051 魔王の目覚め
……。
……えーと、助けに来て……くれたんだよね?
思わずそんな疑問が浮かんだ。彼を纏うその禍々しい黒いオーラに恐ろしいほど整った容姿も相まってまるで魔王の風貌を醸し出しているのだ。駆け付けてくれたのはヒーローか、ヒールか。……睨んでいる先がド変態なので辛うじて私にとってはヒーローなのだと判断をする。というよりそう信じたい。この状態のキリュウ……いや、魔王に勝てる気がしない。
彼の魔王化の原因がド変態だとは分かるのだが理由がさっぱり分からない。普段大人しい無害な彼を魔王にまでクラスチェンジさせるのだ。相当な理由があるのだろう。流石はド変態。存在するだけで何処かしらに悪影響を及ぼしているようだ。やはり速やかに埋まるべきだと思う。
……しかしまたもや私は二次災害的なものに遭遇しているのではなかろうか。周りの空気が何とも言えない感じになっていて息が詰まる。助けてもらっておいてアレだが、こいつら置いてトンズラしてはいけないだろうか。
そんな考えを巡らしつつ遠い目をしていると、魔王がド変態を睨んだままこちらに近付いてきた。……もしかして逃走計画がバレたのだろうか。タラリと一筋、冷たい汗が背中を伝う。
魔王は私の隣へ辿り着くと緩慢な動作で身を屈めた。もう何だか一つ一つの動作が怒気を放っちゃっている。まともに見る勇気は無いので私はチラリと横目に彼を映した。
屈んだ彼は地に深く突き刺さったダガーをズルリと引っこ抜く。鬼に金棒が戻った。百人力……いや、一万人力である。
彼はそのまま落ちていたブレザーに手を伸ばして拾い上げた。
「……」
「わぷっ」
目の前が暗くなる。
魔王の手によって頭上に落とされたブレザーにいきなり視界が遮られたのだ。お帰り、ブレザー。運動後はとても暑苦しいです。
いつもだと「被っておけ」やら何かしら注意が飛んで来るはずなのに、今回はそれがない。無言なのが超怖ぇ。
武器確保とブレザー投下、それらを片手で行ったので切れ味抜群の闇色ダガーが刃先をこちらに向けて鼻先5センチを通って行った。わざとか。わざとだな。怖ぇな、魔王。いつものキリュウさんが恋しいです。
「……動くなと言ったはずだが?」
わぁー……声が普段よりも低い。
ブレザーの下から彼の顔を見上げる。細められた赤い瞳と視線がかち合った。
おっかねぇ。
「聞いているのか?」
「ごめんなさい、ママ」
「……」
「キリュウさんすみませんでした」
一層黒い空気が漂った所で言い直す。機嫌が悪い時に茶化すものではない。私が全面的に悪いです。私は自分の非を認めて謝った。だから早くいつものキリュウさんに戻って欲しい。
魔王は静かに溜息を吐き、私に顎で下がれと指示してきた。仰せのままに魔王殿、と心で呟き、とっとと下がる。触らぬ魔王に祟りなし、だ。
「もう良いかな?」
一連のやり取りを黙って見ていたド変態が話し掛けてきた。魔王は私からド変態へと視線を移す。是非ともヤツを土へ返してほしい。頼んだ、魔王。私の無念を晴らしておくれ。
「……一体何のつもりだ」
低い、それはそれは低ーい声で問い質す魔王。細められた赤い瞳からはレーザービームが放たれそうだ。……本当にこの人、いや、悪魔は誰だろうね。実はキリュウの双子の片割れなのではなかろうか。その方が大いに納得できる。
そんな魔王を相手に平然と黒い笑みを携えるド変態。なるほど、ド変態は格が違うようだ。神経がきっと焼き切れているのだろう。ド変態は魔王を見据えたまま黒い笑みを深めて口を開く。
「別に?面白そうだと思って」
「……」
怖ぇ。
やはりその一言に尽きる。後ろから見ても彼を纏う禍々しいまでのオーラにあてられてキツイ。いっそ気絶してしまいたい。ブラックアウトでもここから出られるなら構わない。神経が図太いらしい私は出来ないようだが。非常に残念だ。
そしてそこのド変態。やめろ、魔王を煽るんじゃない。被害はこちらにまで及んでいるのだ。少しくらい空気を読め。まぁテメェは敢えて空気読まないのだろうけれども。埋葬されろ。
「ふふ、そう殺気を飛ばさないで。今、君とやり合うつもりはないよ……――――ひぃちゃん?」
「ぅあいっ」
しまった、緊張状態からまさかのこちらへの呼び掛けだったので間抜けな返事をになってしまった。
キリュウが呆れたようにこっちを振り向く。いや、仕方ないし。いきなりだったし。
しかし、先程の間抜けな返事で彼が発していた殺気が薄れた。魔王化も少し収まったようなのでよしとしよう、うん。
「明日の13時に此処に集合ね。返してあげるよ」
「…………」
……嘘臭ぇ。
半目になってジトーッと奴を見た。その視線を受けたド変態は「ホントだって。俺って信用ないなぁ」とか言いながらクスクス笑っている。
当たり前だ。信用なんて一欠けらもあるものか。というか何処をどう考えたら自分に信用があるとかオメデタイ考えに行き着くのだろうか。やはり変態は未知の生物である。
まぁ兎に角、奴にそう言われてもな。信じられる訳がない。
引き続きジト目で見ているとド変態はやれやれとした様子で言った。
「まぁどっちにしろ来るしかないよね。此処に持ってきてないから今取り返そうとしても無駄だし」
癪だが奴の言う通りだ。私はそれに従うしかない。思わず盛大に舌打ちをしてしまったが仕方のない事だろう。
キリュウも同じく苛立たしく思っているようだ。先程からダガーを握ったり回したりと世話しない。それを奴に投げ付けたくてたまらないようだ。どうか明日まで待ってくれ。その時は思い切りやってくれて構わない。私が許可する。
「あちゃー……このままもう少し居たいけど。残念」
私達が闘争心を頑張って抑えていると、のほほんとド変態が呟いた。いつぞやの時のようにまた空を仰いでいる。……一体何なのだろうか。
「んじゃ明日。楽しみにしてるよ」
ド変態はそう言い残し、光の中へと消えていった。