066 闇色武器の真価
流石はド変態の笑みだ。破壊力が凄まじい。
直視してしまった私は大ダメージを受けた。笑み一つで不調だった体調を更に悪化させたるとは実に恐ろしい。……吐き気を催す笑みなど聞いたことがないのだが。
咄嗟に口元へ手を遣りながらふと考える。はて、私はこれと似た経験をした事がなかっただろうか?しかも何度も。
「――危ないなぁ」
随分上の方から声が聞こえた。思考を中断し、声がした方向へ視線をやると白い翼をばっさばっさとはためかせながら飛んでいるド変態がいる。奴の口から危ないという言葉が発されるのは酷い違和感を感じた。危ないのはお前の存在だろう。
現在、あの危うい色気駄々漏れの壮絶な笑みは鳴りを潜め、いつもの胡散臭い笑みに戻っていた。何故だか、見れば見る程殴り掛かりたくなる。あぁ、しこたま殴りたい。
しかし何が危ないというのだろうか。そう疑問に思って首を傾げていたのだが、何となく移した視線の先にとあるものを発見し、即納得させられた。
ド変態が先程まで突っ立っていた場所に闇色ダガーが柄のギリギリまで深くぶっ刺さっている。いつの間に投げたのだろうか。全く気が付かなかった。
ついついぶん投げたくなる気持ちは分からんでもない……いや、寧ろよく分かるくらいだがホイホイ投げても良いものだろうか。投げれば当然手元の得物はなくなる。丸腰ではないか。手放している間不利過ぎるだろう。
そう思いつつ彼の手を見遣るとあら不思議。その手の中には闇色ダガーが納められていた。ポカンと間抜け面で瞬きを何度かし、私はもう一度刺さっていた場所に視線を戻す。……あった。確かにそこに刺さっている。私は幽霊でも見たかのようにいつの間にやら2つに増えていた闇色ダガーを呆然と見遣った。
私が何故ここまで驚いているのか____それはこれが信じがたい光景だったからだ。たかがダガー2つ、されどダガー2つなのである。
魔力で出来た武器を生成するには勿論魔力が必要だ。キリュウの武器はパッと見ただけで他より格が上。上質で尚且つ大量な魔力をギュッと固めたようなそれなのである。
更に、魔力で作った武器の形を維持するにもまた魔力が必要な為、武器を出している間はガツガツ魔力が消費されてしまう。固めた魔力が上質な程、そして大量な程、形成維持に使う魔力量は比例して上がってしまうので自分に見合った量を把握し、調節することが大切だ。無理して大量の魔力を固めると魔力がすぐ底を尽いて武器自体維持できなくなるし、中途半端な量を固めると弱くなって使いものにならない。
それだけでも難しいのに更に複数のものを生成しようとすれば増産するに比例してコントロールが複雑になり、武器を維持する難易度は跳ね上がる。
因みに私は調節が下手なので生成できるのは解放状態でも辛うじて一つ。いつも限度を超えた大量の魔力を固めてしまうらしく、あまり長時間維持する事が出来ない。キリュウも大量の魔力を固めているようだし私と同じだと思っていたのだが……どうやら私は彼を甘く見過ぎていたようだ。あの質、あの量でしかも2つ。キリュウ凄い、凄すぎて化け物一歩手前だ。魔力量はさることながら、そのコントロール力はきっと一流曲芸師をも遥かに越えているだろう。
驚き、そして感心しながら彼を見ると、私と同じく彼もこちらを見ていた。何故か少しだけ瞳に心配の色を乗せて。
どうかしたのかと首を傾げれば安堵したように彼の口から小さく溜息が漏れる。うん、訳がわからない。
「……その毒気は無理だ」
すまなさそうに彼はそう言い、私の頭を一撫でする。いつもならばその魔法の手で吐き気が収まるはずのに今回は変わらない____あぁ、そうか。
この吐き気はフェロモン酔いだったのか、と今更ながらに気が付いた。どうりで妙な既視感がする訳だ。
頭を撫でられつつ言われた言葉を頭の中で反復する。『その毒気は無理だ』____……確かに奴は悪魔より余程悪魔らしいが腐っても天使である。元々の性質が反対なのだから悪魔のフェロモンとは勝手が違ってくるのだろう……が、天使にもフェロモンが撒けるとは初耳だった。これでド変態は私にとってとことん厄介な天敵になってしまったという事になる。何て事。
しかし流石は魔法の手。心情的な効果か何なのかは分からないが、繰り返し撫でられている内にほんの少しだけ体調が回復したような気がする。私は口を覆っていた手を離し、構わないと首をゆっくり振った。喋るのはまだキツイ。
「……え、マジ?全然効いてないの?」
私達の様子を見ていたド変態が驚きの声を上げて地上に降りてきた。
いや、見ればわかるだろ。滅茶苦茶効いている。先程は意地で塞き止めたが本気で吐きそうだった。いつだかの講堂で受けたフェロモン酔い級だった。あの人数分を一人で賄ったのだ。相当なものであろう。迷惑甚だしいので二度と撒き散らさないで欲しい。
色々と苦言を呈したい所ではあるが、今は半目で睨むに留める。言いたいことも言えないこの状態が何とももどかしい。
そんな私をド変態はまじまじと観察する。興味津々といった表情に嫌な予感しかしない。
「へぇ、ほんとに効いてないんだ……つくづく面白い存在だよねぇ」
ニヤリと口角を上げたド変態は片手をポケットに突っ込み、スルリと引き上げた。その手には黒いリボンのようなものが握られている。
間違いない____私のチョーカーだ。
ド変態はそれを目の前に垂らし、ぷらぷらと楽しそうに振りつつ言葉を重ねる。
「ふふ、ちゃんと持ってきたよ、ひぃちゃん。これ、大事だもんね?普通に返してあげる予定だったけど気が変わっちゃった。返して欲しかったら____俺のものになってよ」
反論する間もなかった。
ド変態が言い終わると同時に硬質な音が響き渡る____キリュウが攻撃を仕掛けたのだ。交差した白と黒の得物がギリギリと音を立てる。
何となく彼は後攻に回ると思っていたので先制攻撃をしたのには驚いた。キリュウってそんなに熱い奴だっただろうか。猪突猛進は私の専売特許だというのに。
大剣とダガーでは大きさが違い過ぎる。押し合いはキリュウの不利じゃないかと思われたが見ている限りそんなものは微塵も感じられないくらいに渡り合っていた。一体どうなっているのだ。意味がわからない。てこの原理は、力点、支点、作用点は何処へ行った。
私が呆然と交戦を眺めていると一瞬キリュウが私を横目で見た。そこから動くな、出てくるな、そこで大人しく見ていろ。……多分そういう事であろう。
触らぬ魔王に祟りなし。
イエス、ボス。私は一歩下がって傍観してますですよ。