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騎士は奴隷の心を知らず

「おう、そこの嬢ちゃん二人ぃ。こんな夕暮れ時にうろつくなんざ危ねぇぜー?」

 耳障りで不快な声に今までの幸せな気分を全て台無しにされてしまった。姉さん達がみな動けない今、兄さんをほぼ一日中独り占めできた楽しい一日。朝から兄さんのお世話をして、恋人のように手をつないで、兄さんの服を選んであげて、一層可愛くなった兄さんと一緒に行きつけの食堂で二人きりでご飯を楽しみ、でも日が暮れて独り占めの時間が終わりが迫ってきていて一秒でも時間を無駄にしたくないのに、汚い塵の塊が5つも群れなして兄さんにまとわりつこうとしている。せっかくの二人きりの時間に。

「夜遊びがしてぇのかぁい? だったら俺達がイイところに案内してやるよぉ」

「ちげぇねえ! いこうぜいこうぜ!! ぜってえ気に入るからよぉー?」

「癖になっちまうかもしれねぇけどなぁ!? ギャッハハァっ!」

 ただでさえ汚濁に塗れた声を撒き散らしているにも関わらず、その自覚なく汚泥を重ねる汚物に対し、殺意が重ね塗りされていく。隣にいる兄さんを見ると、その真黒な目に恐怖が湛えられ、小さな手をふるふると震わせていた。

「な、なんですかいきなり! そこをどいてください!!」

 その震える手をボクの前に出し、庇って前に立つ兄さん。下卑た野郎共の目線が兄さんに向けられてしまう。

「おぉ、言うねぇ!!」

「可愛い威嚇して、妹を守ってるつもりかいぃ? かーわいいねぇ!!」

「俺ぁ、奥の妹みてえな少し気が強そうな女をひんひん言わせる方が好きだがなぁ」

 ニヤニヤと粘ついた視線を向けながらじりじりと近づいてくる塵共。周りにいる人達は巻き添えを恐れてかこちらを見るだけで動けていない。

「こ、これ以上寄るなっ!!」

 兄さんが一層大きな声をあげてサル共を追い払おうとしてくれる。

「おお、怖い怖い!」

「そんなに怖がらなくてもいいぜぇ?」

「別に痛い事する訳じゃねぇからなぁ!」

「最初はすこーし痛ぇかも知れねえがな!!」

「ちげえねぇ!! なに、すぐ気持ち良くしてやるから問題ねえよ!!」

 哄笑を上げながら兄さんとボクの躰を欲の詰まった視線で穢してくるサル。

「それじゃあそろそろ行こうぜ?」

「そこの裏あたり人目につかなそうじゃねえか?」

「決まりだな、それじゃあ行こうぜ嬢ちゃんがた?」

 いよいよ男の一人が兄さんの手に掴みかかろうと腕を伸ばし、ボクの頭にも垢まみれの手が迫ってきていた。




――ボクは一息に兄さんに掴みかかるサルに接近しその身体を蹴り飛ばし、腕を踏みつけへし折ってやった。




 ボクを捕まえようとしていたサルはボクを見失って困惑し、兄さんに触れようとした愚かなサルは身体を仰向けにしたまま、前に伸ばした腕が折られた事を理解しきれていなかった。

「あ、アアアアアアアアアアアアアッ!? う、腕がああああああああああああああっ!!?」

 自身の状況を把握したサルが醜い叫び声を上げはじめる。出来るなら兄さんには聞かせたくない声だが、姉さんが以前豚を処理している手前、何度も屠殺を行うわけにもいかない。

「て、手前ェっ!!」

 サル共が怒りに身を任せ、刃物を取り出しボクに斬りかかってくる。そんな素人に毛が生えたような殺意と太刀筋にボクがつかまる筈も無い。一体を蹴り飛ばし、その隙に刺突を繰り出してくるサルを躱し、同じように地に倒してやる。その間に兄さんに近づこうとしていた二体のサルに接近し、脳天に踵を落としてやり、もう一体に足払いを仕掛け、頭を踏みつけてやった。一瞬で五体のサルを無力化した状況に、周りで様子を見ていた人達も呆気に取られているようであった。

 さて、よくもサルの分際で兄さんを穢そうとしましたね? 怒りと殺意を視線に込めてをサルにそう言い放つと、サル共は地に這いつくばった身体を震わせ、股に染みを作り始めた。なんとも情けない反応だ。最初に倒れてうずくまった男にゆっくりと近づく。近くに立てかけてたあった鉄の棒を手に取り、這いずりながら離れようとする男の頭を足で踏みとめる。

 兄さんを穢そうとするのもその性欲に塗れた塊が付いてるからですよね? こういった屑は例えボク達が見逃したとしてもそのうちに同じことを繰り返すだろう。また兄さんを危険な目に晒す訳にはいかない。ここは原因を断つのが一番だ。

「ま、待ってくださいぃ! ゆ、ゆるじてぐだざいぃ!! なんでもじまずうううう!!」

 醜い。そんな無様な命乞いをするくらいなら初めから馬鹿げた真似をしなければよかったのに。




――ボクはサルの性欲に向け手頃な力で手に持った鉄の棒を振り下ろした。




「へ」

 潰れた蛙の様な声を短く上げてサルは意識を失った。手加減はしたので死んではいない。ただし、善良な人を路地裏に連れ去って行うような真似は出来なくなるだろう。ボクは残りの四体のサルを見下ろす。サル共は顔を真っ青に染め上げ、別に命まで取る訳でもないのに途端に命乞いを始める。もちろん今のサルと同じ状態になる事は決まっているが。次いでボクは兄さんの方に顔を向ける。兄さんも青ざめた顔をしてボクを見て、身体を震わせていた。さぞかし暴力的な五匹のサルに囲まれた事は怖かったであろう。ここは早く安心をさせてあげないといけない。ボクは残りのサルの処理を急ぐことにした。




 その日、醜いサルの性欲が五匹分この世から消え去った。




 処理が終わった後、騎士団に気絶したサルを引き渡し、ボクは兄さんに寄り添いながら帰路についた。周囲の人もこのような暴力沙汰があったからか、気分が優れないような表情を浮かべながらこちらを見つめていた。時折ジッとボクを見つめるような視線を感じたが、特に害意があるようには感じなかったので兄さんを優先することにした。家に戻った後、兄さんを部屋までエスコートしお疲れであろう兄さんをベッドまで運んであげる。大分顔色も良くなってきた兄さんを労り、優しくベッドに下ろす。横たわった兄さんは疲れからか何かを話すことなく目を閉じた。お疲れであろう兄さんにお休みいただくべく、部屋を出ようとしたボクに、後ろから声がかかる。

「ねえ、レオ」

 そう問いかける兄さんにボクは振り返り答える、何かありましたでしょうか、兄さん? 兄さんからの次の言葉をじっと待つが、こちらを見つめた兄さんはしばらく何も答えず、首を少し横に振った。

「ううん、なんでもない」

 少しその兄さんの反応に疑問を抱いたが、兄さんがなんでもないとおっしゃるのであれば、ボクはそれに従うのみ。そのまま部屋を退出することにした。




「で、レオン? 貴方が付いていながらお兄様をそのような目に遭わせてしまうとは何事です」

 部屋を出た後、待ち構えていたリーナ姉さんに詰問され、一応納得はしてもらったものの弛んでいると言われた上、訓練の名目で姉さん達からキツく襲いかかられてしまったのは仕方の無い事だった。

(この話男しかいないね)

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