043 最も不適切な対応
「ひぃちゃん」
「……」
「キリュウいないみたいだけど一人?」
「……」
「ひぃちゃん?」
「……」
「寝てるとちゅーしちゃうよ?」
「バッチリ起きてます」
何だ何だ何だ何だ…………一体この状況は何だ。
私は今、大混乱中だ。原因はこの目の前の男……というよりこの体制。
現在の体制を説明すると寝転がった私の上に外見だけは王子風、でも中身は真っ黒な天使モドキが覆い被さっている。そして近づいてきたその顔を私は両手でガッシリ掴んでぐいぐいと押し返している所だ。
……何コレ意味わかんない。こいつが何を考えているのか私にはサッパリ分からん__ッ!!
私は確かゲートを潜った後、周りを見渡して何処に飛ばされたのか確認をした。今回は街近くの森。私は少し先に街が見える森の入り口に飛ばされたのだ。
今回のターゲットは……実は私は分からない。告げられる課題の内容は、『何時何分に何処何処の場所へ現れる』というものだけ。対象の特徴やらは一切知らされないのだ。私達はそれを探し出し、そして狩魂をする事が課題である。
課題内容を何故私が知らないのか。その答えは至極簡単、全く聞いていなかったからだ。だが何も問題はない。キリュウが知っているはずなのだから。私はいつもこういった事は彼任せなのである。いやぁ、優秀なパートナーだと楽出来て良いね。
しかしこのままでは何もする事がない。私はキリュウを待つ為、近場の木陰にゴロンと寝転がり、少し寝ようと目を閉じた。
気温は高いといっても日陰で少しは涼しいし、サラリと流れる風も気持ちがいい。私は眠る体制になってから幾許も経たずにうとうとしていた。それと比例して警戒も薄まる。
____それがいけなかった。
瞳を閉じて五分くらい経った頃だろうか。
両の耳元でかさりと草が揺れる音がしたのだ。何かが置かれたようなその音に夢の中へ片足を突っ込みかけていた私の意識は浮上した。そして何故か背筋を駆け抜ける物凄い悪寒。
こんな所で寝たから風邪でもひいたのかな、と暢気な事を考えながら私は徐に瞼を上げた。
そして目の前の光景に絶句し、目を見開く。
目の前に広がるのはウェーブのかかった金髪と青空の色を宿した瞳。わぁ、天使だ、天子様だぁ……なんて言ってられない。
私はコイツを知っている…………それはそうだ、昨日会ったばかりなのだから。
そこには何故かドス黒がいたのだ。
これは悪夢に違いないと、放心状態になっているところで冒頭のしたくもない遣り取りになったのだった。
「――……ッ、ちょ、っと、退い、て、くれ、ません、か、ねっ!?」
ふぬぬ、と踏ん張って顔を押し退けようとする私だが一向に退く気配はない。見た目細いように見えるが、一応相手は曲りなりにも男だし力はあるのだろう。それなりに力がある私でも全く敵わないのだから。もしかしたらキリュウと同じく着痩せするタイプで服の下には立派な筋肉が付いているのかも知れない。それにこの体制では力が出し切れなくて圧倒的に不利だ。……あぁ畜生、出来るものなら五分前の自分を寝るな、死ぬぞ、と思い切り蹴り飛ばしてやりたい。
「嫌だって言ったら?」
後悔の念に駆られている私へ、爽やかなようでやはりドス黒い微笑を浮かべながらそう言う目の前の男。
嫌だじゃねぇよ、さっさと退け!!……って蹴り上げられたら良いのに。
私はそれを実行出来ずにいた。何故なら以前、依都に言われたのだ。「湖都ちゃんはそうやって律儀に反応を返すからああいう輩に絡まれるんだよ」と。その後「私に任せて。追っ払ってあげる」と柔らかく微笑んでいた彼女が懐かしい。毎回どうやっているのかは謎だが、言葉通りに追っ払ってくれるそんな姉は実に頼もしい存在だ。
しかし残念ながら今、彼女は此処にいない。自力で何とかしなければいけないのだ。
と言っても考えれば考えるほど混乱する。やはりどう対処すれば良いのか分からない。
冷や汗を流しながらうーうー、と考えている間にも少しずつ近づいてくる顔……――って、近ーい近ーいッ!!キリュウー!!キリュウーッ!!!!お前番犬のくせにまだ来ないのかー!!ご主人様が大変な目に遭ってるぞーッ!!
「だんまりだとこのまましちゃうけど?」
キリュウにヘルプの念を送っているうちに、ドス黒はそう言うなり一層顔を近づけてきた。
ますますアップになるその顔。
やばい。このままでは本気でやばい。
でもいつもの態度で返すと依都のお告げ通りに……いやいや、しかしこのままではこの変態と口をくっ付ける羽目に……ッ!!
もう少しで唇が重なるという時、私の中の何かが____キレた。
「――――テメェいい加減にしろ!!!!」
言うと同時に渾身の力で右足を蹴り上げる。
脇腹を狙ったのだが、ドス黒はヒョイッと身体を起こして難なくそれを避けた。予想はしていたのでそれほど驚くことはない。この男が現在の私よりも強い事は分かっていた……でなければとっくに実力行使で排除している。
ドス黒が退いたので自由になる私の身体。素早く身を起こして無造作に放り出していた鎌を拾い上げる。毎回お荷物だと思っていたものだが、今回はそれなりに役に立ちそうだ。キリュウが来るまでの間だけでも持ちこたえて欲しい。もう本当、切実に。
鎌を構え、私はギロリと相手を睨みつけた。それを受けたドス黒は相変わらずにっこりと薄ら寒い笑顔を浮かべ、口を開いた。
「へぇ、それが鎌?ひぃちゃんは変わってるね」
「お前にだけは言われたくない」
私の言葉を聞くなりきょとんとするドス黒。奴は瞬きを数回繰り返した後、小首を傾げて心底不思議そうにしている。……小首とか傾げるな。見てるこちらはイラッとするだけだ。
「ふーん……俺の何処が変わってる?」
「全部。お前変態だろ」
それも超の付く変態だ。間違いない。
ふんっ、と即キッパリ言い放つ私を奴はマジマジと見た後、何を思ったのか__
「ぶっ――――あはははははははッ!!」
____噴出した。
腹を抱えてひいひい笑う目の前の変態。
……わぁ、何だか凄くいやな予感がする。
「あはははは!!ひ、ひぃちゃ、ははっ、面白……っ!!」
「…………」
____やってしまった……あれだけ言われ続けていた事なのに…………。
私はこの瞬間、この男のお気に入りに私が追加されてしまった事を悟った……勘弁して下さい。