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死神亜種  作者: 羽月
◆ 第三章 ◆
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072  一石二鳥な駄犬の躾



「で、今回もそれ見逃すの?」


 そう言いながらド変態は私の手の中のものを指先でプスプスと突いてきた。襲撃してくるそれにあわわと逃げるハムちゃん。あぁ、逃げる姿もかぁいいっ……じゃなくて、もふもふを虐めるとは何事か。本当にこのド変態はろくな事をしない。

 私はハムちゃんを救出するため、その邪悪な手を力の限り叩き落とした。


「触んな」

「わ、酷い。でもその様子だとそうなんだね」


 当たり前だ。

 こんな可愛い子を見捨てられるはずがない。私はくしくしとハムちゃんの頬を撫でた。ド変態と違って力加減は心得ている。ハムちゃんは心地よさそうに指に擦り寄ってきた。……あぁ、癒される。ド変態のせいで削がれた気力はこの可愛らしい彼女が取り戻してくれるだろう。

 頭の中からムカつくド変態を追い出し、癒しのハムちゃんと戯れる私。しかし、目の前から聞こえた盛大に噴き出す音にハムちゃんがビックリして指から離れてしまった。

 癒しタイムを中断させられた私が不快を(あらわ)に前を見れば、何やら口許を押さえ、プルプルと震えているド変態がいた。


「――~~~~っ、たまの気まぐれかと思えば、毎度こんな事、やってんのっ!? 死神の癖に魂からないとか、隣の悪魔もなんか黙認してるしっ……!! ふはっ!  何なの君ら、面白過ぎる……っ!!」


 何がこいつのツボに入っているのか分からないが、笑われるとは心外だ。それに、天使の皮被った悪魔、しかもド変態……そんなお前だけには言われたくない。

 私は心の底から侮蔑(ぶべつ)の視線を送った。


「やっぱお前、巣へ帰れ」

「またそんな冷たい事言っちゃって……てか俺、あの方のお墨付きの番犬だし? ご主人の側にいないと」


 毎度印籠のようにそれを持ち出されるとやたら腹が立つ。ドヤ顔で言われると尚更。

 私は無言でハムちゃんをキリュウに預け、代わりに彼が持っていた金属製の鎌を受け取った。スライディングの時に邪魔だと手放したので遠くに落ちていたはずだったのだが、いつの間にか取りに行ってくれていたらしい。彼のまめまめしさは健在である。ありがとう、ママン。ナイスアシスト。

 心の中で礼を言いながらキリュウを見遣ると(おごそ)かに頷かれた。最近調子に乗っているこの男を締めなければ――――私と彼の気持ちは今、一つになった。

 やたら重いそれを握り直し、ギロリとド変態を睨み付ける。


「そこに直れ」


 言うと同時に私は地面を蹴ってド変態に切りかかった。

 上から一閃(いっせん)の一撃目、そこから切り上げの二撃目、斜めに流す三撃目――――全て急所を狙っていったが余裕で(かわ)される。分かってはいたが、腹立だしい。


「番犬にこんな事して良いの? ご主人様」

「煩い。(しつけ)だ」


 タチバナさんにはこいつにキリュウと協力して私を守れと言った。そう、只それだけだ。躾、(もとい)殴ってはいけないとは聞いていない。寧ろこの場面を見ていたら「やっちゃっていーよー」と仰るに違いない。

 私は遠慮せず全力で鎌を振り回す。……しかし(かす)りもしない。非常に腹立だしい。腹立だし過ぎて殺意が湧いてくる。


「ねぇ、ひぃちゃん。それ取らないと無理なんじゃない?」

「誰が取るかアホ」


 それ、と指をさされたのはチョーカー。

 戯言を言うド変態をギロリと睨み付ける。絶対取らないというこちらの意思が伝わったのか、不満そうに「ちぇー」と口を尖らすド変態。……おい、やめろ。男がやっても全く以て可愛くない。お目汚しだ。というか、こいつは私がホイホイと力を解放すると思っているのだろうか。当たり前だがそんな簡単に自らを危険に晒す気など更々ない。私を守るどころか窮地に誘導するとか、仮にも番犬がやることではないだろう。やはりこいつは駄犬である。


 駄弁っているが攻撃の手は止めない。切り込み、切り上げ、回し蹴り、そして振り向き様の鎌鼬など様々なコンボを繰り出してみる。しかし、どれもこれも回避されてしまった。当たりそうで当たらない。相変わらず掠りもしない事に思わず舌打ちをする。


「何時まで経っても当たらないと思うけど。ねぇ、これって意味あるの?」


 大有りだ。これは気分の問題なのだ。拒絶している表れだと思ってもらっても良い。曖昧な態度を取ると誤解を生んでしまうのである。

 それともう一つ。これは本人に絶対言いたくないが、自分より強い対人用戦闘練習台に丁度良いのだ。相手が相手なだけに手加減抜きで仕掛けられるし。これはキリュウも了承しているので余程の事がなければ彼が加勢する事はない。


 しかしこの躾はいつまでも続く訳ではない。私の集中力が切れ始め、攻撃が大振りになったところで得物の柄を捕えられてしまった。相手は片手で掴んでいるだけだというのに押しても引いてもビクともしない。くそ、何だこの馬鹿力は。ずるいだろ。

 最後の足掻きに向う脛を狙って蹴りを繰り出したがこれも軽々と避けられてしまった。私は眉間に皺を寄せ、盛大に舌打ちをする。毎度こいつが来る度にこんな状況になるのだが、悔しい事に勝った試しがない。……躾と言いながら質は全然躾になっていないという事実は見ない事にする。


 力を抜き、攻撃を加える意思がない事を示せばド変態も柄から手を放す。睨みあげればニヤニヤとしたムカつく態度で見下ろしてきた。

 そう、あの鳥肌モノの気持ち悪い似非笑顔ではない。


 実はチョーカーが返ってきてからこの調子である。

 今まで敢えて言及しなかった、が――


「……気のせいじゃなければ何か雰囲気変わってない?」


 もう限界だ。気になって仕方がない。


 私のその言葉を受けたド変態は一瞬キョトンとしたが、直ぐに質問の意味を理解したらしく、あぁ、と頷いた。


「だってあぁいうミステリアスな感じが女の子は好きなんでしょ?」


 その言葉を脳が理解するのに10秒は掛かってしまった。

 ……ミステリアスだと? いや、気持ち悪さしか感じなかったが。


 予想外の理由に私は固まる。まさか女の子のウケが良いというだけであの気持ち悪い態度を取っていたのか。あまりにも呆れて声も出ない。

 しかしド変態は心の声を正確に読み取ったようだ。こてりと首を傾げる。可愛くねぇよ。


「えー、おかしいな。他の子には受け良かったのに」


 その他の子とやら、大丈夫か?


 思わず心配してしまう。あの態度は「キモい」ではない。「気持ちが悪い」。軽々しいものではなく生理的に受け付けない……そんな感じなものあったのだ。あれが良いだなんてどうかしている。

 どちらかと聞かれれば今の感じの方がいくらかマシではある。……それを言ったら図に乗って面倒臭そうだから絶対に言わないけれども。


「まぁでも地の方がひぃちゃんは好きみたいだし? こっちの方が俺も楽」

「好きだとは一言も言ってない」

「またまたぁ」


 心の中を読んだようなタイミングに思わず顔を引き攣らせる。何故こうも心の中を読まれてしまうのか。どいつもこいつも読心スキル上げ過ぎだろ。


 私の額を人差し指で突き「顔に書いてあるよ」とニヤニヤ笑いつつド変態。雰囲気は変わったが残念ながら根底は変わらなようだ。ウザイ、キモい、どっか行け。都合の良いフィルターをかけるな。

 額を突いていた指はそのままスルスルと口元まで降りてくる。この指、噛み千切ってやろうか。


「――と、危なっ」


 ド変態が急いで手を引っ込め、後ろに跳んだ。私が噛みつこうとしたから……ではない。

 視線を下げれば奴と入れ替わるように刺さっている闇色ダガー。私が噛み付く前にそれが飛んできたのだ。


「協力しろって言われたのに」

「……」


 無言で睨むキリュウ。

 流石のキリュウでもタチバナさんには逆らわないらしい。


 うん、懸命な判断だと思うよ。




「――――あ、ヤバ」




 うんうんとキリュウに頷きながらハムちゃんを受け取っていると、頭をポリポリ掻きつつ空を見上げたド変態がそう呟いた。


 ヤバいって、何が。




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