2回目に理解した ①
2回目の生涯。
婚礼の儀で散々号泣し、散々殿下と周囲の大人たちを困らせた後、私は混乱する頭で状況の把握を最優先に思考をフル回転させた。
で、分かったのは「私、乙女ゲームの世界ループしてんじゃん」ということだった。
私が号泣するというアクシデントはあったものの、泣き止んでからの周りの大人たちの言動もエリオリスの不機嫌な顔も既視感があった。何よりも小さな私とエリオリス、そしてすでに死んでしまった国王が居る時点で事は明白だ。
「まじかー、夢とかじゃないんだよね。いや夢で起きたら転落後の潰れたトマト状態だったら全然良くないんだけどさぁ」と肩を落としている間にも儀式は着々と進む。
もう一つ、幸か不幸か分かったことがあった。
一度歩んだ人生これから起こるであろう事が、何となく〜ではなく昨日のことのように鮮明に覚えていたのだ。もちろん、必死で覚えた知識もマナーも貴族名鑑も覚えている。
まさかの強くてニューゲーム!
記憶力チート! キタコレーー!!
心の中でガッツポーズ。
でもこの能力、前回の人生で発揮されなかったのは何でですか神様。
これがあれば手順が多過ぎて途中でツッコミたくなる貴族マナーも意味不明に長い貴族の名前も一発で覚えられたのに。
あの苦労は何だったんですか神様。
まぁ、悔やんでばかりいても仕方がない。
早速私は乙女ゲームのシナリオと1回目の結果を基に行動を開始した。
まずはイジメ、ダメ、ゼッタイ。これは勿論継続だ。
才色兼備な猫も1回目同様被ったままにした。
シナリオで私が悪役令嬢である以上、ヒロイン様に盾突く行動、誤解を招くような言動は慎むべきだ。どんなことで死亡フラグが立つかわからない。
それからエリオリスには彼に関する陰謀についてさりげなくアドバイスをした。
〇〇伯爵はなんか企んでいるとか、△△の園遊会の国王の護衛は増員した方が良くないかとかだ。
初めは聞き入れて貰えないことが多かったが、根拠無く言っているわけではないと分かると信じてもらえるようになった。元は聡明で美しく誰からも好かれる設定の王太子様、幾つか危機回避すれば失脚する心配はなくなった。
え? 何度もアドバイスなんかしてたら王太子の好感度上がりまくって1回目の二の舞だって?
ノンノン、そこはちゃんと対策を取りました。……うん……今となっては取ったつもりだった、としか言えないんだけどね、結局失敗しちゃったから。
この時の私はエリオリスに、二人の関係は政略的婚約であること以上に何もないことを徹底して言い続けた。お互い好きな人が出来たら婚約は解消する、と言うのも忘れない。
もし二人の関係に何かあったとしたらそれはビジネスだ。王太子のコンサルタント。
彼は円滑な王位継承を、私は表向きには公爵家の政治における盤石な地位、実際は死亡エンド回避のシナリオを、お互い手に入れる。なんて素敵なウィンウィンな関係!
死亡回避に労を割いたのはこれだけではない。
1回目はマナーなど覚えることが多かったが、2回目は記憶力チートのおかげで割りと余裕が出来た。
王太子にアドバイスだって、知ってることをたまに教えるだけで良いので時間がかかるものでもない。
そこで私はある行動に出た。
婚活だ。
1回目の敗因の一つは、私が王太子以上に親密な殿方がいなかったからだと思ったのよ。
もし私に王太子以外の殿方がいたら、ヤンデレだって諦めてくれたかもしれないし、同じように危険な目にあっても、その殿方が守ってくれたかもしれない。多分、魔除けの護符よりは頼りになったはずだ。
というわけで、私は素敵な旦那様を探すため毎夜、招待されるがままに貴族の館へと繰り出した。
学園や貴族の催しという催しには全て参加、お相手してもらえるなら年齢階級美醜問わず踊りに踊り、ついたあだ名は舞踏会覇者。なんだその世紀末感漂うあだ名。
旦那様は誰でも良いわけではない。
王太子以外の攻略対象者たちは絶対排除。王太子ともヒロインともあまり繋がりがなく、それでいて婚約破棄された公爵家令嬢が嫁いでも問題なさそうなところ。
難しい条件だが無いわけでは無い。
厳選を重ねた末、私は一人の人物を選び出した。
フフフ……アルヴィジア辺境伯。君に決めた!
年がちょーっと、30歳以上離れているけど問題無いよねっ。
夜会で何度か見かけたが、がっしりとした胸板のガチマッチョ体型、クリスマスの夜に不幸に見舞われダクトを這いずり回ってそうな、不死身感ある体躯の壮年のおじさまだった。
大丈夫! ストライク圏内!
アルヴィジア伯は辺境伯位と、王族はもちろん、私の家よりも低い地位の家柄ではあるが、領地が魔族支配地域の境界と面しているため、他の地域を治める辺境伯よりも発言力があり重要視されていた。
そうそう、この世界には魔族が存在するのだ。魔族と人間は敵対していて攻略対象が騎士だったりすると魔族討伐の遠征イベントとかもあった。
また隠しルートとして行動次第では魔族の王子とのエンドもある。私は面倒でそこまではやらなかったけど。
ともあれ国家にとって要の領地を守っているアルヴィジア伯であれば公爵家令嬢であれ、結婚が可能だ。乙女ゲームシナリオ的にも出て来てもチョイ役、リディシア嬢ともヒロインとも接点はなかったのでヒロイン様の障害になるようなこともない。
ゲームの後半、私もヒロイン様も18歳の夏に魔族との大規模な戦闘があり勝利する。これは例え魔族の王子ルートでも、人間側の大勝利は揺るがない。乙女ゲームのシナリオ補正というものだろうか。
二人の馴れ初めはこの魔族討伐の祝勝パーティだ。
パーティで私は功労者であるアルヴィジア伯の勇ましい英雄譚をうっとりと聞き、彼の人柄に惚れたとアタックし、兼ねてより枯れ専だったと周りに吹聴し、結婚包囲網を敷いた。
逃がしてなるものか。私の中の肉食獣よ、目覚めろ!
その後しつこく王都の邸宅に通いつめ、グランベルノ公爵家のプライベートなお茶会にも呼んだ。
この熱烈アピールで最初は渋っていた辺境伯も満更でもない表情をするようになった。
よし! 魚は釣れた!
後は煮るなり焼くなり刺身にするなり食卓に運べば完了だ!
仲人も目星をつけ、彼の両親含め親族はご高齢な方々ばかりだろうから披露宴の食事に出すパンも硬いハード系のパンではなく、ハイジもびっくりな柔らか食感の白パンを出す!
焼いてくれるパン屋もチェック済み!
出席者一人一人にメッセージカードを書いて席に置いておくのは外せないよねっ!
さぁっ! 残すは婚約解消のみ!!
でも大丈夫!
だってずっと私たちの婚約は仮面婚約だと、お互い好きな人が出来たら解消しようねっと、エリオリスとは話していたから!
エリオリス!
今こそ我が願いに応えよっ!
希望ある未来を指し示せ!
こぉぉーんやぁぁーくかぁーいしょおおおーー!!
………………で、テンションも高く鬼気迫る勢いでエリオリスに嘆願した結果……王太子様は私の話を下唇を噛みながら退屈そうに聞いた後、椅子にふんぞりかえりながら宣った。
「婚約、解消するわけないだろう」
ぬぅわぁぁにぃぃぃっっーーー!!
いや、でも、あの、約束したじゃん! お互い好きな人が出来たら解消って、言ったじゃん!
「お互い、だろ? それに世事に明るく何故か先の危機を言い当てるお前を手の届かない辺境なんぞにやる馬鹿がどこにいる」
で、でも言い当てられるのは乙女ゲームシナリオと1回目を経験した18歳の冬までだもん。
「それに、俺のものを奪われるのは癪に障る」
はぁぁっーー?!
もの? それって私のことですか!
ちょっと待て、キャラの聡明設定どこ行ったよ、おいっ!
2回目のエリオリスはプライドがやたら高く、傲岸不遜な俺様王太子に成長していた。
誰が味方で誰が敵かわからない、王城という名の伏魔殿で的確な指示を出す私の行動はエリオリスにとって内政チートだったのだ。
攻略本片手に人生イージーモード状態。
何の努力もせず待っていれば危機も回避でき、周りの取り巻きはその権力と容姿にちやほやしてくる生活。
そりゃ聡明な王太子も空き地のガキ大将化しても可笑しくはない、か……ないけども……。
ほ、ほらプライドが許さないって言うなら先の戦の功績と今後の絆の礎とかそんな理由で下賜、でいいし。
公爵家の立場は……ああ、えっと妹!
うちの妹貰ってくれれば万事解決っしょ?!
うちの妹、超美姫だしさぁっ!!
「ふむ、そこまで言うのなら一つ考えなくもない」
エリオリスがそこで提案してきたのは、エリオリスとアルヴィジア伯が決闘をするというものだった。
決闘で勝利したものが私、リディシア=グランベルノを所有する権利を得る。
それを聞いて私は青ざめた。
私のために争わないでっ、とか悲劇のヒロインぽく叫べば良かったのかもしれないが、そんな余裕はなかった。私、悪役令嬢だし。
というか、勝った者が結婚するんじゃなくて、所有権を得るのか……どこまで上目線なんだ。
王太子と辺境伯の決闘。
それが意味するのは事実上のアルヴィジア伯の処刑だ。
例えアルヴィジア伯に正当性があったとしても、王位継承権第一位の王太子に勝利、すなわち殺して、何の罪にも問われないことはないだろう。
ましてや今回の原因は王太子の婚約者を巡ってのこと。
アルヴィジア伯にとって分が悪過ぎる。
こうしてどうにかしなければと思うものの、あっという間に決闘の日取りは決まり、何も出来ないまま当日を迎えてしまった。
場所は王城の兵士たちの訓練所。
天気は雲ひとつない快晴。
方法はレイピアの一騎討ち。
代理で闘う代闘士はお互い拒んだ。
エリオリス、アルヴィジア伯、両者の宣誓の後、二名の介添人と私と多くの見物人が見守る中、決闘責任者の一声で闘いが始まる。
突剣同士がぶつかり、鼓膜を割くような甲高い金属音が響く。
戦況はやはり歴戦の勇士アルヴィジア伯が優勢だったが、エリオリスも負けてはいない。
若者特有のしなやかな身体を存分に使い、スピードが乗った刺突を繰り出してアルヴィジア伯に攻撃させる隙を与えない。
しかし、実践慣れした猛者と王城で貴族の嗜み程度しか剣を扱っていない王太子とではすぐに王太子が押され始めた。
じりじりと後退するエリオリスに力強い突きが襲う。
次第にアルヴィジア伯の攻撃の手数が増える。
目に見えて明らかに二人の闘いのバランスが崩れたのはアルヴィジア伯の一手だった。
アルヴィジア伯のレイピアの切っ先がエリオリスの頬を掠めた。
その場にいた誰もが、エリオリスの敗北を確信した。が、今までなんの表情もなく剣を操っていたアルヴィジア伯がそこで僅かに苦笑した。
見る間にアルヴィジア伯の剣技に精彩が欠けていき、動きが鈍くなる。
どこか集中の糸が切れたようなその動きを、エリオリスは逃さなかった。
後退していた足を大きく前に踏み込みアルヴィジア伯の懐に飛び込むと、レイピアを勢い良く突き出した。
左足を横に移動、上体を捻り何とかその突きを躱したアルヴィジア伯だったが、エリオリスはその動きも予測していた。
ガキンと激しい金属音と共に、エリオリスが体勢を崩したアルヴィジア伯のレイピアを己のレイピアのS型に曲がった柄で絡め取った。
アルヴィジア伯の手から武器が離れ、地面に落ちる。
そこからの私の行動は無意識だった。
最後の一撃のためにレイピアを引いたエリオリスと、それを諦めた表情で受け入れようとするアルヴィジア伯の間に割って入った。
エリオリスが驚愕を顔に浮かべるも、レイピアの勢いは止められず、私の胸へと深々と突き刺さる。
やっぱり駄目だよね。自分の幸せのために他人を不幸にしたら。
アルヴィジア伯には何の咎もない。ただ私が巻き込んだだけだ。
こんなギリギリになって命だけ助けてもこの後、辺境伯の名誉がもと通りに回復することはないかもしれない。私のただの自己満足なのかも。
それでも、生きていれば何とかなる、と思いたい。
刺された胸が熱い。
肺を傷つけたのか、力の限り息を吸い込んでいるはずなのに苦しくて、ごぼりと私は血の塊を吐いた。
エリオリスが剣を捨て私の背に腕を回し抱き起こす。
ああ、またこんな顔させてしまったね。
エリオリスの顔に手を伸ばすものの視界が霞んでなかなか触ることが出来ない。
エリオリスの方から気がついて自分の頬に触らせてくれた。
触れた頬は微かに濡れていた。
あら、貴方泣いてるの? 駄目じゃない、聡明キャラ捨てて俺様キャラになったんだから、最後まで傲慢で上から目線の俺様でいなさいよ。
視界が暗くなり、何も見えなくなる。
最期、唇に何か温かく柔らかいものが触れた気がしたが、もうそれが何なのか私に確認する術はなかった。