狼騒動の結末
ルカは少し遅れてドクの家に着いた。
中へ入ると居間に男とドクが向かい合ってソファに座っている。
「それで、いったい誰からそんな話を聞いたのだ」
ドクが男に問いかける中、ルカはそろそろとドクの隣に座った。
「俺はただ、村の連中が話しているのを聞いただけなんだ。誰が言い出したのかは知らない」
少しぶっきらぼうだが、ドクの威圧に押されて畏怖しているのが見て取れる。
自分が来るまでの間に一喝でもされたんだろうな…とルカは思う。
男はドクに山を1つ越えた先のサルヴェナ村に住むカガミだと名乗っていた。
「噂の出所は分からんのか。しかし、そんな信憑性の低い話を鵜呑みにするな。村が被害に遭ったのは気の毒だが、狼はもういないのだから。ルカ、お前もだ」
隣に座っているルカを見るドクの目は、心なしか悲しみを帯びていることにルカは気付く。
「でも、じいちゃん…」
「噂の原因はお前なのだから。謝りなさい」
ルカの言葉を遮り、ドクは目の色を変えずに言った。
「誤解させて悪かった…です」
「俺も冷静さが足りなかった。だが、こんな質の悪い嘘はもうやめてくれ」
カガミはうなだれて、心底疲れた様子でため息を吐く。
それを見たルカはしっかりと頷いた。
「うむ、とりあえずお前さんは帰りなさい。ルカは話があるから残っておくれ」
ドクがそういってカガミをドアまで見送り、ルカと2人になったところで漸く落ち着いたように息を吐いた。
外はまだ陽が高く、窓から暖かい陽光と少しぬるい風が入ってくる。
カガミが村を出ようと歩を進めていると、後ろから声が聞こえた。
「あの、待って下さい…!」
振り返ると髪を2つに結った少女が息を切らせてこちらへ走ってくる。
カガミは足を止めて少女が追いつくのを待った。
「はぁ…、ありがとうございます。すみません、呼び止めてしまって…」
少し疲れを残しながらも、少女はカガミを見上げて少し微笑んだ。
「いや、気にしなくていいさ。何か用か?」
目の前の少女に軽く胸が高鳴ったことに内心少し焦りながら、カガミは勤めて平静を装った。
「あの…、狼の話なんですけど…」
言いにくそうに話し出す様子に、カガミは苦笑する。
「あぁ、騒がせて悪かったな。村長にもしっかり怒られた。もう狼はいないって…」
「違うんです!」
少女の言葉にカガミは目を見開いて驚くと、小さくごめんなさいと呟いた。
「狼は…本当にいるんです。ただ、今はどこにいるのか分からなくて。村長さんは皆を恐がらせないために秘密にしてて…。でも、1匹だけ、確かに生き残りがいるんです…!」
「…確かなのか?」
カガミは少女の目を見て問いかけた。
今度こそ真実を確かめるために。
「私はこの目で見ました。見失ってからは見てませんが、この村の近くで確かに」
少女もまた、真実を伝えるためにカガミの目を真っ直ぐに見つめた。
その目に偽りは見えない。
「分かった。君を信じよう。俺の村人達と話して警戒態勢をとっておく。村長には言わないでくれ」
カガミはそう言うと村を出ていった。
残された少女は安心したような、だがどこか諦めにも見える表情をしていた。