062 異端な鎌の使用法
ド変態の扱う武器は大剣。大きさは身の丈程もあるし、幅も広い。
といっても見た目は兎に角ボロイ。欠けているし、くすんでいるし、所々ヒビだって入っている。それこそ長い年月放置され老朽化が進んだような感じで、攻撃をその身で受け止めた拍子にぽっきり折れてしまっても納得の一品である。しかしその半面、妙に凝った装飾を施されているので、まさに『風化した大剣』とでも名付けられた太古の名剣だと言われていてもおかしくはない外装だ。
そして、その実際の威力は見た目に反してかなり高いようだ。突貫工事とはいえ、かなりの強度だと思われる水の檻をいとも簡単に両断してしまった。渾身の作であったのに。
それをこのド変態にやられたと思うと妙に苛立ち、私は奴を半目で睨む。
「うーん、分かり易いのに分かり難いんだね。ひいちゃんってホント面白い子」
どういう意味だ、それは。
いつの間にか気を取り戻したらしく、またニヤニヤとした笑みを浮かべるド変態。……ってちょっと待て、後ろの。何同感しているような空気を出しているのだ。全く、どいつもこいつも失礼な奴らである。
私が更に苛立っていると、もう意味を成さない檻からふわりと抜け出したド変態が地面に降り立ち、一歩、そしてまた一歩とゆっくりこちらへ近づいてきた。このまま檻を固定していても魔力を無駄に消費するだけであるし邪魔なので解除する。頑丈だった水の檻はただの水に戻ると同時に崩れながら落下し、ド変態の背後でバシャン、と音を立てて地面へ打ち付けられた。
「ひぃちゃんは優しい、というか甘いね。棘でそのまま腕なり足なり串刺しにしちゃえば動けなかったのに」
ド変態のその言葉に私は顔を引き攣らせる。
馬鹿野郎。誰が好き好んでスプラッタを見たいと思うか。そんなもの見ている方が痛い……というか今想像しただけで背筋に悪寒が走った。私の許容は精々喧嘩で負う怪我くらいなのである。知っての通り鼻血程度のものならば全く問題ない。しかし、腕や足がもげるだとか、内臓が飛び出るだとか、兎に角血肉が丸見えになっちゃったりする光景を眺めるのはキツイものがある。
よって、刺さなかったのはド変態が言う優しい精神とやらではないのだ。ただ単に私が見たくなかっただけである。
そうやって考えている内にもド変態は近づいてくる。気が付けばすぐ側まで距離を縮められていた。
____しまった。
「ふふ、真剣にやってよ――――もっと俺と遊んで?」
言うが早いか、降って来た大剣を咄嗟に鎌の柄の部分で受け止める。
ガンッ、と重い音が響き渡り、木に止まっていたらしい鳥達が驚いて何羽か慌しく飛び去って行った。
やはり大剣なだけあって一撃が重い。目線を少し下げると得物を片手で握っているド変態の手が見えた。表情も黒い笑みのままだし、まだまだ余裕があると推測される……このままではヤバイか。
痺れる手が鎌から離れてしまわないようギュッと左手を握り締めながら右手を放した。同時に右足も下げて身体を横へずらすと、ガリガリと硬質な音を立てながら鎌の柄上を大剣が勢い良く滑っていく。
攻撃を受け流し切ったのを確認した直後、私は下げた右足をそのまま踏み込み、跳躍してド変態と距離を取った。奴の動きを警戒しながら未だ痺れる手をぶらぶらと振り、感覚を戻す。こんな調子では奴の攻撃を連続で受け止める事など到底出来ないだろう____が。
「まだやれる」
私は振り返らずにそう言った。____後ろにいる心配性なパートナーに向かって。
流石は番犬。主人の危険を逸早く察知し、早速敵に牙を向こうとしている。
恐らく彼の手には綺麗な闇色の得物が握られているだろう。背後から流れてくる殺気が凄まじい。奴ではなく寧ろ私が萎縮しそうになっちゃうのでもう少しばかし抑えてくれれば嬉しいのだが。
背中を見せていても私の思いが伝わったのか、次第に殺気が薄れていく。同じくして長い溜息も聞こえた。恐らく許可……基、渋々承諾してくれたのだろう。お察しの通り、今下がれと言われて下がる私ではない。まだ一発もこの手で奴を殴ることが出来ていないのだ。このまま交代なんてしてしまったら腹の虫が収まらない。この荒ぶる苛立ちを奴にぶち込むまで、断じて下がったりするものか。
私は前を向いたまま、我侭をきいてもらって本当に申し訳ないという気持ちを有りっ丈込め、「ごめん、ありがと」と言葉を投げかけた…………が、今度は返事どころか反応すらない。何だ、拗ねたのか?
その一連の様子を黙って見ていたド変態がクスクスと笑い始めた。うわ、もう何だよ、気持ちが悪いな。
ジロッと睨む私にド変態はさも愉快だといわんばかりに今度は蕩けるような笑顔を見せる。うむ、何度でも言おう。気持ちが悪いな。
「やっぱ良いね。楽しいや」
「……」
一体このド変態は何が楽しいのだろうか。こちらはちっとも楽しくないのだが。
どうしても湧き出てくる「やっぱこいつと関わりたくない」という気持ちを無理やり押さえ込み、私は鎌を握り直した。
攻撃をされる前に今度は此方から仕掛ける。
私は地面を蹴り、一気に距離を縮めて懐へ飛び込んだ。それと同時に鎌を薙ぎ払う。
ド変態はそれに合わせて後ろへ跳躍し、やはりあっさりと私の攻撃をかわした。
「そんなんじゃ当たらないよ?」
そんな事は知っている。
当たらないというのは体験済みだ。私だってそこまで馬鹿ではない。
____では、これではどうだ。
「――ッ!!」
次に鎌で切りつけた瞬間、物凄い轟音を立てて地面が抉れた。土煙が立ち上がり、巻き起こった風がガサガサと木々の葉を揺らす。
降り注いでくる落ち葉の中、私はまたもや地面深く刺さってしまった鎌をズボッと抜いた。狙ったはずのド変態はそこにはいない。奴め、何処へ行った。
気配を探りながら目を凝らしてそのままじっとしていると、視界を遮っていた土煙が風に流され徐々に明けていき、ド変態の姿が見えてきた。
袖がスパッと切れているようだがどうやら上手く避けられたらしい。それを確認した私は思わず舌打ちをする。
「……へぇ、何それ」
恍惚とした様子で「ホントに退屈しない」と言葉を付け足し、笑うド変態。攻撃されてこの反応……やはりド変態の名は伊達じゃない。
尚も吹き続ける風にド変態の髪がサラサラと踊り、私のローブをはためかせた。
外れかけるフードを片手で押さえ、もう片方で握っているそれをチラリと見る。興味深そうにド変態が眺めている…………私も使うのは物凄く久しぶりだ。
ド変態の言う『それ』とは私の武器。
今まで無色透明だったそれは現在緑色が混ざり、風を纏っていた。