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死神亜種  作者: 羽月
◆ 第三章 ◆
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078  粗悪品の成れの果て



 実習は基本人間の目につかないようにこういった障害物の多い場所を使用する。

 たまに平原へ出たこともあるが、やはり人気がなく身を隠し易い森が多い。


 何故人間を避けるのか――その答えは、人間達の間で死神は死の象徴、そして悪魔は不幸の象徴とされているからだ。いくらこちらが危害を加えようとしていなくともあちらにそれが伝わることはまずないという。恐怖に陥った人間は聞く耳を持たず、いくら呼び掛けようとも返ってくるのは化け物に遭遇したような反応らしい。

 鎌を持っているところなどうっかり彼らに見つかってしまえば色々と面倒な事態が起こるのは想像に容易い。ベテランともなれば例え人混みの中でも上手く紛れて見つかる事は殆どないそうなのだが、まだ経験の浅い学生には難しい。面倒事は避けるに限るのである。






 ――――ということで。


 キリュウと共にゲートを潜り抜け、辿り着いたのは今回も森だった。勿論、人の気配は微塵もない。


 常に薄暗い魔の森とは違い、ここは木々の間から明るい日差しが差し込んでくる為、比較的明るく、空気も澄んでいる。木漏れ日を辿り、空を見上げれば白い小鳥が2、3羽競うように空へ羽ばたいて行った。実にのどかである。


 周りをぐるりと見渡した私は、早速足を踏み出した。その足取りはいつものものとは違い、羽が生えたかのように軽い。

 私の気分は最高潮まで達していた。頬も自然と緩み、さぞかし締まりのない顔になっている事だろう。もしサカキがいれば恐らく注意が飛んでくるのだろうが現在ここには生憎キリュウしかいない。彼から飛んでくるのは精々呆れた視線くらいだ。

 そんなものは痛くも痒くもない。私はこれからの素敵時間を想像し、顔を更にだらしなくさせた。


 ――――もふもふと戯れ放題。


 いやはや、何と心踊る響きだろうか。


「ふひっ」

「…………」


 奇妙な笑い声が漏れるのも仕方がないだろう。






 今回の実習は魔物の討伐。いつもの課題である転魂はなしだ。

 先生曰く、現在のイグラントには魔物の出現が頻繁しているらしい。人間への被害はもちろんの事、こちらとしても転魂の邪魔になる上、このままでは魂を捌き切れない状態にまで陥ってしまう。


 死神だって有限だ。今、ベテランさんが総出で北へ南へと奔走しているらしいが、それでも全く追い付かないらしい。転魂だけでも骨が折れる状態だというのにわんさか魔物が出現するのだ。

 そして、それに加えて伏兵がいたりする。

 魔物の討伐はパートナーである悪魔がやれば良いのだが、例の如く面倒臭がって手を貸してくれない。更に酷いところでは、帆走する様を面白がって小突き回し、ニヤニヤと観察しているとのこと。文字通り、正に悪魔の所業である。

 壇上でイズミ先生と一緒に説明してくれたベテランさんの代表の人がいたのだが、その顔色は最悪であった。死神なのに死相が出ている様は何とも言えない違和感が纏っている。

 彼らはきっと休日返上で日々、寝る間も惜しんでいるのだろう……とんだブラック企業だ。まぁ私たちはそこの社蓄候補なわけだが。


 そんな訳で死神は支援要請を受けた。今回のこの実習は世界バランスを安定させる為、また、ベテランさんが過労死しない為に急遽用意されたものなのだ。名目は実習とされているが何気に重要である。


 そして、昨日は鎌無くてサボれるしラッキーとしか考えていなかったその実習は、家に帰ってよく考えればそうではないと気が付いた。

 今回の実習の課題である『魔物の討伐』は言葉の通りそれだけで、ノルマがない。つまり、2日間常に自由時間なのである。

 勿論、実習では毎度もふもふと戯れる私だが、その前に救出しなければならない。転魂する予定の魂を救出するにはまず、死んでしまう前にターゲットを発見し、暫く周りを警戒しなければならない。かなりの時間を拘束されるのである。そうなると戯れ時間はめっきり減り、私は満足する前に帰らなければならないのだ。別れの際は辛くて堪らない。


 だがしかし、今回はそのような事を気にする必要はない。


 勿論もふもふに害成す魔物は遭遇次第葬る所存である。奴らは無差別に生き物を襲う――もふもふ達も、だ。

 私にとって憎き敵。もふもふを襲う輩は万死に値するのだ。






 私は担いでいる鎌の柄を握り締めた。


 獲物がない状態ではほぼ何も出来ない私だがこの通り、私の手にそれはある。この腹黒先生からの贈り物は不安要素の塊であったが、既にタチバナさんの点検済みだ。もう何も心配する事は無い。

 鬼に金棒ならぬ死神に鎌。数だけの雑魚など恐るるに足らず。もふもふに害成す悪など、正義の一振りで蹴散らしてくれるわ。


 私は緩んだ顔を今度は引き締め、また一歩踏み出した。

 話通り魔物か大量に湧いているなら、こちらといつ鉢合わせしてもおかしくはない。

 いつになく()る気をみなぎらせ、サクサクと歩き始める私だったが、急に腕を引かれて後ろにつんのめった。

 眉を寄せながら振り返れば、これまた同じく眉を寄せたキリュウと目が合う。何だ。


「……貸せ」

「んぇ?」


 何を?


 そう聞き返す前に手の中の質量が消える。鎌を取り上げられてしまったのだ。


 私から巻き上げたそれをキリュウはジッと眺める。

 どうした。まさか代わりに持ってくれるつもりなのか? それは大変有り難い申し出だが、今は敵がそこかしこに蔓延っている状態である。いざというときに手元になければ意味がない。

 そろそろ返してもらおうと手を差し出したところで、キリュウがこちらをチラリと見た。


「……何か言っていたか?」

「タチバナさん? だから大丈夫だって。何か仕掛けてあるっぽいとは言ってたけど」


 『仕掛け』という言葉に反応したキリュウが今度はスッと目を細め、鋭い視線を鎌に戻す。

 タチバナさんにしっかり点検してもらったとクリスタルゲート前で報告したのだが、まだ納得していないようだ。


「そんな警戒しなくても大丈夫だって」

「……根拠は」

「タチバナさんが大丈夫だって言った」

「……」


 やはりまだ何か言いたそうだが、大丈夫なものは大丈夫だ。タチバナさんが大丈夫だと言ったらそうなのだ。

 そもそもタチバナさんに調べて貰えと言ったのはキリュウだというのに何故こんなにも不満そうなのだろう。彼の言動はイマイチよくわからない。


「ほら、早く」


 言葉と共に差し出した手もズズイと近づけて催促する。二日間あるといっても時間は有限。さっさと片付けて私はもふもふ天国を味わうのだ。さあさあ早く。


 一秒すら惜しいと言わんばかりに懸命にキリュウを急かす。しかし、一方彼の動きは緩慢だ。

 彼はこちらには一瞥もくれずに右手で持っていた鎌をゆったりと左手に持ち替え、そして何かを確かめるように上下に揺らしている。こんな時に何を遊んでいるんだお前は。それ、楽しいか?

 だが生憎こちらにそんな暇はない。


 待ちきれない私は構わずそれに手を伸ばした――――が、少し遅かった。


 私が取り返す直前、森の中に響いたのは高い金属音。

 キン、と綺麗な音が鳴り、一瞬遅れて何か重いものが落ちる物音が二度聞こえた。


 足元に視線を落とした私の視界に入ってきたものは、銀色に光る三日月の刃と棒――――綺麗に三等分された鎌だったものが2つ地面に転がっていた。


 最後の仕上げとばかりにキリュウが手元に残った三分の一が無造作に放り投げる。それは放物線を描いて茂みに吸い込まれていった。まるでポイ捨てに対して不満を漏らすように茂みが大きくガサリと揺れる。

 一方、ポイ捨て犯はそれを気にする事もなく、厳しい表情で言った。


「……アレは駄目だ」




 何してくれてんの、キミ。




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