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死神亜種  作者: 羽月
◆ 第三章 ◆
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077  粗悪品と不安の種



 本日の授業が終了し、夕日を背に帰ってきた私を家の前で出迎えてくれたのは私の保護者であるタチバナさんだ。

 夕日を浴びた彼女の金髪が柔らかい光を放ち、キラキラと輝く。青空の下に輝く彼女の髪も勿論綺麗だが、やはりこの時間帯の色合いが一番綺麗だな、という感想を抱きつつ、神々しい笑顔で迎えてくれる彼女に私も間抜けな笑顔を返した。月とスッポンとはこの事である。


「ただいまっス」

「お帰りー。なんか大荷物だね―」


 いつも通りの挨拶を交わした後、彼女の視線が私の顔から少し斜め上に移った。つられるように私も同じ方向へ視線を遣る。


 視線の先にあるもの―――-私の肩に担がれているのは、腹黒先生から借りた例の鎌だ。


 ズルズルとずれてきたのでよいしょと担ぎ直せば、夕日を浴びたそれが鈍色にオレンジ色を纏わせ、キラリと光った。柔らかな色合いのタチバナさんの髪とは違い、それは硬質で鋭い印象を与える。どこか不吉な感じだ。まぁ刃物なので当たり前と言っちゃ当たり前なのだが。

 何度担いでも重くてかなわない。正直邪魔だった。決して態々家にまで持ち帰りたくはないものである。……しかし今回はそうも言っていられない。


 これを使っても大丈夫なのか。


 それを確かめる為に私はこの邪魔くさい粗悪品を我が家に持ち帰ったのだった。




 ◆ ◆ ◆




「――――なるほどねー。で、私がそれを調べれば良いのかなー?」


 家に入り、いつも通りミルクティーを二人で飲みながら今日の出来事を話せば、察しの良いタチバナさんがこちらから頼む前にそう尋ねてきた。

 思い出すのは一物抱えてそうな腹黒先生の笑顔……流石にこのまま信用して使うには抵抗があった。私は神妙な面持ちでタチバナさんに伺う。


「……無理っスか?」

「んー? 良いよー」


 あっさりと快い返事をもらい、安堵の溜息が出る。これで安心だ。タチバナさんならどんな小賢しい仕掛けも見落とす事なく点検してくれる気がする。そして不安要素は跡形もなく取り除いてくれる気がする。だってタチバナさんだし。

 私はお礼を言いつつ例の鎌を渡した。


 受け取ったタチバナさんは「んー……」と唸りながら柄をにぎにぎと握る。と思えば、今度は刃に指を沿わせなぞり、角度を少しずつ変えて眺め始めた。私には何をどうして調べているのかサッパリ分からないが、慎重に調べてくれているようだ。






 タチバナさんに点検してもらえば安心――そもそもこれを考案したのは難しい顔をして考え込んでいたキリュウである。

 彼は腹黒先生が何処かへ行った後、私にこっそり提案してくれたのだ。

 その素晴らしい提案になるほど、と一も二もなく了解した私は即行イズミ先生にお持ち帰りの許可を求めた。


『あんな得体の知れないもの、持ち帰るのは危険です』


 当然の如く、そう却下を下したイズミ先生を説得するのには骨が折れたが。

 家に腕の良い点検資格者がいるとか何とか訳の分からないことを色々言った気がするが、思いつくまま適当に理由を並べ立てた為、もうその一つしか覚えていない。よく許可を出してくれたものだと今では思う。

 まぁ、おそらくあのまま私の相手をするのが面倒になったからだろう。イズミ先生が私を見る目はしつこい押し売りセールスを見る目と同じものであった。酷い。






「――――んー、ん? …………あぁ……ふふ、……成程ねー……」


 え、ちょ、何が。

 不穏な発言に意識を戻される。


 思わず前を見ると、タチバナさんが点検中の鎌を見下ろしながら意味深な笑顔を浮かべていた。タチバナさんの含み笑いとか、嫌な予感しかしない。

 …………何だか物凄い不安が襲ってきた。


「……やっぱ何かあったんスか?」


 今まで、集中が途切れてしまうのではと彼女に話しかけないでいたのだが、これには我慢できず思わず声を掛けてしまう。


「んー? いや、特に危ないものはないんだけどー…………あ」


 あ、って何ですか。あ、って。


 本気で不安になってきた。安心安全の為に調べて貰っているというのに、不安をどんどん煽られるとは、これ如何に。

 「点検終わったよー」とこちらに差し出してくれた得物を受け取る。終わった、って……ホントに危険なものは何もなかったのだろうか。


 不安だ。何度も言うが不安だ。


 思わず手にあるそれを睨んでいると「あー、そうそう、それねー」とタチバナさんが指をさしてきた。

 うわ、やっぱり何かあったのか。


「話には聞いてたけどすんごい粗悪品だよねー。いつもそんなの使ってるのー?」

「……そこっスか?」


 いや、確かに常々私が思っていた事だ。この根性のない鎌はちょっと無理して使っただけでポキリとへし折れる。正に粗悪品という名が相応しい。やはり私がおかしいのではなくてタチバナさんから見ても……じゃなくて。そこじゃなくて。


「実習で使う度壊れるんスけどそれは置いてもらって、その、何か仕掛けでも見つかったんスか?」

「んー……あったと言えば、あったかな」


 やっぱり、やっぱりか。


 脳内に浮かんできた腹黒教師の微笑みに殺意が湧く。あの野郎、やはり一物抱えていた。今まで信じていたわけではないが、絶対微塵たりとも信じまいと私は新たに決意を固める。

 と、そこへ予想外の爆弾が投下された。


「でもそれ解除すると壊れちゃうからそのままにしてあるー」


 え。


「発動しても死ぬわけじゃないしー……んー、まぁ大丈夫でしょー」


 え。


 大分問題がある気がするのだが。

 でも全幅の信頼を寄せるタチバナさんがそう言うなら、大丈夫……なのか? いや、……うん、大丈夫なのだろう。うん、大丈夫大丈夫。そういう事にしておく。

 元々私は長時間悩むことが得意でない。正直、悩むこと自体面倒臭くなってきたのだ。


「ホントなら私が新しいの作ってあげるって言いたいとこなんだけどー、流石に一晩じゃ無理かなー。今、手元に材料ないしねー」


 何てことないように彼女は言ったが、それは手元にあれば作れるという事だろうか。

 料理に描画に彫金、そして今度は鍛冶。普通ここまで手広く手を出せば器用貧乏になりそうなものだが、タチバナさんにはそれがない。いつだって完璧なものを作ってくれるのだ。

 しかしもうその事に驚きはない。だってタチバナさんだし――――やはりこの一言に尽きる。


 受け取った鎌を抱えているのもいい加減重くなってきたので私は席を立ち、部屋の端にそれを立て掛けた。ゴトリと重々しい音を響かせながら部屋の一角を陣取ったそれを一瞥し、一つ頷く。よし、これで悩みの種は無くなった。


「紅茶シフォン食べるー?」

「頂くっス」


 いそいそとテーブルに戻った私はタチバナさん特製の紅茶シフォンを有り難く頂くのであった。




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