番外編 雪と君とあたたかい温もり
本編がアレだったので、お口直しに。
1月の上旬。
空気すら凍るような朝。
まだ陽が昇らない時刻にサロメは目を覚ます。
肌を刺す冷たい空気に身震いしながら洗面所へ行って顔を洗う。
そして朝食の支度をするべくキッチンへ向かった。
作るのは3人分だ。
サロメと娘のサラ、そして毎朝やってくるルカの分。
サラに惚れたのなんだのと家に通いだしてもうすぐ半年になる。
迷惑なことこの上ない。
昨年流行り病で両親を亡くして、まだ14のガキであるルカが気の毒だと思い毎朝来るついでに朝食を作ってやるようになった。
しかし、今更ながら気を許したことに多少の後悔を覚える。
最近のルカは調子に乗っていやがる。
サラの名を叫びながら家にずかずかと入り込んでは、自分に挨拶も無しに朝食を要求してくるのだ。
ここらで一発シめとかないと駄目だな。
サロメはひとり考えながらも手を動かして朝食を作った。
温かいコーンスープと焼きたてのパン、蒸した魚をほぐして野菜と和えたサラダに熱めのミルク。
3人分をテーブルに並べて一息ついたところに外から駆け足の音が聞こえる。
サロメは短い溜め息をつき、もうすぐ開かれるであろう扉の前に仁王立ちした。
「サラー!」
勢いよく開かれた扉と共に少年が飛び込んできた。
ちょうど扉が開いた場所にいたサロメが飛び込んできたルカを受け止める。
驚いたルカは反射的に体を離そうとしたが、サロメが肩を掴んでいるせいで叶わなかった。
「お、おっさん…?」
いつもと違う反応にルカが戸惑いながら見上げると、無表情のサロメと目が合い、その瞬間に口だけが笑みの形を作る。
目が笑ってない。
ルカは本能でヤバイことを察した。
これは怒っている時の顔だ。
そして絶対に何か嫌がらせを企んでる。
「おはよう、ルカ。今日も元気だなぁ。気をつけないとそのうち転ぶぞ?」
目が笑ってない笑顔のままで言う。
…恐い。
「お、おう。気をつけるよ…。で、放してほしいんだけど…」
ルカの言葉にサロメは解放するでもなく、逆に顔を近付け目をまっすぐに見つめて言った。
「おう、じゃねぇ。おはよう、だ」
「お、おはよう…」
サロメの気迫に負けてルカがそう返すと、漸く肩を放した。
だがそれだけでは済ませないとでもいうように、すぐさま続けて話し出す。
「お前な、まず俺に挨拶するのが普通だろ。サラの病気を知ったからっていい気になるんじゃねぇぞガキ。お前なんかじゃ何の力にもなれないんだからな。それから…」
「分かってるって!あ、サラが呼んでる!今行くぞー!」
「おいこら!まだ話は終わってねぇ!それに呼んでもないだろが!…ったく」
これみよがしに長々と説教たれてやろうと思っていたのに、うまく逃げられた。
サラがお前なんか呼ぶわけないだろ。
だとしても、俺だって呼ばれるかは分からないがな…。
サロメがルカに言った言葉は、自分にも当てはまっていた。
サラの病気は自分の力じゃどうしようもできない。
むしろ、誰にも解決できない問題だろう。
たとえ優秀な医者が診たのだとしても。
ルカもサロメの言葉は胸に刺さっていた。
自覚はしている。
でも何かできるかもしれない。
少なくとも、サラの笑顔が絶えないように喜ばせることくらいは。
「サラ、起きてるか?入るぞ」
数回ノックしてからルカは部屋の扉を開けた。
サラはベッドの上で起き上がり、厚手のパジャマの上からカーディガンを羽織って窓の外を眺めている。
ルカが部屋に入ってきたことに気づいていないようだった。
少しだけ開かれたカーテンの隙間から、弱い陽光が差し込み薄暗い部屋にサラの姿を浮き立たせる。
その姿に鼓動が高鳴るのを感じたルカは、紛らわすためにわざと明るく声を上げた。
「外なんか見てどうしたんだ?なんか見えるのか?」
「え…?きゃっ!」
突然声をかけられ、驚いたサラが小さな悲鳴を上げる。
慌てて謝るルカに微笑んで、改めて挨拶を交わしてからサラは再び外を見た。
ルカもベッドに座って一緒に見てみる。
「雪、降らないかなぁって」
「ゆき?」
「うん。雪降ってると綺麗でしょう?それに、冬は身体に障るかもしれないからって外にあまり出してもらえないから…触ってみたくて」
話しているサラは少し恥ずかしそうにはにかんだ。
眺める景色は色彩が薄く、空は雲に覆われていた。
雪が降りそうな天気だ。
もしかしたら、サラの願いが叶うかもしれない。
ルカはそう思った途端にベッドから飛び降り、両手を広げて言った。
「俺が降らせてやるよ!んで積もったら二人でこっそり出かけようぜ!んでんで、あの丘で雪だるま作るんだ!」
満面の笑みで自信満々に言うルカに、サラは笑いながら問いかける。
「でも、どうやって降らせるの?」
「てるてる坊主を逆さまに吊るせばいいよ!」
「……」
サラの笑顔が一瞬固まったが、ルカの意気込みにちょっとだけ期待してみようと思った。
てるてる坊主がちょっと可哀想な気もするけど。
そんなルカが可愛くて、サラは弟のようだと思えた。
本人に言ったらきっと怒られるのだろうけど。
サロメにぐちぐち言われ、サラには笑われながら3人で朝食を食べ、ルカはひとまず家に戻った。
今日は、去年から働かせてもらっている鍛冶屋の仕事は休みだ。
戻ってから早速大量のてるてる坊主を作るべく、いらない布をかき集める。
作るのはルカひとり。
こういうものは自分でやらないと意味がない。
サラに大まかな作り方を教えてもらい、集めた布と針箱をテーブルに乗せて意気込む。
「さて、作るかー!」
かぽっと開けた針箱はいつだって懐かしい母の匂いがする。
その匂いに、初めて針箱を開けた時母を思い出して少し目頭が熱くなったのを覚えている。
今やすっかり慣れた手つきで針に糸を通し、布に綿を詰めては縫い閉じていく。
本当はサラと作りたかったのだが。
そんなことを考えつつ、普段では見せることのないような集中力でひたすらてるてる坊主を作った。
「ぶはっ…。こんなもんか?」
昼近くになり、テーブルに乗り切らんばかりのてるてる坊主ができたところで、ルカは手を止めた。
集めた布もほとんどなくなり、色も柄も違う沢山の顔がないそれを眺めたルカは、ふと思った。
「どこに吊るそう…」
一軒の家に全部吊るすには限界がある。
近所に吊るそうにも何分、逆に吊るすため縁起が悪い。
どこかよさそうな場所を思案する。
「そうだ、あの場所がいい!残ったのはあそこに吊るせば…」
妙案を思いついたルカは早速、てるてる坊主を大きめの布袋に入れて家を出た。
向かった先は村の役場。
そこには日頃、ガラン達が仕事をしているはず。
ルカはサラに下心丸出しのガランへの嫌がらせも兼ねて、役場の近くにてるてる坊主を逆さに吊るした。
しかし見つかって排除されてもいけないので、木の枝に隠すように吊るしていく。
「これでカンペキ!次は…っと」
作ったてるてる坊主の半分ほどを役場を囲むように吊るし終え、残りが入った布袋を背負ってルカは小高い丘へ向かう。
サラの桃園がある丘だ。
桃の木に吊るすのは縁起悪いって怒られそうだが、サラならきっと許してくれるはず。
だってこのてるてる坊主はサラのために作ったのだから。
「ふんふん~。ふふ~ん」
鼻歌を歌いながら桃の木に吊るしていく。
できあがって見渡してみると、色とりどりのてるてる坊主が枝しかない桃の木に花を咲かせていた。
「いいじゃん!…逆さだけど!」
とりあえず満足したルカはその足でサラの家に向かった。
報告ついでに昼食を食べるため。
丘を下りて村のはずれに向かって走っていると、若い女の甲高い声が聞こえた。
数人の女性が1人の男を囲んでなにやら話しているようだ。
ルカはその囲まれている男を見て声を上げた。
「兄ちゃん!」
その男は鍛冶屋の次男で、昔から女好きで名の知れたクラッドだ。
長男のクロウドも男前ではあるが女嫌いな面があり、黙々と家を継ぐために励んでいる。
整った顔立ちの2人はやはり女性に人気高く、そのうちクラッドのみその声に応えるため、自然と女性たちはクラッドに方に集まるようだ。
他の村からも噂を聞いてやってくるほどに。
そんな彼に少なからずルカは影響されているところがある。
「お、ルカ。何してるんだ?布袋なんか持って」
ルカに気づいたクラッドが女性の間をすり抜けて近づいてくる。
その後を追う女性たち。
「クラッドぉ、その子だぁれ?弟くん?」
女性の1人がクラッドの腕に擦り寄り、猫撫で声を出す。
それに対抗するかのように、他の女性たちもクラッドに擦り寄ってくる。
これが女性の鈴生り…?
そう思ってしまうルカにとってクラッドは悪影響でしかないようだった。
「弟みたいなもんだよ。うちで働いてるんだ」
質問した女性の頭を撫でながらクラッドは答え、ルカを見つめた。
自分の問いに答えを待っている目だ。
「あ、俺はこれからサラの家に行こうと思ってて。前に兄ちゃんから教えてもらったてるてる坊主を逆さに吊るすやつ、本当に聞くんだよな?」
てるてる坊主が入っていた袋を掲げていった。
それを聞いた女性たちは“きゃはは!かわいいー!”と笑いだし、ルカの頬が少し赤くなる。
女性たちの反応からして、騙されたのだろうか。
ルカの胸に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「大丈夫だよ。絶対効くから。想いさえ籠もっていればね」
クラッドがルカの頭を撫でながら笑って言う。
半分からかっているように見えるのだが、ルカはクラッドの言葉に反応した。
「想いなら誰にも負けないくらい籠めたぜ!」
「なら心配ないな」
ははっと笑って言うクラッドは本当に楽しそうで、ルカの恋心を応援してくれていると分かる。
ルカは安心したように笑顔になると、クラッドたちに別れを告げて再びサラの家に向かった。
「ねぇクラッド。本当に効くの?てるてる坊主だなんて」
腕に絡みつく女性の手に自分のそれを重ねながら、クラッドは顔を近づけて言った。
「奇跡は愛のあるところに起こるのさ。俺と君が出逢ったのも、そこに愛があったからだろ?」
間近で囁かれ、女性は真っ赤になって同意し、他の女性たちは私も私もと声を上げる。
言ってることはめちゃくちゃなのに、言い方とルックスと笑顔の魔力によって立派な口説き文句になるのだった。
サロメは午前の仕事を終わらせ、家に戻って昼食の用意をしていた。
土木の仕事をしているのだがサラのこともあり、昼休みは家に戻らせてもらっている。
忙しくて戻れない時もあるが、サラがしっかり者のおかげで心配せずにいられた。
だが一つだけどうしても心配なのは、ルカと2人きりにすること。
だからなるべく昼は家に戻るようにしているのだ。
ルカが仕事の日はそんな心配もいらないのだが。
サラはルカをまだ弟のように思ってるが、ルカは違う。
無茶をするようなやつではないことは分かってるが、それでもあいつは男だ。
俺も恋くらいしたことはあるから分かる。
分かるからこそ、2人きりにするのは駄目だ。
そう思いながら黙々と昼食を作っているとサラがキッチンに入ってきた。
クリーム色のワンピースの下に淡い黄色のズボンを穿き、上に雪の結晶を縁に刺繍したカーディガンを羽織っている。
長い髪はまっすぐに下ろされ、冬の寒さ対策の姿だ。
顔色も良く、寒いと普段見えている包帯も見えないので一見健康そうに見える。
「お父さん、手伝う?」
サラの様子を見ていたサロメはそう言われて、優しく微笑んでから首を横に振った。
「いや、もうできるから大丈夫だ。テーブルの用意だけしてくれるか?」
「うん。分かった」
テーブルに小皿や箸の用意を始めたサラを見て、サロメは作った料理を盛り付けテーブルに運ぶ。
焼きたてのパンの香ばしい匂いと、ポテトサラダとキャベツのコンソメスープの湯気。
薪ストーブで暖められた部屋にも関わらず、それらが立ち込めていく。
3人分の用意が整い、サロメとサラがイスに座った時だった。
「サラ!」
勢いよく開かれたドアの音とルカの声が家に響き渡った。
それと同時にサロメの口から溜め息が漏れる。
笑顔でルカを迎えるサラを見て、2人に聞こえない程度に再び溜め息が出る。
「サラ、待ってろな。すぐ降らせてやるから」
満面の笑みでそう言うルカに、サラも笑顔を返す。
「ふふっ。ありがとう。楽しみにしてる」
2人の会話は小声で交わされたため、サロメは疑問の視線でこちらを見ている。
ルカはいたずらっぽく笑うと、教えてやらないとでも言いたげに口元へ人差し指を立てた。
案の定サロメはカチンときたらしいが、サラが楽しそうだったから開きかけた口を閉じた。
昼食中、サラとルカは他愛無い話をし、サロメが時々相槌を打っていた。
ルカが会話の途中、何度も窓の外を見るので何かあるのかとサロメは睥睨している。
「おい、ルカ」
いつまでもそわそわしているルカに痺れを切らしたサロメは声をかけた。
「な、なんだよ…」
「さっきから何で窓の外ばかり見てるんだ?何かあるのか」
サロメの言葉に瞬間、ルカとサラの動きが止まった。
サラまで関わってんのか…と少し落胆するサロメ。
先ほどの内緒話か、と思い至り、2人の仲の良さに胸にもやがかかる。
「なんでもねぇよ。今日は曇ってんなーって思っただけ!」
「お父さん、そろそろ仕事に戻る時間じゃない?」
ルカの言葉はともかく、サラの言う通り時計を見ると休憩時間終了ぎりぎりだった。
「ちっ…もうこんな時間か。後片付けは任せたからな、ルカ」
全てお前がやれと言いたげな眼差しを向けられ、ルカはいやーな顔をする。
「はいはい。さっさと行ってらっさーい」
右手をひらひらさせながらめんどくさそうに言うルカに、サロメは拳で一撃を与えてから家を出た。
痛がるルカを宥めていたサラはふと、窓の外に淡い白を見た。
「ルカ、ルカ…!外見て!」
言われてルカも窓の方へ視線を向けると、外にちらほらと白い雪が舞い降りているのが見えた。
「やったぁ!てるてる坊主すげぇ!これで積もれば完璧!」
イスから立ち上がり、窓に張り付いて喜ぶルカをサラは楽しそうに眺める。
「本当にすごいね。ありがとうルカ。積もるといいね」
ルカの隣に立ち、少し目線の高いルカの目を見上げて言う。
視線が合うと恥ずかしそうに慌てながら、そうだなと優しい眼差しを向けてくる。
小さな胸の高鳴りを確かに感じながら、そうしてしばらくの間外を眺めていた。
時々ちらっとサラを横目で見るルカは、すぐ傍にある小さな手に触れようとタイミングを見計らう。
そして勇気と脂汗を出しながら触れようとした瞬間。
「あ!お皿片付けてないよルカ!」
サラの突然の声に驚いて出しかけた手を咄嗟に振り上げた。
「痛ってぇ!」
振り上げた先に窓枠があり、見事に直撃。
左手の親指以外、第二関節から先に激痛が走る。
「大丈夫!?」
サラが慌てて心配するが、痛みで声が出ない。
とりあえず冷やさなきゃ!とサラにキッチンまで引っ張られて水で思い切り冷やされた。
痛みと共に幸せを感じながら、涙目のルカはサラに手当てをしてもらったのだった。
「ごめんな、サラ…。結局後片付けやらせちまって…」
左手に痛み止めを塗ったガーゼを当て、上から包帯でぐるぐる巻きにされたルカはしょげながら言う。
キッチンで洗い物をしているサラは振り返って微笑み、いいよと返す。
開墾に浸っていると、片付け終わったサラがまた心配そうな顔をして戻ってきた。
俺が心配させてどうするんだよ…俺のバカ。
「まだ痛い?」
そっと包帯の上から包んでくるサラの手は優しくて温かくて。
一瞬で胸の内が熱くなるのを感じる。
不謹慎だが怪我もたまにはいいかな、なんて考えてしまう。
「もう大丈夫。サラが手当てしてくれたから。…あ」
何かに気づいたルカは、ちょっとはにかみながら隣に座るサラの顔を覗き込むようにして目を合わせた。
右手でサラのそれを上から包んでいった。
「包帯、おそろいだな」
いたずらっぽく笑ったルカに、サラは瞬間目を見開いてから頬を赤く染めた。
その反応に満足したルカはくすくす笑いながら窓の外を見る。
白い花は降り続いている。
寒さを想像すると、手の温もりが一層愛おしく感じた。
「何言ってるのよ、もう…」
少し俯いて呟いたサラの言葉は、静かな部屋にぽつりと落ちて、2人の心に波紋を広げた。
今だけは、左手に巻かれた包帯が絆に感じられる。
強く、強く、確かなものとして。
夜になる頃には雪は止んでしまい、夕食を食べるルカはだいぶ落ち込んでいた。
それを見てサロメは左手の包帯のせいだと思った。
サラの慰めるような視線を浴びていることから、大方何かしようとして失敗したのだろうと想像できる。
目でサラに問いかけるが、首を横に振って返されたので触れないようにした。
「だー!くっそ!なんで積もらないんだよ!降っただけじゃ意味ないっての!」
夕食を食べ終え、何とか笑顔を作ってサラに別れを告げて帰宅したルカは叫んだ。
「せっかくあんなに作ったのに…」
ぶつくさ言いながら部屋の窓へ視線を向ける。
カーテンに隠されて外は見えないが、帰り道に見てきた景色を思い出して溜め息が出た。
「てるてる坊主片付けるのめんどくさ…。吊るしたままにすればまた降るかな?」
風呂場に向かいながら1人ごちてみて気がついた。
…凍ってるかもしれない。
桃の木、結構キレイだったよな。
凍ったらもっとキレイになるか…も?
ぴかーんと頭の上に豆電球が光り輝いたルカは、さっさと風呂に入ってさっさと寝ることにした。
明日の早朝、桃の木を見に行くために。
「うっひゃあぁぁぁ!!」
翌日の朝。
陽が昇り始めた頃、ルカは桃園のある丘に来た。
昨日吊るしたてるてる坊主は雪の水分が寒さで凍り、山間から漏れる陽光に照らされてきらきらと輝いていた。
「…っ!!」
ルカは勢いよく丘を駆け下りた。
一刻も早くサラに見せたくて。
予定外だったけど、思わぬプレゼントができた。
サラの家に着き、サロメに見つからぬよう家の裏に回り込む。
寒さに震える手で窓を叩くと、カーテンの隙間からサラが顔を見せた。
時々こうしてこっそり家を抜け出して遊ぶことがあったから、サラは驚くことなく窓を少しだけ開ける。
「おはようルカ。どうしたの?」
「サラ!早く着替えて!いいもん見せてやる!」
空気の冷たさに少し身震いしながら、サラは首を傾げた。
だがルカが早く早くと急かすので、とりあえず窓とカーテンを閉めて着替えた。
そして隠し持っていた冬用の靴を履いて外に出る。
「大丈夫か?寒くない?」
厚めの黒いコートのボタンをしっかり閉じ、赤いマフラーもしっかり巻いたサラに問いかける。
肯定の頷きを返すと、ルカは手袋をしたサラの手を握り、早過ぎない程度の早足で歩き出した。
「ねぇルカ、どこに行くの?」
「丘!約束しただろ?雪が降ったら行くって」
「えぇ。でも積もってないよ?」
「いいんだ。だいじょーぶ!」
歩きながら会話し、ルカのテンションに未だついていけないサラは混乱しつつも、引っ張られるままについていった。
丘に着き、桃園が見えそうになった頃突然ルカが立ち止まって言った。
「サラ、目つむって。いいって言うまで開けちゃだめだからな」
言われるがままにサラは目を閉じ、支えてくれるルカの手を頼りに歩く。
暗闇に瞼を通す陽光と、すぐ傍に感じるルカの温もりがサラの胸を暖めてくれる。
不安や恐怖などちっとも感じなかった。
そうしてしばらく歩き、再びルカは止まり、サラもつられて止まる。
「もうちょっと待って…。あと少しでいいタイミングになるはずだから…」
サラの腕を掴んだままのルカが言い、辺りを気にしている様子が手から伝わってくる。
そして瞼に刺す光が強くなった瞬間。
「いいよ!目開けて!」
ルカの言葉にそっと開く。
「わ…わぁ…すごい…!きれい…!」
目の前に広がったのは桃の木に吊るされ、氷の結晶のように陽光に照らされて輝く、逆さまのてるてる坊主。
その色鮮やかな布が氷と光によって美しさを際立たせていた。
「キレイだろー!?昨日の夜、もしかしたらって気付いてさ、さっき見にきたらビンゴ!早くサラに見せたくってさぁ!」
隣で嬉しそうにはしゃぐルカ。
サラも桃の木にしばらくの間心を奪われた。
少しずつ昇る陽と共に空は青くなり、辺りが明るくなっていく。
この時間が少しでも長く、むしろ止まってしまえばいいとさえ思える。
2人の気持ちが同じ場所にあることを、感じずにはいられない。
昨日の包帯のように。
「そろそろ帰らないと、お父さんに怒られちゃうね」
すっかり陽が昇ったところで、サラが言った。
ルカは寂しさを露わに唇を尖らせる。
「あーぁ。あっという間だったな…。氷も溶け始めてるし。後で片付けなきゃ…」
不満を口にするルカを見てくすくすとサラが笑う。
片付け手伝うよ?と言ったが断られた。
「どうして?大変じゃない?」
「サラのために作ったんだ。本人に片付けを手伝わせるわけにはいかねーよ」
にっと笑うルカにまた胸が暖かくなりながら、わかったと答えた。
自分のためだと目を見ながら言われたせいなのか、空気の冷たさのせいなのか、サラの頬が少し赤らんでいた。
「さて、帰るか」
そう言ってルカはサラの手をとって歩き出す。
半歩遅れて歩くサラの手からぎこちなさが伝わってくる。
なんだか照れ臭くなって何も言えないまま、お互い家に着くまで無言で歩いた。
そんな2人を照らすように陽は静かに輝く。
この日の夕方、昼間てるてる坊主を片付けているルカを見た部下の知らせによって、その存在を知ったガランがルカの仕事場へ怒鳴り込みに行ったが、鍛冶屋の親方に邪魔だと言われ、ルカに会うこともなく引き返していったのだった。
おわり
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
初投稿で、色々拙いところが多々あると思います。
しばらくは既掲載のものを投稿すると思いますので、よろしくお願いします。
本文が幼さ満点でちょっと恥ずかしい……です。
使い慣れてない難しい言葉使いすぎてて。(笑)




