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死神亜種  作者: 羽月
◆ 第二章 ◆
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042  愚鈍な選択



「おはようございます。皆さん昨日はお疲れ様でした。連日になり、大変かと思いますが今日から――」

「……はぁ」


 教師の言葉をさらりと聞き流しながら私は溜め息をついていた。結局、皆の態度の訳が分からないまま、もやもやの状態を強いられているのである。

 何処かへ行ってしまったサカキを探して問い詰めたいところだが、今移動するわけにはいかない。よりによって今壇上で喋っているのはイズミ先生だからだ。彼女は現在、凛とした声で淡々と言葉を(つむ)いでいる。美人でクールな彼女は生徒達の人気者だが、怒ると怖い。前にも言ったがとっても怖い。

 実習でキリュウを巻き込みながら最下位を維持している私に目を光らせている彼女。少しでも問題を起こせば直ぐさま呼び出しを喰らってしまうかも知れない。そしてお決まりの言葉を掛けられるのだ。「何故狩らないの?」と。そしてそれに対して私もお決まりの言葉を彼女に返すのだ。「私にEランクは無理です」と。……勿論ここで言うEランクとはもふもふの事を指すのだが、彼女は実力的なものと取っているかもしれない。

 しかし私は敢えてその誤解を解こうとはしない。解いた所で説教を(まぬが)れられるとは思えないからだ。寧ろ説教時間が長くなる気がしてならない。そんなものは御免被る。

 ならば、と私は隣を見上げて口を開いた。


「……さっきの周りの妙な反応は何?」


 私が小声でそう尋ねたのはもう一人の当事者であろうキリュウだ。

 彼は未だバレッタに釘付けのようで、相変わらず眉間に皺を刻んだままいる。他人と比べると、その表情の変化はよく観察しないと分からない程僅かなものだが、普段表情変化が乏しい彼の表情筋は本日かなり酷使されていると思う。眉間に皺を寄せっぱなしとか地味にキツイ。筋肉痛にならないだろうか。表情筋の筋肉痛とか中々ないというか聞いたこともないけれども。……レアな体験おめでとう、キリュウ。

 そんな明日には筋肉痛が心配されるキリュウはチラリと私に視線を遣った後、僅かに考える素振りを見せ、一言言った。


「……知らん」


 いやいやいやいや、知ってるだろ。

 思わずジト目になるのも仕方がない事だ。

 私がそんな視線を遣っているというのに彼はそれ以上答えまいと前を向いた。

 粘り強さは私のほうが上だと思っていたのだが、どうやら勘違いだったらしい……それからイズミ先生の話が終わるまでずっと見続けていたのに彼は口を開くことはなかった。何故にそこまで(かたく)ななんだ。意味が分からない。

 身長差で見上げる形になる私はだんだん首が疲れてきた。それにこれ以上見ていても意味がない。そう判断するやいなや私は颯爽(さっそう)に諦めた。時間が経てば周りの反応なんてものはどうでも良くなったし。

 それより今から会えるもふもふに思いを馳せ、ウキウキしようじゃないか。

 私の切り替えは早く、そして(いさぎよ)い。そう思った一分後には私の脳内をもふもふが占拠した。




 ◆ ◆ ◆




「――では、ゲートの方に進んで下さい」


 今日はどんなもふもふに会えるのかなと内心わくわく、しかし外見は締まりのないただのアホ面になりながら考えていた所に掛かるイズミ先生の声。ようやく実習開始のようだ。

 ぞろぞろと生徒達がクリスタルゲートへと進んでいく。私も例の邪魔にしかならない鎌をよっこいせと担いでキリュウと共に生徒達の流れに紛れようと足を動かした。


「キリュウ」


 突然背後から声が掛かり、立ち止まるキリュウ。つられて私も足を止めた。……隣を見ると眉間に本日一番の深い皺を寄せている。……あ、今この子舌打ちしちゃったよ。

 何だ何だと振り返ると黒学の男性教師が3メートル程後ろに立っていた。彼を見て私は少し驚く____肌の色が白い。キリュウ以外で肌が白い悪魔は初めて見た……といっても色白という程まででもないのだが。キリュウと比べると若干白さに劣るのだ。

 そんな彼はセミロングの髪を後ろで一つ括りにし、少し気崩したスーツを身に(まと)っている……暑苦しい事に彼も長袖だ。今の季節が暑いと感じる私には気が知れない。

 そして悪魔である彼ももれなく美形である。しかも外見年齢的に大人の色気がオプションで付いている。……サカキが騒ぎそうだ。

 恐らく彼がキリュウを呼んだのだろうが…………ん?この人どっかで見たような……。

 誰だっけ?と遠慮もなしに観察していたら彼とバッチリ目が合ってしまった。その瞬間妙な色気を振りまきながらニッコリと笑う彼。……今これ絶対フェロモン垂れ流しだよね。頭に置かれた魔法の手がなかったら尋常でない吐き気が私を襲っていただろう。グッジョブ、キリュウ。私はもうあなたが手放せない……訂正、あなたの手が手放せない。

 セーフセーフと背中に妙な汗を垂らしながら笑顔を返そうと試みるが、多分失敗して大惨事になっている。そんな私の様子に若干目を細める彼。失礼な私の態度に怒ったのかもしれない。すみません、でもコレが頑張った結果なのですよ。

 彼は暫し私を見詰めた後、今度はキリュウに視線を合わせた。……視線を外す直前、一瞬だけ睨まれたのは気のせいじゃないな。うん。


「ちょっと話がある。来い」

「……」


 キリュウはその言葉に答えずに私を見下ろした。何だろう、聞かれたくないのだろうか。

 私は周りを見渡し、残りの生徒が少ない事を確認した。ゲートまでも近い。これなら走っていけばフェロモンの餌食にはならないだろう。


「私、先行ってるよ」

「…………………………あぁ」


 かなり間を空けて返事が返って来た。相当迷ったようである。しかし、キリュウがこういうのならやはり聞かれたくない話のようだ。私も聞かれたくない話を聞きたいわけでないし、ここはさっさと離れよう。


「んじゃ後で」

「あぁ……直ぐ行く」


 最後に頭を一撫でされ、キリュウの手がスルリと離れた。

 それと同時に私はキリュウにひらひらと軽く手を振り、重い鎌を担ぎながら一人走ってクリスタルゲートへ飛び込んだ。

 頑張って走った成果かフェロモンの餌食にはならなかった。一向に吐き気は襲ってこない。

 その事にホッとする……そう、私は暢気にそんな些細な事で安心していたのだ。


 走り去る私を後ろから心配そうな目でキリュウが見ていたことも知らずに。

 そしてこの数分後、キリュウの危惧していた事が起こってしまう事も知らずに。


 ____私はこの時、重大な事を忘れていたのだ。




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