手紙は奴隷に案を示す
ひどい疲労感を感じ、馬車に乗るとすぐに眠ってしまい、気がつくともう馬車は邸宅の前にたどり着いていた、行きは良く見えなかったが、じっくりと見るとかなり大きい家だった。食堂も広大で、使用人が数多く働いていたこの家は貴族が住む豪邸といったものだった。玩具として貴族に買われた時に出入りした屋敷と同程度のそれが自分の妹達の帰る家となっている事に少しだけ違和感を感じた。彼女達は僕のいなくなる前とは違う、『英雄』なのだ。相応しい所に住み、相応しい生活をしなければならないのだろう。そこが僕の戻る家で、彼女達の生活が僕の生活となる事に心のどこかで引っかかりを感じた。僕は妹達とは違って『英雄』でもなんでもない。つい先日までただの奴隷であった僕にとって、目の前の建造物は大きく見えすぎた。
僕が降りる前にリーナ達は先に降りていた。乗る前と同じく、首に他人(僕)のものである証明の首輪をつけ、それでも凛とした雰囲気を崩さずに颯爽と降りる実妹はそこで僕の手を取ってエスコートしてきた。礼を言うと柔らかく笑みを浮かべて、「当然の事です」と一言だけ口にした。ミリアとシンシアはその後に馬車から降り、それぞれが先に屋敷の中へと入って行った。
「にぃに、頑張ってご飯、作るから」
ミリアはこれから晩御飯を作るのだという。リーナに聞いた話ではミリアはこの屋敷のメイドを取り仕切るほど家事万能であるそうだ。「私はからきし駄目ですので羨ましいです」
残念そうに呟いた妹を見るに、どうしようもならないのだろう。奴隷になる前もリーナは家事が得意ではなかった事を懐かしく思い出した。一緒に行ったシンシアはどうやら、謁見後に言っていたご褒美の準備をするらしい。あまり良い予感はしなかったが、「レン君のために頑張るからね!」と意気込んで家の中に入る彼女を見ていると要らないとはとても言えなかった。
最後まで馬車に残っていたのはエリスだったが、彼女は一人では降りられなかった。馬車に乗るまで恍惚として僕に尻を叩かれていた彼女は椅子に馬車を下ろすと僕にご褒美を求めてきた。それに僕の身体が勝手に反応して、彼女のべたべたした下着に包まれた股に蹴りを叩きこむと、彼女は恍惚とした笑顔で一際大きな嬌声を上げひどく痙攣を起こしながら馬車の床板を汁で汚し、意識を失い動かなくなった。
「淫乱マゾ奴隷のエリス姉さんを一蹴りで満足させるなんて、やっぱり兄さんは素晴らしいです」
隣に座ったレオンが僕を称賛した。銀髪を揺らしながら、光る緋の目を僕に向けて笑顔で下品な言葉を放つレオンを見て強烈な違和感を覚え、限界を迎えた僕は意識を失った。彼女は全員が馬車から出た後にメイドさん達によって運び出されていた。
「お兄様、お食事の用意が整いましたらお呼びいたしますので、お部屋でゆっくりなさってくださいませ」
屋敷に入るとリーナがそう告げた。リーナはどうするのかを聞くと、どうやらこれからレオンと訓練をする時間らしい。てっきり晩御飯までずっとべったりで何かされるのではないかと思っていたので少し息をついた。これがどうやら駄目だったようで、
「もちろん夜は精一杯ご奉仕いたしますのでご期待ください」
リーナの一撃に動揺で答えてしまい、その言葉から逃げるように与えられた部屋に戻った。
自分の部屋を探すのに少し戸惑ってしまったが、メイドさんに場所を聞きながらようやく部屋にたどり着いた。掃除が行き届いた部屋のベッドの上に横たわり、その感触を確かめて身体を休める。奴隷の時は毛布が一枚有れば贅沢だった。こんな寝具に眠る事が出来るのは貴族に抱かれる時位だった。ふと自分の妹たちの事が頭をよぎった。彼女達は僕を奴隷のまま、己の所有者として広く知らしめてしまった。僕を主人としつつも、僕は彼女たちの思うがままに身の回りの世話をされ、着るもの、食事、寝床の不自由ない生活を送ることになった。もちろん贅沢な事だと頭の中では分かっている。でもどうしても、どういう訳か、乗っているベッドから漂ってくるかのように抱かれた貴族の顔が脳裏に焼き付いていた。
虚像を振り払い、顔を横にすると、そこには一通の手紙が置いてあった。手に取ってみると、表には『レン様へ』とだけ小さく書かれていた。疑問が浮かび上がる。僕の妹達は僕をレン様などとは呼ばない。つまり、これを書いたのは妹達ではない。だとすると、誰が書いたのだろうか。疑問が不安になり、恐る恐る封筒を開ける。そこには綺麗な文章で、その上簡単な文章がつづられていた。
『レン様へ
お元気でしょうか? いまいましい奴隷生活から抜け出され、好ましくはありませんが『英雄』の下で生活をお送りになっていることを嬉しく思います。
さて、このお手紙を差し上げました理由でございますが、このたびの謁見の内容を拝見しまして、余りにも『英雄』達のレン様への待遇がひどいものでしたので、私が辛い思いをされていらっしゃるレン様と妹様方の手助けをさせていただこうと思いましてご連絡を差し上げました。思いますに、今の妹様方はお兄様にお会いできなかった反動でとても強引にレン様と仲良くなろうとしていると思われます。ですが、このままではいずれ彼女達は必ずレン様のご意思に反して、レン様にをまたお辛い目に合わせてしまいます。その証拠が未だに外されない首輪でございます。その首輪を外す力を私は持っております。そこでですが、私の下でいったん暮らしていただき、妹様方が落着きを取り戻した頃にお戻りのなるのはいかがでしょうか? レン様さえよろしければ直に準備をいたします。ご心配は不要です。私はレン様のお好きなようにしていただくつもりでございます。
数日後にまたお手紙を差し上げます。レン様と、妹様方の為にもお考えください。いつもあなたを見ています。』
差出人名は書いていなかった。いったい誰が書いたものなのだろうか。差出人は少なくとも謁見の内容を知っている。それだけでも限られるのに、それでいて屋敷の中に、妹達に気取られずに僕の部屋に手紙を置いておくことができるような人だ。明らかに一般の人ではない。僕の事をよく知っている、僕の知らない人。開封前よりも背筋が凍りつくように寒くなっていた。だが、差出人の言葉は十分に理解できるものだった。妹達に害意は無いが、確かに強引に進められている感じはしている。それに妹達の僕に強いる行為は家族にするものではなかった。あれはまるで、最近まで見ていた性奴隷達のようだった。このままでは取り返しがつかなくなる。そうは思っていても、奴隷の首輪のせいで自分にはどうにもできなかった。手紙の内容はそんな僕にとっては渡りに船なのだ。差出人さえ分かればすぐに返事を返せると思うほどに。逡巡の後、手紙を見直そうと視線を下した先にあるはずのそれは忽然と姿を消しており、僕はそれ以上の思考を中断せざるを得なかった。
数日後にもう一度手紙が来るらしいので、その時まで考えてみようと心の中で決め、少し休んだ後、多少の元気を取り戻した僕は、リーナ達が訓練をしに行ったことを思い出し、見学に行くことにした。『英雄』と呼ばれた彼女達の力を見てみたくなった。屋敷の部屋を出て、階段を降りると、場所はすぐに分かった。中庭で剣を振る妹と弟が見えた。中庭に足を踏み入れると、剣呑な雰囲気が伝わってきた。先程遠目で見た姿よりも迫力をもった二人が打ち合っている。
「レオン、覚悟はいいわね?」
いつも聞いているリーナの声よりも低い刺さるような冷たい声がレオンに向けて放たれる。
「姉さんこそ、痛い目にあいますよ?」
対するレオンもハッキリとした威圧感をのある声を上げ、姉に向けて剣を向ける。
「言ったわね」
次の瞬間にはリーナの体はレオンの眼前にあり、必殺の一撃が首に叩き込まれようとしていた。しかしそれを見切っていたかのように紙一重で避け、レオンが脇に向け横薙ぎに剣を振った。当たる直前にレオンが退きリーナに剣は当たらなかった。リーナが勢いを載せてレオンに蹴りを放っていたのだ。互いに一歩退き、様子を見ている。
「いつもより冴えてるんじゃない?」
「不恰好になるわけにはいかないですから」
牽制するかのように軽口を言い合う二人。再び斬り合いを始める。今度は鍔迫り合いから、順番が決まっているかのように交互に攻撃を仕掛ける様は演劇の様だった。
「もらった!」
両者が同時に声を上げ互いの必殺が同時に放たれる。その瞬間を僕は見ていなかった。
「にぃに、ご飯、できたの」
くいくいと僕の服の端を握ってミリアがご飯を伝えてきていたからだ。僕は彼女のお礼を言い、頭を一撫ですると、彼女は嬉しそうににゃあ、と鳴いた。二人に視線を戻すと、不満気な顔をした二人が剣を戻していた所だった。どちらが勝ったのかはわからなかった。二人にも声をかけたミリアが僕の腕を引っ張り食堂へ歩き出す。どことなく嬉しそうに歩くミリアに対し、後ろの二人はどこか先程の雰囲気が抜けていない気がする。
食堂前についた。やはり扉からして広いので気後れしてしまう。紛らわすようにミリアに今日の献立を尋ねてみる。
「入ってからの、おたのしみ」
耳をヒクヒクさせながら彼女は答えた。気は紛れなかった。仕方がないので扉をさっさと開けて中に入ることにした。
紐のような黒い下着を身につけたシンシアが、肢体に料理を沢山盛られ、僕に優しく微笑みかけていた。
一般的にストーカー現る




