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死神亜種  作者: 羽月
◆ 第二章 ◆
72/85

xxx  おまけ



「――寝るな」


 徐々に意識が霞み出し、もう少しで途切れる____その直前、聞きなれた声が耳元で響き、私の意識を繋ぎ止めた。

 待ちわびた夢への扉が目の前にあるというのに手が届かないこのもどかしさ。意図せずとも眉間に皺が寄る。

 ……寝るな、だと?無茶を仰る。


 私は限界だった。身体的にも精神的にも疲れ果ててしまったのだ。意識は辛うじてあれども鉛のように重い瞼を上げる気力はない。今、私が願うのはたった一つだけ____たんまり寝たい。身体の節々が痛くなるまで寝腐りたい。金銀財宝よりも睡眠が恋しい。なんて控え目な願いだろうか。この相棒の細やかな願い、勿論叶えてくれるよな?

 声を出すのも億劫だ。代わりに預けていた背中へ更に体重をかけてみた。決して軽いとは言えないそれを彼はたたらを踏むことなく余裕で支える。その馬鹿力は何処から湧いてくるのだ。ド変態対策に少しで良いから分けてくれ。

 寄りかかった事で身体がしっかり安定したので私はまた眠りの体制に入った。頭上からはなんとも言えない視線を感じ……いや、気のせいだ、うん。そう思うことにする。兎に角今は身体が怠…………おい、反応が無いからといって頬っぺたをムニムニと引っ張るのは止めなさい。よく伸びて面白いかもしれんが痛いのだ。地味に。


「ちょっとちょっとー、あまり無理させないでやってー。君らと違って身体繊細なんだからー。その状態、かなりしんどいと思うー」


 こちらのやり取りを見かねたタチバナさんから有難い助けが入り、私は内心そうだそうだと相槌を打った。

 精神はともかくとして身体は至って普通の構造、繊細なのだ。そして現在、仮にも病人である。もっと丁寧に扱ってくれ。

 キリュウだって風邪で苦しんだことがあるだろうに病人の扱いが酷い。普段は頼まずともまめまめしく私の世話を焼いてくれているというのに。何故だ。


「あ、悪魔と天使は風邪知らずだよー。ひいた事がないのー」


 ……。


 …………何だって?


 小さな疑問を抱えた私にタチバナさんが明かしてくれたその衝撃の事実。只でさえ鈍くなっている思考が一瞬止まった。いや、もしかしたら一般常識なのかも知れない。しかしこの世界での一般常識は私にとってそうではない。初耳だった。驚愕だ。

 なんだ、私は風邪でこんなにも苦しんでいるというのに目の前の彼らはひいたことがないと。どんな原理かわからないが一生ひかないと。……何だそれ。ずるいなそれ。

 何だか一気に気が抜けた。熱で熱くなった息を吐き出し、更にぐったり凭れてみる。あー、もう何もやる気が起きない。息をするのも面倒臭くなってきた。

 熱も相まって普段の5割り増し程物臭になっていると、私の身体に回されている腕へ緊張気味に少し力が入った。頭上から注がれる視線も様子が変わっている。詳しく説明すると大型わんこが鼻をスンスン鳴らしながら耳を垂れて反省しているような雰囲気がこう、ひしひしと……、…………くそう。私はこれを無視して寝付ける程神経図太くはない。


 重い瞼を気合いで抉じ開け、薄目で頭上を仰ぎ見る。

 少しぼやけた視界の中、赤い瞳と目が合った。


「……辛いか」


 分かり辛いがよく見ると心配の色を宿したその瞳。微妙な違いでこれまた分かり辛いが先程とは違った声色。そして熱のせいか、はたまた私の妄想が幻影となったのか、キリュウの頭に____垂れたお耳が……お、お耳がぁ……っ!


 もふもふの力は実に恐ろしい。気が付けば重くて動かせる気がしなかった腕を挙げ、彼の頭をわしわしと撫でていた。この大型わんこがキュンキュン悄気(しょげ)ている様子、堪らない。


 内心悶えつつ、さらさらと指通りの良い髪を思う存分に撫でる。撫でまくる。ヤバい、撫で心地良いな____そう思ったところでふと考えた。

 先程私を無理に起こそうとしたのは風邪がどのようなものか正確に把握していなかったからではなかろうか。体験したことがないのだ。そりゃどれだけしんどいのか分かるはずない。

 そういや彼らの戦闘中に私がぶっ倒れたときもこちらへ気が逸れていた。きっと悪化した風邪が倒れる程辛いものだとは思ってもみなかったのだろう。ふむ、なるほどなるほ__


「――!?」


 のんびり考察していた思考が真っ白になった。

 突然前振りもなくフワリと身体が浮き、地面から足が離れたのだ。


 呆然と見上げるのは晴れ渡った空。そしてキリュウの顔。

 それは先ほどと変わりはないが、見上げる角度が違う。そして背中にかかっていた体重が何故か膝の裏、そして脇の下へ移っている。……はて、これは。


 嫌な予感に視線をキリュウの顔から自分の身体へと徐々に移していく。

 視界に身体の全貌が収まったとき、その有り得ない光景に固まった。




 ……これって、俗に言う、お姫様抱っ____!!




「――こぅぁああッ!!――……ッ!!」


 私は咄嗟に奇声を上げつつキリュウの腕から逃れようとし____眩暈で撃沈した。


 体調は最悪。

 このこっ恥ずかしい体勢。

 見上げた先は悄気た大型わんこ。


 …………何故このような状況に。


 しっかりと私を抱き上げたキリュウは私が力無く彼の胸を押して抵抗を示しても一向に力を緩める様子がない。寧ろ落ちないよう更にガッチリ固定する始末。……どうやら私を地面へ下ろすつもりはないようだ。

 有り得ない。これなら先ほどのような酷い扱いの方がマシだ。絵面的にも可愛い子ならありだが私はない。確実に内面外面共にお姫様の器ではない。

 ____そこではたと気が付いた。これは断じてお姫様抱っこといったものではないのではないか。よく漁師が大物を釣り上げると両腕に抱え上げ、その大きさを噛みしめるではないか。きっとこれもそれと同じ範疇(はんちゅう)だ。実際私の目は死んだ魚そのものだろう。


 ……無理やり感が半端ないのは重々承知である。しかしこの現実から何とか目を逸らせないと発狂しそうなのだ。私は魚。私は魚なのである。


 必死になって現実から逃避する事に成功した私はだらりと屍のように力を抜いた。

 しかし、そこへまさかの伏兵による追撃が加わる。




「あ、そうだー、ホヅミ君ー?キミ、今日からヒイラギの番犬2号ねー」




 ……。




 何やら有り得ない事を聞いた気がする。いや、気のせいだろう。タチバナさんがそんな事言う訳がない。

 熱のせいで幻聴まで聞くとは、重症である。これは寝るべきだ。うん、寝るしかない。




 決意を固めた私はそそくさ夢の国へと旅立った。




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