063 鈍る思考が導く答え
私の扱う鎌は少し特殊だ。
普通、死神の武器は自分の得意属性の魔力を練り上げて生成する。火属性が得意ならばその属性の魔力で生成するので、見た目も特性も火属性の鎌が出来上がる。他の属性もしかり。
稀に2属性得意だという死神が両手に鎌を持っていたり使い分けている姿が見られるが、基本は一つの属性を使い続ける。
しかし私の生成する鎌はどれでもない____『無属性』だ。
何故この鎌を生成できるのかは私にもよくわからない。初めて生成したとき何となく出来てしまったのだ。タチバナさんは何か知っている風だったが、いつもの「うふふー」でかわされて結局解らず仕舞い。
口の固さに定評のあるタチバナさんである。いくら問い質したとしても答えが返ってくる訳ではないし考えてもわからないので、私はこの件について触れることを放棄した。よくわからないけど便利。それが私の認識である。
この鎌はそのまま使えば勿論火だの水だのといった属性はない。しかし私が魔力を込めれば忽ちその魔力の属性を持った鎌と変化する。無属性故に全属性の代物なのだ。ちょっと反則的な鎌である。
今、透明な鎌に緑色が混ざり、風を纏っているのは私が風属性の魔力を鎌に送り込んだためである。風といっても結構な威力があり、全力で降り下ろせば先程のように地面がごっそり抉れる程だ。風も吹いて涼しいし、今の時期には適した属性だと思っている。逆にこれを冬に使えば凍えそうになるのだけれども。
まぁ、今そんなことは置いておこう。私には時間がない。
早く目の前のド変態を倒してチョーカーを奪還せねば。
私は気を引き締め直すとド変態に再び斬りかかった。
「くたばれ!!」
鎌を振り上げたついでについつい攻撃的な心の声が漏れてしまった。まぁこれは仕方ないだろう。ド変態が相手なのだ。積もりに積もった恨み言の一言二言ぐらい漏れ出ても仕方がない。
それに対しド変態は「ひぃちゃんひどい」と言いつつも嬉しそうに顔を綻ばせている。この揺るがぬド変態っぷり……やはり気持ちが悪い。さっさと終わらせてしまいたい。できればこの一撃で。
しかし、私のそのささやかな願いは叶わなかった。私の渾身の攻撃はド変態の大剣で受け止められてしまう。
ガンッ、と重く硬質な音が響いた直後、得物同士の接点を中心に突風が放たれた。草花が風に舞い、木々がガサガサと音を立てる。
交差するそれの隙間から見えるのは恍惚とした笑み。今の攻撃で放たれた鎌鼬を避けきれなかったのか右頬がサクッと切れ、血が流れている。だというのにこの恍惚とした笑み。頬から口元へ流れてきた血をゆるりと出された舌で舐め、目を細める。そして更に深まるこの恍惚とした笑み。……変態の極みである。
今も風の力を借りてぐいぐい押しているわけだが…これでも受け止められるとかどんな馬鹿力だ。しかし今回は余裕の表情ではあるが得物を握る手は両手である。少しは追い詰められているのだろう。そうに違いない。そうでなければやっていられない。
一方、私も手がジンジンと痺れている。自分が放った攻撃も重いからだ。得物を取り落としては一大事なので手に力を入れ直し目の前にあるド変態の顔を睨み付ける。……が、にっこり笑みを返された。これだけ睨みを利かせれば鼻血垂れが相手ならば竦み上がるというのに……何この反応。もうヤダこの変態。戦い難くて仕方がない。
「ふふ、久しぶりに怪我した。やっぱひぃちゃんって興味深いよね。……その瞳も髪も」
うっとりとした視線を投げ掛けられ、ざわざわと鳥肌が全身を覆ったところで気が付く。またもや風でフードが外れていた。やべぇ、キリュウに怒られてしまう。
しかし元に戻そうにも私の両手は鎌を握ってしまっている。ギリギリと力勝負で押し合っている今、離す事なんてできない。……風は涼しくて快適だがこう何度もフードが外れてしまっては考えものである。
まずは体制を整えなければ。
そう思って一度強く力をいれて押した後、素早く下がって距離を取ろうとした____が、読まれていたようでド変態はニヒルな笑みを浮かべながら私が引くのに合わせて足を一歩踏み出し更に押してくる。
「――――ッ!!」
「折角綺麗な髪なんだから」
しまった、と思ったときにはもう遅い。
片足が浮いて踏ん張りがきかないところへ思いっきり押され、背中から地面に叩きつけられてしまった。背中に衝撃を受けたと同時に息が詰まる。覆い茂った草と柔らかな土壌がクッションになったとはいえ叩き付けられた背中が痛い。すげぇ痛い。
「あぁ、痛かった?ごめんね?」
にっこりと反省の色ゼロで謝罪の言葉を述べられてもムカつくだけだ。……といっても、恐らくそれもわかった上での行動だろうが。私を苛立たせる事に関してピカ一なド変態である。取り敢えず一発殴りたい。
しかし現状では拳を繰り出す所か防御で精一杯な状況。覆い被さられた形で力比べ続行である。
何とかせねばと考えるが形勢が不利過ぎる。そしてこの体制……なんと嫌なデジャヴであろうか。
思わず顔をしかめているとそれに気が付いたらしいド変態が壮絶な色気を放つ笑みを顔にのせた。嫌な予感しかしない。
「昨日の続き、する?」
「退けぇええぇえええッ!!」
ありったけの力を振り絞り魔力を練ろうとするが、焦り過ぎているからか上手くコントロールがきかない。いくらやっても魔力を集める端から飛散してしまう。非常事態真っ只中に落ち着こうと心掛けるだけで落ち着ける人などどれ程いるというのか。私には無理だ。
私のその必死な様子に「恥ずかしやがり屋さんだねぇ」とほざくド変態の目は完全なる節穴だ。しかしそれは今更なので妄言は右から左へと流し、何とかせねばと焦る頭で考える。
両足はド変態に押さえ込まれているしローブも踏んづけられているので蹴り上げるどころか身体自体あまり動かせない。魔力もコントロール出来ずに飛散してしまう。だから、えっと…………あれ?もしかして詰んだ?
そうこうしている内にも押し負けて少しずつ距離が縮まる。ヤバイ、早く何とかしなければ……っ。
こんな状況でも何か打開策があるはずだ。頭を使え、私。先ほどからやたら思考が鈍る気がするが、どうすれば。……わからない。あーもう、くそう、わからない。
目の前には迫ってくるド変態の顔。
____なんというムカつく面。
「――ッ!!」
「――ッ!!」
ガキン、と何かがぶつかる音が響く__と共に額へ訪れる焼け付くような鈍痛。
気が付けばそのムカつく面に盛大な頭突きをかましていた。