053 抜き打ち的な公開処刑
ちょっとした事故……いや、未曾有の大事故はあったが、泥まみれでずぶ濡れという悲惨な制服から新しいのワンピースへ無事着替える事が出来た私。
…………しかし。
「……」
……スースーする。
やはりこのワンピース、随分丈が短いと思うのだ。しかも常時着用しているスパッツももれなくずぶ濡れで今は仕方なく脱いでいる状態……うん、全く以って落ち着かない。
私はそそくさローブを上から着た。足は隠れるが……暑い。生地は薄い癖に布一枚で随分違う。思わず眉間に皺が寄った。
「着替えたよ」
背中を向けているキリュウにそう告げると、彼はこちらを振り向き……微かに眉根を寄せた。何だ、どうした。
「……貸せ」
「何を?」と尋ねる前に、手に持っていたタオルをぶん取られ、バサリと頭に被せられる。次いでパチリとバレッタが外れる音がしたと思ったら、こしこしと優しく髪を拭かれた。……どうやら濡れたまま放置していた髪が気になったらしい。
他人に髪を拭いてもらうのなんていつぶりだろうか。ぼんやりと考え事をしているうちにも髪は優しく拭われていく。
……。
…………。
………………____。
「……寝るな」
「――……ハッ!」
いかん。
あまりの心地よさに、ものの数十秒で眠りの波に飲まれてしまった。流石はママンの手。安心感が半端ない。
どうやら私が現実と夢の間を彷迷っているうちに拭き終わったようだ。タオルが私の頭から離れていく。そういえばコレ、使ったは良いが結構な荷物になるのではないか?とか考えていたらキリュウが闇を出現させ、そこに使用済タオルを放り込んでしまった。……便利だな。ポケットすら不要とは、某青狸は涙目ものだろう。
お荷物を飲み込んでくれた便利なブラックホールはクルクルと渦を巻くように消えていく。その様をぼけーっと眺めていると、今度は手櫛で髪が梳かれ始めた。……きっと頭が鳥の巣状態なのだろう。風呂上がりに髪をわっしわっし拭けばデフォルトでそうなるのだ。梳いてくれる事に特に問題はないので私は彼のなされるがままになる。うむ、苦しゅうないぞ。
しかしまぁ、ビックリする程至り尽くせりだな。こんな嫁がいたなら旦那はさぞ幸せな事だろう。……性別が実に惜しい。
パチリとバレッタを留める音を最後にキリュウの動きも止まった。どうやら、完了したようだ。
お礼を告げる為、私は後ろを振り返り、彼を見上げる____と、彼がこちらをじっと見ていた。ん?何だ?まだ何かあるのか?
目が合ってしまったので、こちらもじーっと見つめ返してみた。同時に、目を逸らしたら負け、先に喋ったら負け、という自分ルールを二つ立てる。
「……」
「……」
暫く互いに変な沈黙を保った。
いつまでこの状態を維持すれば良いのだろうか。……そろそろ飽きてきたな。
もう負けでも良いやと自ら沈黙を破ろうとしたのだが、その前に不意に伸びてきたキリュウの手と彼の発言によってそれは打ち破られた。
「……今、これは必要ない」
「へ?」
……あっ!?ちょっ____!!
◆ ◆ ◆
____現状理解に苦しむ。
何故私がこんな見世物パンダちゃん状態に。そして何故子供抱っこという屈辱を与えられなければならないのだ。
私は現在キリュウの左腕に腰掛けた状態で抱き上げられている。両腕は彼の首に回し、顔を肩口に伏せているという頭を掻き毟りたくなるようなオマケ付きで。
…………そしてこの格好。これが一番の問題だ。
私の今の格好は何故か蒼色ワンピースのみなのである。うう、スースーする……決して美脚とは言えない生足を曝すとか軽く死にたくなる。というかキリュウに殺意が湧く。……おのれ、後で覚えてろ。
____事件はつい先程起こった。
彼が崖の下で「今は必要ない」と言った物。それは今や私の鉄壁の防御、ローブさんであったのだ。彼はあの時、無情にも私からその装備を剥ぎ取り、こちらが呆然としているうちにポイっと闇の中へ放り込んでしまったのである。……くそぅ、時を遡れるものなら死んでも離さないというのに。
怨みを込めて彼の首に回している腕にギリギリと力を込…………ごめんなさい。謝るのでどうか太股のお肉様を摘むのは勘弁してやって下さい。無駄なものが付着しているのは重々承知しております故。
この抱っこちゃん状態が5分程続いているのだが、何処へ向かっているのだろう。
行き先は告げられていない。面倒な事になりたくなかったらこの体制を維持したまま何も喋るな、と御達示を受けただけなのだ。勿論私は異を唱えようとしたのだが、言うだけ言って彼はさっさと私を抱き上げ、パパッと空間魔法を展開し、ポンッとワープしてしまった。面倒なんて御免な私は現在、彼の拷問とも思える指示に従う他ない。こんな事になると分かっていたなら間違いなくスリリングな野宿を選んでいたというのに…………無念。
一定のリズムで抱き上げられた身体が上下に揺れる。ワープしてから持ち手を変える事なくずっと片手で抱っこ……力持ちだな。その淀みない足取りにひょっとして自分は軽いのではないかとイタイ幻想を抱いてしまいそうになる。……駄目だ、現実を見ろ、私。ほにゃららキロは決して軽くはない。
「……キリュウ様、その者は…………」
あ、遂に声が掛けられた。
実は此処へ来てから視線がグサグサと刺さって鬱陶しいことこの上なかったのだ。殺意や嫉妬などの負の感情ばかりが込められたそれらを私は知っている。わんこ信者達から向けられる視線と同じもの。それが此処には溢れている。
詳しくは分からないが多分此処は____悪魔の領域だ。