076 胡散臭い援助
※ 12/5 、前話に500文字程追加しました。お手数をおかけしますが未読の方はそちらからお願い致します。
粗悪品の鎌を壊すのは毎度の事だ。
イズミ先生を呆れさせるのも毎度の事だ。
「ない、と言ったのです。ヒイラギ、あなた壊し過ぎです……残念ながら予備がなくなりました」
――――しかしこれは初めてだ。
マズイ……これは、非常にマズイのではなかろうか。
鎌を持たない死神など死神とは言えない。いや、元々鎌を生成できない出来損ないとして認識されてはいたが、トレードマークの鎌をなくして転魂も出来ないとなると……この学校に通う意味が無くなってしまう。
「退学……?」
「いえ、発注の手違いで3日後に届きます」
危機を逃れた私は安堵の溜息を吐き出した。
……あー、吃驚した。無駄に脅かさないで欲しい。退学とかタチバナさんに顔向け出来ないところであった。自分が不真面目なのは自覚しているが、一応卒業はしたいと思っているのだ。
良かったー、と安堵する私だったが、イズミ先生が首を振った。
え、何ですか。まだ何かあるんですか。
「……明日から野宿ありの実習です」
あれ……詰んだ。私、詰んだ。
思わず「うっ」と苦い呻き声が出る。実習といえば戦闘が付きもの。必ずと言っていい程魔物に遭遇するからだ。
しかも野宿という事は昼間だけではなく夜も魔物がうろつく外にいなければならない。夜は魔物が活発になる時間帯なのでいつもより危険だ。ボケッとしているとあっという間に囲まれて襲われてしまう。
それを魔法もろくに使えない私が鎌を持たずに行くのは無謀だろう。行けと言われても出来れば行きたくない。行ってもキリュウに頼りっきりのお荷物になる事間違いなしだ。
「あれ? 明日は講義のはずじゃ……」
え? そうなの?
サカキの驚きの声に今度は首を捻る。
いつもの事だが私は授業を把握し切れていない。教科書だって常時学校に置きっぱなしだ。
へぇ、とアホ面を晒す私をチラリとイズミ先生が見て溜息をついた。私のせいでイズミ先生の幸せがまた一つ飛んでいく。ごめんなさい。諦めて。
「……今から全生徒に説明をしますが緊急の実習が組まれました。魔物の討伐です。緊急なので成績には反映されませんが……まぁ、詳しい事は後程説明します」
成績に反映されないのならば私はお留守番で良いのではないだろうか。
そんな甘い考えをしているのが分かったのか、イズミ先生の厳しい視線がこちらに向く。
「これは厳密に言えば実習ではありませんが、上から出された命令、いわば義務です。鎌の生成どころか魔法も使えないあなたが行くのは無謀だとこちらも分かってはいます……が、キリュウには参加して貰わないと困るのです」
確かに彼ならば討伐の記録的数値を叩き出し、誰よりも貢献するだろう。それくらいの強さを持っている。
しかし、それと私がサボ……お留守番をするのは関係ないはずだ。普通はペアで行動し、安全と戦力を高めるが彼なら一人で十分である――――という事で。
「行ってらっしゃい」
「俺も留まる」
……なんだって?
キリュウの返答に固まる私。一方、イズミ先生は溜息を吐きだした。どうやらこの事態を予測していたらしい。私は全く予想外だった。
何故か頬を赤らめてあわあわしているサカキは放置して、私はキリュウを見上げる。
「何で?」
「お前一人残していくわけにはいかない」
「いや、留守番くらい一人で出来るし」
「……そうじゃない」
んじゃ何なんだ、と返しかけてその言葉を飲み込んだ。
キリュウの瞳に警戒の色を見つけたからだ。番犬モードになっている。
実習中は過剰なほどに何かと警戒している彼だが、現在のように人気のあるところではそうでもない。それが今、番犬の表情になっているのだ。きっと何かあるのだろう。
私は首を捻って考えた。――確か、彼は以前、私が目を付けられているとも言っていた。……もしや一人になったところを狙われるとでも思っているのだろうか? 過保護過ぎだろう。
ジトーっと見つめてみるが返ってくるキリュウの真剣な眼差しは変わらない。何だ、私が暢気過ぎだとでも言いたいのか? いや、そんな事……ある、のか? …………よく分からなくなってきた。
変な顔になっている私の頭にキリュウの手が降ってくる。ついでに溜息も降ってきた。
いつもの優しい手つきとは違い、少々荒く髪を混ぜられて頭が揺れる。やめろ、只でさえぼさぼさ頭がランクアップして鳥の巣頭になる。爆発する。
「あー、私は大丈夫だって」
「……」
「何その疑いの眼差……――っ!」
ふと視界に入ったものを認識した瞬間、私は言葉を切って慌てて離れかけていたキリュウの手を引っ掴んだ。
同時に男が艶やかに笑う。……思わず顔が引きつった。
見ただけで分かる。今、かなりのフェロモンをまき散らした。……あれは相当きつい。喰らっていたら今日の昼飯が飛び出ていた事だろう。
私は額に流れる普通の汗だか冷や汗だか分からないものを拭った。危ねぇ。
「……シマ先生」
そんな名前だったのか。
苦々しくイズミ先生が呼ぶことによって名前が判明する。正直どうでも良いけども。
イズミ先生の反応からしてやはりこのシマ先生とやらは食えない存在のようだ。隣に立つキリュウの反応も以前と同じく芳しくない。出来れば関わり合いたくないのでさりげなさを装いつつ心持ちキリュウの陰に隠れてみる。さぁ番犬よ、私を守るのだ。
名前を呼ばれたシマ先生は笑ったままこちらに近付いてきた。
ちょっと待て。それ以上こっち来んな。あっちへ行け、あっち。あっちだってば……っ。
懸命に祈ったのだがその願いは届かず、シマ先生は私たちの目の前までやってきた。
「話は大体聞かせてもらいました。どうやらお困りのようで?」
アンタどんだけ地獄耳なんだよ。
そう心の中で突っ込んだのは私だけではないだろう。現にキリュウとイズミ先生の眉間に皺が寄っている。
「……何を企んでいるんですか」
「おや、心外ですね。俺は困っている生徒を助けたいだけですよ、イズミ先生」
胡散臭ぇ。
そう思ったのもやはり私だけじゃなかったらしく、キリュウとイズミ先生の眉間の皺が深くなった。
サカキは……何か視界に入らなくなったなと思ったらへたり込んでいた。先程のシマ先生のフェロモンにやられたらしい。恐るべし、強烈フェロモン。
視線を元に戻すとシマ先生と目が合った。
ニッコリと笑いかけられたがどこか目が笑っていない。絶対一物抱えている……腹黒だ。腹黒先生だ。
そして以前も思ったが、私は彼に嫌われているのではないだろうか。しかし、全くこれっぽっちも身に覚えがない。
取り敢えず波風を立てないようにこちらも返してみた――――が、如何せん表情筋がうまく動いてくれない。とても変な顔になった。
それを見たシマ先生、改め腹黒先生の片眉がピクリと動く。……もういっその事、私は空気だと思ってくれると有難い。
「……そこの女生徒の鎌ですよね? 俺が代わりを用意しましょうか」
いえ、固辞します。
そう言えたら良かったが、間に合わなかった。
腹黒先生は言い終わるや否や素早く闇を出現させてそこへ手を突っ込み、そして引き上げた。
彼の手には見慣れたフォルム。
「はい、どうぞ」
「あ、どうも」
ぽん、と渡されてついつい受け取ってしまった私に鋭い視線が二組突き刺さる。あ、痛い、ごめんなさい、とても痛い……。
二つの視線を見返す気力がない私は一先ず手渡された鎌へと視線を落とした。握り慣れた柄、色は鈍い銀色でズシリと重い――――こうして見て触る限りいつもと同じものである。変な仕掛けでもしてあると思ったのだが……変に警戒し過ぎただろうか。
「……何故悪魔であるあなたがこんなもの持っているのですか」
「念には念を、ですよ。実際役に立ったじゃないですか」
確かにその通りなのでイズミ先生は開きかけた口を再び閉じる。しかしまだ信じ切れないのか、腹黒先生に訝しんだ目を向けた。
キリュウも同じ反応だろうかと彼を見上げれば、何やら難しい顔をして考え込んでいる。
私はもう一度手の中にある得物に視線を遣った。
……返品は可能だろうか?