。

 アリルはレモン水を受け取ると一気に飲み干し、プハッと息を吐いた。

 アリルが一息つくと同時にデュサークも安堵の溜息をつく。

 息がぴったりなところはバカップルというか、夫婦ね。


「デュサーク……、小動物に餌を与えるのが楽しいのはわかるけど、お茶会が始まる前に大量に与えるのはやめてよね。数が合わなくなっちゃうじゃない」

「あ? 全種類同じ数ずつ食べれば、ばれないと思って」


 くっ! こいつ見た目はサバなのに中身はカツオかっ! 小学生の悪知恵みたいなこと考えて。


「くくくっ」

「ユミちゃんも笑ってないで、一緒にいたならこのお馬鹿たちを止めてよ」

「いや、まぁ、リディシア嬢なら不足の事態に備えて、ケーキの類は予備を用意してると思ってな。ああ、ほらホールのケーキ、特にタルトタタンは死守したんだぞ」


テーブルの上では無残にも餌食となり、所々抜けたプチケーキの列が見受けられたが、ホールのケーキは無傷だった。

 柑橘のフルーツケーキは瑞々しく輝き、ダークチェリーのムースケーキは艶めいている。

 ユミちゃんの言っていたタルトタタンも子栗鼠の毒牙にかかることなく、無事なようだ。

 カラメルで煮詰めたリンゴが甘くもほろ苦い香りを放っている。


 良かった、無事だった。これなら食べてもらえるわね。


 と、考えて、急に恥ずかしくなった。

 い、いや、無事じゃなくてもいいじゃない。

 他にもケーキは沢山あるんだし!


「ユ、ユミちゃん。そんな気のまわし方は不要よ!」

「……ふふっ。それは余計なことをした。それと、何度も言っているが、私の名前はユミではなくユミファ=オルフィートだ」

「うん、知ってる」


 でも、ユミちゃんって言いやすいんだもん。


「あ、そう。なんでタルトタタン? さっきタルトタタン食べようとしたらユミちゃんに怒られたの。ラズベリータルトじゃなくて?」


 先ほどまで瀕死だったアリルが復活したようだ。

 デュサークに汚れた口周りをハンカチで拭かれながら話に混ざってきた。満面の笑みで。


 自分が仕出かしたこと、ちゃんと反省してるのかしら。


「随分ご満悦な様子ですわね、アリル=ブロンクス様」

「ひっ! リディちゃんがまだ怒ってるっ」

「ケーキ、こんなに減っちゃって足りるかしらね」

「うひっ! ご、ごめんなさい。食べた分買ってきます!」

「あら、普段アリル様が食される庶民臭いケーキがこのお茶会にふさわしいとでも?」

「うぇぇ、思いませんん……でも、何でもするからアリル様とか様付けで呼ぶのやめてぇぇ、こわいぃぃ。いつもみたいにハナコでいいからぁぁ」

「自分からハナコ呼びで良いなんて変わってますわね」


 アリルのことはいつもは花子と呼んでいた。

 いつもニコニコ悩みなんてなさそうで、ちょっと先の考えが足りないところがあるアリル。

 常に頭の中にお花畑が広がってそうなアリルにはぴったりなあだ名だと思って。

 まぁ、他にも理由はあるんだけど。


「まぁまぁ、苛めるのももういいじゃないか。アリル嬢も反省はしてるだろう?」

「うん! してるしてる!」


 ほんとかなぁ。

 ユミちゃんの後押しもあり、元気を取り戻したアリルをちょっとだけ疑いの目で見た。

 3回目のハナコはもうちょっと落ち着いた娘だったはずなのになぁ。


「まぁ、いいか。もう始まるまで食べちゃダメよ?」

「うん!」

「で、どのケーキが美味しかった? 参考までに教えて?」

「えっとね」


 少女の顔に花が咲く。


 この世界が乙女ゲームであるということは、私が出会う人々の中にゲームの登場キャラがいる可能性が高い。美男美女の場合は特に。

 見目良い彼女たちも例外ではなかった。


 ユミファ=オルフィート。

 彼女は隣国のエルフの国ソルバードから来た留学生である。

 シュテインガルド王国では珍しいエルフ、ということで学園入学時、市井出身のアリル同様、奇異な目で見られていた。

 そんな二人が親友になるのに時間は掛からなかった。

 貴族の生活に慣れないアリルを自分も不慣れであるにも拘らず、持前の機転と豊富な知識で支えていた。

 そういう設定。

 ゲームの中で彼女はサポートキャラだった。


 また、デュサーク=ロイワルドもゲームに出てきていた。

 精悍な顔立ちのイケメンである彼はもちろん、攻略対象だ。

 代々シュテインガルド王国の王立騎士団を務めるロイワルド侯爵家の次男。

 彼自身も私たちが通う学園の騎士科の生徒だった。


 そして何よりもアリル=ブロンクス。

 近年、伯爵の隠し子としてブロンクス家に迎え入れられ、学園に通うことになった市井出身の少女。

 それは乙女ゲームのパッケージに書かれたあらすじと全く同じ境遇だ。

 この世界の中心、ヒロインこそアリルだった。


 本来なら彼女たちは私の敵だ。

 でも、そんなことは関係ない。

 5回目では私たちは誰が何と言おうと友達だった。


「そうそう、ユミちゃんが好きそうなハーブティも今回用意してあるのよ?」

「それは、茶会でのリディシア嬢の猫かぶり同様、楽しみだ」

「毎回思うけど、リディちゃんが社交界で猫かぶってる姿って、女優だよね」

「あれにはマジでビビる。中身と全然違ぇし」

「う、うるさいなぁ。仕方ないでしょ、立場上」


 中庭に3人の笑い声が響いた。


 なんにも死亡フラグ回避の行動をしてない私でも、これだけはやると決めていたことがある。

 好き勝手するなら、とことん好き勝手させてもらうわ。


 今度は絶対、誰も殺させない。

 3回目のようには。

 たとえ私が死んだとしても。

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