お桜さんの伝説
―――我が桜花学園高等部にある、一本のとても大きな桜の老樹、お桜さん。
それは、桜花学園の代名詞とも言える名物樹。
……であるのだか、そのお桜さんには“名物樹”という名にはそぐわない、ある伝説があるらしい。
その伝説というのは……『お桜さんの下で告白したら必ず失恋する』というもの。
そのため、お桜さんは“嫉妬桜”と陰名がつけられ、またこの伝説は“お桜さんの呪い”と言われている。しかし、これは実際マイナーな伝説。
数年前には、全学園生が知っていたというが、今ではほとんど知る者はない。
まぁ、皮肉なことに……とでもいうべきか。
“お桜さんの呪い”が本当であれ、嘘であれ、そのお桜さんが学園一の告白の名所だ。というのは皆周知のこと。―――
なんとなく読んでいた、古い非公開の〔お桜さん便り〕
“お桜さん”って、あのお桜さん……のことだよね。
あっ、お桜さんっていうのは、今でも学園一の告白の名所として知られている所、学園パンフにも『告白するならお桜さんで!』とか書かれているくらいで、それ目当てで入学する子の割合は約半数。
でも、そーいゃ最近そーゅー噂よく聞くな。
“非公開”ってどんな内容だろうって思ってたけど、お桜さんの噂ってそんな前からあったんだ。
まぁ、どこの学校にもありそうな七不思議の一つ?
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数時間後、あたしは“お桜さん”のとこにいた。言うまでもなく、あの伝説の真偽を確かめるために。
……とは言っても、さてどーしよーかな。
自分が告るわけでもないし。
だからと言って、他の人の告白現場を見たり、ここで告った人を探したりするのは、もちろん嫌だし。
………はぁ。
「失礼なっ!私にもたれかかって溜め息をつくとは……」
え……ぇ…?い、今の声、お桜さんからした?
とりあえず、辺りを見回してみる。けど、誰もいない。
「……もしかして、お主、私の声が聞こえるのか?」
「……あなたは、お桜さんについている霊ですか?」
「まことに。お主は何者なのだ?」
何者って……
「…ここに通う生徒ですけど…」
「霊能者ではないのか?」
え?霊能者?
「いぇ、違いますけど。」
「なら、何故逃げぬ?普通の者は私の声を聞くなり、逃げて行くのだが。」
………あたし、昔っから、こーゅーのなれてるからな。
変なもの見たり……。でもこーゅー聞き方されると、なんとなく答えづらい。
「……答えぬか。お主、逃げるなら今のうちだぞ。」
んー……逃げない=話ができる=伝説の真偽がわかる。よし。
「逃げませんよ。あなた、あたしに危害を加えることはないでしょう?」
「………ふっ。」
声は、鼻で笑った。
………やな感じ。
「お主、面白いな。」
そーかぁ?
「まぁ、よかろう。」
何がいいの?
「私の名は奈子媛。先程も言った通り、この木についている霊だ。お主の名も教えてはくれぬか?」
そう言って、声の主は、霊体の姿を現した。
彼女は白い着物をきていた。もちろん足は見えない。体は宙に浮いている状態。
「あたしは舞花。ねぇ、率直に聞いてもいぃ?」
「……?よかろう。何だ?」
「奈子媛さんは、お桜さんの呪いと関係あるの?」
「お桜さんの呪い…とは?」あたしは、とりあえずあの非公開“お桜さん便り”に書かれてあったことを説明した。
「ふむ。そのような噂があったか。」
「それで、あたしはその真偽を確かめに来たの。」
「舞花、その伝説は間違っておる。」
え?そんなあっさり否定するの?
「私はここに学園ができる前から、ずっとこの老樹についているが、なにも実らない恋ばかりではなかった。」
「それ、本当?」
「嘘をついてどうする?」
まぁ、それもそうだな。
「おそらく、その噂は、ここで失恋した者が、はらいせに流したものだろう。」
……なるほど。でも、なんかこぅ聞くと、あまりにあっさりしすぎてるな。
「奈子媛さん、どうもありがとうございました。それじゃあたしはこれで。」
あたしは深々と頭を下げた。
「え…もぅ、行ってしまうのか?」「……目的の真偽は確かめられたから。」
「そぅか。」
奈子媛さんは少し寂しげな表情をした。そして言葉を続けた。
「ここで、人を見ているのは、まことに面白い。だがな、時々思うのだ。私はこのままずっと独りなのか。と。今、引き留めはしない。だが、またここへ会いに来てくれぬか?」
「もちろん。独りは寂しいよね。また来るから。そんな寂しそうな顔しないで。」
……………
「ありがとう」奈子媛さんの浮かべた満面の笑を見て、あたしはその場を去った。
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――後
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何度お桜さんを訪ねても、二度と奈子媛さんは姿を現さなかった。
きっと奈子媛さんは、ずっと独りで寂しかったんだ。
過去にどういう人生を歩んだのか知らないし、成仏できなかった理由もしらない。
けど、最後に見せてくれたあの笑顔。
きっと彼女はこの世から去る時、すごく幸せだったんだと思う。
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―――か
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あの“お桜さんの伝説”はというと……
さすがに、あんなあっさりした答えを知って思ったよ。
世の中、知らないままにしといた方がいいこともあるんだ。
って。だから、あの真偽は隠したままにしてる。いゃ……ついでに“お桜さん便り”の最新号に、新しい伝説を載せた。今度は“呪い”なんかじゃなく、“贈り物”として。今では、全学園生の間で言われている。
『お桜さんの下で告白すると必ず結ばれる』