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死神亜種  作者: 羽月
◆ 第二章 ◆
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058  逃れられない現実



「………」


 どうしよう、全く以って記憶が無い。というか……途切れている。


 私は目を瞑ったまま現状を把握しようと勤めた。瞼の裏側は真っ暗闇だ。辺りはすっかり暗くなっているのだろう……今、一体何時なのかもさっぱり分からない。

 時刻を知るのを諦め、私は途切れる前の記憶を手繰り寄せた。確か色々あってキリュウの寝室に忍び込み、密かに高級ベッドを堪能していたはずだ。端っこで。堪能した後、彼が起きる前にそそくさと撤収____する予定であったのだが……あれれ、まずいぞ。撤収した時の記憶が無いとはどういう事だ。

 それにこの身体が埋もれる心地好い感じ……ソファさんでない事は確かだ。ソファさんは埋もれるのではなく、沈むのだから。


 ……それが導き出す答えは、つまり____


「…………」


 ……うむ、潔く認めよう。どれ程足掻こうが、はたまた願おうが現実は覆りなどしないのだ。私が現在寝ている場所はキリュウのベッドで……間違い、ない。


 まぁそれは取り敢えず置いておこう____更なる問題が発生しているのだから。


「…………」


 ……あぁ、どうしよう。目、開けたくない。


 私は今、何かに抱き付いているようだ。すべすべしていて、でも何か固くて……そして生暖かったりして。身に覚えのあるこのやけに心地好い温度が何とも憎い。いつかの湯たんぽ機能付き抱き枕を彷彿とさせる。

 ……コレが何かなんて考えたくない。今度こそお縄を頂戴する気がする。

 しかしどうしてこうなった。保健室とは違い、大分距離があったはずだ。……まさかダイナミックな寝相を披露し、寝ぼけて抱き付いてしまったというのか、私。それはキリュウが華麗に披露する予定ではなかったか。


 そんなこんなでずっと固まっているのだが、この状態からどうすれば。出来るならばこっそりゆっくりバレないように抜け出してしまいたい。

 ……だが困った事にそれを阻害するもうひとつの問題があった。


 ____身体が重い。


 もう少し詳しく言うと脇腹辺りに何か乗っている…………恐らく、キリュウの腕が。彼が寝返りをうった時にでも乗っかってしまったのだろう。

 ここから何事もなく脱出するには起こさないようにそっと離れるだけではなく、この乗っかっている腕を慎重に退かさなければならない。……出来るだろうか。

 幸いまだ相手はゆっくりと呼吸しているだけでピクリとも身じろぎしていない。まだ寝ているのだろう……と信じたい。


「………………」


 さぁ、腹を括れ、私。


 落ち着かせるために一度深呼吸をしてから瞼をそっと、そーっと開け____


「夢か」


 ____即、下ろした。


 何というデジャヴ感。これはあの時の夢に違いない。

 赤い瞳と私のそれがかち合うところなんてそっくりではないか。あぁ、間違いない。これは夢____


「……おい」


 ですよね。


 夢オチは許されませんよね。現実逃避して申し訳ございません。

 冷や汗を背に流しながら私はゆるゆると目を開けた。再び合わさる視線と視線。私の上に乗っかっている腕と反対のそれで頭を支えながらこちらを見下ろしている彼は怒っていないようだがその瞳から感情を読み取ることは出来ない。


「……おはようございます」

「……もう夜だがな」

「こんばんは」

「……」


 あれ、何だか物凄い既聴感が。

 キリュウも同じ事を思ったのか溜息を吐き出した。それと同時に腰に置かれていた腕が退かされたので私もそろそろと彼の身体に回していた腕を解く。そしてゆっくりと距離を取りつつ身体を起こし、端っこに辿り着いたのを確認した後、膝を折って姿勢良く座り、深く深く(こうべ)を垂れた。


「ごめんなさい」


 広々としたベッドの端っこで故郷日本より代々伝わる伝統的謝罪姿勢、つまり土下座で謝る私。土下座なんてもの使う機会など一生ないと思っていたのだが……人生何が起きるか分からない。取り敢えず心からの謝罪を試みた所存である。

 断じて、断じて痴女ではないのだ。……まぁ説得力は皆無かもしれないけれども。


「…………」

「…………」


 ……何か応えてくれないだろうか。


 キリュウが黙り込んだ事で何とも言えない沈黙が流れていた。あれ、ヤバい?怒ってる?

 気まず過ぎて顔は上げられないので私は依然土下座姿勢を維持している。……「面を上げよ」とか何でも良いから反応を返してくれないかな。引っ切り無しに背中へ流れているこの冷や汗を止めて欲し____


「――うわぁっ!」


 いつの間にか傍まで近づいていたキリュウにいきなり首根っこを捕まれた。猫か。

 というか何だ?まさかこのまま警察に連行されてしまうのか?ちょ、それだけは勘弁して下さい……ッ。

 あわあわと慌てる私を他所にキリュウは溜息をつきながら運んでいく。私を片手で掴んだまま埋もれる布団の上を歩くのは難易度が高いだろうに、日頃の慣れかサクサクと淀みない足取りで歩く彼。ベッドの端っこにいた私をあっという間に中心に引きずり込んで…………ん?あれ?出口はこっちじゃないぞ?


「へぷぅっ!」


 疑問符を頭に浮かべていると、ぺいっと放り投げられてしまった。ダメージはないが勢いよく顔から突っ込んだ為、深く埋もれて息が出来ない。何をするか。


「ぶゃっ」


 勢いよく顔を上げて彼に文句を言おうとした所で今度は上掛け布団の襲撃にあった。一気に真っ暗になった視界の中、もがもがと足掻いてやっとこさ顔を出すことに成功する。

 軽い混乱に陥りながら何だ何だと辺りを見回し元凶である彼を探すと私から人一人分空けた場所へよっこいせと潜り込んだ所だった。……一体何だこの状況は。意味が分からない。

 流石にポカーンと固まっている私に彼は肩越しに振り返り、淡々と一言だけ告げた。


「寝る」

「…………」


 どうやらまだ寝足りなかったらしい。


 彼は言うなりさっさと私の反対側を向いて布団を深く被り直した。こちらに後頭部を向けている上、黒い上掛け布団を首までスッポリと被っているので黒い物体としか見えない。

 言葉通りバッチリ寝る体制になった彼は私がボケッとしている内に寝息を立て始めた。恐ろしい程寝付きが良いな。流石は私のパートナー、私と良い勝負かもしれない………………でなくて。


「……」


 これはもしかして……許してくれたのではなかろうか?

 というより、そもそも怒ってなかったのかも知れない…………良かった。豚箱入りは免れたようだ。


「…………あふぁ……」


 盛大な欠伸が出た。

 安心して気を抜いたら睡魔が襲ってきたようだ。隣を見るとスヤスヤと寝ている黒い物体……じゃなくてキリュウが視界に入る。


「……」


 眠気で思考が鈍ってきた上、移動する気力も残っていない。色々と諦めて私はそのまま瞳を閉じ、眠りの世界へと旅立つ事にした。


 ……寝る間際、好きな所で寝て良いという事は此処も選択肢の一つであるし、抱き付くくらいの接触は既に何度もしているので何ら問題はなかったのでは、と今更ながらに気付いたのだった。




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