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英雄は奴隷に首輪を貰う

 すごく、大きい。

 目の前にある巨大な建物に対する感想として一言口から漏れた。分厚い石で組み上げられた視線のはるか先まで見える壁。その上から小さく見える王城の一部。他の家とは一線を画するその建物はまさしくこの国の長の住まいとして文句の無い存在感を放っていた。

「お待ちしておりました、皆様。王がお待ちです。……失礼ですが、そちらのお嬢様は?」

 門番の中でも地位の高そうな男の人が妹達に敬礼をし、エリスの抱き枕となっていた僕と目があった。お嬢様とは、ひょっとして僕のことだろうか。貴族の慰み者だった時の事をふと思い出す。彼らは様々な性癖を持っていたが、多くの貴族が一回は僕に女性用の、夜伽に使われる類の服を僕に着せてきた。服を乱暴に引き裂いて嫌がる僕に襲い掛かる男女。あるいは少女の見た目の僕に自らの体を責めさせる者もいた。どちらも酷く屈辱的で苦痛を伴うものだったけど、今は痛みを全く感じなくった。リーナ達に再会できたからだろうか。あたりを見回すと、シンシアは先程からずっと羨ましそうに僕と、僕の後ろで文字通り僕の椅子になり僕を抱きしめているエリスを見つめている。僕の膝の上に手と顎を乗せて嬉しそうに鳴いているミリアの髪を無意識に撫でると、シンシアの目が更に羨望の色を強めた気がした。リーナが先程僕が気にしていることを口から出した衛兵長と向かい合っている。

「こちらにいらっしゃる方は私達の最愛のお兄様です。今回の一件に関し、最も重要なお方ですので御足労願いました」

 リーナが僕について説明をしているが、どうやら衛兵長は頭が追いついていないようだ。それもそうか、と思う。先の大進行の英雄であり、帝王から姓を賜る程名を上げた彼女の口から目の前にいる小さい子供のような奴が自身の兄であるなどと言われたら驚くに決まっている。

「お、お兄様……?」

 衛兵長は未だに戻ってこれないようだ。「男……?」などと信じられないものを見るかのような目で僕を見てくる。そんなに英雄の兄の存在は衝撃的だったかと僕は思い込むことにした。

「お兄様がいらっしゃることに何か不都合なことでもございますか?」

 リーナの目が細められ、あたりに一気に剣呑な雰囲気が撒き散らされた。先程まで気を緩めていたシンシアから、僕の頭を撫でていたエリスから、そして僕が頭を撫でていたミリアから。先程まで優しさに溢れていた妹達が一瞬で豹変した。この時、僕は初めて「英雄」と呼ばれる彼女達に対面したのだと肌で思い知らされた。僕の体がガチガチと震え始める。側でさえこうなのだ、直に浴びせられた衛兵長はさらに酷いことになっているだろう。妹達が怖いとさえ思った。そんな震える僕に気づいたのか、ミリアとエリスが僕を抱きしめていた。肌から直接伝わる暖かさと彼女達の匂いが強く届いて、僕の心が徐々に落ち着いてきた。そんな僕に、後ろからエリスが僕の頭を撫で、ミリアが僕の膝に頭をすりつけていた。既に辺りから剣呑とした雰囲気は失われ、日常の城門と非日常的な失禁をして地面にへたり込んでいる衛兵長が残された。

「それでは、通していただけますか?」

 微笑みを浮かべるリーナに対し、衛兵長は震えるだけだった。



 城内に入ると、ずらりと二列の侍従の集団が絨毯の道の脇に控え、僕たちを出迎えた。気圧されしてしまい、思わず近くにいたシンシアのローブの裾を掴む。彼女はそれに気付くと、僕の手をローブから外し、自身の手とつないだ。僕に優しく微笑みかける妹の姿に、情けないながらも安心し、気分が落ち着いた。先程まで上機嫌だったエリスとミリアと、先程からあまり機嫌は良くなかったリーナのいる前方から門の時より重くはないが怖い雰囲気が漂ってきている。侍女の一人に案内された先には二人の煌びやかな鎧を身に纏った騎士が待っていた。

「お待ちしておりました、『英雄』の皆様。先程は衛兵長が失礼をいたしましたことを先ずはお詫び申し上げます」

 頭を下げる騎士二人に対し、リーナが手を二回振る。やはり機嫌が良くないようだ。それを察したのか分からないが、騎士は何も言わずに僕達を更に先へと案内し始めた。それからまた少々歩いたところ、もう少し前方に大きな門が現れた。他の扉の大きさと比べると明らかに大きいそれが帝王のいる間なのだろうか。扉の前には兵士が三人控えていた。

「『英雄』の皆様がいらっしゃった。扉を開け」

 騎士の一人が兵士に告げると、一人が廊下を走って行った。これから謁見が始まるのだと思うと、やはり緊張してしまう。

「レン君、レン君は何にもしなくても大丈夫。お姉ちゃん達がぜーんぶやってあげるから、お姉ちゃん達に任せるだけでいいの」

 僕の背中を優しく叩くシンシアの言葉に、息をゆっくり吐いて呼吸を整える。今度こそ大丈夫、気持ちの整理ができた。見上げてシンシアに礼を言うと、彼女は僕の頭をゆっくりと撫でた。

「うん、レン君はいいこさんだね。帰ったらお姉ちゃんいっぱいご褒美をあげちゃうから楽しみにしてね」

「申し上げます! 『英雄』の皆様がいらっしゃいました!」

 先程の兵士の声と共に、謁見が始まろうとしていた。




 日が徐々に沈もうとする頃、僕達は城門の前までやって来ていた。

「お兄様、お疲れ様でした」

 リーナが労いの言葉を僕にかける。確かに、とても疲れた。特に精神の疲れが酷い。

「にぃに、大丈夫。心配しないで」

 ミリアが心配気に僕を見つめる。アレで大丈夫ならば何でも有りのように感じてしまう心を抑える。

「そうよ、レン君。アイツならむしろあれぐらいしないとダメなの、だから気にしないで? ほら、早く帰りましょ? ご褒美が待ってるよ?」

 シンシアも僕を元気付けようと必死に声をかけてくるが、死ぬかと思った僕にはあまり心に響かない。

「そうですよ兄さん。今日はお疲れでしょうから早く帰宅しましょう。早くお体を洗ってしまいましょう」

 謁見の時に戻ってきたレオンも僕に帰宅を提案する。本当に、早く帰りたい。

「はぁっ、に、兄様、お疲れ様っ、でしたっ」

 息を荒げながらも労ってくれるエリス。うん、本当に疲れた。辺りには一面僕たちの姿を見つめる人が沢山。そんな集団の間を通り、絨毯の上を進み、馬車を目指した。

 四つん這いになったエリスの背中に跨り、彼女につけた首輪の紐をひっぱり、尻を叩いてフラフラの彼女を前に進めさせ、残り四本の紐で同じように四足で這いずり付き従う弟妹の首を引っ張り、迎えの馬車のいるところまで妹達を散歩させながら、僕は確かな疲れを感じていた。

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