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3回目 王国の獅子公爵

 馬車での移動中、窓の外を翡翠色の光が通過していくことが何度かあった。

 光は必ず前方を走る馬車の横で減速し、並走するように留まる。よく見ると光は鳥の形をしていた。


「連絡鳥?」


 連絡鳥とは発した言葉を風の鳥に変え、遠くにいる相手に伝える風魔法だ。

 手紙より速く、距離など関係なく相手に届けることができるので、この世界では重宝されている。

 ただし送る側も受け取る側も魔力を使う。

 ほんの些細な量の魔力ではあったが、所持する魔力量が少ない私なんかは、連絡鳥の言葉を受け取るのも体が怠くなるので苦手だった。


「双眼鏡とかないかしら」

「オペラグラスならございますよ」


 コールドーテって王太子領ではあるが、娯楽施設の少ない田舎領何だけど……。

 もちろん今回の日程に観劇など入っていない。

 メリオラはなんでオペラグラスが必要だと思ったのかしら。

 少し疑問に思ったが、そこは言及せず渡されたオペラグラスをありがたく使わせてもらう。


 オペラグラスの中で、翡翠色の鋭いくちばしを持った鳥が引き締まった翼で大きく羽ばたく。

 よくよく凝視すると、その体躯は緑の文字列で構成されていた。シュテインガルド語だ。

 翼も嘴も前足も翡翠色だが、一か所、胸元の一部だけが内部から光るように赤い。

 身体は風魔法で構成されているが、胸の一部だけ火魔法が使われているみたい。

 

「あの鳥、軍事用ね」


 作製時の魔法陣を見たわけではないので断定はできないけれど、火魔法は連絡鳥の正しい受取人以外が触れると爆発する仕掛けになっているはずだ。

 音速で飛ぶことも可能な連絡鳥だが、捕獲用の魔法網を張れば捕まえることもできる。火魔法の爆弾は秘密漏えいトラップではよく使われる手段だった。


 オペラグラスで鳥を見ていると、前の馬車の窓が開き、中指に金の指輪を嵌めた男の人の手が出てきた。

 手は連絡鳥を甲に泊まらせると、ゆったりとした動作で馬車の中へ、鳥を招き入れる。 

 この旅の一団の中で金の指輪をしている人物は一人しかいない。

 私はこれからのことをちょっと考えてため息をつき、オペラグラスをメリオラに返した。


 連絡鳥はコールドーテ領の城に近づけば近づくほど多くなった。

 そのほとんどは前を走る馬車の中へと消えていったが、何羽かは馬車を通り過ぎこれから私たちが向かう道の先へと飛んで行った。

 どんよりとした曇り空に、翡翠色の美しい光が飛ぶ。

 そのうち、飛び交う翡翠色の鳥たちよりはるか遠くの方に、白亜の美しい城が見えてきた。

 シュテインガルド王国を南北に流れ、農耕の要となっているシュミル河沿いに建てられたその城は、川面に反射した陽光でキラキラを輝いていた。

 私たちの目的地、エリオリスが城主を務める城だ。

 馬車は橋を渡り、堅牢な城門をくぐった。

 



◇◆◇


 城に着くと南向きの日当たりの良い一室に通された。

 ずっと座っていて凝り固まった体をほぐすように、うーんと背伸びをして部屋の中を見渡す。

 一室と言っても、入ってすぐに大きな暖炉が据えられた広々とした応接スペースには扉が4つある。1つはバスルームへと続く扉で、あとの3つは寝室のようだ。

 私と控えのメリオラだけにしては部屋数が多すぎる気もしたが、城は年に数回しか王太子が訪れない別邸にしては広く、客室も有り余っているように見えた。

 たぶん私の屋敷と同じか、ちょっと大きいくらいかな。


 着いてすぐに歓迎会が開かれるわけではなさそうで、 聞いてみると歓待すべき人物はまだ到着していない、という返事が返ってくる。

 

 ってことは、しばらくは暇かなぁ。ラッキー! 暇ならやることは一つよね。

 隠し通路見つけて~、深夜お腹すいても厨房一直線で行ける道の開拓~。

 えーと、その前に城主であるエリオリスに挨拶に行かないと、なのかな〜。

 適当な節をつけて鼻歌を歌っていると、お父様に付いていた執事のジョルスが部屋に来た。


「アルドヘルム様がお待ちです」

「え? でも、まず城主であるエリオリス様にご挨拶するのが先ではないのですか?」

「エリオリス様は所用のため、現在手が離せません。アルドヘルム様の下へお越しくださいとのことです」


 そう言われて肩に力が入った。


 シュテインガルド王国には“赤灼の獅子公爵”の二つ名を持つ公爵がいる。

 肩あたりまで伸ばした赤色の濃い金髪を、後ろへと撫でつけた髪型はまさに獅子の鬣。常に身につけているのは緋色を基調とした衣服。

 その容姿は威厳に満ち溢れ、常に悠然と構えた態度は一族をべる品格を備えている。

 容姿だけが獅子に似ている訳ではない。

 第8次魔族討伐遠征の際には、一部隊を率いて魔族を一掃、言葉通りの獅子奮迅の活躍を見せ、部隊員の信頼も厚かったという。


 その名をアルドヘルム=グランベルノ。

 まぁ、要するに私、リディシア=グランベルノのパパの事なんだけどね。


 そのパパが呼んでいる。

 なんか私、やっちゃったかしら……。

 何も悪いことはしてないはずなのに、ジョルスに向ける笑顔が引きつる。

 グランベルノ家は基本、子育てに関して放任主義だ。お父様に呼ばれるのは無理難題を突きつけられる時か、怒られる時だった。

 そのくせ、私が用事のあるときにはなかなか会ってくれない。今回のコールドーテ行きのこととかねっ!

 

「わかりましたわ。伺います。部屋までの案内をお願いします」

「かしこまりました」


 長旅の後でドレスを着替えるか一瞬迷う。

 が、見えるような汚れもないし、身なりをうるさく注意する人でもない。

 むしろ待たせる方が不機嫌になる人なので、髪のリボンがしっかりと結ばれていることだけを確認して、私は部屋を出た。


 城の中は入り組んでいた。

 何階にお父様の部屋があるのか分からないが、上に上がったと思ったら延々と階段を下る。

 右に3回曲がったあと2回左へと曲がる。

 あ、また上るの?

 窓の外を見れば、先ほどまで見えていたシュミル河が見えなくなっている。

 ……ジョルスが迷っているわけではないのよね?


 先頭を行くかっちり固めた灰色の髪と、ピンと伸びた背中に疑いの目を向けるが、その足取りに迷いはなく、歩幅の違う私を気遣った速度で歩く余裕すらある。


「なんか絶対、城の中一周してるって、これ!」と思うほど歩かされた後、思いがけず、ばったりとエリオリスに出くわした。


 彼はいつも影のように連れている執事のデアンさんとは一緒ではなかった。

 代わりに体格も風格もどっしりとした屈強な男3人を連れていて、何やら話しながら反対側の廊下から歩いてくる。

 3人の男たちはそれぞれ軽装ではあるものの異なった意匠の鎧をまとっていた。

 歩くたびにカシャンカシャンと鎧の金属が擦れて鳴る。


 私はそれを見て既視感に眉をひそめた。

 何だろう最近似たものを見たような気がする。

 と、思い出したのは社交界でのクリフォード=アロルズだ。

 うら若き乙女とむっさいおっさん、華やかなドレスと武骨な鎧、と違いはあれど中心が成長期前の美少年で、やたらと目立つ壁で囲まれている図はまさにそっくりだった。


 えっ、なに? 今世では取り巻きはべらすのが流行りなの?

 乙女もおっさんも羨ましすぎるんですけどっ!

 私も悪役令嬢転生するんだったら攻略対象者に必ず殺されるループものじゃなくて、男女問わずのほのぼの逆ハーが良かったぁぁぁ!


 憤りつつも、エリオリスの侍らせているおっさんズを拝見する。

 一人は初対面だ。茶色の顎ひげと鷲鼻が特徴的な素敵なおじさま。

 もう一人はグランベルノ家のお抱え騎士団の団長、ダリル=トルージア。

 参加した戦の数と同じだけの深い皺があると言われ、戦場でも目立つ白髪の老戦士だ。

 お父様の右腕のような存在で、グランベルノ家の内外ともにその名は知られている。

 そして最後の一人はなんと


「あ、ダーリンだ」

「はぁ?」


 うっかりと出てきた言葉にエリオリスが気の抜けた声を出す。


 なんと、最後の一人は2回目の人生のマイダーリン!

 デズモンド=アルヴィジア辺境伯だった。

 相変わらず年を感じさせない、鎧の上からでもわかる逞しい筋肉! 長年の苦労をその一点に集めたような眉間の皺が素敵だわっ!


 つい、標準装備のしかめ面が懐かしく、2回目の自分に戻ってしまって、ダーリンなんて呼んじゃったわ。

 ……あら? なんでエリオリスの顔が真っ赤なのかしら。

 ……って、ああっ! 今、私のマイダーリンは世間的にはエリオリスなのか!

 だからエリオリスも「はぁ?」とか気の抜けた声を出したのか!


 見ればエリオリスの顔は耳まで真っ赤になっていて、私の方を見て何か言いたそうにもじもじとしている。

 その口が「マッ」と開いたところで私は次に出てくる言葉を遮った。


「今の私の発言は忘れてくださいませ」

「ああ?」


 王太子殿下とは思えない、何処のヤクザの若頭かと疑うようなドスの効いた声がエリオリスから上がる。

 いやいやいやいや、マイハニーとか言われてもこっちは困るだけだし!


「そんなことより」


 敢えてぞんざいな態度で話題を変える。


「本来ならば着いて真っ先に殿下の元へ参じなければならないところ、ご挨拶もまだで申し訳ございません」


 言った後にカーテシー、貴族の女性特有の、背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま膝を折り曲げる挨拶をする。


「……いや、いい。こちらも用事があったし、お前も父親に呼ばれているだろ」


 挨拶はいらない、と許しを述べつつ、エリオリスがぶっきらぼうに言う。

 なんか不機嫌だ。

 そんなにマイハニーって言いたかったのかしら。いや、その前に散々手紙で来るなって言ってたのに来ちゃったからかしら。


「挨拶はこの場でのみで。わざわざ俺のところに後で来なくてもいい……どうせ早ければ今夜、遅くとも明日には嫌という程顔を付き合わせることになるからな」

「はぁ」


 晩餐会でもあるのかな。


「アルドヘルムを待たせているのだろう?早く行くことだ」

「はい。それでは、失礼致します」


 エリオリス一行が道を譲ってくれた。

 ジョルスが一礼してその傍を通過し、それに続いて私もエリオリスの近くを通る。

 ふと、会ってすぐにはオジサマズの陰で見えなかったが、エリオリスの腰に剣が下がっているのが見えた。


 2回目の私の死因、レイピアのような細いものではない。幅広の両手剣だ。

 オジサマたちの使い込んだ無骨な剣に混ざって、エリオリスの剣は柄も鞘も金で彫刻が施された美しい品だった。

 柄頭には赤い紅玉が嵌め込まれ、窓からの明かりを受け自身で光っているようにさえ見える。

 実践に向いているようには到底思えず、12歳の子どもが持つには長すぎるサイズでもある。

 今世でも他の人生でも使っている姿を見たことがない剣だ。

 いや、でもちょっと待って。どこかでこの剣は見たことがあるぞ?


「……お嬢様……」

「何か、まだ用事でも?」

「え?」


 ジョルスとエリオリスの声で私は我に返った。

 どうやら私はエリオリスの剣を見つめたまま固まっていたらしい。

 周りを見回せばみんな訝しげな顔で私を見ていた。


「な、なんでもありませんわ」


 扇子は持ってないので、手で口元を隠し、笑って誤魔化す。

 おっほっほっ。


 笑いながら、そのままきびすを返しエリオリスに背を向け歩き出した。

 どこで見たんだっけなぁ……。

 私の記憶力チートをもってしても思い出せないということは、日本でのゲーム知識かなぁ。

 ゲーム転生前の知識は、途端にぼんやりとしか思い出せなくなるのが難点だ。

 エリオリスのシナリオか何かだと思うんだけどな、あ……思い出した!


 あの剣の名は<叡智への扉グランヴァル・シュシュカ>。この世界に一つしかない聖剣だ!

 仰々しい装飾が施されているように、剣自体で切ったり突いたりするわけではなく、魔法触媒として使われる剣だ。

 主に王族しか守護しない叡智の精霊を召喚するために使用される。剣というよりは杖の役割に近い。

 ゲームではエリオリスの戴冠&結婚エンドのエピローグでヒロインを王族として迎え入れ、加護を与える際、儀式で出てくるんだっけ。

 エリオリスがグランヴァル・シュシュカを抜き天へ突き上げると、叡智の精霊が現れ二人を祝福する、という使われ方をする。


 スチルはもちろん、叡智の精霊が両手を広げ二人を祝福している姿を背景に、エリオリスとヒロインが見つめあっているというものだ。

 なおこのスチルはファンの間では、叡智の精霊が金の長髪で全身金色のずるずると長い衣服を着ていて、メインの二人がまるで金屏風の前で愛を誓い合っているように見えるので、金屏風スチルと呼ばれている。

 叡智の精霊自体もお察しの通り、金屏風精霊と呼ばれたりもする。めでたいねっ。


 エリオリスが今、帯剣していたのは本物?

 というのも、グランヴァル・シュシュカの所有権は国王と決まっていて、国王が典礼のときに帯剣するか、普段は王城の宝物庫に丁重に保管されているはずだからである。

 私も家の書物で読んだり、学園で習ったことはあっても、本物は見たことなかった。

 だからすぐに思い出せなかったんだけど。

 

 グランヴァル・シュシュカは叡智の精霊を呼び出す以外の精霊を呼び出す上でも絶大な効果を発揮するという。

 

 軍事用の連絡鳥、武装した騎士団長クラスの戦慣れした男たち、普段使われない魔法触媒グランヴァル・シュシュカ、そして、用事がない時しか呼ばないお父様の呼び出し。

 隣国の要人を迎えるだけにしてはきな臭い要素満載だ。


 あれこれ考えているうちにジョルスが一つの扉の前で立ち止まった。

 真鍮色のドアノブを回し、扉が開かれる。

 私は一つ大きく深呼吸して、開かれた部屋へ一歩踏み出した。

 中で待っていたのは一人の獅子だ。

 重厚な樫材の大きな執務机の前で、獅子は笑う。

 不敵で物騒な、笑み。

 その眼は獲物を確実に仕留める猛獣に似た鋭さを持ち、しかしその奥に理知的な光が見え隠れする。

 獅子の前では誰しもが自分をネズミのような矮小な小動物と錯覚する。

 金縛りにでも掛かったように体が動かない。


「やあ娘。待ちくたびれたぞ」


 獅子が口を開いた。

 その中指には、グランベルノ家の紋章である三日月と百合の花が描かれた金色の指輪が光っていた。


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