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死神亜種  作者: 羽月
◆ 第一章 ◆
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005  陰湿遊戯に踵を贈呈

※ 少しばかりの流血表現があります。本当に少しばかりですが。



「おはよう」




 机に突っ伏してから早々寝るのを諦め、しげしげと講堂内を見回していた私。こんな五月蝿いところで寝られるわけがなかったのだ。


 そんな私に冒頭の挨拶が隣から飛んできた。見回していた目線をそちらに向けると黒学の男子生徒がニコニコと胡散臭……いやいや、一見人当たりのよさそうな笑顔を私に向けている。悪魔なのでもれなくこいつも美形である。

 出来るだけ関わりたくないが、何かされたわけではない。ただの挨拶だ……無視するわけにもいかない。


「おはよ」


 両手を鼻と口に当てているのでくぐもってしまったが伝わっただろう。挨拶は済ませたとばかりに、また講堂内ウォッチングへと専念する。


 今、私がいる講堂は円状のホールで、中心に向くようドーナッツ状に席が設けられている。そして後ろの席になるにつれて高度は上がっていく……サーカス会場みたいなものだ。ぽっかりと空いた中心には少し大きな机と椅子が3つずつ、こちらと対面するように三角形を描いて設置してある。主に講師が喋るスペースだ。私が座っている場所は後ろの方の席なので全体が中々よく見渡せる。


 こうやって見回していると男女の数が均等に取れている死学と違い、黒学は女子が圧倒的に少ないことに気が付いた。それでも男臭さを微塵も感じさせないどころか、寧ろ華やかになっているのは流石といったところか。


 ……しかし何処を見ても夜の店のような光景が視界に入るので落ち着かない。


 黒学男子に骨抜きな死学女子や、数少ない黒学女子に鼻の下を伸ばしきった死学男子。そこまでは解るのだが、黒学男子に頬を染めている死学男子がいるとはこれいかに。いくらあっちの女子生徒の数が足らないからってそれはアウトだろ。……いや、黒学の生徒が美形故にセーフか?…………いやいや、ギリギリアウトだ。

 何故なら男子が男子に頬を染めて恥じらい、身体をもじもじさせているのをリアルに見るのは決して気分が良いものではないからだ。こんな公の場でやられるのは勘弁である。是非人目に付かない所でこっそりやってくれ。それならアウトとは言わない。ギリギリ………………セウトだ。

 だだっ広い講堂内にその光景が隙間なく詰められていると想像してほしい。実にシュールである。

 ここは何処の店ですかね。何やら幻聴まで聞こえてきそうになる。はーい、こっちピンク入りまーす。はいはーい、こっちはタワーお願いしまーす。


 ……ところで私帰って良いですか?


「大丈夫?」


 また隣から声が飛んでくる。そちらを見ると先程挨拶してきた奴と目が合った。どうやら私に話し掛けているようだ。

 大丈夫かとは体調の事を訊いているのだろうか?……まさか頭ではなかろうな?先程まで阿呆な事を考えていたのがバレたとか?口に出して…………はないはずだ。うん、大丈夫。奴らのスキルに読心術とかがなければ………………そういえばサカキの説明ちゃんと聞いてなかっな。


 ……。

 …………。


 ……今更ながらにその部分が物凄く気になってきた。読心術スキルがあるよ、みたいな話だったらどうしよう。あのときしっかりと聞いていなかった自分が悔やまれる。


「えっと、余計な節介かもしれないけど……良かったらこれ使って?」


 思考の渦に飲み込まれて黙り込んでいた私に話し掛ける黒学生徒。

 ……ん?使って?


 知らぬうちに下を向いていた顔を徐に上げると、目の前に綺麗に畳まれたハンカチが差し出されていた。ハンカチを持ち歩いている男子生徒とは珍しい……じゃなくて。何ぞこれ?

 頭にクエスチョンマークを浮かべて隣人を見やる。すると彼は少し困ったような表情をし、小声で


「……鼻血出てるんでしょ?」


 と、のたもうた。


 ハナヂ?…………鼻血?

 ……。


「此処に入ってきたときから鼻押さえてるでしょ?……ホントごめんね。気にせず使って?」


 黙ってハンカチを見ている私に彼は小声で更に追撃を仕掛ける。私の目は据わっているのだが全く気付く様子はない。

 ……つまりはあれか?私はお前らの魅力に当てられて思わず鼻血ぶーたれ娘になっちゃったと?原因は見目麗しい僕ちゃん達のフェロモンなんだけど、こればっかりはどうしようもないんだ、ごめーんねぇー、と?

 恐らく過去に実際こんな事態があったのだろうけど……すげぇな。自分達のフェロモンのせいだと信じて疑っていない。例え美形だとしても自信過剰もここまでくるとドン引きだ。


「……いや、鼻血なんて出てないのでいらないですよ?」

「あぁ、ごめんね。無神経だったよね。……でもそのままだと嫌でしょ?」


 ……うん、話が全くもって通じない。言葉自体は解るのに不思議なものだ。

 悪魔ってこんな奴らばかりなのだろうか?……こんな奴らがパートナーとか…………欝だ。


 弁解するのもアホらしいので無視して席を立つことにした。サカキは相変わらずなので放っておくことに。彼女は奥の手、怪力というものがある。もし何かあっても大丈夫だろう。

 よっこらしょと心の中で呟き、私は席を立つ。


 ____そのとき、何か嫌な視線を感じた。


 そちらに目を向けると、近くにいた別の黒学の生徒達がこちらを見ていた。

 チラチラと見ては隣に座っているもう一人の黒学生徒とくすくす笑っている。嫌な感じだ。よく見るとハンカチ野郎とも視線を交わしているようだった。

 ……あぁ、そういうこと。何という陰湿なやり方だ。


 つまり私は祭り上げられていたのだ。私は本当に鼻血なんぞ出していないのだが出していると仮定すればどうだろう。

 知られたくない事実を美形男子に知られ、ハンカチまで渡され心配される。美形男子のハンカチを鼻血で汚すことは躊躇われて必死に断るが相手は引いてくれない。結局強引に押し付けられるが使うことは出来ず、どうしたら良いのかわからなくなる。

 垂れているものが涙なら何も問題ない。恋に発展しそうな典型的な展開である。

 だが、今回の場合はどうだろう?

 涙ではなく、鼻血。そう、鼻血の場合なのである。


 普通の女の子なら恥ずかしい事この上ないだろうし、わたわたと慌てまくるだろう。その様を多人数で笑いながら観察するのだ。もしかしたら優しくした後に突き落とす気でいるのかもしれない。

 ……悪質にも程があるだろ。


 私がこちらをチラチラ見ている彼らに気が付いた事を知ってか、ハンカチ野郎は心配顔を止め、今度はにやにやと嫌な笑みを浮かべている。

 ……あぁ、うん、よくわかった。これが悪魔か。

 やられたらやり返す……というかその根性叩き直す。


 こういう輩は____大嫌いだ。


 私は今まで鼻と口を押さえていた両手を離した。

 目の前のハンカチ野郎の目が点になる。

 まぁ出ていると信じてやまなかった鼻血が出てないんだもんな。びっくりするよな。

 私は彼ににっこりと微笑んだ。




「ご心配どうも?」




 言うが早いか私はハンカチ野郎の顔面に回し蹴りをお見舞いした。


 斜め上から下に振り下ろし、若干踵落としの様になったので奴は吹っ飛ぶことはなく、強かに床に叩き付けられる。吹っ飛んで他の人に迷惑がかからないようにするための私なりの配慮である。少々大きな音を立ててしまったが……こればかりは仕方がない。

 椅子から落ちて床に倒れこみ、苦しそうに唸っている所へ、私は仕上げとばかりに言葉を吐き捨ててやる。


「テメェで使えよ、鼻血垂れ」




 ____彼の鼻からは夥しい量の血が流れていた。




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