商人は奴隷の存在を気取る
その日の街の大通りはいつもとは違う賑わいを見せていた。石畳で舗装された、今の帝王の施策により整備の行き届いた道の端には近所の住人が皆揃って集まっていた。私もその中の一人で、自分の仕事の店を放り出してここに来ている。今日、ここには一台の馬車がくる事になっていた。その中の人を一目みようと、様々な場所から人が押し寄せていた。どのみち通りに面した私の店は商売になどならないのだ。ならば、諦めて観衆に混じる方が有意義な時間になる。
『英雄』が今日、帝王に謁見する事になっている、と言う話が広まったのは昨日の話だった。どうやら『勇者』リーナ様がここから少し離れた町で貴族の一人を斬り捨てたらしい。その後、貴族に弄ばれていた奴隷を抱え、途轍もない速度でこちらに戻ってきたとのことだ。この国の法では、上の者に無礼を働いた物を斬り捨てることを許可している。今回の場合だと、貴族の方も身分は高かったが相手は今民衆の間で最も人気のあるテリングワース家、しかもその筆頭だ。高位の貴族にもなっているので、斬り捨てた事にお咎めはないはず。だからと言って、理由も無く貴族を一人殺害したのならば流石によろしくはない。だから今回、謁見でその理由を聞き出すことになっているらしい。街の噂が広まり、王城までの道にこうして人が集まる事態となっていた。
しばらく道で待っていると、王城と反対側から悲鳴のような歓声が聞こえてきた。どうやら馬車がやって来たようだ。こう言った場面ではいつも『英雄』の方々は我々に顔を見せてくださる。今回も中から数人が顔を出し、手を降ってくれている。まず顔を出してくださったのが『風姫』ミリア様。一番年下のミリア様は物静かな印象をお持ちの猫獣人だ。いつも給仕の服を着こなしていらっしゃるが、ミステリアスと幼さが混ざり合った魅力を持つ彼女にとても映えていらっしゃる。私としては一生懸命食事を作ってくれ、食べている時にそっと甘えてくれたりしてくれたら落ちない男はいないと思う。まあ、そんな野郎は若い男衆に痛い目に合わされそうだが。続いて顔を出してくださった『賢者』シンシア様。何と言ってもとても整ったお顔にワガママな肢体を持ち、ケダモノのようなオス達には目に毒なのだ。そして彼女の耳は尖っていて、それが一層怜悧な雰囲気を強調している。そんな外面通り、話し方も要点を簡潔に述べるような、聞き手にとって事務的にすら感じるようなものらしい。私はもう数十年は道具屋の店主をやっているので、人を見る目はあると自負している。そんな私の直感では、シンシア様のような性格のお人は外面や話し方に反し、親しい間柄に対する愛情は深いのだ。想い人には奉仕的に尽くすタイプで、いつものクールさとは異なる顔を見せるはず。シンシア様に深く愛されて、あの欲望の具現とも言えるあの躰を好き勝手できるような輩が現れたりした日には、私だってそいつを憎むくらいには衝撃を受けるさ。
シンシア様の後に見えたのが、リーナ様。ここで歓声が一際大きくなるのがわかった。一番人気が高いのはリーナ様である。そのお姿は、一言でいえば選りすぐり。シンシア様の色気、ミリア様の幼さ、今はまだお見えになってないエリス様の神々しさ、そしてレオン様の誠実さを全て併せ持つ美姫、それがリーナ様と言えるのだ。そんなリーナ様を知っているからこそ、貴族を斬り捨てた件については余程の事があったのだろうと私には推測が出来た。先程まで色々と性格について考えていた私ではあるが、リーナ様だけはさっぱり見当がつかない。話し方は礼儀正しく、表情も豊かだが、どんな性格かを想定することが出来ないのだ。もちろん、妹達全員に慕われている彼女の性格が酷いはずはないのだが。それだけ分かれば、彼女の心を手に入れた男はいつか夜道で刺されそうだと自信を持って言える。
リーナ様の後には誰も出て来ず、馬車が王城へと向かって行った。珍しい、こういった場面ではエリス様とレオン様はお顔を見せてくれることが殆どだった。今回はいらっしゃらなかったのだろうか? 仕方が無いので店に戻ることにした。周りにいた面々もそれぞれバラバラに散って行く。エリス様とレオン様を見れなかったのは非常に残念だ。エリス様は身の回りに神聖な雰囲気をいつも湛えているお方で、私が彼女の体に邪な感情を抱いた後はいつも罪悪感が襲ってくる。それとは別に神聖な彼女を思い切り自分で染めて穢して見たいとも思うのだ。店に戻り、店内の一角に目をやる。この街では恐らくウチでしか取り扱っていない道具が並べられている。いわゆる、大人の玩具、夜のお供だ。あまり大々的には売っていないため、今の所知る人ぞ知る、と言った売れ行きである。この道具を使ってエリス様を思う存分いたぶりたい。私だって野郎なのだ、ケモノとは毎日のように戦っている。私は一つため息をついた。
気の抜けたちょうどその時にドアにかけた鈴の音が聞こえた。お客さんが来たようだ。入り口の方に目をやった私は、そこで絶句をすることになった。
目の前には、騎士の礼服に身を包み、穏やかな表情を浮かべてこちらを見ている『英雄』の一人がいたからだ。一目見て、叙勲を受けたばかりの新米の女騎士を想起させるその幼い顔に華奢な体。必ず一度は女性と勘違いする彼は、『剣鬼』レオン・テリングワース。唯一の男の『英雄』だ。
「すいません、商品を見せて頂いても宜しいですか?」
礼儀の正しい問いかけに首を縦に振ることでしか答えられない。近くで見る彼はあまりにも綺麗で、可憐だった。そんな私を見た彼は「ありがとうございます」と一言、そのまま目当てのものを探し始めた。それにしても、他に上等な店など山のようにある中で、なぜうちの店にいらしたのだろう? うちの店で特別なものなんて、と其処に思考が辿り着いた先に一つだけあった可能性に至った。まさか。そんな期待を裏切るように、彼は大人の一角に、目当てのものを見つけてしまった。それを持ってくる彼。その手にあったのは、首輪。五つ並べられたその首輪は、女性を家畜か愛玩動物か、奴隷のように扱う夜伽に用いるもの。まさか、レオン様は既に自分の姉妹に手を? 無礼を承知で少しだけ尋ねてみたところ、彼は顔を真っ赤に染めて顔を隠した。
「い、いえ!? ボクにはそんな恐ろしいことできませんよ!?」
そのお言葉に少しだけ安心したが、ちょっとだけ『英雄』全員で睦まじく絡み合う姿を見てみたかった気持ちが残る。なにせ、一見すると全員が女にしか見えないから禁断の何かを感じてしまう。男はそういうのにも弱いものだ。
「ありがとうございます。また来ますね」
そうおっしゃって首輪を買った彼は店を出た。社交辞令であったとしても嬉しいものだ。なんせ『英雄』の一人の言葉だ。彼の姿を今一度思い浮かべる。噂では彼の異名『剣鬼』は最初性別を間違った帝王により受けた異名『剣姫』が転じたものだとか。実際にあった私にはその気持ちが痛いほどわかった。アレは仕方ない。間違う。そんなことを実感しつつ、私は先程から何か引っ掛かりを感じていた。彼がいた時から感じた微妙な違和感、それに気付いたのはその日の夜、在庫の整理をしていた時だった。私は思いついた可能性に身震いした。
『剣鬼』は人間用の首輪を『英雄』と同じ五人分買っていったのだ。




