魔女は奴隷の全てを知る
孤児院に二人の子供が連れてこられた時、私は7歳の時だったと記憶している。
私よりも小さく、幼い顔立ちをした子と、同じ年、同じくらいの背丈で小さな子の後ろに隠れる子。前の子供と後ろの子は兄妹らしい。名前は後ろの子がリーナ、前の子がレンとそれぞれ名乗った。その時の私は、リーナちゃんには悪いが、レン君にしか意識が向いていなかった。妹をかばうように前に立ち、見たこともない場所で必死に立ち振舞う彼を見た時、私は強烈な欲求を感じた。彼の目は護るべきものを護る力強い意志が感じ取れたが、今まで彼自身を護るものはいなかったのだろう、その中にひどい不安の色が濃く混じっていた。
ああ、この子には護られる事が必要なんだ。私は数回の会話でそう感じ取った。女の私や妹よりも体の小さい、年齢も一つ上のレン君は私の幼い庇護欲を駆り立てるには十分すぎるものだった。
「リーナをよろしくね、シンシアちゃん」
あくまでも妹を優先させるレン君。その答えとして、私は決意の言葉を投げかけた。今でも続く、私の誓い。
――わかった、私がお姉ちゃんになってあげる。よろしくね、レン君。
それから数年、レン君もリーナちゃんもこの孤児院に慣れ、エリスちゃんや新しくここに来たミリアちゃん、レオン君も加え、楽しい時を過ごしていた。あの日が来るまでは。
あの日レン君はいなくなって、私達はひどく狂乱した生活を送る事になった。特に実の妹のリーナちゃんはひどいものだった。何かに取り憑かれたかのように毎日レン君を探し求めていた。私も似たようなものだったのだろう。幼かった妹達はレン君がいなくなってからは泣いてばっかりの日々だった。そんな私達を救ってくれたのが師匠だった。
「それなら、私があなた達に力を与えましょう。ついて来れるのならね」
私達に師匠は厳しい修行を課した。まだミリアちゃんに暗殺や諜報の技術を、レオン君には岩をも断つような剣の修業を、エリスちゃんに大怪我を癒す治癒の魔術を、リーナちゃんには私達全員の技術を。私に与えられたのは圧倒的な魔術の知識と技術。師匠に教えられるまま、私は爆発を起こし、洪水を放ち、風で切り裂き、土で大波を起こせるまでになった。エリスちゃん程ではないけど治癒の魔術も扱える。その中でも、私が得意としていたのは精神魔術だった。相手の意識の中に入り込み、記憶をいじる事まで可能にするある種の非道の魔術。その気になれば周囲の存在に干渉し、発狂させ死に至らしめることだってできる。それほどの力を私達に教えた師匠は最後まで素性がわからなかった。ある日、忽然と姿を消してしまったのだ。それ以来、私達は彼女には一度も会えてはいない。
それから、大進行が起きるまで、私達は自身の修業をより高め、より強い力を求めていった。全てはレン君を取り戻すために。大進行の際の予言に私達が現れ、私達だけで戦場に駆り出された時は半ば死を覚悟していた。辺り一面魔獣、魔物の群れで埋め尽くされていたから。リーナちゃんの一言で逃亡を決めた私は、撤退の為に集団に向け足止めの爆発を起こした。そんなに力を込めていなかったのにもかかわらず、何百もの魔物がその一撃で倒れた時、私達は普通の存在では無くなっていた事にようやく気がついた。それこそ、予言に現れたような、英雄になることだってできる。そうなれば、レン君をもっと簡単に見つけ出せる。広がった可能性に私は心を躍らせ、群れの掃討を始めた。
大進行を終息させ、私達は『英雄』となった。私にも『賢者』などと言う二つ名がつけられたが、正直そんな形だけのモノをもらってもなんとも思わない。私達が欲しいのはあの時からずっと変わらずレン君だけだった。王国との折衝はレオン君に任せ、私達は全員レン君の行方を捜した。国を超え、川を渡り、隅々までレン君を探し回った。
努力の甲斐あって、ついにリーナちゃんがレン君を見つけ出した。国内の都市にいたレン君はその幼く整った容姿から様々な場所で雄豚や雌豚の慰み者にされ、汚濁で穢されていたという。そんな雄豚の一匹に連れまわされていたところを発見し、雄豚を殺してすぐさま連れ帰ってきてくれたそうだ。
私がレン君と再会した時は、既にエリスちゃんによる治療が終わり、ミリアちゃんが新しい服を着せてくれていた。感動のあまり涙が止まらない私にリーナちゃんがこう言ってきた。
「シンシア、お兄様はおいたわしい事に下種共から凄惨な虐待をお受けになっている、お兄様にこれ以上苦痛を与えるなど私達には到底考えられないでしょう?」
つまり、リーナちゃんは私にレン君の精神を補強、あるいは改竄してほしいと言ってきた。もちろん私はそれに応じ、レン君の中を読み取ることにした。中にあったのは、長い長い恥辱の記憶。私の中で激情がより強く渦巻いていく。私はその記憶の中に出てくる豚共の名前、容姿をしっかりと記憶に焼きつけ、皆にも伝える。その顔には私と同じような憤怒の表情が見て取れた。この豚共は絶対に、許さない。レン君が落ち着いた後に駆除の話をする事になるだろう。
仕上げにレン君の中にある記憶を全て調整する。記憶を消してしまうと逆にレン君に苦痛を与えてしまう事になりかねないので、私はその恥辱の記憶をレン君があたかも本に書いてある事実のように苦痛を感じることなく思い出すように調整した。これで眼を覚ましたレン君は記憶に苛まれる事はないし、私達の躰に恐怖を感じる事もない。私達はレン君を寝かせ、一度部屋を出る事にした。部屋を出た後、私はひそかに躰をくねらせ、静かに悦に浸った。レン君の記憶を全部見る事ができ、さらにレン君の記憶を他でもない、私自身が手に取る事が出来たのだから、歓びで躰がゾクゾクとするのは避けられなかった。
それからちょっと時間がたった後、私は一人でレン君の部屋に入った。レン君に逢えた事で今まで潜んでいた癖が再燃を始め、体が勝手に動いてしまった。レン君の元まで行くと、微かに発情した女の匂いがした。恐らくリーナちゃんかエリスちゃんも今まで抑えていた欲求が暴走してしまったのだろう。ここに来た私がそれを咎める事は出来なかった。
私はレン君の布団をまくりあげ、彼の頭の辺りや股のあたりを念入りに探った。そして、枕に付いているレン君の髪の毛を慎重に手に取る。レン君の体の一部が手に入り、私の体が喜びで埋め尽くされる。恐らく先程来た妹も同じような感覚に陥っただろう、途方もない愉悦。私は、レン君と出会ってから、彼に対する庇護欲、愛情を歪んだものへと組み変えてしまった事を自覚していた。その中で生まれた癖が、レン君の体の一部を収集する癖。レン君の匂いや汗の付いた下着、レン君の髪の毛、レン君の一部が付いた物なら何でも集めていた。その習慣が今、レン君を目の前にして再び湧きあがった。私は布団に頭を突っ込み、レン君のパンツを引っ張り上げて中身をのぞきこんだ。生えていなかった。レン君の体は異常だった。子供のまま、成長せずに、年齢だけ重ねているかのようだった。今までの体験が成長を阻害したのかも知れない。ただ、それだけでは説明が付かず、結局今のところ理由はわからなかった。無いものは収集できないので、仕方なく私はレン君の髪の毛だけを持って自分の部屋へと戻る。布団の中に潜り、レン君の髪の毛を口に含む。この時の快楽は、昔味わったものよりも遥かに強烈になっていた。 体中が歓喜して、天国にいるかのような多幸感が噛むたびに波のように襲い掛かってくる。その波に呑まれ意識を失ったのは髪の毛を全て口に含んだ後だった。
「シア、起きて、ねえ、シア」
声がしたので眼を覚ますと、レン君が私の体を優しくゆすって起こしてくれていた。長い間見ていなかったその黒い瞳をのぞきこむと、そこには誓いを立てたあの日と同じ、庇護を求める幼子が見えた。私は彼を布団に引きずり込み、彼の頭を包みこんだ。恥ずかしそうに身動きするレン君の躰が擦れて思わず息が漏れる。
「シア、もう起きないと……」
そう言ってくるレン君の頭を優しく撫でる。もうレン君は私達がずっと護ってあげる。なにも考えなくてもいい、私がお姉ちゃんとしてレン君をずっと甘やかしてあげる。痛い事なんて絶対にさせない。でもレン君は恥ずかしがって素直になれないみたいだった。仕方がないので私は彼に素直になれる魔術をちょっとだけかける事にした。レン君はどんどんと眼がトロンとしてきて、私の言う事を素直に受け入れてくれるようになった。レン君の口に私を吸わせてあげると、赤ちゃんのように必死に吸いついてきてくれた。可愛らしい、愛おしい、もう離したくない。一生このままレン君を包んで吸わせて安心させてあげたい。
「ねーね……」
見た目よりも若干幼い口調になったレン君を見て、私は優しくその黒髪を撫で、反対側を吸わせてあげることにした。レン君の埋もれる私の躰と布団の中からは、昨日レン君のベッドで嗅いだような濃厚な匂いが漂ってきていた。
指にも、反対側はあるんだよな……?




