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死神亜種  作者: 羽月
◆ 第二章 ◆
62/85

060  報復ついでに奪還



 ____長かった。とてつもなく、長かった。


 早くも精神と体力を擦り減らし、思わず溜息が出てしまう……あんな体験など二度としたくない。

 こんな状態で果たしてド変態と渡り合えるのだろうか。まだ合流すらしていないというのに。


 封魔石の件でブルジョアを軽く呪ったあの後、またもや例の公開処刑を体験した。私は何とかそれを乗り切る事に成功した……が、思い出すのも悶絶モノなので詳細は割愛させてもらう。

 無事寮内を通過した後、キリュウは寮を一歩出るなり死んだ魚ような目をした私を抱えたまま一旦昨日の森へと移動した。ド変態と別れた所ではなく、そこから少し離れた場所だ。(そび)え立つ立派な木や茂みが死角を作ってくれているので身を隠すのに丁度良い。

 キリュウは周囲を確認して私を地面に下ろし、あの便利な四次元の闇を出現させ、ローブを取り出してくれた。そそくさと引ったくるようにそれを頂戴し、羽織った私。精神面の防御力が大幅に上がったような気がする。しかしこのローブ、ボタンが胸の上に一つあるだけなので少し走れば中が見えてしまう。ド変態との戦闘だって十分に有り得る、というか一発殴らなければ私の気が済まないので戦闘は必須だ。それなのにこの格好では心許ない。

 出来れば制服に着替えたいところだか昨日の苦い思い出が頭を過ぎる。また何かハプニングが起きて乙女の領域を晒すわけにはいかない。故に私はスパッツのみをキリュウに請求した。いつの間にやら洗濯してもらっていた制服一式はキリュウによって四次元の闇に収納されている……まぁつまりは没収されているという事なのだが。

 既に寮からは出たし、スパッツを着用するくらいなら良いかとキリュウも思ったのだろう。私はあっさりと彼の了解を得る事に成功し、お取り寄せしてもらったそれをローブの中で装着。漸く一息着いた所である。


 溜息を吐き出しながら見上げると、覆い茂る緑の間からキラキラと光が差し込しこんでいる様が窺える。それが少し眩しくて目を細めている私の背後から涼しい風が優しく身体を撫で、周りの葉をカサカサと揺らした。普段ならこの癒し空間と清涼さに多少は疲れが取れるはずなのだが、この疲労感は拭えそうにない。


「――――良いか?」


 もそもそと動く気配が消えた事に気が付いたのか、キリュウがそう尋ねてきた。私が「あ、うん」と肯定の言葉を返すと彼が振り返る。

 別に昨日のように下着姿になるわけではないし、履くのはローブの中なので私は一向に気にしていなかったのだが、彼は律儀に後ろを向いていたのだ。先程の「良いか?」と問い掛けられたのは履き終わったかどうかの確認である。

 ……そんな事に気を回すなら数分前の寮で回して欲しかった。


 見上げていた景色からキリュウへ視線を移すと彼は何故か思案するようにジーッと私を眺めていた。何だろう。朝食べた米でも付いているのだろうか。

 首を傾げる私にキリュウはゆっくり近寄って手を伸ばしてきた。そして私の髪を手で梳き始める。気になったのは髪だったらしい。これでも一応直したつもりなのだが不合格を頂いたようだ。

 別段止める気もしなかったのでされるがままになっていると、彼はもう一度闇を出現させてバレッタを取り出した。そういや忘れていたな。なんかやたら暑いと思ってはいたが原因はそれだったのか。ちょっぴり忘れがちな娘をしっかりフォローしてくれるとは。流石はママン、私はもう彼に足を向けて寝られない。

 ボケーっとしているうちに、彼の手で手早くスルスルと髪を纏められ、カチリとバレッタで留められた。毎度思うが何だその器用さは。是非とも分けて欲しいものだ。

 キリュウのお陰で髪が首から離れて涼しくなった。髪を纏めてくれたお礼を言う為、彼を見上げる……が、何故かまたバレッタを見たまま眉間に皺を寄せている。

 ……む、何だ?やはりこれが欲しいのか。


「いらん」


 キリュウが心の声にスッパリ応え、これで仕上げとばかりにローブのフードを被せてきた。暑い。

 髪の色を見られないようにする為とはいえ、これではバレッタの意味があまりない。彼は悪くないが、思わず恨みがましい視線を送った____その時。


「!?」


 ____背後にふわりと風が吹き、何かが降り立つ音がした。


 振り返る間もなく素早く腕を掴まれ、身体を前方に引かれる。




「――――おはよ、ひぃちゃん」




 聞き覚えのある無駄にエロイ声。


 それを聞いた瞬間、一気に鳥肌が立った……うわぁ、後ろ振り返りたくない。

 しかしそういう訳にもいかない。私は本日、一発殴ってチョーカーを取り戻す為に此処へ来たのだ。この場から離れたい気持ちを抑え、気合を入れて振り返る。


 ____そこにはやはりというか何というか、ド変態が立っていた。


 その姿が目に入った瞬間、思わずゴミを見るような目になったというのにド変態は一向に気にならないらしい。寧ろ何故か嬉しそうに笑って「迎えに来たよ」と手をヒラヒラと此方に振っている。こんなドの付く変態の迎えなどいらない。というか何故私達が此処にいるとバレたのだろうか……やはりド変態というものは計り知れないものがあるのだろうか。気色が悪い事この上ない。

 ドン引きな私を面白そうに眺めていたド変態は次いで私の背後に視線を遣り、ニヤニヤと気持ちが悪い笑みを浮かべ始めた。本当に何を考えているのか解らない生き物である。


「折角再会のハグしようと思ったのに邪魔されちゃった、残念」


 サラッと告げられたその言葉に私は固まる。

 このド変態、何とおぞましい事を……。


 私はチラリと自分の腕に視線を落とした。私の腕を掴んでいるのはキリュウの手だ。

 どうやら咄嗟に腕を引かれ、彼に救出されていたらしい。キリュウ、マジナイス。

 そのまま視線を上げると眉間に皺を寄せてやたら不機嫌なキリュウが見えた。何故不機嫌なのかはよく解らないが、私の腕を掴む反対の手にいつの間にか得物が装備されている事から既に戦闘体制に入っているらしい事は十分理解できた。()る気満々か。


「――下がっていろ」


 腕を開放し、有無を言わさないといったようなやたら迫力がある低い声でそう私に指示を出したキリュウ。少し魔王様モードに入っているようだ……相変わらず怖ぇ。


「………………ヒイラギ」


 少し間を空けてキリュウが咎めるように私の名前を呼んだ。

 原因は私が下がるどころか前に一歩進んだ事だろう。肩越しに振り返ると目を細めた恐ろしい形相の魔王様と目がかち合う。やっぱ怖ぇな、おい。

 あまりの迫力に一瞬たじろいでしまったが、それでも私はその目を見たまま口を開いた。


「私がやる」

「……」


 そう言った瞬間、出来れば見たくなかったいつぞやの禍々しい黒いオーラが彼の周りに渦を巻き、先程言った事を少し後悔し掛けてしまう。無言の圧力が凄い。

 ……いやいや、しかしこれで良いのだ。彼に任せるのは何か違う。

 これは私に売られた喧嘩だ。やはり自分で買うべきだと思う。というかあのド変態を自分で殴らなければ気が済まないのだ。諸々(もろもろ)の恨みは相当深い。

 そもそもチョーカーを取られたのは私の不注意が原因だ。


「私がやる。……でも無理そうなら手伝って」


 彼を見たままもう一度告げる。

 しかし正直なところあまり自信がないので一言付け足した。これくらいは良いだろう。チョーカーは絶対取り返さなければならないのだし。

 そのままジーッとキリュウ見ていると、少し間を空けて彼は深い溜め息を吐いた。彼を纏っていた禍々しいものは消えて今度は呆れ返ったような表情をしている。良かった、どうやら魔王モードは解除されたらしい。


「勝手にしろ」


 これは許可が下りたと取って良いだろう。

 私は彼に「ありがとう」と返して首を前に戻し、ド変態と向き合った。黙って此方を見ている表情はやけに楽しそうだ。すぐさまその顔をボコボコにしてやる。


 私は一度目を閉じて集中した後、目を開き右手に思いっきり魔力を集めた。

 眩い光が私を包む。


「!」


 ド変態が驚愕の表情で目を見開いたのが何となく気配で伝わってきた。

 この光の中、目を開けられるとは……と思ったが、そういや奴が空間魔法を使った時に発生した強い光も平気そうだった事を思い出す。光属性の魔法は天使にしか使えないらしいし、耐性が強いのかもしれない。

 そう考えている内に私を包んでいた光が収まり、右手に馴染んだ感触を感じることが出来た。自前の鎌を出現させたのだ。

 私の手に握られている透明の鎌を目前にしたド変態は「……へぇ」と驚いた声を零し、笑みを深めた。

 そんなド変態を私は睨みつけ、口を開く。


「――――ぶん殴る……ッ!!」


 そしてチョーカーを取り戻す。




 私は得物を握り締め、ド変態に向かって跳躍した。




 今回ヒイラギが割愛した悶絶モノの詳細は後々、裏のキリュウ視点でお送り致します。

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