080 咄嗟の場面で取る動作
私は手の中の棒きれを握りしめ、目の前にいる骸骨兵達を睨むように見据える。
目のある位置はポッカリと空き、暗い闇があるだけだ。何を考えているのか、はたまた何も考えていないのか、私には分からない。
私に唯一分かるのは、こいつらはもふもふを襲うという重罪を犯したという事だけだ。神が許しても私は許さん、絶対に。今後悪さなど出来ないよう206個に解体してくれるわ。
骸骨兵の手に収めている得物は三者三様だった。
左からソード、レイピア、アックスを手にゆっくりと近寄ってくる。レイピアとソードは兎も角、アックスが問題だった。この粗大ごみで受け切れる気がしない。
まぁ馬鹿正直に受け止めればの話だが。
私は地を蹴って駆け出す。
先手必勝だ。狙うのは勿論一番厄介そうなアックス骸骨兵である。
アックス骸骨兵が得物を振り上げるが、その重量故動作は遅い。私はそれが振り下ろされる前に後ろへ回り込み、棒切れを力の限り叩き込んだ。
私がフルスイングしたその攻撃は狙い通り背骨を砕く。バキッ、と何とも言えない音を立て、そいつは崩れていった。もがいているがその踏ん張りの効かない身体ではアックスなど持ち上げられまい。一体、無力化に成功だ。
「わっ」
私の鼻先をレイピアが掠めていく。
咄嗟に身体を反らさなければ脳天に突き刺さっていた。危ない危ない。
続けて突きを繰り返すレイピアの攻撃をかわしていると横から殺気が飛んできた。そういやもう一体いたのだった。面倒臭い。
私は舌打ちをして咄嗟に棒切れを構える。一瞬遅れて金属同士がぶつかる甲高い音が響き渡った。
そして同時に手に伝わる嫌な感触。
「クソ腹黒教師……!」
思わず口から悪態が飛び出る。
嫌な感触が教えてくれたのは、私の今の命綱である棒切れにヒビが入ったという非常に嬉しくない事実だった。
このままでは砕けると判断した私は、受け止めたそれを少し押し返し、二体から距離を取る。地面には砕けた欠片が転々と散らばっていた。……危なかった。
この棒切れでは何度も受け止めきれないとは思ってはいたが、まさか二度接触したくらいで使い物にならなくなるとは……とんだ誤算である。
普段使っている粗悪品はそこまで脆くないのだ。決してあんな攻撃を一回受け止めたぐらいで壊れはしない。今回掴まされたこれが相当脆いのだ。タチバナさんは大丈夫と言ったのに何故……キリュウが切断して耐久度が落ちたとか? いや、前にも壊れた鎌を使った経験があるが、ここまで脆くはなかった。やはりこの鎌自体の問題だ。
そもそもこんな超粗悪品を渡してきたあの腹黒教師が悪い。一物抱えた笑顔を思い出し、思わず顔が歪む。
最後の足掻きとして手元に残ったボロボロの棒を投げてみたのだが、ソード骸骨兵に弾かれ、呆気なく砕けてしまった。パラパラと落ちていくそれを見ながらふむ、と考える。
アックスの骸骨兵はどこかぎこちない動作だったが、残り二体は何処か洗練された動きをしている。多分、この骸骨兵たちは人間の魂による乗っ取りにあったのだ。そしてその人間が愛用していた武器が今手にしているそれなのだろう。
たまにいるらしいのだ。転魂したはずの魂がドロドロとした強力な怨念やらでこの世に留まり、何かを伝えたいが為に魔物に乗り移る輩が。ただし、こいつらは乗っ取りに失敗して逆に取り込まれてしまっている。
魂による乗っ取りは必ず成功するわけではない。失敗すればこのように技術を持っている少し厄介な骸骨兵の誕生だ。実にはた迷惑な話である。処理するこっちの身にもなって欲しい。
この世に留まる程の思念が何なのか。それを問おうにも既に意識のない彼らは答える事が出来ない。
唯一出来るのは終わらせてあげる事だろう。彼らもこれ以上殺生はしたくないはずだ。多分。
レイピアの骸骨兵が再び攻撃を仕掛けてきた。私はそれをギリギリで躱し、攻撃が途切れた所でもう一度距離を取る。
このままではらちが明かない。どうしようかと足元を見れば良いものが転がっていた。粗大ごみの刃の部分だ。
「よいしょぉお!」
手が切れないよう注意して引っ掴み、私は気合を入れてそれをぶん投げる。これなら弾けまい。
風を切って飛んでいったそれはこちらに向かって来るレイピアの骸骨兵と上手く衝突した。上半身と下半身を切り離されたそいつは地面にガラガラと崩れ落ちる。よし、二体目の無効化に成功だ。
崩れ落ちるレイピアの骸骨兵の後ろからソードの骸骨兵が近付いて来る様子が見える。残り一体。勝機は見えた。
私はそいつに向かって駆け出した。道すがら地面に落ちていたレイピアを拝借する。アックスは鎌よりごつく、結構な大きさがあったので諦めた。持ち上げられる気がしない。
横薙ぎに払われた剣を潜り、懐に滑り込んだ私は柄を握る手に力を込める。
狙いは背骨――――これで終わりだ。
私は力の限り、レイピアを薙ぎ払――
「あ」
――――しまった。
直前に気が付いたが、既に遅し。
そうだ、今私が持っているのは鎌ではない。レイピアだ。
頭では理解したが既に動き始めた身体の勢いは止められない。
レイピアの横っ腹が背骨と接触するのがスローモーションで再生された。
レイピアの刃が限界までぐにゃりと曲がり、耐えきれずに弾ける。銀色に光る刃がくるくると宙を舞った。
マズイ。これは非常にマズイ。
目標が砕ける前にレイピアが折れてしまった。
ついいつもの癖で豪快に薙ぎ払ってしまったのだ。鎌では有効な攻撃でもレイピアの細い刃ではこうなるのは当たり前だというのに。
崩れたバランスを立て直せず、私はその場に留まる。
頭上を見上げれば、剣先がこちらを向き、突き下ろされるのが見えた。そうそう、レイピアはこうやって刺突の攻撃方法が――――ってヤバイ。これは死ぬ。
咄嗟に手を伸ばす先は黒いチョーカー。だがしかし、切っ先は目と鼻の先――――間に合わない。
「……待っていろと言ったはずだが」
鼻先5センチまで迫っていた剣が吹っ飛んだ。次いで骸骨兵が崩れ落ちる。
声のした方へ徐に振り返れば呆れた視線が返ってきた――――キリュウだ。
彼はぐるりと辺りを見回し、まだ地面でもがいている骸骨兵に闇色ダガーを何本かぞんざいに投げ、止めを刺していく。
そして未だにボケッと突っ立っている私を見て深い溜息を吐きだした。
かたじけない。