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死神亜種  作者: 羽月
◆ 第二章 ◆
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057  抑えられない睡眠欲



「――御馳走様でした」


 パチリと手を合わせて空になった器にお辞儀をする。腹が満たされ、幸せ一杯な私である。

 キリュウは最後の最後までこちらを見ていて食べ辛い事この上なかったが満腹になると何だかどうでも良くなった。というかそもそも高級牛丼を与えてくれたのはキリュウだったと思い出した。与えて貰っている以上私は文句なんて偉そうに言える立場ではないのだ。ゴチです。

 さり気に出された食後のお茶を頂きつつソファにもたれ掛かる。風呂を借りて身体もスッキリしたし腹も満たされた。そして食後のお茶を飲みながらソファにもたれ掛かり寛ぐ____とくれば。


「……お前は赤子か」


 否定できない。


 呆れたようにキリュウが言う。噛み殺す事に失敗したとびきり大きな欠伸が出てしまったのだ。ついでに言うと軽く船なんかも漕いでしまっている。他の欲求が満たされたからか、今度は睡眠欲がズズイと表に出てきて兎に角眠い。

 今すぐにでも寝こけそうな私の手には未だお茶が握られている。キリュウは今にも零れそうなそれをひょいっと取り上げてテーブルに置いた。見よ、これが私の自慢のママンだ。お茶、美味しかったよ。ありがとう。

 相変わらず船を漕ぎ続ける私をチラリと見遣り、キリュウは席を立った。少しして帰ってきた彼の手にはタオルケットが握られている。


「好きな場所で寝ろ。……俺も寝る」


 寝るのか。


 おまけをしても夜とは言えない今は寝るには早い。どちらかというと昼寝の時間だ。しかしそういや初めて会った時も彼は授業をサボって保健室で寝ていたなと思い出した。きっと彼も寝る事が好きなのだろう。流石はパートナー、益々気が合いそうだ。

 私にパサリとタオルケットを掛けたキリュウは手前の扉を開けて消えていった。寝室なのだろうか。

 キリュウを見送った後、掛けられたタオルケットを更に肩まで引っ張りぽすんと横たえた。……あぁ、この沈む感じが堪らない。今、私の表情はゆるゆるで気持ちが悪い事請け合いだ。

 このままソファで寝ても良い。何も問題はない、寧ろ快適…………なのだが、こんなにも高級な家具がそこらに設置してあるのだ。もしかしたらこれを上回る寝床があるかもしれない。キリュウからは好きな所で寝て良いという許可が下りている。それはつまり、部屋を勝手に探索して良いという事だろう。折角このような自分に縁など一生ないと思っていた豪華部屋に来たのだ。もう二度とこんなチャンスはないだろう。……一刻も早く最良な寝床を確保し、是非に堪能しなければ。


 そう決意し、私は飛びそうになる意識をつなぎ止め、ゆるゆると身体を起こした。

 ぐるりと周りを見渡し、確認すると残る扉は全部で3つ。キリュウが入っていった寝室と思われる部屋の反対側から覗いていこう。


 さて、まず一つ目だ。


 私は黒大理石の上をペタペタと歩き、一番遠い扉の前に立った。全体的に黒で持ち手が金、そしてこれまた金で細かい装飾が施してあるやたら豪華な扉である。……どうでもいいが部屋全体が黒と金ばっかだな。センス良く金が配色されて何処か高級デザインマンション的な雰囲気を醸し出しているこの部屋は何だか落ち着かない。寮だし、家具も私物ではないと彼は言っていたので彼が望んでこのようなデザインになったわけではないようだが……彼はこのような場所で落ち着くのだろうか。私はアイボリーとかナチュラルな色合いが落ち着くのだけれども。……まぁいいや。それよりも寝床を探そう。

 今はどうでもいい思考を遮り、私はワクワクしながらゆっくりとドアノブを回し、中を覗いた。


「………………ん?」


 何だこれ。


 私は思わず首を傾げながら眉間に皺を寄せた。

 覗いた部屋に素敵な寝床は見当たらなかった。それどころか家具一つ存在していなった……黒で囲まれた四角い空間があるだけである。

 彼は「使わない部屋の方が多い」と言っていたが……確かに。うん、確かに使ってない。これでは踊る他使いようがない。キリュウに限ってこの部屋がダンス用という事は有り得ないだろう。


「…………」


 ……ある予感が頭を過ぎるが私は黙ってその扉を閉め、真顔で早足に隣の扉へ移動した。

 先程のものと同じデザインのそれに手を掛け、ガチャリと開け放ち____


「…………」


 ____閉める。


 そして最後の扉にももう一度同じ行動を繰り返した。

 パタン、と扉が小さな音を立てて閉められた後に訪れた妙に虚しい静寂を私の呟きが遮る。


「………………ない」


 …………何もない。


 開け放った先に広がった光景はすべて同じものだった。好きな所でって……選択肢はソファの一択しかなかったのではないか。……あ、いや、三択だな。床かソファかテーブルの。

 物凄く期待していた分、落ち込み度が半端ない。影を背負って魔性のソファへ帰還するが確かに先程まであったはずのトキメキが無くなっていた。どうやら自分は欲が深いらしい……何て事。


 ふと顔を上げるとまだ開けてない扉が目に止まる。

 …………そのまま目が反らせない。


「………………」


 ……いや、いやいやいやいや。駄目だろ。それは駄目だろ、自分。

 乙女がする行動ではないと、やってはいけない事だと分かっている____だがしかし、そう思う反面、私の中の小悪魔さんが囁くのだ。




 __やっぱベッド、高級なんじゃね?

 __布団、ふかふかなんじゃね?

 __これの期を逃すと…………二度とチャンスはないんじゃね?




「………………」




 ……あれ、おかしいな。足が勝手に前へ進んで行く。


 ウィナー小悪魔。最後の囁きが勝敗の決め手であったらしい……自分の理性がこんなにも蒟蒻(こんにゃく)だったとは知らなかった。


 気が付けば目の前にキリュウが入っていった寝室だと思われる部屋が。


「…………お邪魔しまーす……」


 私は蚊の鳴くような声でそう言いながらそっとドアノブに手を掛けた。

 慎重にそれを捻ればカチャ、と無機質な音を立てて呆気なく開く。鍵は掛かっていなかったらしい。無用心だな。

 出来るだけ音を立てないようにドアをそっと引いていく。……あれ、妙な動機がしてきたぞ。何だか私、着実に痴女街道なるものを歩んでいる気がす…………いや、まさか。そんな馬鹿な。


「――――わ……っ!」


 思わず感嘆の声が出てしまった。いかんいかん。お口チャックだ、私。

 これ以上声を上げないように口に手を遣りながら私は目の前のものにキラキラと目を輝かせた。


 ___ちょ、デカイ……すげぇ。


 扉を開けた私の目の前には期待以上の素敵なベッド様が威風堂々と鎮座しておられた。

 天蓋こそなかったものの見た目の豪華さは勿論、大人が10人並んで寝られるような広々としたベッドだ。キングサイズを遥かに上回るその広さに驚きを隠せない。何故ここまで無駄なスペースを…………まさかキリュウはダイナミックな寝相をしてしまうのか?もしそうならばどれだけ転がれば気が済むのだ。目が回るぞ。

 ヒタヒタと慎重にベッドに向かって足を運ぶ。真ん中辺りにぽこっと山が見えた……あれは多分キリュウなのだろう。綺麗な黒髪がサラリと黒いシーツに流れている光景が近付いていくとハッキリ見えてきた。黒に黒なので分かり辛くて仕方が無い。雑魚寝すればトイレに行く際、うっかり髪といわず頭ごと踏ん付けてしまうだろう。シーツくらい白くすれば良いのに。

 観察すると規則正しく上下にゆっくりと布団が揺れている様子が窺える。……彼はぐっすり寝ているようだ。しめしめ。


 私はベッドの端に寄り、布団をペラリと捲った。これだけ広いのだ。端っこがちょこっと沈むくらい問題無いだろう。

 にやける顔はそのままに、私はそこへコロンと転がり込んだ。


「――――ッ!!」


 感想は一言、________最高だ……っ!!


 何だこれ、何だこれ……っ!!


 沈むのではない、何て言うか…………埋まる。身体にジャストフィットして埋まる。決して窮屈でもなく苦しくもなく、寧ろ最高に気持ちが良い。埋まっているのに寝返りも易々と出来てしまうという摩訶不思議な弾力だ。シーツの肌触りもサラサラとして気持ちが良いし、何だかアロマっぽい良い匂いがする。兎にも角にも最高の寝具に間違いなかった。

 布団にモソモソと埋もれながら遠くで寝ているキリュウを見遣る。……彼は毎日こんな最高のベッドで寝ているのか…………羨まし過ぎる。

 思わずジト目になってしまうのは許して欲しい。


 それから「今のうちに心行くまで堪能しておこう」と決意を新たにした私はベッドの端っこで一人モゾモゾと感触を楽しんだのだった。




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