小さな変化
カガミが村で騒動を起こしてから2日が経った。
謝りはしたものの、ルカは朝の日課を止めようとはしなかった。
しかし村人の反応は少し変わり、危ないものを見るような目つきになった。
「狼が出たぞー!!」
ルカが大きな十字路で叫ぶと、周りにいた主婦たちが口々に言う。
「やめなさいよ。今度こそ大目玉くらっちゃうわよ?」
「そうよ。村長さんに迷惑かけちゃだめよ」
「それに所長に伝わりでもしたら…」
1人の主婦がそうい言った途端、一気に周りが静まり返る。
人間族の所長、ガジェットは義侠心の塊である故に悪や罪に対する目はひどく厳しかった。
彼は仁者だと謳う人もいるが、噂や口伝いに聞くだけだと恐ろしい人物だと思える。
「もしかしたらもう伝わってるかもしれないわよ…。この前の騒ぎでガランも責任を負わされたようだし…」
沈黙の中にぽつりと主婦が言葉を漏らし、主婦たちの目は哀れみを含んでルカに向けられた。
「な、なんだよ…。大丈夫だって!」
ルカはそれだけ言うと主婦たちの視線から逃げるように走り去った。
行き先はサラの家。
「サラ!」
いつものように叫びながら扉を開けると、目の前にサロメが仁王立ちしていた。
「…」
「お、おはよう…おっさん」
「おっさんじゃねぇ」
「おじさん!」
ここ2日、いつもとちょっと違う日課ができた。
ルカがサロメに挨拶と“おっさん”呼ばわりしないままだと家に入れてもらえないのだ。
サロメは満足そうな顔をしてキッチンに向かい、ルカは一勝負し終えたような疲労を感じつつ家に入った。
「おはよう、ルカ」
ダイニングルームには既にサラが席に着いており、くすくす笑いながら挨拶をしてくる。
「サラ!おはよう。今日は早いんだな」
いつもならルカが来てから起きてくるサラ。
「うん。なんだか目が覚めちゃって…」
そういうサラは顔を伏せ、どこか寂しそうにも見える。
「悪い夢でも見たのか?それとも具合が良くないのか?」
心配するルカはサラの近くに寄り、サラと自分の額に手を当てた。
「んー、熱はないみたいだ。でもちょっと顔が赤い?」
サラが目を見開いているのにも関わらず、ルカは更に様子を見るため顔を近付けようとした時。
「おいこら。何やってんだくそガキ」
サロメがルカの襟首を掴んで持ち上げ、サラの向かいのイスに無理矢理降ろした。
どすっと重い音と共に押し付けられた尻に痛みが走る。
「って~。何すんだよおっさん!俺はただサラの具合を…」
言いながらサロメを睨んだつもりだったのだが。
…男版般若がいる。
「具合を…何だって?」
「あ、いや…見ようかなぁと…」
般若サロメの恐ろしさにへどもどするルカ。
そんな2人をよそに、サラは赤くなった頬に冷たい自分の手を当てて冷やす。
びっくりした…。駄目だなぁ私…。
落ち込むサラに気付いた2人は心配そうな顔をする。
「サラ、本当に具合が悪いのか?」
サロメにそう聞かれ、慌てたサラは奇怪な声を出した。
「なぁんでもないよぉ」
「「……」」
その場にいた3人を包む空気さえも、凍りつきそうだった。
「…大丈夫か?」
「あ、あはは。大丈夫だよ。うん。大丈夫!」
「サラ…」
先程からの様子を見て、サラの気持ちに気付いてしまったサロメは泣きたくなった。
ルカの問いかけに答えるサラは、なんでもないよと笑顔を見せている。
焼きたてのパンの匂い、温かいスープの湯気、新鮮なサラダの瑞々しさ、いつもの朝食はずっと変わらない味で3人の胃を満たした。