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死神亜種  作者: 羽月
◆ 第三章 ◆
78/85

075  躾と代償

※ 12/5 に後半500文字程加筆しました。



「キリュウ様、お疲れ様です!」

「お帰りなさいませ! キリュウ様!」


 通行手形を破り、死学へ帰ってくるやいなや私達を中心にしてあっという間に人だかりが出来上がる。

 ライブの出待ちかよ、と突っ込みたくなるこの光景は実習が終わる度に目にする。彼らの目的は台詞から分かるようにキリュウだ。只の実習帰りのお出迎えがこれなのである。私はぐるりと周りを見た。相変わらずそこには見渡す限りの黒。360度、黒、黒、黒……暑苦しくて蹴散らしたくなる衝動に駆られるが、例の事件によって彼らは揃って上着を脱ぎ、腕もしっかりとまくっている格好だ。これ以上剥けば筋肉祭りで逆に暑苦しくなるのでここはグッと我慢する。今度は制服の色の変更を先生方に提案してみよう。


「今回の実習はどうでしたか?」

「相変わらずお美しい……」

「何かされておられませんか?」


 あれこれ考えている内にも周りはガヤガヤと煩い。

 毎度毎度飽きもせず熱心にお出迎えとは、時折感心する程マメな奴らである。流石わんこ信者は伊達でない。熱中できるものがあるのは結構な事だが――――最後の奴、何故こちらを見て言った。狩られたいのか。

 ガンを付けるとそいつはビクリと肩を揺らし、若干顔色を悪くして私から視線を外した。自覚する程勝敗は明らかであるのにどうしてこうも噛み付かずにはいられないのか。もう少し躾をきつくした方が良いのだろうか。全く、面倒臭い奴らである。

 思わず溜息を吐き出しながらチラリと元凶を見上げた。これだけ話しかけられているというのに一切答える事もなく、その眼には何も映していない。最早諦めの境地に入っているようだ。まぁ毎回こんな仰々しい態度を取られて祭り上げられれば、そりゃ悟りの一つや二つ開きもするだろう。今彼の身体で唯一動いているのは私の頭を撫でている手だけである。フェロモン対策でいつも付き合せて申し訳ない。それはそれはもう大変申し訳ないと思っているのだが、大変ありがたいとも思っているのだが……果たして撫でる必要はあるのだろうか? まぁ今更だけども。

 出来るなら他人事だとこの場を離れたい。しかしこの手がなければ私は死んでしまうのだ。だから今日も今日とて私は空気と化してこの場をやり過ごす。なんなら立ったまま寝ても良い。

 ――――しかし残念ながらそれは周りが許してくれないのだ。


「そぉいっ」

「うわっ!」


 どさくさに紛れて後ろから突き飛ばそうとしてきた輩の腕を取り、逆にその力を利用するように遠心力を使って思いっきり放り投げる。そいつは人ごみに突っ込んでいったが、クッションとなるはずだった人垣はその箇所だけサッと割れ、あえなく地面のお友達となった。相変わらず薄情なくせに変な連帯感のある奴らである。私は這いつくばっているそいつを見下ろした。乙女の背後を付け狙うとは、全く以てけしからん。

 小者臭漂うこいつはまた何かやらかしそうなので心をポッキリ折っておくに限る。今、ここで。

 物覚えの悪いこいつらは少し時間が経つと性懲りもなく何度でも仕掛けてくるのだ。犬の癖に鳥頭も持ち合わせているのである。口で分からないものには結局は力でねじ伏せ、反抗する気をなくさせるしかない。勿論平和的に解決する事もやぶさかではないのだが、こいつらがそうはさせてくれない。いくら考えても結局残るのは一択である。


 私はやたら重い鎌を振り上げた。殺すつもりはない。ほんの少し脅すだけ。

 狙いを定め、私は両手に力を込める――――が、いきなりそれが軽くなった。


「……お?」

「ヒィッ!!」


 ザクッと音を立て小者の目の前に突き刺さる鎌の刃。股ギリギリに(そび)え立つそれに、彼は顔色を真っ青にした。ついでにそれを見ていた周りの男共も顔色を悪くし、中にはそっと前に両手を添える者もいた。男ならではの共感というやつなのだろうか。女の私には今一分からない。


 まぁそれは兎も角。

 深々と地面に刃が突き刺さっている。いや、確かにそのようになる予定であった――――が、私はまだ得物を振り下ろしてない。……とても嫌な予感がした。そしてそれは恐らく当たっている。

 ある一つの心当たりに頭上を見上げれば、予想通り手にしている物が只の棒と化していた。この欠陥商品はまたもやその性質を遺憾(いかん)無く発揮し、途中でもげやがったのだ。実は今月で4本目。落ちこぼれは(ないがしろ)にされるのか、いつも粗悪品ばかり掴まされる。今だからこそ良いが、戦闘中にもげるなどたまったものではない。キマイラの時とか冗談抜きで死にかけた。思わず眉間に皺も寄る。


「ちょっとヒイラギ! アンタまた何やってんの!?」


 人込みを掻き分け、サカキがやってきた。眉間の皺を深々と刻み、また私に小言を聞かせるつもりらしい。

 しかし、今回は正当防衛。しかも事故である。

 私は棒と化した粗悪品を高々と掲げた。


「いや、見てコレ。不可抗力」

「……折れなくてもやってたでしょ」


 勿論だ。

 素直に頷くと彼女は呆れた視線を返してきた。

 最近妙に鋭い。もしや読心スキルが上がってきたのではなかろうか。ゆゆしき事態である。


「あの、この子がすみません。大丈夫ですか?」


 私への小言は後回しにされたのだろう。青褪めた一部を除き、悪魔(なかま)が嘲笑う空気の中、サカキが黒学の生徒に手を差し伸べた。先程躾けたその黒学の生徒は釘付けになっていた目の前の刃から差し出された手へ徐に視線を移した。顔色がまだ悪いそいつをサカキは心配そうに見下ろす。

 またこの子は駄犬に優しくして……。鼻血垂れだけでなくこいつも(たぶら)かすつもりか。

 私が思うに、悪魔は基本仲間同士でも容赦がない為、優しくされる事にあまり慣れていない。肉体的、精神的に参っている時に優しく接すると――――今正に目の前で起きている状態になる事がある。サカキみたいな美人は特に。

 私は今更止めても無駄だと悟り、その光景を生暖かい目で眺める事にした。


 目の前では予想通りの光景が繰り広げられている。


 黒学の生徒の視線が差し出された手から視線が徐々に上がり、やっとサカキの顔まで到達。その瞬間、そいつは目を見開き、真っ青だった顔色を今度は真っ赤に染め上げた。


 ――――そう、これだ。やはり心臓をブチ打ち抜かれてしまったようだ。

 「えっ!? ……あ、えっ!?」と、わたわたしている小物。対するサカキは「どうしたの?」と不思議そうに首を傾げていた。


 おい、サカキ。この天然娘。何自覚無く小悪魔になっているんだ。お前は死神だろう。

 そして悪魔、お前らチョロ過ぎだ。


「――騒がしいと思ったら……ヒイラギ。あなた、また問題を起こしたのですか?」


 いつのまにやってきたのか、背後にイズミ先生がいた。全く気が付かなかった私は吃驚しながら振り返る。先生、あなたは忍者ですか。

 振り返った先、彼女は私の姿を何処か疲れた様子の瞳に映していた。次いで、私が持っている粗悪品に視線を落とし、目を細め、また視線を巡らせる。そしてそれが地面に突き刺さった刃に行きついたとき、全ての動作を止めた。


「………………またですか」


 暫し間を空けて深々と溜息を吐き出し、そして静かに零された一言に彼女の苦労が(うかが)える。

 毎度すみません。


 もう何度目かわからないこの事態。

 この後はいつもの如く職員室に呼ばれ、注意を受けなければならないだろう。しかし私は壊したくて壊したわけではない。注意されたところでどうしようもないというのに……そこんとこちゃんと理解してもらえているのだろうか。


「あー……先行ってます」

「待ちなさい」


 聞きたくもない説教をさっさと終わらせる為、踵を返したのだが何故か呼び止められた。

 振り返ると難しい顔をしたイズミ先生がこちらを見ている。


 ……――ハッ! まさか、ついに……? 


 実は壊す度に懸念していたのだ……お金を請求されるのではないか、と。

 今まで弁償金は払った事がない。請求されていなかったのだ。何度も壊し、不安を抱え、そして杞憂に終わる――――それを何度も繰り返す内に請求されないものだと認識するようになったのだが……まずい、まずいぞ。私は貯金など無いに等しい。

 内心大慌てな私を他所に、イズミ先生は呆気なく口を開いた。


「――――もう、ありません」

「え?」


 何が?


 先生の様子を見るに、お金に関する事を言われたわけではないようだ。

どうやら懸念していた賠償は免れた――――が。


「……えっと?」


 今までの会話を整理する。


 ないって……この流れで行くと一つしか思いつかないのだが。




文中にあった「例の事件」は裏亜種の『ヒイラギによる清涼計画①~④』を参照して下さい(´・ω・`)

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